西武秩父駅に向かう「S-TRAIN」で、サイクルトレインの実証実験

目次

首都圏でのサイクルトレイン実施に向け、一歩踏み出した西武鉄道

自転車を完成車のまま電車の車両内に持ち込めるサイクルトレインは、「前後輪を外して専用の袋に詰める」という輪行の手間をかけずに鉄道での移動が可能なことから、多くのサイクリストが実現を待ち望んでいるものである。鉄道会社にとっても、コロナ禍において減少した鉄道利用を復活させる方策の一つとして無視することはできない。さらに言えば国や地方自治体も、環境負荷の軽減や人々の健康増進に寄与する自転車の利用を進めるにあたって、サイクルトレインに注目しているという事実がある。

このように各方面からの追い風を受けているサイクルトレインだが、先進の欧州だけでなく自転車利用環境の充実目覚ましい台湾などと比べても、未だ普及が進んでいないというのが実情だ。特に大都市圏における実施例は皆無に等しく、その圏内に住むサイクリストが鉄道を利用する際には輪行が必須となっていた。

そこに風穴を開けようと取り組みを始めたのが、東京と埼玉で12路線を擁する西武鉄道である。同社は武蔵境駅と是政駅を結ぶ西武多摩川線において2021年10月からサイクルトレインを実施しており、多磨駅以外の全駅で平日は9時~17時、土曜・日曜・祝日は終日にわたって、完成車を携えての乗降が可能となっている。ただし同線は距離が8.0kmと短く、サイクルトレインも通勤・通学や買い物といった日常での利用を想定したものである。やはりサイクリングで利用するには、人が多く住む都市と環境に恵まれた地方が一本で結ばれたものでなければならない。もちろん西武鉄道もそのことを熟知しており、11月5日と6日には西武新宿線の井荻駅と本川越駅間を「特急レッドアロー号」で、そして11月26日と27日には西武池袋線の秋津駅と西武秩父線の西武秩父駅間を「S-TRAIN」でサイクルトレインの実証実験が行われた。

 

秋津駅南口改札を、サイクルトレインの参加者が次々と通過

西武池袋線の秋津駅南口改札を、サイクルトレインの参加者が次々と通過していく

自転車を持って秋津駅の階段を下りる

改札からホームまでの途中には下り階段(6段)があるが、軽量のスポーツバイクなら問題なし

秋津駅ホームに並ぶ自転車

ホームにずらりと自転車が並んだ姿は壮観。これが日常ありふれた光景になればと願う

Sトレイン

通常は秋津駅を通過する「S-TRAIN」が、サイクルトレインの実証実験のため臨時停車するところ

 

完成車のまま持ち込める安心感は、何物にも代えがたく

11月26日の「S-TRAIN」には、抽選により参加の機会を得た9人が乗車。持ち込んだ自転車は西武多摩川線と同様、ベルトを用いて車内に固定することになっていた。サイクルトレインにはJR東日本の「B.B.BASE」のように専用車両のラックに収めるようになっているものから、群馬県の上毛電鉄のように手で支えるだけでOKというものまであり、西武鉄道では安全と利便性の両立を図るべく、このような対応としているようだ。不慣れということもあり、参加者の中には同乗したスタッフの手を借りて固定をしている人も見受けられたものの、西武秩父駅までの移動の最中に支障が生じることはなかった。

 

自転車をベルトで電車内に固定

持ち込んだ自転車は、西武鉄道が用意したベルトを用いて車内に固定

参加者に手を貸す西武鉄道社員

不慣れな人に対しては、乗り込んだ社員が手を貸してくれた

Sトレイン10号車の車いす、ベビーカースペース

10号車に十分な広さのある車いす・ベビーカースペースが設けられているのが「S-TRAIN」の特徴

 

車内が落ち着いたところで、所沢市から参加された中村さん・宋さんご夫婦にお話をうかがった。お二人はこれまで輪行の経験はあるものの、「ショップで教わらなければ、輪行のやり方が分からなかった」「車内のどこに置けばいいのか迷ってしまう」「周りの乗客に迷惑にならないかが気がかり」といった理由によりハードルが高いと感じておられたそうで、ネットで実証実験のことを知ってすぐに応募したとのこと。やはり完成車のまま持ち込める安心感は、何物にも代えがたいようだ。さらに「以前、西武鉄道の特急ラビューで輪行した際に最後部のシート裏に輪行袋を置いたものの、スイッチバックとなる飯能駅で進行方向が反転したため移動せざるを得なかった」という、そんな“西武池袋線あるある”も教えてくれた。

