Velo-city開催の機運高まる愛媛県、その熱と意義 愛媛県自転車新文化推進フォーラムより
目次
自転車国際会議Velo-city(ヴェロシティ)が2027年に愛媛県で開催されることは、スポーツ自転車のメディアよりも一般ニュースが大きく報じていた印象がある。
Velo-cityは「自転車利用とまちづくり」に主眼を置く会議であるから、都市よりも郊外、日常移動よりレクリエーションやレースが活動の中心となるスポーツバイクとは、関心領域が微妙に違っている。
例えばバリバリのロードバイカーは街中を走りやすいとは思っていないし、それでいて街中を走りやすくしていきたいとも思っていない。走りやすい郊外へ出ればいいだけのことで、都市生活者の自転車利用とは切実さが違う。単純化すれば趣味のロードバイクと生活のママチャリは、同じ自転車でありながら乗る人も乗られ方も全く違うということだ。
スポーツバイクのメディアが自転車利用のまちづくりというトピックに熱心でないのも無理はない。編集部が都心にありながら、「スポーツバイクは郊外で乗るもの」という観念が媒体に通底していることは誌面を見れば明らかだ。それはそのまま、日本のスポーツバイク愛好家の共通認識になっている。
しかしこの愛媛県開催のVelo-cityは、私たちのようなスポーツバイク愛好家こそが注目する理由がある。スポーツバイクを扱うメディアが、取り上げるべき理由がある。
愛媛県は日本で最も大きな、ロードバイクとママチャリの共存するプラットフォームを持っている。しまなみ海道だ。いまや世界に注目されるサイクリングルートであるしまなみの成功が、今回のVelo-city誘致の決め手になったことは間違いないだろう。
しまなみ海道の意義は、息を飲むような絶景ルートが楽しめることではない。それは、日本でほとんど唯一、ママチャリ層からロードバイク層まで、「あらゆる自転車利用者が同時に自転車を楽しめる空間を作ったこと」に他ならない。そしてVelo-cityが世界規模の会議を重ねて目指しているのは、そういった空間を都市生活の中に作ることである。
しまなみ海道を自転車の聖地にしたのは、愛媛県行政の強い意志であったことは広く知られている。県庁には「自転車新文化推進課」があり、民間と連携する「愛媛県自転車新文化推進協会」もこの地の自転車利用を推し進めている。新文化、という言葉には前例のない自転車文化を創り上げようという気概がある。
その流れの中で愛媛県がアジアで2番目、日本では初めてのVelo-city開催地となったことは必然的にも思える。このさらなる自転車文化の発展の機会に、愛媛県は全力を投じている。
Velo-cityとは何か 愛媛県自転車新文化推進フォーラムより
9月24日(水)に、愛媛県自転車新文化推進フォーラムが開催された。その主題はもちろん2年後に迫ったVelo-cityについて。招致決定から初めての大規模な公的フォーラムということもあり、Velo-cityとは何か、というところからイベントは始まった。
今年の5月にポーランド・グダニスクで開催されたVelo-cityの参加報告が、愛媛県自転車国際会議推進室の幸原健太郎室長より行われた。それによると、Velo-cityは下記の3つの軸で開催されるイベントであるという。
・学術会議。研究者だけでなく、行政や企業の発表も盛んであることが特徴。
・展示会。自転車利用の課題解決に向けた製品や施設(インフラ、シェアサイクルetc……)。
・パレード。開催地の市街地を大勢で自転車ライドする。
愛媛大会でも、松山市内のライド参加を県民に呼びかけ、2000人規模のものになる予定だという。
オランダは最近まで自転車の国ではなかった(むしろ真逆)
愛媛のステークホルダーたちにVelo-cityの意義と目指す方向を知ってもらおうと、フォーラムでは自転車の国オランダからゲストを招聘し、パネルディスカッションが開催された。
コーディネーターを務めるNPO法人自転車活用推進研究会の内海潤事務局長の軽快なリードのもと、まず登壇者が語ったのは、「オランダがなぜ自転車の国になったか」ということだった。
