2024年10月17日、窪木一茂はUCIトラック世界選手権の男子スクラッチ種目にて世界チャンピオンの証、アルカンシェルを手にした。日本で、そして世界で結果を残してきた一つの成功例として、窪木のアスリートのパスウェイについて紐解いていく。Part1では、学生時代のターニングポイントなどについて振り返る。

アスリートのパスウェイ

自転車競技というのは、日本ではマイナースポーツとして括られる。

日本人選手の多くがロードレースであれば、がむしゃらにツール・ド・フランスや第二の新城幸也を目指すが、その道筋は現時点でも決して明瞭ではない。新城を倣って若い頃から同じ行動をしたところで、ワールドチームへの道が確約されているわけでもない。

競輪をはじめとした公営競技における写真判定システムの構築などを行ってきたJPFは、日本から世界へと挑戦していくアスリートパスウェイの明確化を掲げた。新たなサイクルスポーツ人材の育成を目的として、現在はオフロード種目を中心とした普及・育成によって裾野を広げる活動をしている。

JPFはアスリート育成におけるパスウェイの順番をこう示す。

「自転車に乗る」、「自転車で遊ぶ」、「スポーツとして楽しみ始める」、「ワザ・速さを磨く」、「大会に出る」、「勝ちに行く」、「世界で戦う」

そんなJPFのアスリート育成パスウェイのアンバサダーとして世界での活躍を見せており、現在、トラックナショナルチーム、愛三工業レーシングチーム（ロードレース）、競輪の3足のわらじを履く窪木一茂は、幼少期から学生時代、プロ選手になってから、世界チャンピオン獲得まで、どのようなブレイクスルーをしてきたのだろうか。

強い選手には、必ず理由がある

窪木はアスリートのパスウェイについて日頃考えていることがあるという。

「どういう順序を経て僕はこうなったんだろうとか、強い選手がいたら、どういう経歴を歩んできてこうなったのかをいつも考えます。いろんな成り立ちによっていろんなパスウェイが生まれているんですよね。

僕も20歳ぐらいからずっと、どういう順序をたどれば新城幸也になれるのかなど、他の選手よりも考えていました。

僕自身も強くなりたいですけど、日本の選手を応援したいし、日本全体の競技力を上げてもらいたいと思っています。それが認知度を上げることにもなるし、自転車大国になるためにどうしたらいいのか、そこが僕の恩返しかなと思う部分もあります」

窪木が競技を始めてからも強い選手はたくさんいたが、環境や気持ちが続かないなどの理由で辞めてしまったりチャンスを逃してしまったりする人は多かったと話す。

「一番簡単に強くなる選手への道筋ができれば、それをどんどんみんなに教えていけばいいんじゃないかと思いますけど、なかなかうまくいかないし、そういう成功例もまだまだ少ないです」

現在では、「どうやったら強くなりますか？」、「どうやったらこういう選手になれますか？」などを若い選手に聞かれる立場となった。しかし、人によって背景が異なるうえに、窪木と同じ練習をしたところで絶対に強くなるとは言えない。

「アドバイスをするにしても、何が正解なのかを今、選手として動き続けながらも、ずっと考えています。運がいいことに、外国人コーチやダニエル・ギジガー中距離コーチなどから海外の要素などを聞ける環境にあります。ただ自分の競技力を高めていくだけじゃなくて、強い選手が育ってほしいと常に思っていますね。

今回、JPFに応援してもらう立場になって、すごくパスウェイを尊重されているし、そういう活動から道筋を見つけていきたいなと思っています」

幼少期──自然の中で育ち、体を動かす楽しさを知る

子供の頃から外で遊ぶことが大好きだったという窪木は、じっとしていない性格だったという。

「育った環境が自然にあふれている場所だったので、山とか川とかで走り回って遊んでいることが多かったです」

小学生のときに何かの景品で大きめのマウンテンバイクをもらったこともあったが、それをきっかけに自転車にのめり込んだわけではなく、遠くに行くためというより、“行けそうにない場所まで挑戦してみる”感覚で自転車に乗っていた。中学生の頃の登下校で往復10㎞をママチャリで走ったりする程度で、自転車はあくまでも移動手段の一つだった。

