Jプロツアー最終戦 マトリックスの圧勝劇

目次

Jプロツアー最終戦はマトリックスパワータグの見事な圧勝劇で幕を閉じた。でも、決して完全な1強ではなかった。各チーム、でき得る限りを尽くしていた。それぞれのチームの意図を紐解く。

Jプロツアー最終戦

輪翔旗を再び手にしたマンセボ

最長距離の180km

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マトリックスは、最終戦でマヴィックの新型ホイール、コスミックSLR45ディスクを投入

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昨年の経済産業大臣旗優勝者のマンセボが安原理事長に輪翔旗を返還

全日本選手権もなくなった今年、180kmというレースは最長距離だった。今シーズン、もう何度も訪れた群馬サイクルスポーツセンターの6kmのコースを30周もした。
台風の影響を鑑み、前日のE1とフェミニンのレースは中止となった。しかし、南へと進路を逸らした台風14号は、群馬の地には何ら影響を与えることもなく、10月11日のJプロツアー最終戦、経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップの当日を迎えた。朝のスタート時には雲に覆われていた空も、時間を追うごとにすっかりと青空へと変わっていった。

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スタートしてすぐにできた3人の逃げ

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3人の逃げに対して追走をかける前田と佐野

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風間に対してコース上で指示を出すシマノレーシング野寺監督

スタートしてすぐに飛び出した風間翔眞(シマノレーシング)、西尾憲人(那須ブラーゼン)、永冨一騎(群馬グリフィン)の3人に、佐野淳哉(レバンテフジ静岡)と前田公平(弱虫ペダルサイクリングチーム)の2人がジョイン。集団はこの5人の逃げを容認した。
序盤は、談笑できるほどゆったりとしたペースで進み、集団は愛三工業レーシングチームとチームブリヂストンサイクリングが中心となって牽引を行った。

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集団牽引を行う愛三工業レーシングチームとチームブリヂストンサイクリング

広島や大分のレースでは序盤からガッチリ集団先頭を固めてコントロールしていたマトリックスだったが、今回のレースで序盤から集団コントロールを行わなかったのには理由があった。
安原昌弘監督はこう話す。
「広島とか大分のコースだったらうちがコントロールしても行き切れる。群馬は、広島のコースに比べたら負荷が緩いから、逆に(コントロールを)やってたら、(他のチームに脚を)溜められて危ないんじゃないかっていうのがあって。それでもこれが輪翔旗(経済産業大臣旗の通称)とか最終戦じゃなかったら行くんだけど、最後はオーダーを出してたから。それだったら様子を見ようってなって。例えば誰か選手が逃げても、うち以外でも追いつかないと具合が悪いっていうチームがあるから、そういうチームにも動いてもらって、その動きを見ながら行こうって。最後、(もし他のチームの)動きが悪かったら自分らで行こうってなったから」
マトリックスが欲したものは明確だった。一番目はレオネル・キンテロの個人総合ジャージを守り切ること、二番目はこの日の勝利、三番目は年間チーム総合の逆転(最終戦スタート時点
で1位が宇都宮ブリッツェンで2位がマトリックス)。昨年の経済産業大臣旗と同じように、1着2着3着をかっさらえば全ての目標はクリアできるという算段だった。

一方で、大前翔でスプリント勝負に持ち込みたい愛三工業レーシングチームだったが、このマトリックスの動きは誤算だった。
「蓋を開けてみれば、マトリックスも大分(でのレース)みたいな感じに180km全部を完全にコントロールしてっていうのは考えていなかった。僕らは(それを)やるとちょっと予測して期待していた部分もあったんですけど。前半、牽引に人数を割く形になりました」と大前は話す。ただ、ポイントランキングで2位につけていた大前自身がブリッジするような動きを見せたときには、後ろを振り返ればキンテロがぴったりとマークしていた。大前は、「本当に固いレースしてきたなという感じで。あの牙城を崩して出し抜くのっていうのは難しかったですね」と振り返る。