私たちはオランダが自転車競技の強豪国であるのと同時に、一般市民が自転車を生活で利用する「自転車の国」であることを知っている。しかし、どうしてそうなったかについて考えたことはなかった。オランダ王国企業庁サスティナブルモビリティチームのプログラムマネージャーであるソニア・ムニックス氏が、その歴史をプレゼンした。驚くべきは、オランダであっても「最初から自転車の国ではなかった」ことだ。
ムニックス氏によると、オランダは80年代まで猛烈なクルマ社会だった。道路の設計もクルマを中心に考えられていた。しかしそのことによって交通事故死が増加。とりわけ子どもの死傷者が増えたことで社会問題化し、遺族のデモはやがて市民のデモとなり、規模を増していった。政府もこの動きを無視できなくなり、クルマ社会からの転換を政策に反映するようになる。また同時期の中東のオイルショックも、市民が石油依存に気づく契機になったという。
つまりオランダでは、自転車利用国への転換は最近のこと(40-50年)であり、自転車利用は「市民が勝ち取った権利」であった。
この事実は、これから自転車利用国、自転車利用地域となりたい行政や自治体、市民にとって、大いに勇気づけられるものだ。近年の欧州の自転車都市化は、オランダの前例が力強く作用しているのではないか、と感じた。
インフラだけでなく、「接続」を考える
続いてMovares International代表取締役のレニー・シースリング氏へ、持続可能な社会に自転車がなぜ欠かせないのか?という質問が飛んだ。氏の会社はユトレヒトの駐輪場を手掛けた会社だ。自転車とまちづくりの文脈において、1万2500台を収容できるユトレヒト中央駅の駐輪場は必ず参照されるほど重要な施設だが、やはり氏はインフラの重要性を説く。
「重要なのは自転車専用のインフラではなく、自転車専用インフラとその他の公共交通機関が連携することなのです」。
自転車単体で見たときに、移動の全てをまかなおうとすると体力的・時間的な負担が大きくなる。効率よく他の公共交通機関と接続することが、自転車利用を増やす鍵となる。そのために、駅に駐輪場が必要であるし、今もそうした目線からオランダの各都市では駐輪場の整備が進められているのだという。
日本もこの種の自転車利用はすでに多いので、オランダの事例から学べることは多いのではないか、と思った。
愛媛がVelo-cityを迎える理由、そして意義
Velo-cityを迎える日本、そして愛媛県としても、2027年はそれぞれの自転車文化を世界に発信するまたとない好機になる。パネルディスカッションに登壇した国土交通省道路局の土田宏道参事官は、Velo-cityの愛媛県招致成功は日本政府の自転車政策にとっても追い風であり、連携したいと話す。
土田氏はヒルクライムが大好きで、自らを変態ですと自嘲気味に話すロードバイカーでもある(そう自称する人が熱心な自転車乗りであることを私たちは知っている)。しかし同時に、スポーツバイクにのめり込んでいたからこそ、気付けない視点がたくさんあったとも氏は振り返る。より地域の生活に根付いた自転車利用を活性化するために、Velo-cityをきっかけにしたいと意気込む。そしてやはりこれは国の目線になるが、Velo-cityによって世界各国の熱量を感じるとともに、そこに集った日本各地の関係者の自転車施策の熱量が高まり、行政のその他のセクションとつながることを期待しているという。この大会が愛媛の活性化に留まらず、自転車利用を全国規模で推し進める可能性は十分にある。
とはいえ、開催地である愛媛の熱量は並々ならぬものがある。県の代表として登壇した中川逸朗愛媛県参与は、愛媛がどうしてVelo-cityを招致できるほどの自転車地域になったか、その流れを振り返る。中村時広県知事の下で自転車新文化を掲げ、しまなみ海道に人を呼び込むことがサイクリング1.0。そして安全に、事故なく走れること、車と自転車との距離を1.5m空けようという啓発がサイクリング2.0。今回のVelo-cityは、その次の段階にどう進化させるかのモデルとなるという。いわば3.0への足がかりだ。
