2025トラック世界選手権「佐藤水菜&窪木一茂メダル獲得記者会見」世界チャンピオンが持つ“危機感”
目次
昨年に引き続き、2025年UCIトラック世界選手権大会にてメダル獲得者を出した日本ナショナルチーム。選手たちの思いやコーチ陣の振り返りを聞いた。
獲得した3枚のメダル。メダルまであと一歩の接戦

世界選手権でメダルを獲得し、帰国した佐藤と窪木
2025年10月30日、東京都にある品川シーズンテラスのJKAオフィスにて、2025年UCIトラック世界選手権大会におけるメダル獲得者の記者会見が行われた。
2025年UCIトラック世界選手権大会は、10月22日〜26日にチリのサンティアゴにて行われ、大会4日目の男子オムニアムで窪木一茂が銀メダル、佐藤水菜が大会3日目の女子スプリントにて銀メダル、大会最終日の女子ケイリンにて大会2連覇となる金メダルを獲得した。
ジェイソン・ニブレット短距離ヘッドコーチは、今大会についてこう振り返る。
「明らかに水菜の(女子ケイリンでの)金メダルと(女子スプリントでの)銀メダルがハイライトでしたね。他にも良い点はありましたが、振り返ってみると全体のパフォーマンスを見なければなりません。おそらくベストとは言えないパフォーマンスもあったでしょう。ですから、選手やスタッフとしての私たちの仕事は、それらのパフォーマンスを振り返り、何が良かったか、何が悪かったか、そして今後何を変え、改善すべきかを考え出すことです」

日本ナショナルチームを率いるジェイソンコーチ(左)とダニエルコーチ(右)
2024年の世界選手権では6枚のメダルを持ち帰った日本ナショナルチーム。2025年は佐藤と窪木での3枚。昨年との比較についてジェイソンコーチはこう続ける。
「昨年は非常に特別な年でした。もしまたあの時のような年が訪れることがあれば、私たちは非常に幸運と言えるでしょう。しかしここで言いたいのは、メダル獲得まであと一歩のところまで迫った接戦が数多くあったということです。男子ポイントレースでは兒島直樹がメダル獲得まであと1ポイント差で、男子ケイリンでは太田海也が0.002秒差でメダルを逃しました(4位)。昨年は本当に特別な年だったのです」
男子オムニアムの窪木の銀メダル以外にも、中距離では女子マディソンでの5位、女子チームパシュートでの5位、惜しくも4位となった男子ポイントレースなど、メダル獲得に惜しくも絡めなかったという地点にはいた。
ダニエル・ギジガー中距離ヘッドコーチは、「男子のチームパシュート成績はやや振るわなかったものの、その他の結果は全て良好であり、世界選手権ではほぼ毎年、中距離チームのレベルが向上していることが確認できます。個人的にはレース種目とマディソンに対して非常に満足しています。女子マディソンに関しては、世界選手権でこれまでで最高の結果だったと思います。女子チームパシュートについても満足しています。彼女たちが出した女子チームパシュートでの5位という順位も世界選手権で達成した最高の結果です。また、(男子ポイントレースでは)兒島が走り方から、より豊富な経験を持ってレースを読み解き、適切なタイミングで正しい判断を下せるようになったことが伺えました。今後、選手たちが単に強さだけでなく、レースで賢く戦えるようになれば良いと思います」と話した。
オムニアムでのアルカンシェルまで僅か2ポイント

