旧街道じてんしゃ旅「令和のやじきたと行く」〜近江旧街道の旅〜
目次
ツアーイベント会社(RIDAS/ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画。今回はテンチョー井上の会社RIDASで募集した読者と旧街道を旅することとなった。
旧街道じてんしゃ旅シリーズ再始動!
「井上さん、旧街道じてんしゃ旅シリーズってもう終わったんですか?」「令和のやじきたはもうやらないんですか? 楽しみにしているんですよ!」
ちかごろ私の周囲の人からそんなことを言われるようになった。
2019年より始まったこの「旧街道じてんしゃ旅」シリーズ。五街道の特集を終え、さらに幕末・明治維新の特集と、幅を広げてきたのだが、2023年あたりから“シシャチョー”こと迫田さんも私も、日本で盛んになってきているサイクルツーリズムの仕事が多くなり、一緒に旅する機会が減っていった。
さらに彼にはもう一つの理由があった。
彼はもはや“シシャチョー”ではない(私もじつは最初から“テンチョー”ではないのだが)。彼は大阪支社長から事業部長へ、そして今回さらにモーターサイクルの部門も担当するという。つまり昇進していたのだった。なるほど忙しくなるわけだ。
何とか時間を作って走りに行かないと……というのは二人の共通した課題だった。
「井上はん、ワシ昇進しましてん……」
「うわ!それは素晴らしい!おめでとうございます!で、どんなポストになったんですか?」
「統括っちゅう名前がついたんですわ。でも責任は増えたけど給料変わらへん……」
「それはよくあることですな…」
「せやからこれからはトウカツジギョウブチョー&シシャッチョ……」
「いやいや!! やめましょ!」
令和のやじきた輪道中・トウカツジギョウブチョー&シシャッチョーって言っても語呂が悪いし面倒だ!
引き続き「シシャチョー&テンチョー」でいくことにする。
まあとにかく最近ほんとうに忙しそうなのだ。それでも走りたい走りたいと言っていたので、取材で走ることができないなら、私の本業である旅行業としての商品にして一緒に走ろうということになった。
当初は令和のやじきたと一緒に旧東海道五十三次を完全踏破するツアーを企画していたのだが、迫田さんの仕事があまりに忙しく、4月になってもなかなかスケジュールが決まらず……。結局ゴールデンウィークの2日間を走るだけとなってしまった。
しかし募集期間が短かったにもかかわらず、おかげさまで完売御礼にて旅をスタートすることになった。
晴れ男はどこへいった?
さてツアー当日になった。しかし何と土砂降り……。旧街道じてんしゃ旅の取材を6年やってきて一番の雨量と感じるぐらいの雨だ。
天気予報ではずいぶん前から雨予報だった。しかし迫田さんの「大丈夫だいじょうぶ! ワシが晴らせてみせますわ!」の言葉でまあ少し安心していた。実際この人といると雨を回避するという現象に何度も出くわしてきた。だから根拠もなくだが雨は降らないと思ってしまっていた。
しかし当日は自転車に乗るのを躊躇するような季節外れの冷たい雨。しかも土砂降り……。
「うわ〜いややなあ〜。こら走るのやめようかな……」とシシャチョー
そんな中でも今回の旅を楽しみに集まっていただいたのが7名のゲスト。皆さんレインウェアを着込み準備万端でお集まりいただいている。
「何言ってるんですか! みんな迫田さんに会いに来てるんでしょ!」と焚き付けるようにして出発した。
1日目の行程は、彦根城から彦根道を通り、旧中山道へ、そこから鳥居本宿、番場宿、醒井(さめがい)宿、柏原宿と、近江旧街道で最も旧街道らしい場所を通っていく予定だった。
しかし出発地点の彦根城周辺でもはや走るのが困難なぐらいの土砂降り……。急きょ近くのコンビニエンスストアで雨宿りすることに。
休憩中もツアーを盛り上げようと迫田さんと二人漫才を繰り広げる。しかしいつまで立っても雨足は強いまま。
意を決して旧街道に進んで行ったのだが走行がままならない。とりあえず一つ目の鳥居本宿にたどり着いたのだが、みると一番元気なはずの迫田さんの元気がない……ほぼ無口な状態になってしまっている。お尻まで水が染みて意気消沈してしまっているようだ。
