小林海が全日本ロードで26年ぶりの2連覇 競技から幕引きへ

目次

全日本選手権ロード2025 男子エリート

2連覇の「2」を示して先頭でフィニッシュした小林

2025年6月22日(日)日本サイクルスポーツセンター(静岡県伊豆市)にて、全日本自転車競技選手権大会・ロードレース 男子エリートが開催された。総距離160kmの激戦を制したのは小林海だった。26年ぶりの全日本タイトル2連覇を果たした小林は、表彰式で引退を発表した。レースを振り返り、様々な意図を聞いた。

 

夏の暑さの中での全日本

全日本選手権ロード2025 男子エリート

多くの選手が暑さ対策をする中、男子エリートのレースがスタート

 

前日に引き続き日本サイクルスポーツセンターにて行われた全日本自転車競技選手権大会・ロードレース。

男子エリートのスタートラインの先頭には、前年チャンピオンの小林海(JCL TEAM UKYO)や帰国した新城幸也(ソリューションテック・ヴィーニファンティーニ)らが並んだ。

1日を通して風が強く吹き続け、前日よりはまだ控えめとはいえ、厳しい日差しと暑さの中で11時にスタートを切った。ほぼ上りと下りだけの8kmのコースを20周の総距離160kmで争われた。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

4人の逃げグループができあがる

 

序盤は少人数の逃げが行っては吸収が続いたが、4周目に入る頃、鎌田晃輝(JCL TEAM UKYO)が一人での抜け出しを決める。後ろから吉岡直哉(チームユーラシア – iRCタイヤ)と阿曽圭佑(Sparkle Oita Racing Team)が合流し、先頭は3人となった。

さらに途中、小島快斗(7Eleven Cliqq Roadbike Philippines)の単独での抜け出しがあり、数周をかけて残り14周へと入るところで先頭3人へと追いつく。

2月に暑いタイで行われたU23のアジア選手権を独走で勝っていることから「暑さに定評がある」と小林が言う鎌田はまだ21歳。U23カテゴリーで走れる年齢ではあるが、今回は自らの優勝を狙ってエリートカテゴリーに初出場した。

「自分も周りに引けを取らないくらい仕上がっていると思っていて、パワーデータ的にも勝てる最低限の力はあるなと思った上で出走したので、その点は全然怖くなかったです」と鎌田は話す。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

集団先頭に残ったJCLのメンバーが全員集まった

 

集団ではJCL TEAM UKYOの全員が先頭に位置取りをしたことでフタをするような形となり、4人の逃げを容認。ペースを下げ、サイクリングモードとなり、6周完了時点でタイム差は2分48秒に広がった。

宇都宮ブリッツェンの第一エースとされていた岡篤志は、ここまでを「結構、僕向きの展開」と話した。「序盤からサバイバルになってしまうより、大きい集団でいてくれた方がスプリンター的にはいい展開になったのかなと思っていました」

残り13周で先頭から小島が一人遅れた。集団では、JCLの牽引から愛三工業レーシングチームや宇都宮ブリッツェンらが引き始める。しかしペースは上がり切らず、タイム差は3分を超えた。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

鎌田と阿曽の2人となった逃げ

 

残り11周に入ったところで逃げグループからさらに吉岡がドロップ。先頭は鎌田と阿曽の2人となり、集団は再びスローペースでJCLがチームで先頭に位置取りを行った。

 

チーム力を引き出したコミュニケーション

全日本選手権ロード2025 男子エリート

レース半分を終えて、新城雄大らの飛び出しがあった

 

残り10周の後半、集団から武山晃輔(宇都宮ブリッツェン)、新城雄大(KINAN Racing Team)の抜け出しに対して増田成幸(JCL TEAM UKYO)がチェックに入ると、ペースが上がり始める。

集団を率いるチーム力を持っていたJCLの事前のチームミーティングで、小林は「強烈なアタックがあっても俺は千切れることはないと思うよ」と言い切り、強い選手の上げ下げには自らが反応するから、他の逃げが行ったときの対応をしてほしいとチームメイトに頼んでいたそうだ。

小林は全日本の戦いでしっかりとチームメイトの数が揃えられた状況で戦ったのはNIPPOに所属時以来だという。

「チーム力をうまく使わないと、空回りしたら意味がないからすごく考えましたね。僕らの優れている場所をどうやって発揮していこうかということをずっと考えていました。今まで(こういう状況は)あんまりなかったので。NIPPOのときは全然チームが噛み合っていなくて、絶対あんなミスはしてはいけないなって丁寧に丁寧にいきました。チーム内でしっかりコミュニケーションをとって、きついところではきついと言ってくれたり、『今は大丈夫』、『ちょっときつくなってきた』とかをちゃんとこと細かく教えてくれてたので、僕も丁寧にいこうって話を皆に伝えていました。うまくコミュニケーション取ってできたと思います」