期待どおりの1、2、3

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集団からアタックをする中井とそれにつく橋本

レース中盤になると徐々にマトリックスのメンツが集団前方に集まりはじめ、スピードが上がった。21周目に逃げていた5人を捕まえると、カウンターのように集団前方に位置していた中井唯晶(シマノレーシング)がアタック。橋本英也(チームブリヂストンサイクリング)は、事前にその雰囲気を捉えて中井の後ろを位置取っており、そのままアタックに反応した。レース前に腰が痛いと言っていた橋本だったが、走っているうちに痛みがおさまってきたと話していた。その二人に佐藤遼(レバンテフジ静岡)と捕まったばかりの西尾も再び乗った。集団はこの4人の逃げも行かせ、今度は最大で1分50秒というタイム差も与えた。

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1分50秒まで開いた終盤4人の逃げ

「1分後半まで広がって、その時は逃げ切っちゃうのかなと思ったりもしたんですけど、やっぱり4人の逃げの中で、僕もすごくきつくなって、2人くらいしか引けなくなっちゃったので、もう吸収されるだろうなと思って。(心臓破りの)上りのところで吸収されてそこまででした」と橋本は振り返る。
集団はキナンサイクリングチームを先頭にして積極的に追い始めると差は一気に縮まり、27周目の上りで4人の逃げを捕らえた。最後の抜け出しを図ろうとさまざまな選手が動きを見せるが、マトリックスの司令塔、フランシスコ・マンセボが自ら潰しにかかる。

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終盤、しっかりメンバー全員をそろえて集団先頭に立つマトリックスパワータグ

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トマ・ルバのアタックに自らチェックに行くマンセボ

しかし、マトリックスとしても一つの不安要素があった。ペースを上げても予想していたよりも人数を絞り込めなかったのだ。長い距離とはいえ、中盤までのペースが緩すぎて多くの選手が脚を残した状態だった。これは同じように集団を割る動きにしたかったキナンサイクリングチームにとっても難しい展開だったと山本元喜は話す。
ブリヂストンなどスプリントのあるメンツも残り、最終ゴールスプリント勝負に持ち込むことに一抹の不安を抱いた安原監督だったが、マンセボらの「大丈夫」の一言に任せた。

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ラスト2周でペースを上げるマトリックス

ラスト2周、吉田隼人らマトリックスの牽引により、前の周のラップタイムから1分20秒も縮めた。そして最終周回、上りで一気にペースを上げ、上り切ったところでキンテロがさらに飛び出すと、集団は崩壊。キンテロに続いてマンセボ、ホセ・ビセンテ・トリビオがそれぞれ単騎で飛び出し、細切れになった集団が追う。

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最終周回、上り切りではキンテロを先頭にもうバラバラに

集団に残された今村駿介(チームブリヂストンサイクリング)は、「(飛び出して行ったのは)目の前でしたね。そこからじわじわ離れて、オールアウトしたらやっぱりもがけないので、ちょっとだけ溜めてクリアしたらもうそのまま行かれちゃって。宙ぶらりんになったので、一人で追うかなと思ったんですけど、追ってスプリントしたら勝てないし、後ろもスピードあったので後ろに下がりました」と振り返る。
また、大前は最終スプリントこそ狙っていた展開だったが、最後の位置取りがうまく行かなかった。
「終盤は本当にもう、最後の上りの位置取りの段階で少し後ろになってしまった時点で決まっていたような感じで。伊藤(雅和)選手と岡本(隼)選手とで僕を引き上げる動きをしてくれたんですけど、やっぱりもう頂上の時点でギャップが開いてしまっていたので。あと、そこの時点で僕が一人になっていて。最後、伊藤選手が追いついてきてくれて、発射台をやってくれたのでなんとか最低限4位を射止められたのは良かったです。これで10位とかに埋もれていたら、ここまでの選手たちの働きに報いることができなかったので」