ここでゲストの安全も考えて中止を決定。近江鉄道のサイクルトレイン体験と、自走で彦根城まで帰るプランとに分け、午後から雨が上がるのを待って彦根城見学へと切り替えた。
夜の宴も旅のうち
江戸時代の旅人は旅の途中の食が大きな楽しみだったという。なにせ一生に一回旅できるかどうかというぐらいの一大イベントだったのだからそれも当然だっただろう。夕刻に旅籠(はたご)に到着したら、まず足を洗い風呂に入る。そして膳に地元の料理の乗った夕餉(ゆうげ)、そして徳利……。当時はこれが最高の贅沢だったに違いない。そしてあくまで当時の習慣として書くのだが、飯盛女との夜の交わり……。おそらくは羽目を外す旅人も多かっただろう。
雨で走行中止になってしまった我々の旅だが、気を取り直して夜の宴に入る。実はこれもツアーの楽しみなのだ。迫田さんとの二人旅でも、何と言っても夕餉どきが一番面白い。とにかく迫田さんは常に冗談ばっかり言っているし、何と言ってもシモネタ帝王。今の時代は書くのも憚れるが、息を吐くのと同様にシモネタを繰り出すのだ。初見では苦々しく思っている人もだんだん釣られて笑い出すという、変に惹き込まれる下衆ネタなのだ。コンプライアンスだかテンプラだか言われる時代なのでここでは細かくは書かないが、苦々しく思っていてもまた聞きたくなる中毒性のある笑いなのである。
宴は酒もすすみ、話と酔いが回るにつれてシシャチョーのボルテージは盛り上がり一同爆笑の渦。ゲストの方が「シシャチョーって聞いていたとおりの人なんですね〜」とおっしゃると
「せやろ!? ワシ、本に書いてあることは全部ホンマのことなんですわ!」と豪語。そしてまた大爆笑となった。やはり旧街道じてんしゃ旅には夜の宴はつきものだと確信した。
“秀吉の美濃の大返し”北国脇往還を往く
前日の雨が恨めしく思えるぐらい晴れた2日目。この日は北国脇往還という旧街道を行く。この道は徳川家康が浅井長政との合戦「姉川の戦い」で軍勢を引き連れて通った道として、そしてなにより信長亡き後の覇権争いにおいて、柴田勝家と羽柴秀吉が争った「賤が岳の戦い」で、秀吉が大垣から木之本までを5万の軍勢を率いてわずか5時間で駆け抜けた道としても有名である。この北国脇往還は後世になってつけられた名前のようで、江戸時代までは「北国海道」と呼ばれたらしい。音としては「北国街道」と同じであるし、北陸道などもあってこの地域の旧街道は実にややこしい。よって北国脇往還と呼ばれるようになったのかと勝手に推察している。
さて出発地点のJR関ヶ原駅に集まったツアーご一行。
「ほらみてみい! やっぱりワシ究極の晴れ男や!」あえてみんなの苦笑を誘うシシャチョー。
まずは日本史の歴史の大舞台である関ヶ原の合戦場跡をめぐるサイクリングに出発。この周囲には各武将の陣地が点在している。中には首塚なんていうのも……。歴史好きな方ならこの場所にいるだけで当時の様子に思いを馳せることができるだろう。
今回のゲストの中にも歴史好きな方が多く、関ヶ原の戦いの出来事をお互いが再確認するように口々に話しながら話している。
そんななかでもシシャチョー迫田さんはマイペース。前回の取材でもそうだったが、関ヶ原の戦いでの思い出といえば、小早川秀秋の顔が描かれたご当地飲料の「裏切りサイダー」と、おもちゃの弓矢で遊んでいたことしかない……とのこと……。本当にこの御仁は……。
いよいよ出発、旧街道を辿っていく。
ビュンビュンとクルマやオートバイが走り抜けていく県道脇の集落。その中を旧街道が通っている。県道からほんの数十mしか入っていないのに、とたんに静かになる。そうなると急に旧街道感が増してくる。
旧街道は集落を離れ河原へと続いていく。この先は崖を上る道となるため、さすがに現在は通れなくなっている。一部県道を進む。ほどなく藤川宿を通る。ここも本当に静かな集落だ。人といえば遠くに農作業をしているお婆さんが一人見えるだけ。斜めに斜面になった土地に家々が貼り付いているように見える。おそらく人口減少が激しいのだろう。集落内に人の影はないが、住宅は整然と並んでいてきれいだ。宿場町だったからこそ現在もこうして集落としてきれいに残されているのだろう。