残り9周に入る頃には、先頭2人から増田ら3人のタイム差が2分20秒、そのさらに20秒後方に集団という構図になったが、集団は3人を早めに吸収すると、そこで80人ほどから50人ほどまで数を減らした。

残り8周の最も標高が高くなるKOMへと向かう上り区間で、先頭は鎌田が単独となり、逃げ切りのためにも一人でペースを上げていく。

残り7周、集団からは岡や山本元喜(KINAN Racing Team)らを含む7人が飛び出したことでレースはいよいよ活性化し始めた。昨年小林と優勝争いを演じた金子宗平(群馬グリフィンレーシングチーム)が自ら集団を率いながら差を縮め、また集団は一つになった。

小林は、中盤までのスローペースによる集団の大きさに少し焦りを感じていたそうだ。

「もうちょっと(集団の人数を)絞りたかったから、ちょうど小石(祐馬)さんに『次の上りで踏むわ』と言っていたら金子が行ってくれたんで、金子についてけばいいやって。そしたらどんどん(集団が)小さくなって」

全日本選手権ロード2025 男子エリート

徐々に小さくなっていく集団

 

残り6周、集団は上りで山本元喜が上げると、小林や小石、岡、金子らが追いつき小集団になったが、さらに後ろから追いついて残り5周に入る頃に集団は26人となった。そして残り5周の後半でついに鎌田が捕まる。

逃げ続けた鎌田は、「途中、逃げが3分くらい開いて、その後も2分とかで、これは勝てるんじゃないかと思ったんですけど、やっぱりエリートの選手はアンダーの選手と格が違いました。簡単にはなかなか行かせてもらえなくて、最後タイム差が1分切ったぐらいから、ちゃんと集団に戻ってもアシストできるような感じで脚を温存しながら、最後まで何とかギリギリ走り切ることができました」と話す。

 

人数を減らし、勝負の展開へ

残り4周、集団は22人に絞られた。上り区間で、金子がペースを上げるとすぐにマークに入ったのは小林だった。さらに谷順成(宇都宮ブリッツェン)、山本元喜がつき、先頭は一時4人になったが、まだ後続集団も近い。岡らが脚を使って差を縮め、4人の逃げを許さなかった。集団は15人ほどとなり、再びペースが緩んだ。

差を縮めることはできたものの、岡はチームメイトの谷の方が調子が良いと感じ、「僕はきついから行けるなら行って、と谷に言って。自分のために走ってほしいと伝えました」

宇都宮ブリッツェンの第2エースとして自由に動いていたという谷は、前年の全日本ではパンク2回と落車に見舞われ、レースを途中で降りていた。

「やはり外からレースを見るのはすごく辛かったです。今年は前半の自分の目標を全日本選手権に置いていて、しっかりと自分のキャリアの中で一番いい状態で臨めました。それだけ今日の朝の段階で自分は自信があって、その分積極的に前半から前で展開できました」と話す。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

内田が抜け出し、山本元喜が追う。その後ろには逃げ続けた鎌田も

全日本選手権ロード2025 男子エリート

補給を受け取る山本元喜

 

残り3周で内田宇海(弱虫ペダルサイクリングチーム)が前に出て、山本元喜はまだ余力がありそうに差を詰める。小林がKOMへの上りでペースを上げても、またすぐに山本元喜が対応に入った。

ここまで誰かのペースアップにほぼ必ずついて行っていた山本元喜もまた、ここでの成績を求めてコンディショニングをしてきたと言う。

「最近だとツール・ド・熊野で今村(駿介)選手に千切られたりとかがあったので。大体、世間からの見られ方は分かってるので、ちょっと見返すというか、証明しないとなというところがあって。プレッシャーもあったんですけど」

小林、山本元喜、谷が先頭で上り切り、後ろから金子、孫崎大樹(ヴィクトワール広島)、岡が徐々に迫り、下り区間で追いつく。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

金子が自ら差を縮めにいくシーンは何度か見られた

 

終盤に入ってから、上りで何度も仕掛けた小林はこう振り返る。

「元喜さんが踏めていて、あと谷がいて、そこに金子はなかなか追い付かないのを見ていて。これはおそらくガチで追いついてないなと思いました。今年は僕はあんまりスプリントに自信がなくて、絶対にスプリントにしたくないなと思っていたので、上りで何度かジャブ打ちながら行くしかないんじゃないかなと思っていました」