小学生の頃は、クラブチームでサッカーをやっており、県大会や東北大会に出場経験もあって強かった。そのときに日本代表のユニフォームに憧れ、サッカーを続けるつもりだったが、進学した中学校でちょうどサッカー部がなくなるタイミングであった。そのため、中学にあった部活を選んで、バスケットボール部に入部。

3年間バスケを続け、さらに高校でもやろうと考えたが、進学した高校はサッカー部もバスケットボール部も全国大会に行けるような強豪校ではなかった。

高校で全国大会に行ってみたいという気持ちがあった窪木は、その高校で全国大会常連の部活を選ぶことにした。また、それまでで団体種目をやり続けたことで、楽しさが分かった一方で、もし自分が強くても弱いチームメイトがいれば負けてしまうなどのデメリットも感じていた。

自転車競技部、ゴルフ部、ハンドボール部、野球部の中で、団体種目でないゴルフ部か自転車競技部で悩んだ窪木は、自転車競技部の見学に行き、日本代表のジャージを着てローラー台に乗っている同じ中学の先輩を見て、憧れた。それが窪木が本格的に自転車を始めるきっかけとなった。

「華がない」と始めた自転車競技で、ヒントを見つける

日本では自転車といえば競輪が結びつくことが多い、その“競輪”という言葉すら知らずに自転車競技を始めたものの、窪木は最初からしっくりきていたわけではなかったそうだ。

「最初は恥ずかしかったです。あまり華がないなと。よく覚えています。朝から部活のトレーニングをみんなでやって、汗をかいて高校に登校して……それは思い描いていなかった」

高校1年のときに新人戦のような大会に出場し、当時基準とされていたトラックでの1㎞個人タイムトライアルを走った。窪木は1分23秒という記録で、先輩たちと比べると速くも遅くもないタイムだったそうだ。

そんな中で自転車にのめり込むタイミングが訪れた。最初は部からの借り物の自転車で練習をしていたが、自分で自転車を準備しなくてはならなくなった。特に初期投資が多く掛かってしまう自転車競技。スポーツを全国レベルでやってきたような経験がなかった両親に対して、どうにかお願いをして自転車を買ってもらった。

「大体（当時自転車を買うのに）費用が10万円前後かかったんです。自分で何となく好みの自転車を探したのが楽しくて。それを買ってもらえたのが自転車競技を好きになるきっかけだったと思うし、その反面、辞められないな、頑張らなくちゃいけないなというのもありました」

また、高校の部の顧問は厳しく基礎を叩き込むようなタイプではなく、自主性を重んじる環境だった。だからこそ、ワザや速さを磨くために先輩などをよく観察し、「自分でヒントを見つける」ということを絶えず行なっていたそうだ。この”自ら考えて動く姿勢”は、今も窪木の中に根付いている。

代表ジャージへの憧れ

窪木が高校1年のとき、自転車競技部の先輩の中に日本代表に選出されている選手が多くおり、窪木も日本代表ジャージを着ることが自然と目標になっていた。

「この人たちについていきたい、僕もこうなりたいというイメージがありました。『どうやったら日本代表になれますか？』と先輩たちに聞いた時に、『まずは同学年では一番にならないとダメだ』とか、『この大会で結果を残さないといけない』と言われました」

そして窪木が高校2年の頃、トラック競技の3㎞個人パシュート（タイムトライアル形式）で4位となり、同学年の中では1番の結果だった。

「全学年が集まる大会での一番は難しいかもしれないけど、次の世代として見られるときにその学年で一番成績が良ければ選ばれるだろうと思ってやっていました」

高校2年のときに出た国体のトラック競技の一つ、複数人で走り、合計得点と最終着順を競うポイントレースでは、3年生もいる中で優勝でき、勝利へのきっかけをつかんだレースとなった。