林道区間に入る。いきなりのグラベル区間出現にゲストのみなさんは驚いていたが、旧街道の旅ではよくあることで、今では放置されて草だらけになって消失しているような場所もあったりする。旧中山道では橋が崩落して通れないところもあった。
ここもそのようでいきなり泥だらけの水たまりであったり、笹が生い茂り道が見えなくなっている場所が現れた。極め付けは倒木。みんなで自転車を担ぎ上げリレー形式で渡し乗り越えていく。しかしそんな困難もゲストの皆さんは喜んでくれているようだ。

そういえば中山道のロケのときにおもちゃの弓矢買ってましたな……
風情の残る観光手付かずの道
林道を抜け次の集落に入る。うねうねと蛇行する道。これも旧街道の特徴で、山裾や川の蛇行にあわせて、また田んぼなどの土地割に沿って道が敷設されているところが多いため蛇行するのである。地図を見て直線や直角の道があれば、それは現代になって敷設した道が多い。そんな中に一本の蛇行する道があれば、それが旧街道であることが多い。こんなふうに地図を見て道を発見するのも楽しい。
春照(すいじょう)宿に辿り着く。取り残されたような集落、農作業風景、重厚な本建築の家々……。地方によくある風景のようであるが、旧街道と知って辿ると、意味ある風景として捉えられるようになる。眼に見えるものだけでなく、風や空気の匂い、生活感のある音、そして路傍に見える集落のたたずまい、遠くに見える伊吹山……。
この街道にはそうした旧街道の旅のエッセンスが間違いなく凝縮されている。とても貴重な旧街道だ。ゲストの皆さんもそれを感じていただけているようである。
相変わらずのナンパ癖、シシャチョーの実力発揮?
春の旧街道のたたずまい。それを存分に感じながら走ってきたのだが、そろそろお腹が空いた。旧街道では珍しく道の駅があったので立ち寄る。
にぎわい豊かな様子に少し驚いた。それもそのはずゴールデンウィークの真っ只中だ。レストランには入ることはあきらめ、お弁当を買って食べることにする。竹の皮に巻いた鯖寿司が売っていたのでそれを求めた。日本海側の旧街道はいにしえより海産物を運ぶことが多かったからだろう。この地域でも人気のようである。初夏を思わせる日差しの下でいただく鯖寿司は格別だった。
さて昼食を食べ出発しようと準備を整えていると、ゲストの皆さんが一点を凝視している様子が目に入った。何事かと思って寄ってみると、迫田さんが若い女性サイクリストに向かってベラベラと喋っているではないか……。
「……なるほどビワイチしてるんか! ナニ? あ、歴史好きか! ……あ、その子ワシ知り合いやねん! ……お! レンタサイクルやな! …..ん? ナニ? 初めてロードバイク乗ったん? やるなああ〜」
くだんの女性は女性は笑顔を見せているがどこか引き攣った笑顔で体ものけぞっている、というかドン引き状態。(いやだなあ……このオジサン……話したがってる……どうやって逃れよう……)おそらく心中はこんな感じだろう……。
そこへ極めつけのシモネタ投下!! 一歩後ろに下がってしまう女性……。「このぐらいやったらセクハラちゃんうやんなぁ?」と聞く迫田さん。「い、いや……ギリギリですよ……」と言い淀む女性。それを口を開けて傍観するゲストの皆さん……。
迫田さんアウトやで……いまどき。
「ほ、本当に記事のとおりだ……」
ゲストのお一人が呟いていたのが印象的だった。
テーマパーク型サイクリングからの脱却
陽もすこし斜めに差し込むようになってきた。昼下がりに木之本宿に到着。宿場町を見学してJR木之本駅より帰路につくことにした。
今回、初めて旧街道じてんしゃ旅をゲスト向きに行なったが、とてもポジティブな印象を受けた。残念ながら初日は雨で走行は満足にできなかったが、それでも夜の宴を含めて旧街道じてんしゃ旅の実際の様子を知っていただけたように思う。どこを何km、獲得標高何m……そんなことより、誰と、どのように旅するか、どのように時間を共有するかがこの旅の大切な要素なのだと思う。