先頭グループについた谷もまた、優勝候補の一人である金子の様子と、マークすべき2人を見ていた。

「やはり小林選手が一番余力があるなというのと、金子選手が今回の大会で有力候補ではあったんですけど、終盤を見ていると僕よりも少しきつそうかなというのを感じていました。山本元喜選手は序盤から結構動いていて、調子はいいんだろうなと感じていたので、この2人が特に調子がいいんだなっていうのが間違いじゃなかったと思っていて。だからこそ2人が行ったときはなるべく自分が早めに反応しようとレース途中から考えていたので、後手を踏むことはなかったかなと思います」

内田、新城、鎌田らが追走をかけ、残り2周で全て追いつき先頭は9人に。しかし、またしてもKOMへの上りで小林がペースを上げると、山本元喜、谷、金子がしがみついた。

 

ラスト1周の攻防

先頭4人が後続を突き放した状態でいよいよ最終周回へと入る。最終周に入る手前の上りから踏んでいた小林は、KOMまでの上りでも踏みたくないと感じていた。

「踏んで無理だったらショックじゃないですか。でもここで行かない理由ないよな、今僕が行かないとしたら何でなのかって考えたんです。その何分かの間に。僕がここでアタックしない理由は、ビビってるからアタックしないんだなって。だからアタックしないことは最善の手じゃない。恐怖心でアタックしてないんだったら行くしかないと思って。もう引退するし!って。もう僕は力を使い切ればいい、こんな苦しい思いをしなくていいんだと思って、アタックしました。(KOMの上りを)結構ガチで下から踏んで」

全日本選手権ロード2025 男子エリート

先頭4人で最終周回へ

 

その決断が功を奏し、KOMへの上りで谷が最初にふるい落とされ、その後金子が落ちる。

谷は、「ラスト2周の上りで4人が抜け出して、その時点で結構自分も脚にきていたので、かなりきついなとごまかしながら走っていてたんですけども、最終周の一番勝負どころの上りでのペースアップで自分は力尽きてついていけなかったです。本当にこのコースは力で必ず決まるコースなので、今日は順当に力で決まったかなと思いました」と振り返る。

この4人でのスプリント勝負に持ち込みたかったと話す金子は、「この4人であればスプリントでもいいかなと思って、最後の上りで耐えたかったんですけど切れちゃって。マリノさん、完全に真顔で上ってましたからね。レベルの違いを感じました」

唯一喰らいついた山本元喜について小林は、「やっぱり強いなと思って。僕はもう後ろ見ないで影を見てたんです。影が消えねぇ!と思って。でも元喜さんもきつそうだったし、僕もきつくて。例年よりも僕、体重が1㎏か2㎏重いんですよ。パワーは出てたんですけど、一発のパワーは速くないなと思っていました。でもリカバリーの良さは感じてたんですよ。下ったらもう結構リカバリーしている状態でした」と語る。

そして、ラスト3kmほどの競輪選手養成所の脇の上りで山本元喜が先頭交代をしようとしたタイミングで小林が後ろからアタックを仕掛けた。

山本元喜は、「ここで踏むか!と思って、合わせに行ったんですけど、やっぱり一発目の(KOM)の坂でギリギリまで追い込んでいて、自分的にはもうそこが勝負だと思っていたので。KOMの頂上までオールアウトギリギリで1回追い込んでからの2回目だったのでもう脚が限界で。それ以上無理に追いすぎてオールアウトしても、後ろもいたから、ちょっと残しながらギリギリ追いつければと思いながらだったんですけど、もう頂上のところでかなり離れちゃったのでこれは厳しいなと思って。脚順だったなと思います。今年は、真っ向勝負をしようと思って、最後は力勝負でマリノに負けた。走っている最中にできる判断は全部やって、自分が一番リザルトを残せる走り方をしてという結果だったので満足といえば満足です」と振り返る。

一方の小林は、「競輪学校の上りでもう千切れるまで行くしかないと思って、全開で行ったら千切れてくれたので、来た!と思って。下りも僕のほうが速いし、離れたので」

小林は独走で一気に30秒のタイム差を築くと「ペースでいけば勝てる」と確信した。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

3月、4月とコンディションが悪い日々が続いていた小林は、5月上旬のツール・ド・熊野の第1ステージで「このコンディションで走っていても何の意味もない」と早々にリタイヤ。ツール・ド・コリアにも召集されていたが、片山右京氏に直談判して行かなかった。

「ずっとその期間をトレーニングに充てられたのは良かったですね。僕の自分のリズムで取り戻す必要があったので」

その後レースに一切出場していなかった小林は、ストラバも非公開にし、この全日本まで完全に姿を隠した。

「熊野もあんな感じでやめたから、やる気ないと思われてる方でいいなって。見せないでいいやって。絶対みんな見てるんで。僕の性格上、本当にやる気が失せてる可能性も結構あるから。勝負のときはとにかく人を悩ませる種を作るのが大事なので」と笑う。

