猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第43回
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足摺サニーロード! ようやくの太平洋に喜ぶ。ブルベは大きな苦しみと小さな喜びの連続だ
坂バカ俳優、猪野学(いの まなぶ)。NHK BS1の番組「チャリダー★」で活躍する姿は、多くのサイクリストが知るところだ。Cyclist(サイクリスト)で連載中だった「猪野学の坂バカ奮闘記」が、サイト閉鎖にともないサイクルスポーツへお引越し。さらなる活躍をレポートしていく。今回は、ブルベ「BRM1012徳島1000km」の参戦記2日目の後編だ。(編集部)
前回のお話(BRM1012徳島1000km 2日目前編)はこちら
四万十川への長い道のり
最大の難関である佐田岬のPCに到着し難関を突破した気になっていたが……まだ半分残っていることに気がついてしまった私は四国1000kmの過酷さに叩きのめされていた。33km、いま来たばかりのいまいましいアップダウンを戻らなければならない。
しかし人間の心理とは分からないものでなぜか往路より復路の方が気持ちが楽になる。実際に比較的、楽に佐田岬の復路をやっつけることができた。
難所の佐田岬を終えるといよいよ宇和島方面へと足を踏み入れる。一番坂が多いエリアだ。そしてその先には次の目標の足摺岬がある。距離はおよそ200km。のどかな漁村に癒されながら距離を稼ぐ。ありがたいのは、ここまで、胃腸を含め体が悲鳴をあげていないことだ。4時間寝たので睡魔もこない。
うまくいっていると……これがまた単調で厄介だ。何か楽しみが必要だ! 私はそれも考慮してしっかり準備していた! 今回は主食のカロリーメイトを封印していたのだ。私は今回のブルベ企画でおそらく一生分のカロリーメイトを食べてしまった。代わりに投入したのがレーズン入りのクッキーだ! これがうまい! レーズンは鉄分が豊富なので力がわく。ブルベは単調なので楽しみを作っておくと良い。
100kmを走ったところで457km地点のPC6の、ゆらり内海に到着。主催者に到着を告げブルベカードにハンコをもらう。参加者名簿を見ると自分が上位にいることを知る。ほとんど休憩していないからだろう……。
次のPC7の足摺岬まではあと100kmなのだがキューシートの交差点が3つしかない……そう! スマホのナビゲーションのお姉さんがしゃべってくれない50km変化なしの直線地獄だ。さすがにここで休憩しようとコンビニで食事をとることにする。弁当を買い日陰があるエアコンの室外機の横で食べていると涙がポロポロあふれていることに気づいた……体は順調だが心が随分とやられているようだ……まさか50歳を過ぎて地べたに座り飯を食うことになるとは……自分がひどく落ちぶれた感覚に陥る。実際はそんなことないのだが……。
しかし私には今回頑張れる理由があった。あまりに長い1000km! 頑張るのは前半の2日だけと決めていたのだ。つまり! 今日460km走ったら明日はオフ・デー!! 明日は150kmしか走らない! 残りの350kmは楽しくサイクリングと決めて心の負担を分散させる作戦だ。
明日は休むぞ!と心に決めて100km先の足摺岬を目指す。単調過ぎて記憶が曖昧になった頃……長いトンネルを下るとそこに太平洋が広がっていた…足摺サニーロードだ! ようやく瀬戸内海とおさらばし高知県側に入ったのだ! うれしい……ただただ単純にうれしい。夕陽に輝くサニーロードに涙する……。
日没を迎えた頃にようやく553km地点のPC7足摺岬に到着。数人のライダーがおられる。しかし……しかしだ、本日の宿泊地の四万十市まではまだ70kmある。さらに四万十川をさかのぼったPC8のカヌー館にまでのヒルクライムを終えるまで、本日のライドは終わらない。
ここからのライドは人生で一番キツかった…四万十に着けば一度ホテルにチェックインし少し休めるのだがこいでもこいでも四万十川が現れない。
さすがに疲労が限界に来ていたのだろう……ヤケクソになりだしヤサグレ出した……もうどうにでもなれっ!! とぶちキレる。今度は感情が壊れた……クソったれぇーーーっ!! と大声で叫んだ時に周りが真っ暗な事に気付く……ん? スマホをタップし地図を起動させるとそこには四万十川と書かれていた!! やった! 四万十川だ!! 怒りの感情は瞬時に歓喜となりブラボーーっ!! と叫ぶ。さらに先を見ると四万十川市の繁華街のネオンが見えるではないか! ブラボー繁華街!! 四国1000kmでfinishより歓喜した瞬間だった。
楽しいん?
繁華街に入りホテルにチェックインする。長い1日だった……顔を洗い大きく深呼吸した。PC8のカヌー館まで往復60kmヒルクライムすればこの地獄は終わる。サドルバッグを外し、いらない荷物を部屋に残し軽量化して午後9時にホテルを後にした。
四万十川のヒルクライムの勾配が未知であったが幸い緩やかだった……しかし15kmと長い……すると前方に参加者が現れた。真っ暗で道も悪いのでつかさせていただいたがペースが遅い。挨拶をして追い抜いてスピードを上げるとピッタリついてくるではないか。なんだ踏めるんじゃねぇかとさらにスピード上げる!! さらについてくる。ものすごく疲れているのに私の坂バカスイッチがオンになってしまった!! 深夜のアタック合戦の始まりだ!! お互い600km以上走ってきているのに元気だなと相手の顔を見ると20代くらいの若者ではないか!? 50代にはキツが負けてられないと必死でローテーション!! おかげであっという間にPC8のカヌー館に到着できたのであった。
主催者にチェックしてもらう。この時点で全体の2位につけている。しかしそんなことはどうでもいい。スピードブルベは今日で終わりだ。
若者に別れを告げて、ホテルまでゆるやかな勾配を下る……再び繁華街に着いてコンビニで夜食を購入しているとキャバ嬢のお姉様が「兄さんこんな夜中にチャリ乗って楽しいん?」と絡んできた……。「楽しい?」私は何と答えて良いか分からなかったので、かわりに史上最大の愛想笑いを返してやった。
シャワーを浴びてジャージを洗いベッドに潜り込む……。とんでもない1日だった…。1日で460kmはやりすぎだ。目を閉じるとキャバ嬢のお姉様の「楽しいん?」が脳裏に蘇る。
楽しいん? 楽しいん? 楽しいん?
そんな簡単な質問に素直に答えられない……それがブルべだ。「楽しいん?」それを確かめるうえでも明日は楽しむことに集中しようと心に誓い深い眠りへと堕ちたのであった。