ステンレス素材のハンドメイドロードバイク ケルビム・レーサーステンレス試乗

目次

レーサーステンレス

日本のみならず世界に向けてハンドメイドスチールフレームの魅力を発信し続けるケルビム。金属チューブの中でもとりわけマニアックなステンレス素材を用いたロードバイク、「レーサーステンレス」が発表された。その走りを、これまで数多くの金属フレームを試乗し、所有してきた自転車ジャーナリストの吉本司が体験する。

 

ステンレスの魅力を満喫するための仕立て

レーサーステンレス

ケルビム・レーサー 【試乗車スペック】●フレーム/コロンブス・XCR ●フォーク/コロンブス・フォーチュラ ディスクSLX ●コンポーネント/クラシファイド・シフトハブ×スラム・ライバルAXS ●ホイールセット/クラシファイド・CF R35 ●タイヤ/コンチネンタル・グランプリ5000 ●ステム/デダ・ゼロ100 ●ハンドルバー/デダ ●シートポスト/デダ・RS01 ●サドル/セライタリア・フライトレーサーTI316

 

CHERBIM Racer stainless

●フレームセット価格/59万4000円
●カラー、サイズ/オーダー

 

クロモリよりもバネ感の強い走りが楽しめる

2005年にレイノルズが「953」というチューブセットを投入して、金属フレームの素材にステンレスという選択肢が新たに加えられた。この素材は錆びにくいけれど、重量はチタンほど軽くもなければ、価格はクロモリの高級チューブの1.5倍ほどで高価だ。クロモリやチタンと比べて際立った特徴がないためか、登場から20年たった今でもステンレスはマニアックな存在である。とはいえ、チューブはレイノルズ、コロンブス、KVAなどから供給されているし、多くのハンドメイドブランドがステンレスフレームをラインアップに加えているのは、乗り味など何らかの魅力が故だろう。

ケルビムといえば、イタリアンロードの美意識に対するリスペクトを持ちつつも野心的なフレーム作りをする工房だ。ステンレス素材もその登場間もない頃から手がけている。近年はスチールフレームの美点である“しなり”を満喫できるモデル「ステッキー」のステンレス版も発表するが、今回はケルビムの中でも競技色の強いレーサーシリーズに「レーサー ステンレス」を投じてきた。

先述したとおり、ステンレスの魅力は確固たるものが見えにくいのだが、作り手はこの素材の特徴をどう見ているのだろうか。ケルビムの代表でありチーフビルダーの今野真一氏によれば以下だという。

・クロモリに比べチューブの皮膜硬度が高い。

・同じ外径でもステンレスの方がクロモリよりもわずかに肉薄なチューブを使える。

・同じ重量もしくは少し軽量でも、クロモリと同等のバネ感を得ることができる。

・ライダーとのペダリングのリズムとバネ感が合えば、クロモリよりも推進力に優れる走りを実感できる。

その一方でステンレスはチューブが肉薄で硬いため、ろう材の選定や溶接をはじめとする製造作業はより経験を要するという。さらに溶接時の熱による変形も大きいため、寸法精度を出すことも難しいとされる。ステンレスフレームの価格が高いのは、チューブ自体の単価もあるが、製造に手間がかかるという面もあるのだ。

 

あえて用いるスタンダードゲージチューブ

さて、前置きが長くなったが、レーサーステンレスの本題に入ろう。本作はコロンブスのチューブセットXCRで組まれている。そして、その仕様はスチールフレームに詳しい人なら気付くかもしれないが、細身のチューブが使われている。前三角のチューブ外径はトップが25.4mm、シートが28.6mm、ダウンが31.7mm。トップとシートはいわゆる“スタンダードゲージ”と呼ばれる、90年代前半ごろまでスチールフレームで標準とされていたチューブ径だ。今野氏によれば、この組み合わせを選んだ理由は、ステンレスの特性を考慮して若干バネ感を強めに出すためだという。その上で硬いフレームから乗り替えても違和感を覚えない剛性感を意識しているそうだ。

