猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第14回

目次

猪野学 14

常識が通用しない坂バカ部は「ガス注意」の看板なんて気にしない。

自己ベスト

人は自己ベストを更新するためにトレーニング方法を変えたり試行錯誤し時を浪費する。
しかし自転車歴が長くなればなるほど、それは滅多にやってこない。

しかし諦めかけた時に神の悪戯の様にある日突然、自己ベストはやってくる。
諦めるか、続けるか、その境目で奇跡は起こるのだろうか。

私にとって、今年はそんな奇跡が2度訪れた年であった。
その1つが磐梯吾妻スカイラインヒルクライムの2日目だ。

1日目のレースは腰痛が出て散々な結果だったので、
2日目はどこか吹っ切れた感じで「どうとでもなれ!」何も考えず、いざスタート!!

猪野学 14

浄土平は一度は走ってみたい絶景ロードで有名だ。

スマホに注意

2日目のコースは26kmのロングヒルクライム。
脚を温存するためにとにかく回す(それも良かったのかも知れない)。

先は長いので先頭グループを無理に追わず、脚の合いそうな人を探す。
すると背中に筑波!と書かれたジャージを着た人がいる。
筑波と云えば筑波山!筑波エンデューロ!
きっと猛者に違いない!(以後 筑波さんと呼ばせて頂く)「付かせてください」と許可を貰い2人で走る。

すると1分後にスタートした戸丸グループが後方からやって来た。
私は「戸丸!今日決めろ!今日だぞ!今日しかないぞ!」大声を上げた。
表彰台のチャンスは滅多にこないのだ。

すると筑波さんが「何かの撮影なんですか?」と質問してきた。
どうやらチャリダー視聴者ではないようだ。
説明するのに体力を使いたくないので「ま そんなところです」と流した。
筑波さんのペースは230wぐらい。
私の呼吸が乱れてくると「今からそんなに上げたら持たないですよ」と。

確かに持たないかも知れない。
しかし人にはやらなければいけない時がある。
そしてやれるコンディションの日も滅多にこない。

しばらく2人で走っていると集団から遅れた人がどんどん降ってくる。
今日のコースは平均3.5%と緩斜面なので集団を作った方が有利だ。
「一緒に行きましょう!」声をかけてどんどん集団を大きくする。
集団で走ると驚くほど速く楽に距離を消化していく。

これは思ったより速くこのロングヒルクライムをやっつけられるぞ!とニヤけていると。
プルルルと誰かの携帯が鳴り出した。
「もしもし お世話になっております〜」
筑波さんだ!私はレース中に電話に出る人を初めて見た!
妻が産気づいたとか……よほど大事な要件なのだろうか!?
大事な要件を話しながら後方へ消えていく筑波さん。
私は筑波さんという貴重なアシストを失った。

筑波さんを失った集団は荒れ出した。
集団あるあるだが、勾配が緩くなると後ろで温存した人が飛び出す!しかしすぐにタレて消え去っていく。
集団は崩壊し3人くらいになってしまった。

すると前方にコスプレクラスで出場している熊のコスプレをしたクマさん(ツール・ド・おきなわ50km優勝の猛者)が軽く流して走っている。
「どしたんすか?」と聞くとホテルにスマホを忘れてしまい、自走で取りに戻ったら脚を使い果たしてしまったとのこと。
どうやら今日はスマホに左右される人が多いらしい。

クマさんを抜いて先を急ごうとすると、なぜかクマさんが前に出て私を牽き出した。
よく分からないが有難い!熊は本気を出せば猛烈なスピードを出す!死んだふりは厳禁だ!
熊の強烈な牽引でどんどん進みあっという間に残り1kmだ。

このコースはゴールの1km前から平坦になり、最後は下りのスプリントだ!
私はライバルはいないかと周りを見た。
すると同じ年代のゼッケンが1人いる。必ず仕掛けてくるに違いない。
ゴール手前!案の定、同じ年代がアタックして抜け出す!
私はすかさず反応し後ろに付きスプリントまで喰らいつく。

ゴール直前!スプリントを仕掛けようとすると真横にモコモコした物体が現れた!クマさんだ!
私はすかさずクマさんの後ろにラインを変えライバルを抜き去りゴールした!
クマさんの完璧なリードアウトだ!

順位は17位。パワーも224Wと1時間越えのヒルクライムで自己ベストを出す事が出来た。

中田コーチにこの日のデータを見て貰ったら、乗鞍で自己ベストを更新できるペースだという事が判明した。
諦めかけていた崖っぷちに少し希望の光が差したレースとなった。

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2日目は5位に終わった階段王。表彰台はすぐそこなのだが…

温泉での出来事

このレースの良い所はスタート地点が温泉地だという事だ。
疲れた体を土湯温泉で癒した。

ひとっ風呂浴びて出発しようとしていると温泉の従業員が「どなたかロッカーの鍵を持ったまま出てないでしょうか?」と血相を変えてやって来た。
誰だ?更衣室のロッカーの鍵を持ち帰る常識知らずは!?
「あっ!やべ!」それは階段王だ。
「しゃうがねぇな階段王」とドヤ顔でニヤける戸丸に「お客様タオルもご返却頂けますか?」
戸丸の首にはしっかりとレンタルタオルが巻かれている。
坂バカ部に常識は通用しない。

ごめんなさ〜いと駆け出して行く2人の背中に、疲弊しきった五郎監督が「中学生か……」と小さく呟き坂バカ部第二戦は幕を閉じた。

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チェーン落ちにより表彰台を逃した戸丸。おにぎりを頬張るその姿に落胆の色は無い。

 

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