1年の延期が大きな意味を持った 2020オリンピックMTBに、ピドコックが滑らかな走りで勝利

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東京2020オリンピックが延期になって1年、その1年間でマウンテンバイク・クロスカントリー(MTB-XCO)競技の世界は大きく変わっていた。2021年7月26日に開催された男子マウンテンバイクレースでは、今年の前半までXCO界にはほとんど知られていなかった21歳の選手、トーマス・ピドコック(イギリス)が金メダルを勝ち取ったのだ。

このレースで彼は、強豪選手たちが並ぶ先頭から数えて4列目からのスタート。5月に鎖骨を骨折してから2カ月での金メダル。マウンテンバイク・クロスカントリー競技における完全な世代交代を、五輪という大舞台が明らかにした。

tokyo東京2020MTB男子

前回大会リオ五輪の覇者シューターがゼッケン1を付ける。その後ろゼッケン29がピドコック

 

MTBの五輪レースは、MTBの時代を作るベンチマークだった

tokyo東京2020MTB男子

MTBの五輪は常に、MTBにおける新たな時代を作るエポックメーキングなレースであり続けてきた。この東京2020オリンピックでもそれは変わらず、その舞台となった静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター内に作られた《伊豆MTBコース》は、これまでにない難コースとして世界に知られるものとなった。

伊豆は高い技術と集中力が必要なコースである。下りはロックセクションと言われる岩場を走る下り、その勢いを落とさずに上り返す急坂。これまでの五輪コースと比べると面積としては半分以下にまとめられたコース内を世界最高峰のMTB選手が走り、金メダルを争う。

その中でも優勝最有力候補として挙げられていたのが、直前のツール・ド・フランスでステージ優勝を達成し、マイヨ・ジョーヌを着続けたマテュー・ファンデルプール(オランダ)だった。その対抗馬として今年に入り彗星のようにMTBワールドカップでの勝利を成し遂げたピドコック。さらにこれまでMTB界の王者として君臨し続けてきたニノ・シューター(スイス)。彼ら3選手の三つ巴の戦いになると目されていた。

 

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ゼッケン9がファンデルプール

 

スタートしてすぐに、ファンデルプールが落車、ここで流れが決まった

東京2020MTB

優勝候補のファンデルプールが転倒し順位を落とした

 

一番暑い時間を避けるため15時となったレーススタート。スタート直後に10人のパックができ、ここに前出3選手が入っている。速いペースで後続を突き放そうとするも、難易度の高いコースのため、差を開けることすら難しい。

スタートループが終わって1周目に波乱が起きた。ファンデルプールが、最も大きなドロップオフ『桜ドロップ』にて激しく転倒したのだ。試走の時にはあったエスケープ用のラダーが本番にもあると思い込んだのが原因という。ビデオを見ると前輪を自ら落とし込んでいるので、ラダーで加速しようとしたのだろう。一時は動けなくなるほどの落車を喫したファンデルプールはそのまま後退し、レース中盤にリタイアした。

 

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シューター(右)とフリュキガー(左)のスイス代表2人がレース序盤をリード

 

レース中盤までは、シューターとマティアス・フリュキガー(スイス)のスイス人2人が、盤石の体制で先頭を固めた。同じ国ではあるがライバルでもある2人は先頭を譲らず、抜きあいながら進めていく。このスイス勢がレースをコントロールするのかと思われたが、全7周の4周目、ピドコックがシューターの隙をついて先行する。このコースでは、先行した選手が自分のペースを決められるために圧倒的に有利になる。ピドコックの後ろにシューターは1周ほど着けていたが、そこにフリュキガーが上がってきてシューターを抜き去った。

 

追うスイス勢と、逃げるイギリスのピドコック

シューターのペースは上がらない。一方でペースを落とすことなく先頭を走り続けるピドコック。その後ろにぴったりと付けるフリュキガー。5周目の後半になり、この消耗するコースに選手たちのスタミナと集中力は奪われ、シューターはいよいよ速度を落とし、他の4人選手と3位パックを形成する。残り1周半、勝負はピドコックとフリュキガーの2人に絞られた。

変わらず淡々を走り続けるピドコック。そのペースは一向に落ちない。劇的に難しい下りでも、ほとんど上下動なく流れるように走っている。一方のフリュキガーは、コースの凸凹に体をとられ、急坂上りでは押すことも見られた。力の限りピドコックについて行っている様子だ。しかしフリュキガーが遅いのかというと、そうではない。シューターを含む3位パックは、フリュキガーとの差をどんどん広げられているからだ。