ゲストからも、ブルーラインを辿り、モニュメントで記念撮影をするといったテーマパーク型サイクリングも良いが、どうしてもレジャー型の楽しみ方の域を出ない、それでは冒険や知識習得はほとんど感じられないし、どこのルートを走ってもやっていることは同じだから既視感があるし地域性はあまり感じない。だからこの旅に参加してみたのだ。というお話もいただいた。確かに筆者も日頃からそう思っている。どうしてテーマパーク型が流行るのかというと、それは日本人の観光の仕方や余暇の過ごし方そのものに大きく影響されていると思う。
だがその功罪として地域の風景の美しさや雰囲気はなくなっていく方向になるだろう。サイクルツーリズムの名のもと、地域の雰囲気を考慮せずにモニュメントや看板、キャラクターを乱立させている状況は今後も続いていくだろう。どんどんと地域の良さや情景は失われていき、どこもブルーラインとマークだらけになっていくだろう。
だからこそ令和のやじきたとしては、これを知っていただく機会をなるべく早く作っていきたい。
ゲストの皆さんのお話をお聞きしてそう決意した令和のやじきたの二人だった……。
そう旅の余韻に浸っていたのだが……駅のプラットフォームで80歳代の女性に声を掛けているシシャチョーの姿が……。もはや病(やまい)ですな……このひと……。
【ゲストの皆さんの感想】
▶︎兵庫県 レハン・ネルさん
初日の最初の顔合わせのとき、元気いっぱいでテンションの高い日本のおじさん(シシャチョー迫田さん?)に驚いた。しかもずっとシモネタを言っているのにも笑った。
雨の中のサイクリングはタフだったが、こうした雰囲気作りのおかげで楽しめた。風情のある鳥居本駅とサイクルトレインは初めての体験だった。
二日目の旅はそれはまさに冒険であり、日本の歴史と文化の変遷を垣間見る旅だった。忘れ去られた道、北海道のような風景、古い道標など時間を超えて残り続ける道の存在に胸を打たれた。いつかまたじっくりとたどってみたい。
▶︎滋賀県 岡島範行さん
サイクルスポーツ誌の旧街道じてんしゃ旅に憧れて参加を決定。
当日は晴れ男シシャチョーのパワーを上回る大雨……まぁ自然の中で遊ばせてもらうので仕方がない。行程は大幅に短縮となったけど、鳥居本宿や近江鉄道サイクルトレイン、雨上がりの彦根城を満喫できた。そしてメインイベントの夜の大宴会……シシャチョーとテンチョーの楽しい会話を肴に、趣味を同じくする仲間と過ごす夜は最高に楽しかった。
▶︎兵庫県 松井崇好さん
お2人の夫婦漫才っぷりを楽しみながらも、メインである旧街道のトレースやそこで起こった歴史などを大いに楽しめた貴重な時間となりました。遠くへ速く走るよりも、ゆっくり地域を知る旅が魅力的でした。
▶︎滋賀県 田中哲治さん
当日は生憎の空模様でしたがそれもまた良し。浮世絵に出て来る様な雨の街道風景を堪能しました。令和の弥次喜多の軽妙なオヤヂトークは健在で、雨の長逗留と飯盛女の話しなど硬軟織り交ぜた旧街道ネタで今回もおおいに楽しませてもらいました。
▶︎滋賀県 山田浩章さん
日常だと見落としている日本の原風景を気付かせてくれる非常に楽しい旅でした。
初日は豪雨のなかの旅でしたが、それはそれで楽しかったです。旧街道の各所で軽妙なトークで解説をしていただいたので、新たな発見がいっぱいありました。
▶︎大分県 藤野昌宏さん
1日目は雨の為、彦根城周辺と中山道 鳥居本宿までの短い距離だったが、雨宿りで寄った資料館で詳しい資料を観ながら井上さんから話を聞けたので良かった。悪天候も旅の醍醐味!!笑。夕方近くに雨も上がり、国宝 彦根城を観光。大人の修学旅行的な雰囲気で楽しめた。
そして参加者の皆様との夜の食事会は尽きることのない話で盛り上がり、旅と酒は切っても切れないものだと思った。
2日目は決戦の地 関ヶ原から北国脇往還を進む。数か所の宿場町を越えグラベル区間の藪漕ぎ、倒木越えはまさにアドベンチャーで楽し過ぎた。
現代のそこで暮らす人々の生活を感じながら、所々に旧街道の宿場町の名残を垣間見ることのできる旧街道を巡るサイクリングツアーはとても面白い。
令和のやじきたのお二人の輪道中も雑誌で書かれた以上に珍道中で、まだまだ一緒に走っていたいと後ろ髪をひかれながら帰路に着いた。