Fumy’s eye 別府史之が見た世界 étape07

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別府史之が見た世界07

本場ヨーロッパで活躍するプロロードレーサー・別府史之選手の「今」を、本人の言葉で読者の皆さんにお伝えする連載の第7回目。今回はレース再開に向けコンディショニングを行う様子と、それにまつわる“思い”についてお届けします(編集部)。

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Bonjour、こんにちは!

このところ日本で新型コロナウイルスの感染が増えつつあるニュースを耳にして、遠いフランスから、心配をつのらせています。また九州やその他の地域の豪雨で、被害に遭われた方々には、心よりお見舞いを申し上げます。日本の皆さまが、世界中の人々が、健やかに笑顔で過ごせる日々が早く戻ってくることを祈ってます。

こちらはお天気が良くて、近頃は連日気温は35℃を超えるんですよ。もちろん毎日、自転車で走り回ってますから、腕も真っ黒に日焼けしてます! でもひまわり畑の間を駆け抜けて、あたり一面が黄色に染まった風景を眺めていると、ちょっと寂しくもなりますね。ああ、本来ならツール・ド・フランスが行われている時期なのに、今年はまだ先なんだな……って。

別府史之が見た世界07

別府史之が見た世界07

 

レース再開にむけて、最高のコンディションに

この7月はチームのトレーニングキャンプには参加せずに、自主練という形でトレーニングを積んできました。体もしっかり絞れて、体重も3kgくらい落ちました。普通に考えれば、体重が重ければ重いほどワット数が出るものなんですけど、今は体重が軽いのに、重かったとき以上の数値が出せている。20秒、30秒、3分、4分、5分、6分、10分、15分……。全ての値が、トレーニングアプリを見ると、自己ベストを更新してるんです!

つまりは本当にコンディションがいい状態に仕上がってるということ。レース再開に向けてしっかり準備ができています。UCIレースは7月半ばから再開して、チームのレース活動も、23日からのシビウツアー(ルーマニア)で始まります。自分自身のシーズンインも近づいてるので、あとは体調を崩さずに、しっかりこのコンディションをキープしながらレースに向けて意識していく。そんな時間を過ごしてます。

別府史之が見た世界07
別府史之が見た世界07

だからこそ日本で、全日本選手権やUCIレースが次々と開催中止に追い込まれてしまったことに、色々と思うところも大きいです。今の状況を見れば、致し方ないことだとは、分かってます。それでも、例えばナショナル選手権というのは、国内だけで完結するレースです。海外からチームを招待するようなジャパンカップとは、事情が違うはずなんです。国内選手権だけでもどうにかできたんじゃないか……って、どうしても考えちゃうんですよね。

先日、スロベニアやスイスでは、実際にナショナル選手権が行われました。現地やTVでみんなレースを見て、すごく盛り上がってた。正直に言って、うらやましかった。でも今年の日本には、1年に1度の、チャンピオンを決める大切な大会がない。延々と歴史をつないできた大会の、2020年度の勝者欄が空白になってしまう。残念です。

 

レースがもたらすもの

レースが行われないことで、失うものはとてつもなく大きいはずです。選手たちのモチベーションは当然下がります。特に若い選手にとって、レースとはステップアップの場所。自分の将来をかけて思いっきり力を発揮する場ですから。

それに今までレースを主催してきた人たちや、レースを支えてきたスポンサーの方々、さらにはレースを楽しみに待っていてくれたファンたちだって、このままでは自転車界から遠ざかっていってしまうかもしれない。自転車選手はスポンサーがお金を出してくれるからこそ活動できる。僕らの仕事は自転車に乗ること。その仕事をしている姿を世間に見せること。でも今はそれができない。今まで支援してくれたスポンサーや関係者の皆さんに、何の「リターン」も与えられない。ファンの応援に応える機会もない。

もちろん「それどころじゃない」ということは理解してます。文化、芸術、スポーツというのは、生活や経済活動に絶対的に必要かと言われたら、そうではないのかもしれない。どちらかと言ったら、娯楽の範疇ですから。