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マンセボ、キンテロ、後ろからトリビオと1-2-3フィニッシュを飾った

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4着争いはわずかに大前が先行した

キンテロにマンセボが追いつき、マンセボに譲る形で1、2フィニッシュ。さらに後ろからトリビオが3着をも攫った。4着争いのスプリント勝負は今村に僅差で大前が頭をとった。
2年連続完全優勝という形で締めくくったマンセボは、こう語る。
「すごくうれしいです。3つの目標も全てクリアできました。今日は、作戦も戦術も全部うまくハマって、エース級の選手たちが後半に向けて勝負に脚を溜められたので、一番いい結果を出せました」
今回はマンセボ自身が勝ちを手にした。チームメイトを、そしてレース全体をコントロールしながら。
「今年はシーズンが短くて、レースもJプロツアーしかなかったので、今結果出しているレオ(キンテロ)やホセ(トリビオ)がエースになって走ることが多かったけれど、またスペインのUCIレースだったり、TOJ(ツアー・オブ・ジャパン)だったりすると、結果を求める選手は変わってくるし、そういうところで自分も成績を出しに行けたら。でも、全部で自分が成績を出すとかではなく、適材適所でチームが機能するように動いてくれればいいかなと思っています。自分もそういうふうに動きたいし、特に今年はこういったレースしかないことが分かっていたので、完全に今年はチームの役に立つために来ました」

走りの“矯正”

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表彰台を独占した3人が安原監督の激励を受ける

リーダーシップを持ってレース全体を掌握する選手がいると、レースはまるで別ものとなる。それはもう、マンセボが来てからの残り5戦で証明された。
マトリックスは、マンセボが指示を出していたおかげで無駄に脚を使うことがなくなった。チームメイト全員が使うべきところで脚を使う。それゆえのまとまり、それゆえの強さだった。
「経験が違いますね。よく分かってますよね、ロードレースを。指示を全部やってくれるので、楽なんですよ」とチームメイトの吉田隼人もうなる。そしてこう続ける。
「こんな歳で僕も最後引くときもコントロールしてくれるんですよ。ここは休めとか、焦るなとか。ああいう選手が走るときに近くにいてくれたら、選手自体も育つんじゃないかなと」
安原監督も、「今はパコ(マンセボ)をはじめ、ガバッと前で固まっている。こういう時、動くところでは動きやすい。他のチームの牽制にもなるし、自分のところが動くときも前で展開できて、動きやすくなる。パコが来て、そういうレースをやったら、そこで展開していればいつもより楽だなっていうのが(チームメイトも)どんどん分かってくる。逃げに乗ろうとするのはいいけど、動きが単発になって、結局力が分散されるから、使うところで使わないとっていうのをパコが教えてくれてる。これは勉強で、パコと走った奴らが次よそでもそういうふうにできるっていうようになって欲しいから」と、希望を込めてチームとレース全体に及ぼし始めた変化に自信を持つ。

ある意味、走り方の“矯正”と言ってもいいだろう。他チームもマトリックスの走り方を見て学ぶことは多いはずだ。学んで、失敗しても実践してみる。そうすれば、結果としてレース全体のレベルを上げることにつながる。
ただ、いつまでもマンセボ任せにはしていられない。いずれ、「次は自分が」とリーダーシップを持てる日本人選手が育ったならば、それは決して小さくない変化になるはずなのだから。

 

第54回 JBCF 経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ リザルト

Jプロツアー最終戦

1位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) 4時間38分10秒
2位 レオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ) +0秒
3位 ホセ・ビセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ) +6秒
4位 大前 翔(愛三工業レーシングチーム) +8秒
5位 今村駿介(チームブリヂストンサイクリング) +8秒

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団体賞は1位が1、2、3を決めたマトリックスパワータグ、2位はチームブリヂストンサイクリングで3位が愛三工業レーシングチーム