様々なことについて語った窪木
窪木は昨年、男子スクラッチ(ロードレース同様一番速くフィニッシュした人が優勝の種目)で、男子中距離種目で日本初となるアルカンシェルを獲得し、今年は男子スクラッチではなく、スクラッチレース、テンポレース、エリミネーションレース、ポイントレースの4種目を一人で走るオリンピック種目の男子オムニアムに出場した。
第1種目のスクラッチで1位に立った窪木は、テンポで2位、エリミネーションでは9位に沈んだが、3種目を終えて2位の位置につけた。ポイントレースでは、集団をラップするポイントを得ながらも、なかなか前に出られない状況が続いた。
「いつもの自分の走りは全くできなくて。本当に今までで一番走れていないぐらい、ずっと人の後ろを走っていた」とその時の状況を振り返った。4〜5人が優勝を数ポイント差で争う戦いの中で、3種目を終えて1位につけていたアルベルト・トーレス(スペイン)との差を詰めきれずに窪木は2位で終わった。
この世界選前までの練習は順調に組んでいた窪木だが、大会前に体調を崩してしまったり、日本にいる間に落車してしまったりといくつかアクシデントがあった状態での参戦だったそうだ。あとたった2ポイントの差でアルカンシェルを逃してしまったが、そのあと一歩について窪木はこう話した。
「やっぱり力強さのある選手が優勝すると思っていて、(今回は)全然力を発揮できてなかったので、それは2位でしょうがないよねと自分の中でも思いました。今回の大会に挑むにあたっての準備や、次はけがを絶対にしないようにして、もう一回今のパフォーマンスを発揮できれば、金メダルは近いんじゃないかなと思います。(世界選手権で)4大会連続でメダルが取れているというところで、すごく相性のいい大会だと思っています。なので、来年が楽しみですけど、日本のレベルが本当に上がってきているので、来年また世界選手権に選ばれるかも分からないので、まずは国内の大会から頑張っていきたいなと思います」
今年36歳の窪木は、日本ナショナルチームの中でも最年長のベテラン選手であり、世界大会でも強さを見せ続ける。ダニエルコーチは窪木について、「彼はリーダーであり、チームに道筋を示す存在」だと話し、こう続ける。
「彼は豊富な経験を持っていて、私にとっても窪木のような選手がチームにいることは非常に重要です。窪木は、年齢を重ねても選手が依然として高いレベルを維持できることを示してくれていますが、一方で、競技に向けて真剣に生活を送る意欲を持ち、競技準備のためにあらゆることを尽くす姿勢が不可欠だということも示しています」
窪木が目指すのは、2028年のロサンゼルスオリンピック。その思いについて窪木はこう話した。
「ロスへの挑戦、自分自身の挑戦だったり、今までの経験を踏まえて、もっと何ができるかなという思いはすごく自分の中にありまして、それを体現するのがすごく楽しみです。オリンピックまで順調にいければいいと思いますけれども、やはり1年、1年が勝負ですし、もちろん競輪も走りますし、けがもつきものです。そのリスクを背負いながらも、やっぱり勝負の世界で戦いたい、最前線で海外のトップアスリートと戦いたいという気持ちが消えない限りは、このまま成長し続けていけるのではないかなと思っています」
2年連続のアルカンシェル