 

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先頭を行くピドコック。後ろにはフリュキガーが見える

 

滑らかな走りのピドコック、次世代ヒーローの誕生だ

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残り1周、ピドコックの走りは滑らかだ。MTBではフロウ(flow)という言葉があり、水がフロウするように流れていく走りをこう呼ぶが、今日のピドコックの走りはまさにこれだった。障害物の頂点から頂点を、タイヤで軽く触るかのように走り、下りの流れをそのまま上りに持ち込んでいく。”全く速く見えない速い走り”というものの見本であった。後半になるほどその滑らかさに磨きをかけたピドコックは、いよいよ後ろのフリュキガーとの距離を開いていった。

残り半周。ピドコックの金メダルは誰の目にも明らかになった。彼はそのフロウを失わずに走り続け、ホームストレートにつながる最後の急上りをクリアした。

最終コーナーでイギリス国旗を手渡された。後ろを確認することもなく、イギリス国旗を優雅にまとったピドコックは金メダルへのフィニッシュラインをくぐった。

 

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今年の5月、ピドコックは練習中に交通事故に遭い、鎖骨を骨折した。その怪我から復帰してすぐの、この五輪の舞台だった。
 
「自分がオリンピアンであること自体が驚きだし、オリンピックに出場できること自体がすごいことだって言い聞かせてきた。
 
怪我以来、いいレースをしていなかった。厳しい練習を積んで、調子はいいのはわかっていたけれど、レースでそれを出せるかどうかはわからなかった。
 
ただ一度レースが始まってしまうと、いい位置にいられるのがわかった。自分に大きく期待していて、その期待どおりの走りができた。僕にはこれからも時間がある。急いではいない。僕は今、オリンピック・チャンピオンだ。これまでやってきたことがあまり間違っていないのがわかった。まずはこの勝利を喜びたい」(ピドコック)
 

銀メダルには全力を尽くしたフリュキガーが入り、銅メダルへの3位スプリントを勝ち取ったのはダヴィド・ヴァレロ・セラノ(スペイン)だった。シューターは4位に入った。

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ⓒBettiniPhoto

 

「こんなに多くの日本人の前では走れて、本当に幸せでした」と山本幸平

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日本人として参加したのは山本幸平。この東京大会で4大会連続の五輪出場となった。このレースを最後の公式レースと決めていた山本は、スタート後に中盤のパックに入り、そこからペースを落とさずに前を目指して走った。「今持っている力を出し切りたいと思って走っていました。最後まで集中して、少しでも前でゴールしたい、という。そういうアスリートの気持ちで突っ走りました」(山本)

今日の山本の走りは、側から見ていても充実したものだった。これが最後のレースだから、ということではなく、実際に『乗れていた』のである。走っている最中に山本は、こう考えていたと言う。「本当に、幸せでした。こんなに多くの日本の観客の前で走れたことはないし、それを求めてやってきました。海外で走っていて、自国開催の選手はどういう気持ちなのか……と考えていましたが、それを今日、自国開催の気持ちを自分自身でわかりました。人の応援こそがパワーになるのがわかりました。とても幸せでした」(山本)

山本はピドコックに遅れること7分21秒、29位でゴールした。この順位こそ不本意に見えるかも知れないが、「走りとしては、これまでで最高でした。暑さがあり、速度の緩急が激しいこのコースがあり、そこでの29位というのは、褒められる結果だと感じています」と、フィニッシュ後に日本ナショナルチームの鈴木雷太監督はコメントした。

TOKYO2020MTB

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2021/7/26 東京2020オリンピック 男子マウンテンバイク
1位 トーマス・ピドコック(イギリス) 1:25:14
2位 マティアス・フリュキガー(スイス)+0:20
3位 ダビド・ヴァレロ・セラノ(スペイン)+0:34
4位 ニノ・シューター(スイス)+0:42
5位 ヴィクター・コレツキー(フランス)+0:46
6位 アントン・クーパー(ニュージーランド)+0:46
7位 ヴラッド・ダスカル(ルーマニア)+0:49
8位 アラン・ハザーレイ(南アフリカ共和国 +1:19
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29位 山本幸平(日本)+7:21

 

東京2020MTBの難コースをピドコックが中盤から独走して勝利