こうしたチューブを用いる一方でヘッドチューブは44mmの大径タイプだ。さらにUHDにも対応したリヤエンドを採用するなどモダンスチールのしつらえを取り入れており、トラディショナルな仕様との融合を見せる。ケルビムのディスクロードといえば、フレームのしなりを生かすためにキャリパー台座がリヤエンドから一部が独立したオリジナルのフレーム小物を使用しているが、本作ではそれは用いない。その代わりにフロントキャリパーの取り付け台座規格をリヤに用いて類似の効果を狙っている。通常リヤ側はチェーンステーを貫通してネジ止めをする機構なので、チェーンステーが短くなりリヤエンド自体が大きくなってしまう。しかし、フロント側の機構を用いることでネジを貫通式にすることがなくなる。それにより、リヤエンドがコンパクトになり、チェーンステーも根元まで長く使え、チェーンステー本来の性能を発揮できるようになるのだ。

今やスチールフレームの製造はTig溶接が主流だが、ケルビムはろう付けのモデルが多い。今回のレーサーステンレスもろう付けのラグレス仕様で作られている(シート部のみラグを使用)。その理由は、まず44mm径のヘッドチューブやスローピング形状など、現代的な乗り味を追求するレーサーシリーズは、設計の自由度の高いろう付け×ラグレスが適している。さらにXCR(肉厚0.6mm)やレイノルズ(肉厚0.55mm)のチュービングは肉厚が薄いことから、チューブメーカーではTig溶接が不適切であるとされており、ろう付けの方がチューブの特性を引き出しやすいという理由からだ。

ラグレスでろう付けされたチューブの接合部には、ろうが盛られて美しく仕上げられている。錆びないステンレスの特徴を生かしてフレームの一部をポリッシュ仕上げにして、メタリックの効いたライトブルーのペイントを組み合わせる。上品な中にも印象的なルックスは、美しいフォルムに高い評価を得ているケルビムならではである。ステンレスチューブの性能を最大限に引き出す仕立てと、美しい立ち姿で魅了するのがレーサーステンレスである。さて、その走りとは。

シートステー集合部

シートピンが収まる部分に直接溶接されるシートステー。構造的に軽量で高剛性を追求でき、溶接時の熱劣化も少ないという。競輪フレームをはじめ、ケルビムのレースモデルで定番となる仕様だ

ヘッドチューブ

ヘッドチューブは大径タイプの44mm規格。試乗車のトップチューブとダウンチューブの外径はそれぞれ28.6mm、31.7mmという細身のサイズで、ヘッドチューブに対する細さが際立っている

フロントフォーク

フロントフォークはコロンブスのカーボンモデル、フォーチュラ ディスクSLX。振動減衰が早くて軽快感がありながらも安定感に富んだハンドリングをもたらす。ステンレス素材とも相性が良いようだ

シートステーブリッジ

シートステーにはブリッジが入る。わずかにアールの付いた細身のパイプを溶接してミニマルな雰囲気を醸し出す。シートラグへの溶接もフィレット仕上げで美しい。メタリックカラーが映える

リヤディスクブレーキ

リヤのディスクブレーキキャリパー台座は、フロント用の規格をあえて採用する。リヤエンドが小さくなり、かつチェーンステーのチューブも根元まで使えることから、チェーンステー本来のしなやかさを引き出す設計だ

リヤエンド

リヤエンドはUHD規格にも対応している。シートステーはエンドに対して後方にオフセットされる特徴的な形状。コンパクトで美しい仕上がりだ。ケルビムの頭文字「C」の彫刻も入っている

ダウンチューブ内蔵のリヤディスクブレーキオイルライン

リヤのディスクブレーキのオイルラインはダウンチューブに内蔵されている。蓋の付いた工作は金属フレームならではの美しい工作だ。ステンレスの地色を生かしたポリッシュ仕上げが小粋だ

BB

T47規格のBBシェルを使用する。大径シェルを生かして、ダウンチューブから入ったオイルラインはそのままシェル内を通過する仕様だ。オイルラインが露出しないスマートな外観を実現する

 

試乗インプレッション〜絶妙なしなりの演出で流れるように進む

レーサーステンレスに乗る吉本さん

インプレッションライダー/吉本 司 40年以上にわたる自転車歴から、ロードバイクから小径車までさまざまなタイプのバイクに乗り、レースからツーリングまでいろいろな遊び方を経験してきた自転車ジャーナリスト。機材の解説・試乗、レース、市場動向、文化面まで幅広い知見を持つ。ハンドメイドフレームはこれまで10本以上のオーダー経験を持ち、この世界への造けいも深い。ここ数年は、ハンドメイドバイシクル展のトークショーにおけるファシリテーターも担当する