花束を受け取った佐藤
大会3日目の女子スプリントで銀メダルを獲得した佐藤は、「スプリントが終わった日、初めて大会期間中にコーチと乾杯を交わしました」と言う。コーチからは「これを飲んだら、お前はケイリンで金メダルを取らないといけないぞ」とプレッシャーをかけられたが、冗談を交わしつつリラックスして過ごせたそうだ。
最終日の女子ケイリン決勝では、佐藤がラスト1.5周で飛び出し、そのまま先頭を譲らなかった。
「行くしかなかったので、とにかく前にという気持ちで飛び出して、イギリスのエマ(・フィヌカン)選手の横に行ったときに、彼女がタイミング良く出てきてしまったら嫌だなと思いながら、自分が速くこげば問題ないので、そこだけ意識していました。バックストレッチで、イタリアのミリアム(・ヴェチェ)選手を抜いた後に、後ろにコロンビアの選手(スファニー・クアドラード)が最初からいたので、付いてきているんだろうなという危機感を持っていて。彼女もすごく強い選手だったので、ゴール線を切るまでは正直、誰が優勝するかも分からなくて、とにかく精いっぱい走ったような記憶があります」佐藤は決勝のレースで感じたことを振り返った。
時速70㎞という高速レースを自ら作り、制した。昨年アルカンシェルを取ったときとは感触が違ったそうだ。
「まず、私は昨年1年間言い続けたのが、昨年自分の金メダル取れたのは、“ラッキーチャンピオン”。展開もそうだし、オリンピック後だから強豪の選手も少ないし、とにかく自分がいい場所にいられて、運良く取れたと思っています。だからこそ自分は成長し続けないといけないとずっと考えて過ごしてきました。
自分の理想の金メダルの取り方は、自分で前にかけて、自分でゴール線を切る。そういうことを世界選手権とオリンピックでやったのがニュージーランドの(エルレス・)アンドリューズ選手だったので、その背中を追いかけて、去年はイギリスのエマ選手を差してメダルを取ったんですけど、今年はようやく自分で手にできた。喜びとかうれしさは、去年の方が初めてだったし、4回目のチャレンジっていうところですごく大きかったんですけど、(今年は)確実に自分の成長だったりとか、やりたいことができたなという安心感や満足度がすごく高かったです」
2年連続のアルカンシェル獲得は日本にとって圧倒的な快挙だ。だが、その先を見るのであれば手放しに喜べるわけでもないのが正直なところ。
オリンピックが最重要視されるトラック競技において、オリンピックの終わった年と、オリンピックの出場枠争いが絡まないその翌年の世界選手権は、比較的“静か”だ。オリンピックが近づくにつれて記録的にもレースの展開的にも桁違いの戦いとなるのが通例だ。佐藤はこの先のオリンピックへの思いをこう話す。
「オリンピック後の世界選手権は、日本チームの教えではないんですけど、一番メダルを取りやすい大会だと私は初年度に挑んだ世界選で言われていて。だからこの1〜2年は、みんながもちろん準備はしてくるんですけど、オリンピックに向けては力の入れ方が少し入りきれてはいないようなイメージを自分の中で持つようにしています。
それはなぜかといったら、強豪国の選手はオリンピックで人が変わったような、すごいパフォーマンスを出してくるんですね。自分たちは、常にベストパフォーマンスを出しているし、いつもいい状態を作ってるはずなんですけど、それを超えてくるパフォーマンスを出してくるのを昨年目の当たりにしました。
なので、自分はこの2年は取れたけど、来年、再来年と、正直メダル争いも入れるかといったら、多分自分は無理だなって思っているし、危機感しかない。ある意味、(今回の)このメダルを取れたことで、気が引き締まって、もっともっと強くならなきゃいけないなと思っていて。ロスまで2年しかないので、2年でどれだけ仕上げられるか、なかなか厳しいんじゃないかなと思うんですけど、2年でしっかり築き上げていきたいと思います」

オリンピックの“合間”を終えた来年以降は、強豪国のギヤがかかり、レベルが格段に上がる。具体的に言うなれば、短距離のタイム種目では世界記録を上回るようなタイムが出てくるし、中距離のレース種目では高速域でのラップの取り合いとなるだろう。
そんな戦いに挑んでいくために今後の強化についてジェイソンコーチはこう話した。
「個々の選手ごとに異なる課題になると思います。チームとしては、私と新しく加入したスタッフ数名でトレーニング戦略を見直し、次のステップへ進むための改善点や、世界トップとの差を縮めるための変更点を検討する予定です。
来季の国際競輪(競輪における外国人選手招聘レース)の再開は我々にとって非常にプラスになるでしょう。トップメダリストたちが一堂に会し、我々の環境で競い合うのですから、これは極めて強力な刺激となります。かつては私もその一員でしたが、世界最高峰の選手たちと共に行動し、彼らのトレーニング内容や姿勢などを間近で見ることで、選手たちは大きな刺激を受け、次のステップへ進むために必要なことを明確に理解できるはずです。個人差はあるでしょうが、チーム全体としては、彼らを私たちの環境に迎え入れ、日本の流れの中で競い合うことに、非常に良い反応を示すはずです」
トラックナショナルチームのレース活動は来年2月から再始動となる。
トラックに関して言えば、東京五輪に向けて立ち上がったこの日本ナショナルチームは、世界と戦う“意識”が完全に身に付いた状態にあると思える。頂点を知っているからこそ危機感が生まれる。
現在は、それぞれがそれぞれの場所で武者修行を積んでいる最中のように思う。その結果が来年、再来年と競争が激化したときにどう出るだろうか。
2025UCIトラック世界選手権大会
開催場所:チリ・サンティアゴ
開催期間:2025年10月22日(水)〜26日(日)
大会公式サイト:
https://www.ucichile2025.org/en/
- 日本自転車競技連盟
https://jcf.or.jp/track/index/











