“混ぜるな危険!?” お掃除シート×スポーツバイクのドライブトレイン【baruの◯×研究所 第3回】
目次
スポーツバイクの機材は日々最新の製品がリリースされている。近年はディスクブレーキ化やスマートガジェットの登場によって、これまで以上にユーザーが「初めて触れる」ようなアイテムも増えつつある。しかしそんなアイテムによっては、組み合わせや運用方法を間違えると大きなトラブルの原因となってしまうことも……。そんな状況に警鐘を鳴らすのが、ブログやSNSで機材やライド情報を発信しているbaruさんだ。そこで、新しいアイテムの運用や組み合わせの「○×」を、メーカーや専門家への取材も交えて実践し紹介。これは、自転車愛好家の知識をアップデートし、より安心してサイクリングを楽しんでもらうためのウェブ連載だ。
はじめに
第3回のテーマは「お掃除シート×ドライブトレイン」。お掃除シートとは、100円ショップなどで売っている台所用のウェットシートのことです。
ガスレンジやシンクの油汚れの掃除に便利なお掃除シート。「これだけ油汚れが落ちるなら、チェーンやスプロケの掃除にも使えるんじゃ?」と思ってしまいがちですが……実は、成分によってはチェーンやスプロケにダメージを与えたり、塗装を剥がしてしまうこともあるんです。本記事では、こうしたトラブルの発生メカニズムと防止法について紹介していきます。
本連載では、取り上げるトラブルに対して詳しい専門家にお話を伺っています。今回は、日本を代表する総合ケミカルブランド「WAKO’S(ワコーズ)」から貴重なお話を聞くことができました。
本記事の発端
これまでの連載では実際のトラブル事例を紹介してきましたが、今回は具体的な事例の紹介はありません。
ネット記事への注意喚起
ではなぜ「お掃除シート×ドライブトレイン」をNGな組み合わせとして取り上げたのか。それは、自転車とは無関係なとあるメディアで「100円ショップで買えるお掃除シートで、自転車のチェーンが綺麗になる裏技!」という内容の記事が掲載されたことが発端です。その記事では「セスキ炭酸ソーダ(以降、セスキ)」が含まれたお掃除シートを使っていました。
この記事はSNSにおいて結構な勢いでシェアされ、やがて自転車界隈にまで伝播。自転車乗りの方々が「試してみようかな」と引用した投稿が私のタイムラインにも流れてきました。
私も台所や電子レンジの掃除をする時に、セスキを含んだお掃除シートを使うことはあります。だからこそ知っていたのですが、セスキを使ったお掃除シートは「アルミ・銅・真ちゅう等」への使用を禁止しているんです。
セスキとは、ラテン語で「1.5」を表す言葉です。炭酸ソーダと炭酸水素ナトリウム(重曹)を混ぜ合わせたもので、これら2つの物質の中間に位置する性質を持つことから、そういった名前が付いています。重曹よりも少し強いアルカリ性であることが特徴です。
この強めのアルカリ性の効果により、セスキは油汚れを分解します。だからこそチェーンに付いた油汚れがスルスルと落ちるわけです。しかし一部の金属を腐食させてしまう性質も持っています。使い所には注意しないといけません。
セスキお掃除シート×自転車のドライブトレイン
こういったお掃除シートの代表的な用途は「ガスレンジ」まわりの掃除です。ガスレンジの天板は一般的にホーローの素材が用いられる事が多く、セスキによるダメージを受けません(表面に傷がある場合を除く)。ステンレスのシンクに対して使用したとしても問題は起こらないでしょう。
一方、自転車のドライブトレインはどうでしょうか?