岡も、「誰もマリノさんのコンディションが分からなかった。でも脚を見た瞬間、この人はこれは家にこもってたわけじゃないなと分かりました。能ある鷹は爪を隠すっていう……」と話していた。

かつてこの修善寺で争ったフィニッシュラインに向かう上りの直線で踏むことにちょっとしたトラウマを持っていたと話す小林は、「あぁ良かった、最後ここで流せるじゃん」と、観客に向けてガッツポーズを見せながら、悠々とフィニッシュラインへと向かった。

腕を広げ、ガッツポーズを繰り出した後、最後に手で「2」を作ってフィニッシュラインを切った。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

2連覇の「2」を示して先頭でフィニッシュした小林

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2位は山本元喜

全日本選手権ロード2025 男子エリート

3位は金子

全日本選手権ロード2025 男子エリート

谷は4位

全日本選手権ロード2025 男子エリート

小集団の頭をとった岡が5位

 

特別な全日本という舞台での引退

「連覇とか本当に全然意識してなかったですね。ただ勝ちたい、みたいな」

レースが終わり、とにかくホッとしたと言う。事前に決めていた競技からの引退という決断が揺らぐこともなかった。

全日本選手権ロード2025 男子エリート

フィニッシュラインでチームメイトと喜びを共有した

 

「あぁ、もういいんだと思って。さっきレースが終わってから、結果が出たら変わることってあるじゃないですか。でももう終わっても、今でも、こんな苦しいことしなくて済むのかとホッとしていて。分からないですよ、半年ぐらい経って、やろう!とかなるかもしれない。それは誰にも分かんないですけど。でも今のところ、本当にきつかったし、やっぱ走ってるときってめちゃめちゃ嫌じゃないですか。怖いし、きついし、不安だし、負けるかもしれないし、何だか嫌な感情がたくさんあるじゃないですか。そういうのをずっと考えながら、恐怖とかをどうやって自分で制御するかというのを僕はずっとやっていて。そういう性格の選手なので。もういいやと思って」

引退という決断の前に、首脳陣とのやり方が合わず、6月の時点でチームを辞めることは早い段階から決めていたという。

「いろいろ考えてるうちに、競技をやってる意味はもう僕にはないなっていうふうに思って」

全日本選手権ロード2025 男子エリート

JCL TEAM UKYOのチームメンバーと共に

 

「僕の強さと性格と考え方で、これより上には行けない」そう小林は悟った。

ヨーロッパに行くだけでなく、ちゃんと役割を全うして、『活躍できる』プロ選手になりたいという思いを抱き、様々なルートでヨーロッパに渡っては本場の、本物の天才たちも目の当たりにしてきた。

「僕のパフォーマンスはまだあと何年か上がっていくけど、それは僕がしたいことではないから。僕はここが終わりなんじゃないかなって」

また、全日本というレースを最後にしたことには理由があった。

「僕は全日本選手権というのに結構、選手人生で囚われてたんで。シーズン通していろんなレースあるし、全日本勝てなくても、みたいな強がりですよ、そうやって思いたいんですよ。そうやって勝てていない自分を肯定するために、強がりを言っていた時期もあったんですけど、やっぱり自分にとっては特別なものだから、それで終わらせればいいんじゃないかなっていう考えでしたね」

全日本選手権ロード2025 男子エリート

前年チャンピオンの証である1番のゼッケンを付けて、1番でフィニッシュを切った小林は、強烈な印象を残してレースから去る

 

表彰式で初めて自らの口から発表した引退という言葉。小林は観察眼に優れ、誰よりも現実を見ていた。

「まじで何も決めてないので、明日から無職です」そう言っていつもの笑顔を見せた。

2025年の全日本チャンピオンはこれから不在となる。だが、実に26年ぶりに全日本を2連覇を果たした男の記憶は多くの人に残り続けるはずだ。

 

男子エリート リザルト

全日本選手権ロード2025 男子エリート
1位 小林海(JCL TEAM UKYO)4時間47分2秒

2位 山本元喜(KINAN Racing Team)+25秒

3位 金子宗平(群馬グリフィンレーシングチーム)+56秒

 

第93回 全日本自転車競技選手権大会ロードレース

開催地:静岡県伊豆市・日本サイクルスポーツセンター

開催日:2025年6月21日(土) 〜 22日(日)

6月21日(土)個人ロードレース WE+WU23、MU23

6月22日(日)個人ロードレース MM、WM、ME

日本自転車競技連盟