猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第19回

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猪野学 ネオ坂バカ奮登記 第19回

栄光のSDA王滝の挑戦も半分を経過した。
エイドでのカメラのバッテリー交換で遅れをとってしまった私は単独走になる。
自分が今どれくらいの順位にいるか全く分からないが、とにかく今日は全てを出し尽くす覚悟だ。

スタートして2時間くらいだろうか?
ようやくお腹が空きだした。
グリコーゲンローディングが見事に成功している。

私は3日前からCoCo壱番屋チキンカレー600gを貪るように喰いまくってきた。
ここからはジェルの補給で何とかいけそうなのだが、MTBの補給は振動が激しいのでかなり困難だ。

難所も冷静に

景色が変わらない森の中をひたすら走る。
同じような坂……同じような下りばかりだ。

その頃、ようやく長めのヒルクライムが始まった。
とにかく踏まずクルクル回して脚を温存する。
この先どんな激坂が待っているかわからないからだ。

気が遠くなるほど坂を越えた頃に、ようやく第2計測地点が現れた。
ここからは40kmコースの人達と同じコースを走るので一気に賑やかになる。
第2計測後の下りが王滝でもっとも危険と呼ばれる下りだ。
苔が生えて滑りやすい落車多発地点だ。

ここで落車したら、この高調子が台無しだ!
焦らず慎重に下る。
下りが終わると一気に道が狭くなり、デコボコに荒れた激坂が現れた!!
王滝で最も過酷と言われる区間だ!

あまりの激坂で素直に脚を付く人は右側で登山。
左側は何とか脚を付くまいと悪あがきする人達。
悪あがきすればするほど派手に立ちゴケする。
一人がコケると、みんな折り重なるように立ちゴケしだす!
何だこの修羅場は!まるで昔観た日露戦争を描いた映画、二百三高地の戦闘シーンのようだ!
どんどん人が折り重なってコースを塞いていく。

私は体幹を使いリカバーしながら、左脇の草むらを走り何とか二百三高地を脱出した。
王滝で最もヒヤリとした瞬間だった。

二百三高地を越え長い下りを終えるとゴールと書かれたエイドが現れた。
係の人が「2周した人はゴールでーす」と叫んでいる。
なるほど…二百三高地をもう一周したらゴールなのか。
カメラを見るとまだ赤いランプが点滅している。バッテリーは大丈夫だ。
順位を下げたくないので最後のエイドはスルーし2周目に突入した。

2周目に入るとすぐにまた長いヒルクライムが始まる。
しかし道幅は広くカオスではない。
すると前半一緒に走っていたライバル達に追い付いたではないか!?

見るとみんな脚が止まっている。
私はまだまだ無尽蔵にパワーが沸いてくる。
SSTのおかげか? CoCo壱のおかげか? 長距離に耐性があるのか?
よくわからないが、忘れた頃に頭角を表すのが私の特性らしい。

ライバルがタレる中クルクル回す。
2回目の二百三高地も難なくクリア!
下ればゴールだ!

最高の悪戯

最後まで手を抜く事なくカッ飛ばしてゴール!タイムは5時間12分。
悪くないタイムらしく、恐らく10位内には入っているのではないかと誰かが言った…

撮影も終わり放心状態で泥を洗い流し着替えていると、何やら番組スタッフがザワツキ始めた。
スタッフ「ちょっと 結果発表だけ撮影させてください!」
私は一緒に出ていた女芸人のふるやいなやが表彰台に絡んだのだろうと思った。

しかし蓋を開けたら私も表彰台に乗っていた。
40代で2位。全体でも13位だ。
結果というものは諦めかけた時にふと悪戯に訪れる。あまりにも悪戯が過ぎる。
しかし最高の悪戯ではないか……

猪野学 ネオ坂バカ奮登記 第19回

2022年乗鞍の絶望のまま終わっていたら、私は自転車を降りていたかもしれない。
諦めと達成は紙一重なのだ……

レース後に様々な自転車関係者からおめでとうのお言葉をいただいた。
そして彼らは知っている。
私も頑張ったかも知れないが、一番凄いのは私を表彰台へと導いた中田コーチのコーチングなのだと。

脳内にNHKのプロフェッショナルのスガシカオの曲が流れ始めた!
ずっと探してぇ〜いたぁ〜♪
理想の自分ってぇ〜♪

そう!どんな世界でもプロフェッショナルは凄いのだ!
私はそれを体現できて良かったと少しだけ満足し、2022年を終えたのであった。

猪野 学 公式Twitter