中川参与は2024年春まで県の土木部長を務め、この地の安全な都市環境整備に心を砕いてきた人だ。その彼をして、サイクリング1.0以前には「松山で自転車なんて無理だ。あれはヨーロッパだけのもの」と思っていたという。しかしこの日、ムニックス氏のプレゼンを踏まえ、「しかし、ヨーロッパだって最初からそうだったわけじゃない。数十年かけて勝ち取ってきた権利なのだから、愛媛でも来年再来年は無理でも、10年先、20年先を目指すことが大事で、そこに豊かな都市生活と活気が戻ってくるのではないか。それをみなさんと考える機会がVelo-cityだと思います」とコメントした。
日本には誇れる自転車活用文化がある
これまで多くのVelo-cityに参加してきたオランダ自転車大使館のクリス・ブラントレット氏は、日本の自転車利用率の高さを踏まえて、こうエールを送る。
「日本は独自の自転車文化が発展しています。それをもっと一般メディアに伝える必要があるのではないでしょうか。我々にだけでなく、日本国内でもやってほしいと思います。まだその周知が足りていないように見えます」。
日本には、数値だけ見れば世界的に見ても自転車利用率の高い街や地域がある。女性の利用が多い、学生が多いなどのユニークな点も注目すべきで、誇れる部分は十分にあるのだと。
日本は決して自転車インフラがヨーロッパのように整備はされていないが、それでも高い利用率を誇っている。そんな国民が、最適なインフラを得たときに自転車利用はどのような発展を見せるのか、各国に類を見ない結果になる可能性だってある。研究者からしたら「金の卵」でもあるのかもしれない。
松山市に醸成された共同体をみた
そう考えると、愛媛県松山市はVelo-cityの開催地にこれほどふさわしい場所はないのではないかと思えてくる。路面電車の走る市内には、学生が列を作って自転車で通学する場面が多く見られる。筆者もこの機会に自転車で市内をあちこち走り回ったが、クルマが基本的に優しい。無理な追い抜きや飛び出しをせず、車間距離を空けて抜いていく。日本ではあまり得られない体験にうれしさと驚きを感じ、そのことをフォーラム終了後に中川参与に伝え、なぜなんでしょうと問うと、少し悩んだ後で
「学生さんたちはドライバーの人たちの子どもや孫世代だから、優しくなれるんじゃないかなぁ」
と言った。それは松山の人々が思いやりに満ちている、という単純な理由なのかもしれないが、世代を見守る視点がこの元土木部長の口から出てきたことは、この街の市民が分断せず、ひとつの都市共同体となっている証のように思えた。Velo-cityの開催が、国際的な意義をもたらすのと同時に、市民が自らの自転車文化を誇り、共有できる場になってほしいと思った。
翻って自身を思う。自転車に乗ることを趣味にしていながら、街で「誰が」「どのように」自転車に乗っているかを気にしたことがあっただろうか。誰がハイエンドのロードバイクの限定モデルに乗っているかは知っていても、朝8時台に最も自転車利用をしているのが社会のどの層かを考えたことはあるだろうか。そうした視点を持つことが、誇れる自転車文化の第一歩なのではないか。
まだ始まってもないVelo-cityをお題目とした愛媛県自転車新文化推進フォーラムで、こんなことを思わされたのだった。本大会では、自転車に乗る者としてさらなる気付きを得られるに違いない。それと同時に、その気付きを得られるだけの下地も作っておきたい。きっとそれは、通勤電車の車窓から目を凝らし朝の街を見つめることからだって始められる。
自転車乗りとして、自転車が「いいもの」であることは人生の中で実感している。そして多くの人が自転車を移動の中心に据える社会が「いい社会」であることは間違いないという確信がある。スポーツバイクを趣味とする者として、まずは一歩、自分の自転車から離れて人の自転車を見てみたい、そう思ったフォーラムだった。




