チェーンリングは一般にアルミ製で、表面はアルマイト被膜でガードされています。チェーンリングの黒い部分がアルマイト。アルミはセスキお掃除シートの「使えないもの」リストに含まれていたのは先程示した通り。アルマイトもセスキでダメージを受けます。つまり、黒い部分が剥がれて地のアルミが見えてしまうわけですね。表面が白濁したり、まだら模様になったりして、高価なパーツの質感が損なわれるということです。
チェーンそのものは鋼材(鉄+炭素)なので、セスキによる直接的なダメージは受けません。ただ、昨今のチェーンは摩擦を低減するための表面処理(シマノ「SIL-TEC(シルテック)」等)が施されており、この表面処理はアルカリ性のセスキでダメージを受ける可能性があります。
スプロケットはどうでしょうか。シマノであれば歯の部分はスチールかチタン製で、これらはセスキお掃除シートの「使えないもの」リストには含まれていません。しかし、スプロケットのスパイダーアームは多くの場合アルミ製であり、セスキによるダメージを受ける可能性はあります。最近流行りの削り出しスプロケットでは、歯全体がアルミ製だったり、一部の歯をアルミ製にしているケースもあるので注意が必要です。
以上のように、昨今のスポーツ自転車のドライブトレインにセスキお掃除シートを使った場合、アルミ製の部位や表面処理にダメージを受ける可能性があります。
「安価に手に入るアイテムで手軽にお掃除出来る!」と思いきや、非常に高価な機材に復元不可能なダメージを与えてしまうかもしれない――ということです。ご注意下さい。
ドライブトレインにダメージを与えずに掃除する方法
では、手軽かつドライブトレインにダメージを与えずに掃除するにはどうすれば良いのでしょうか。
WAKO’Sの方に聞いた、一般的なドライブトレイン洗浄の方法を以下に示します。
- 専用のチェーンクリーナー(※)をチェーンやスプロケットに吹きかける。
- チェーンのローラーを回転させ、クリーナー成分をリンク内部まで浸透させる。
- 数分置いて汚れを浮かせる。
- 大量の水で洗い流す。水が使えない場合は、フォーミングマルチクリーナーを使う。
- 十分乾燥させる。
- チェーンルブを塗布する。
※専用のチェーンクリーナーはドライブトレインにダメージを与えない成分で構成されていますので、必ず専用品を使いましょう。
私もこの手順で掃除をしています。
2の手順では、リンク内までクリーナーの洗浄成分が染み込むよう、ブラシを使ってチェーンのローラー部を回転させるのがコツ。しばらく置いて水やフォーミングマルチクリーナーで洗い流すと、チェーン内部の汚れが流れ出てきます。
重要なのが、「クリーナーの洗浄成分を残さないこと」です。残った洗浄成分は潤滑剤の定着を妨げる可能性があるため、しっかりと洗い流しましょう。
もっとお手軽に掃除をしたいという方には、「自転車チェーン専用のお掃除シートを使う」という手もあります。
SOYO(ソーヨー)「トゥルータッチワイパー チェーン用」や、DIXNA(ディズナ)「いつも自転車きれいで快適!チェーン用」と言った専用製品であれば、ドライブトレインにダメージを与えることはないはずです。これらのシートは300-600円ほどで、100円ショップのお掃除シートよりは高価。ただ、安心して使えるのが良いですね。
これらの自転車用お掃除シートは、「フレーム用」と「チェーン用」が別々にラインナップされています。フレーム用でチェーンを拭くのはやめたほうが良いですし、逆もまた然り。パッケージに書かれた用途を良く見て購入するようにしましょう。
WAKO’Sに聞く、「セスキお掃除シート×ドライブトレイン」
前の章までで、「トラブルの発生理由」と「防止方法」については述べ終わりました。
しかし、「研究所」を名乗る以上、これだけで終わっては名前倒れ。本連載では、読者の方により理解を深めていただくため、毎回専門家にお話を聞いて詳しいメカニズムについても解説をしていこうと考えています。
今回はWAKO’Sの方にインタビューを行いました。WAKO’Sは、神奈川県小田原市に本拠を置く「和光ケミカル」のブランドです。主に自動車・モーターサイクル向けのケミカルを手掛けていますが、多くの自転車用ケミカルを手掛けているのは皆様も御存知の通り。
かつてサイクルスポーツには「自転車道」という連載記事がありました。毎回、一つのテーマに沿ってかなり深く掘り下げ、毎回その分野の専門メーカーに取材するのが特徴。その中の1回「潤滑の謎に迫る」というテーマの取材先がWAKO’Sでした。その内容は、「自転車道 総集編 vol.2」に収録されています。
この記事から察せられたのは、WAKO’Sが自転車のドライブトレインまわりとケミカルの関係に並々ならぬ知見を持っているであろうということ。今回のテーマであれば、インタビュー先はWAKO’Sしかないだろう――そう思い、取材を依頼させて頂きました。
ここからは、頂いた回答を元に「セスキお掃除シート×ドライブトレインの組み合わせで起きうること」について詳しく述べていきます。
悪影響を与えそうなパーツ
まずは、「自転車のドライブトレインまわりでセスキお掃除シートによるダメージを受けそうなパーツ」についてお聞きしました。回答は以下のとおり。
特に自転車のドライブトレイン周辺にはアルミ部品が多く使われていますが、アルミはアルカリに対して比較的弱く、表面の腐食や外観変化が起こることがあります。チェーン自体は鋼材なので直ちに大きなダメージが出るとは限りませんが、表面処理や潤滑状態への影響という意味では注意が必要です。