 

中村さん、宋さん夫婦

所沢市から参加された中村さん(右)・宋さん(左)ご夫婦は、完成車のまま持ち込める安心を実感

 

中野区にあるサイクルショップ「ピアチェーレヤマ」のお客さん同士となる中野区の清水さんと小倉さん、三鷹市の松本さんは、秩父エリアのダートを走ろうとサイクルトレインに乗車。「バッグなどを付けたまま乗車できるサイクルトレインはめちゃくちゃ楽」「指定の駅まで自走しなくてはならないところは不便」「JR中央線沿いに住むサイクリストにとって秩父エリアはアクセスに難があるため、こうした取り組みはありがたい」と語ってくれた。

 

清水さんと松本さん

サイクルショップ「ピアチェーレヤマ」のお客さん同士となる中野区の清水さん(右)と三鷹市の松本さん(左)

 

そうこうするうちに、西武秩父駅への到着を知らせる車内放送が聞こえてきた。途中の飯能駅で先頭に切り替わった10号車から降りた参加者は、線路の終端部で各ホームがつながっているメリットを生かした、臨時の誘導路を利用して改札までスムーズに移動。自転車を携えて自動改札を通過すると、駅員らの見送りを受けて走り始めた。

 

Sトレインから降りる参加者

終点の西武秩父駅に到着した「S-TRAIN」から、完成車を携えた参加者が順に降りてくる

西武秩父駅のホームをつなげる通路

終着駅となる西武秩父駅は線路の終端部で各ホームがつながっているため、そこを利用してスムーズに移動

駅構内を移動する参加者

実証実験では駅構内を駅員が先導してくれたが、本格実施の際は各自が案内に従って移動することになる

自動改札を通過する参加者

参加料金(1500円/片道)の内訳は座席指定料金と自転車持ち込み料金。乗車料金は含まれないため、自動改札をタッチして通過する

感謝を語る駅員

最後に駅員から参加者に対し、利用への感謝が語られた

自転車に乗る中村さん、宋さん夫婦

中村さん・宋さんご夫婦は滝沢ダムに向かい、ループ橋からの景色を楽しんだとのこと

 

僕と松村さんも、長瀞に向かってサイクリング

お目当てのスポットに向かって走り始める参加者を見送った僕も、八重洲出版クロスメディア事業局の松村さんと共に長瀞に向かってサイクリング。コースは「秩父観光なび」に掲載された「ちちぶサイクリングマップCLELE(クルル)」から選んだもので、距離34.7kmと日頃の運動不足を嘆く松村さんも無理なく走りきった。

 

四萬部寺

県道をたどった先、最初に立ち寄ったのは秩父三十四ヶ所観音霊場の一番札所となる四萬部寺

金石水管橋

続いて荒川に架かる金石水管橋を渡って対岸に移動

荒川ライン下りの船

渡っている途中に川をのぞき込むと、ちょうど荒川ライン下りの船が向かってくるところだった

みやまの肉汁そば

長瀞にある「秩父そば みやま」で天ぷら付きの肉汁そばを頂いた。ボリューム満点かつ美味で満足

岩畳

昼食後、国指定の名勝・天然記念物になっている岩畳に立ち寄った

荒川左岸の小道

荒川の左岸に沿って、素敵な小道が延びている

西武秩父駅まで走り切った松村さん

西武秩父駅まで何事もなく走りきってご満悦の松村さん

 

定期運行での本稼働の早期実現を願う

西武秩父駅から四方に散ってサイクリングをした皆さんが、夕闇迫る駅に三々五々戻ってきた。その表情は輝いており、充実した一日を送ったようである。西武鉄道の岡さんが語る「臨時ではなく定期運行での本稼働」、これが早期に実現することを願わずにはいられない。

 

帰りのSトレインに乗る参加者

帰りの「S-TRAIN」は17時7分の出発。日の短い時期ゆえ、ホームの周辺には夜の帳が下りていた

サイクルトレイン車内の参加者

満足の表情を浮かべてサイクルトレインに乗り込んだ皆さん

 

公私両面での関心から参加した金籠史彦さん(国土交通省自転車活用推進本部)の一言

サイクリストに人気のある秩父エリアに、快適な車両を使ったサイクルトレインが導入される意義は大きいと思います。今回の実証実験のような取り組みをどんどん実施して、利用するサイクリストだけでなく他の乗客からも意見や感想を聞き取り、双方が納得する形で本格実施にこぎ着けてもらいたいですね。誤解されている風潮もありますが、自転車を鉄道車両に乗せる際、現状でも国などにより公的に規制しているわけではありません。あくまで各鉄道事業者が、安全に配慮して独自のやり方で実施しているものなんです。国としては、むしろサイクルトレイン等を拡大していこうというスタンスです。