 

バイクが浮遊するかのようなペダリング感覚

ケルビムの試乗車は今野氏が乗れるサイズ(トップチューブサイズ550~560mm程度)のものが多い。そんなわけで同ブランドの近年の新作を多く試乗している筆者である。これまでの経験からすると今野氏の作るフレームは、スタンダードケージのチューブ(外径25.4mmのトップ×ダウンチューブ)で組まれた「ステッキー」など、特にバネ感を前面に演出したライディングフィールを持つモデルに、特に魅力を感じることが多かった。今回試乗をする「レーサーステンレス」は、そんな氏の持ち味がうまく表現されていると言えよう。

インプレにおいて「ウイップ」とか「しなやか」という言葉はともするとNGワードと捉えられる節があるが、それらには“悪いもの”と“良いもの”がある。前者はペダリングパワーをロスして走りを重くさせる。対する後者はペダリングが軽やかで滑らかな走りに結びつく。そこに影響を及ぼすのが、しなりとその戻りの関係性だろう。筆者はこれまで多くのスチールフレームに乗っているが、しなってもその戻りの速さが的確であり、さらに言えばその動作に癖のないフレームは軽やかな走りを披露してくれる。

レーサーステンレスはこのマネージメントが的確である。もちろん最新のカーボンフレームのように鋭く、飛ぶようなという言葉は似合わないけれど、軽やかに滑るような走りが魅力的だ。ペダリングもさすがにガチャ踏みは良くないが、特にトルクをかける位置に神経を尖らせることなく、自らのいつものとおりの踏み方でちゃんと前に出る。そして、ケイデンスとトルクがバランスしたスイートスポットに入ると、BBまわりが浮遊しているかのようで、メビウスの輪を描くようなペダリングでバイクが淀みなく進んでくれるのだ。

 

ステンレス素材の特性を色濃く感じられる

ダンシングでの加速も細いチューブの割にパワーロスが抑えられているのは、やはり大径化されているヘッドチューブが効いているためだろう。さらに肉薄のチューブであることを感じさせるような軽薄なペダリングフィールもない。何度か試乗しているステンレス素材のフレームだが、クロモリ素材などと比べてチューブに密度感のあるようなペダルの踏み心地を必ず得られるのだ。先に記した“軽薄な”感覚がないのはそのためであり、これがステンレスの特徴の1つである。それ故に重めのギヤを踏んだときでもポジティブなバネ感が損なわれにくく、ペダルをしっかりと踏みしめられるようなフィーリングが強いのだ。さらに振動減衰特性にも優れる印象が強いのもステンレスの特徴で、レーサーステンレスが巡航走行においてバイクが流れる感覚に長けているのも、こうした点が影響しているのだろう。

ステンレスという素材は、チューブのスペックや価格を見るだけでは割高に感じてしまうことだろう。しかし、実際に乗ってみるとやはりクロモリなどのスチールフレームとはライディングフィールが異なる。より上質なペダリングフィールと懐の深い走りを楽しめる。クロモリの上位互換として位置づけられるのは納得であり、乗ればステンレスという素材が存在することの意味を感じることができる。レーサーステンレスは、これまでのスチールフレーム作りを生かした今野氏が緻密な設計により、ステンレス素材の魅力を満喫できるモデルに仕上げられている。オーダーメイドなので、自分の乗り方に合ったジオメトリーやチューブの選定によって、そのより味わいは深まることだろう。クロモリよりも防錆性にも優れているので、愛着を持って長く乗ることもできる。ハンドメイドフレームらしいマニアックで価値ある存在だと言えるだろう。

 

Brand Info~CHERBIM(ケルビム)について

今野 仁氏が1965年に興したハンドメイドバイシクルブランド。現在は二代目で、東京サイクルデザイン専門学校、学校長として業界の若手育成にも精力的に活動している今野真一氏が「注文者の体格、乗り方、好みに細かく寄り添えるオーダーメイドのスチールフレームこそが最強の自転車」という信念のもと、最高の走りと乗り手を魅了するフォルムを高次元で両立した1台を作り続ける。世界最大のハンドメイド自転車展「NAHBS」では、曲線美を生かした独創的な姿の「ハミングバード」を発表し、最高峰の「The Best of Show」と「プレジデンツチョイス賞」の2冠を達成。世界に名をはせるハンドメイドバイクブランドとなった。