やはりアルミを使用した部品には影響が出る可能性があるとのことでした。先に挙げたように、チェーンリング・スプロケットのスパイダーアームあたりが代表的なアルミ使用部位です。セスキのお掃除シートによるものではありませんが、アルカリ性のディグリーザーによりクランク表面の黒いアルマイトが剥がれ、下地の銀色が露出してしまったケースを見たことがあります。場合によっては、そういった問題が起こりうるということです。
また、チェーンそのものは鉄に炭素を加えた「鋼材」ではありますが、先に述べたように表面処理を剥がしてしまったり、潤滑剤の定着を妨げる可能性があるとのこと。
やはり、セスキを含むお掃除シートは使い所に注意が必要ということです。
残留成分について
次に「お掃除シートでドライブトレイン周りの拭き掃除をした場合の残留成分」についてお聞きしました。以下が回答です。
また、チェーンルブの浸透や定着を妨げることも考えられます。
こうしたお掃除シートは、セスキを含む洗浄成分が溶剤(水やアルコール)に溶けた状態で染み込んでいます。そのシートで拭き掃除を行うと溶剤部分は揮発し、セスキを含む洗浄成分のみが残留することになります。この過程で洗浄成分の濃度が急激に高まり、結果としてpHが上昇(よりアルカリ性側に傾く)ため、素材に対する攻撃性も増大することになりうる……というわけです。
仮にこうしたお掃除シートを使ってドライブトレイン周りの掃除を行ったとしても、すぐに水で洗い流せば良いということでもあります。ただ、お掃除シートで拭いた後にチェーンを水洗いする人はまずいないはず。やはり、最初から使わないに越したことはありません。
水素脆化について
「水素脆化(ぜいか)」についてもお聞きしました。
水素脆化とは、鋼材などの金属内部に水素原子が侵入することで予期せぬ脆性破壊(割れ)を起こす現象のことです。自転車のチェーンは鋼材であり、「セスキによる水素脆化が起こるのではないか」と考えたので質問をすることにしました。回答は以下です。
水素脆化については、通常の使用環境において直ちにチェーンが破断するようなケースは多くありません。使用状況から見ても、水素の発生量自体はごく微量であると考えられます。
ただし、チェーンには高強度鋼が使用されているほか、メッキや各種コーティングが施されている場合もあり、そうした表面処理への影響という観点ではリスクを完全に否定することはできません。特にアルカリ成分が残留する環境や、繰り返し使用される状況では、長期的な信頼性への影響として考慮する必要があります。
これについては私の心配しすぎだったようです。自転車のドライブトレインのような使用環境では水素脆化はそうそう起こらないようですね。ただ、長期的に見るとリスクは否定しきれないようでした。
コーティングへの影響については、次の項目で詳しく触れます。
特殊コーティングについて
近年、自転車用チェーンの表面に特殊コーティングが施されるケースが増えてきました。先にも挙げた、シマノの「SIL-TEC」はその代表格です。
セスキのお掃除シートが、こうした特殊コーティングに与えうる影響についてお聞きしました。回答は以下です。
「コーティングが剥がれる」というよりは「特性が変化する」という形で影響が現れそうとのことでした。
シマノのチェーンのマニュアルにも以下の記載があります。
シマノ ディーラーズマニュアル「チェーン(11スピード)」より
明言はされていませんが、恐らくここで「中性」と指定しているのはコーティングへの影響を考慮してのものだと思われます。
フォーミングマルチクリーナーについて
最後に、WAKO’Sの製品「フォーミングマルチクリーナー」についてお聞きしました。
こちらの製品は「水が使えない場所で、汚れを洗い流すために使える」「素材への攻撃性が低い」ということが特徴とされています。その一方で、製品説明を見ると「弱アルカリ性」との記載もあります。これまでお聞きした話を踏まえると、アルカリ性というだけで素材への攻撃性が強そうにも思えてしまうのですが……
そこで、他のアルカリ性の洗浄剤とはどういった点が異なるのかを質問しました。
さらに、泡が切れる過程がそのまますすぎに近い状態になるよう設計しており、洗浄後の残留成分が極めて少ないのも特長です。
同じアルカリ性でも、こうした設計によって使用後の影響は大きく変わると考えています。
単純に「アルカリ性だから悪い」というわけではなく、素材への影響を抑える方法というのがあるということですね。そこは自転車のドライブトレインまわりに深い知見を持つWAKO’Sならではの秘密も含まれていそうです。
また、「泡状になる」という点もポイントのようですね。この泡は徐々に液体となって汚れを洗い流していくわけですが、これにより残留成分を少なくするようにしていると。
これらの工夫により、ドライブトレインにも安心して使える設計になっているとのことでした。
おわりに
以上、「セスキお掃除シート×ドライブトレイン」の組み合わせで発生する、金属パーツ・コーティングに対する影響についてのお話でした。
WAKO’Sからは、「回答まとめ」として以下の言葉を頂いております。
用途に適したケミカルを選び、適切な手順でメンテナンスを行うことが、結果的にパーツの寿命や安全性の向上につながります。
安価に手に入る上に、お手軽で洗浄能力が高い。セスキお掃除シートは確かに魅力的なのですが、その影響について考えて使用する必要があります。
素材・用途に合わせたケミカルを使用し、安全に長くパーツを使えるようにしましょう。
次回も、「良かれと思った(実はリスクのある)組み合わせ」と、その対処について紹介予定です。お楽しみに。
筆者プロフィール

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ブルベ関連アイテムのレビューをブログ「東京⇔大阪キャノンボール研究」やSNSで発信するロングライド系自転車乗り。


