でも、今、新型コロナウイルスの影響で、たくさんの人たちの心が疲れています。九州の豪雨で、気持ちが傷ついた人も多いと思うんです。そんなときに助けになる、支えになる、癒しになる……ってのは、やっぱり文化とか芸術とかスポーツではないでしょうか。この時期だからこそ、音楽を聴いたり、いいものに触れたりすることが、必要なんじゃないかな。

別府史之が見た世界07

衣食住のどれが欠けてもだめだ、ってよく言われますけど、やっぱり娯楽が欠けてもだめなんじゃないですか。スポーツを見て心を満たす。見たり聞いたりして感じる。そういうことが人生から一切なくなってしまったら、大変なことですよ。

このままでは、僕ら選手たちは、将来的にすごく厳しい状況に追い込まれてしまいます。日本はそもそもスポーツや芸術の保護に関して遅れている部分があるのに、さらにこの新型コロナのせいですさんでいってしまう……。だからこそ例年以上に、選手は走りに磨きをかけなければならないんです。僕らのスポーツを理解してもらうためにも。

 

選手人生、これまでとこれから

サイクルスポーツ8月号の特集記事に関しては、たくさんの反響をいただきました。SNS上のコメントはもちろん、直接「読んだよ〜」という連絡をあちこちから頂いたりして。特集を組んでもらって本当に良かった、すごくいい経験になった、と心から感じてます。

自分の過去をじっくりと振り返る機会って、そうしょっちゅうはないですよね。それに普段ならシーズン中は忙しくて余計なことを考える時間もない。でも、こうしてチャンスをもらって、自分の進んできた道を一つ一つ思い返してみると、ああ、こんなにいろいろなことがあったんだなぁ……って。ホント、しみじみしました。こんな僕をずっと支えてきてくれた人たちや、応援を続けてくれたファンの皆さんの存在のありがたさにも、改めて気が付きました。

今年は外国の『ヴェロマガジン』や『プロサイクリングマガジン』でも、かなり大きめな記事として扱ってもらったんです。さらにこうしてサイクルスポーツで、1人20ページというとても大きな特集を組んでもらった。37歳になって、こうして記事にしてもらえて、選手としてここまでやってきたことにはそれなりに意味があるんだな……と誇らしくもありました。だからこそ軽い気持ちで受けてはいけない話だぞ、とも思ったんです。自分の集大成ではないけれど、長い年月に詰まっているものは、決して少なくないですからね。そのせいかどうしても重い話というか、深い話になっちゃいました。

そうそう、実は僕の若かりし頃には、雑誌とかに選手のロングインタビューがよく載っていたんですよ。それを読んで、僕もいろいろ勉強したり刺激を受けたりしたものです。だから今回のように、選手にフォーカスした特集をやってもらえて本当にうれしかった。若い選手たちにも読んでもらいたいです。たしかに書かれていることは、単に僕とユキヤの歴史なのかもしれない。でも同じ道を走ってきた2人ですから、読んでみると重なる部分も多いんだなぁと。それに僕自身、若い頃に感じていたことと、今改めて思うことは、必ずしも同じじゃなかったりするんですよ。だからきっと若い選手たちも、自転車を続けていつかプロになって選手を続けていれば……いつか「ああ、あれって、こういうことだったんだ!」って感じるときが来るんじゃないかな。

別府史之が見た世界07

ただ、こうして「今まで」の記事を書いてもらいましたけど、僕自身は「ここから」改めて、選手としていい活動をしていきたい。そのためにはシーズンが無事に再開してくれるよう祈るだけです。

フランスやヨーロッパも、第2波の話題が多くなってきました。7月20日からフランスでは公共の屋内ではマスクが義務化になります。まだまだ色々なところで再感染が進んでいるんだな、深刻な状況は続いているのだな、と感じています。いつ何が起こるのか分からない。自分自身も注意深く生きていかなければならないと、気を引き締めています。

それにたとえレースが再開しても、今までと同じようにはいかないでしょう。この先はレース前に各自でPCR検査を受けなくてはなりません。ほぼレースのたびごとに検査です。レースのことだけに集中すればいいのではなくて、余計にもう1つ考えなければならない。すごく大変なことです。

それでも、ひたすら集中していくしかない。レースに向かっていくしかない。4か月以上も続いた何もなかった状況から、ついに抜け出せる。ようやく始まる。そう感じています。

それでは、また!

別府史之

 

 

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(宮本あさか)