都市近郊路線であっても休日の一部の列車や一部の区間など、スムーズな導入が図れるところから実施してもらいたいですね。コロナ禍で公共交通機関の利用が減少し、各社の収支が厳しくなってきている現状においては、公共交通機関と軽車両や超小型モビリティなどを組み合わせることで、新しい需要を開拓してもらえればと願っています。

新しいことを始めるには勇気がいりますし、多くの人に納得してもらうことが必要です。鉄道事業者には何かが起こった際の説明責任も求められますから、少しずつ前に進みつつ、できることの実績を積み上げていただけたらなと。一方で完成車を乗せる際には2人分ぐらいのスペースを専有することになるわけですから、サイクリストがそれ相応の対価を支払うことも必要だと感じています。

 

国土交通省自転車活用推進本部の金籠史彦さん

国土交通省自転車活用推進本部の金籠史彦さんは、「自転車の車内持ち込みに関して国は規制しているのではなく、むしろサイクルトレイン等を拡大していこうというスタンス」と教えてくれた

 

岡徳康さん(西武鉄道運輸部スマイル&スマイル室)への一問一答

サイクルスポーツ(CS):今回このサイクルトレインを、どのような意図で企画されましたか。
西武鉄道(西武):鉄道の利用が減っている現状を踏まえ、集客の手立ての一つと考えています。それから自然豊かな飯能や秩父エリアを目指し、輪行袋を担いで出掛けるサイクリストから、「自転車を分解、そして組み立てるのが大変」といった声をうかがっておりましたので、「その手間を何とか解消し、利便性を向上できないか」との思いもありました。

CS:今回、秋津駅から西武秩父駅の区間で実施したわけですが、それはどういう理由で決めたのでしょうか。
西武:11月5日・6日が井荻駅から本川越駅まで、そして今回は秋津駅から西武秩父駅までとしたのは、「西武鉄道沿線における有数の観光地まで、鉄道+自転車という新たな交通手段で訪れていただきたい」という点が挙げられます。それから井荻駅も秋津駅も、改札からホームまで自転車をスムーズに移動できる構造となっている点も考慮しました。加えて両駅は、「幹線道路からのアクセスがしやすい」という利点もあります。

CS:「自転車をスムーズに移動できる」というお話をされましたが、現状のサイクルトレインを見ると、階段のある駅では利用できない例が多く見受けられます。一方でサイクリスト側からは、「軽量のスポーツバイクだから、階段であってもかまわない」との声が聞かれます。この点について、貴社のお考えを聞かせてください。
西武:西武鉄道でも同じような意見をいただいており、「階段がさほどの障害にはなっていない」との認識はあります。ただし老若男女を問わず、全てのサイクリストが自身の力量が及ぶ範囲で自転車を携えて移動する場合、「階段を筆頭に、無視することのできない障害がある」とも考えており、今回の実証実験ではその点を考慮しました。

CS:車内における自転車の固定方法についてはいかがでしょうか。
西武:西武多摩川線では今回と同様にベルトで固定しており、西武新宿線や西武池袋線でもこのスタイルを浸透させようと考えています。そして他の乗客に「西武鉄道の車内に自転車があるのは当たり前」というイメージが浸透してから、次の段階に進んでいければいいでしょうね。

CS:西武多摩川線の利用者からは、どのような声を聞いておられますか。
西武:「便利になった」という声の一方、他のお客さまからご指摘をいただく場面もありました。西武鉄道としては両者が共存できる方策を、進めていければと考えています。

CS:本日の実証実験では、どういった目標を設定しているのでしょうか。
西武:本当に利用してもらえるかどうかの検証、需要の確認がまず第一ですね。それから本稼働する際には、臨時ではなく定期運行にしたいと考えておりますので、秩父や川越といった観光スポットを自転車で巡る魅力を感じてもらえるかどうかも重要です。また、本日は駅員が手伝いをしておりますが、お客さま自身が改札を通って車内に乗り込み、自転車を固定。駅に到着したら降りて改札を抜ける……この一連の動作をスムーズにこなしていただけるよう、課題の洗い出しも進めていければと思っています。

 

西武鉄道鉄道本部運輸部の岡徳康さん

今回の実証実験を担当した西武鉄道運輸部スマイル&スマイル室の岡徳康さん