しかし、その冬に自転車競技ではないところで足首を骨折。それでも日本代表への思いを絶やすことなく努力を続けてけがを克服し、初めて声が掛かったのは高校3年生になってからだった。6月の大分での全日本ロードレースで3位に入り、7月のジュニア日本代表のロードレース遠征に呼ばれた。

「初めての海外遠征で、日本代表として初めて呼ばれたのがうれしくて覚えています。僕の同級生には高校1年生から日本代表として活躍している選手もいて、そんな強い選手たちと一緒に遠征に行けることにもワクワクした気持ちでした」

窪木にとって念願の日本代表ジャージの袖を通せることに満足した気持ちもあったが、当時は代表ジャージは返却しなければならず、そのジャージを自分のものにしたいという気持ちも生まれた。

「僕は知らない中で、『どうやったらこのジャージがもらえますかね？』と聞いたのを覚えています。それに対して『勝ったらやるわ』みたいなことを返された記憶があって。それならどうにか持って帰りたいと思いました」

そんな思いを持っていた中で、8日間のステージレースの最終日に抜け出した窪木は、逃げ切って見事に勝利を挙げた。

「日本代表になるだけじゃなくて、その先に進めた原動力だったのかなと思います。そこで優勝したおかげで、大学進学やその先の推薦やサポートにつながりました」

しかし、そこからは勝ちたいと思っても、後輩にも同級生にもスピードもスプリントも持久力もある選手が多く、なかなか難しい場面が続いた。最後のインターハイではロードレースが4位、トラックの個人パシュートでは3位だった。

「不完全燃焼の部分もありました。大学でも続けたいという気持ちがあって進学しました」

厳しい道を選んだ日本大学時代

高校3年のとき、卒業後にヨーロッパに行くことを考えたこともあった。そのときに行われたアジア選手権に日本代表メンバーとして行き、宮澤崇史や沖美穂などエリートの代表で来ていた選手と練習をしていく中で、「高校を卒業したらヨーロッパに行った方がいい。行かないともう話にならない」と言われたからだった。

だが、「今ほどパスウェイもなければ人づてもない。当時の僕にはちょっと厳しかったですね。それで進学を選んだのもあります」

さらに、進学先としてとても厳しいと当時有名だった日本大学自転車部に入ることに対しては、決して乗り気ではなかった。先輩にも「窪木は日本大学に行くと思うよ」とも言われており、難色を示していたが、当時の監督に「よく考えてみたらどうだ」と厳しい口調で言われ、次の日に「ぜひ日本大学で頑張らせてください」と返した。

「厳しい道を選ぶことが正解につながりました」

厳しい上下関係や寮生活など環境の変化に揉まれながらも、大学3年のときには全日本トラックのポイントレースや個人パシュートで優勝を収め、再び勝利への感覚をつかみ始めた。

オリンピックへの新たな夢

窪木は、大学卒業時にも再びヨーロッパという選択肢が浮かんだ。しかしその選択はしなかった。オリンピックというものに惹かれたのもこのときだったからだ。

「（トラック競技の世界選手権やオリンピックに次ぐ世界大会である）ワールドカップを回らせてもらったときに、すごくいい景色だなと感じて、オリンピックは楽しそうだなと思ったのがきっかけでした」

2012年、窪木が大学4年のときにロンドンオリンピックの選考会があった。当時の日本ナショナルチームの体制としては、2016年のリオオリンピックを目指すにあたって、日本国内で合宿に参加しなければならず、国内に拠点を残す必要があった。

「ロードレースではなくオリンピックに執着してたので、卒業しても海外には行かず、国内でオリンピックを目指すということを決めました」

オリンピック出場という新たな夢に向けて、窪木は進路を決めた。

Part2へ続く