猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第51回

目次

乗鞍の三本滝で通行止め

昨年いった乗鞍は土砂崩れで三本滝で通行止め。初めて登頂できなかったが乗鞍は逃げない……今年また行けばよい

坂バカ俳優、猪野学(いの まなぶ)。NHK BS1の番組「チャリダー★」で活躍する姿は、多くのサイクリストが知るところだ。Cyclist(サイクリスト)で連載中だった「猪野学の坂バカ奮闘記」が、サイト閉鎖にともないサイクルスポーツへお引越し。さらなる活躍をレポートしていく。今回はサイクリストと道のお話だ(編集部)。

前回のお話(大分県でのちょっとまじめなお話)

 

今まで走った中で一番すてきな道

今まで走った道でどこの道が一番すてきでしたか?と私はサイクリストに会うと聞くようにしている。坂バカアンケートだ。だいたい北海道や沖縄と答える方が多い。

私の場合はズバリ青森県と答える。RAA青森という650kmを32時間で走りきるという過酷なレースで走った。睡眠を削って走るので、とてもキツかったのだがなぜか楽しい印象が残る。それは青森県の道や景色がとても個性的で飽きなかったからだろう。

青森市をスタートして時計回りでぐるっと一周したのだが。下北半島は坂天国! 坂が終わるとマグロで有名な大間でマグロが食べられる。海岸線を走り豊かな自然のブナ林……この辺りは人がいない、そして全く文明というものがない。そして六ヶ所村から七戸町へ! この辺りは名湯がたくさんある。名湯の次は名坂! 八甲田山のお出ましだ。八甲田山を下ると岩木山が美しい弘前市。今度はド平坦一直線の津軽半島メロンロード。景色が目まぐるしく変わり650km走っても全然飽きなかった。おまけに酒や飯がうまい。

青森県はその昔、厳しい土地ゆえに多くの人が餓死した暗い過去がある。それなのになぜか人々が明るいし最近ではアートの街としても有名だ。青森の風土や歴史に触れながらもう一度ゆっくりと3日くらいかけて走りたいものだ。

 

RAA青森のコースマップ

RAA青森のコースマップ。どこを走ってもずっと景色が良い

青森のブナの森を走る猪野さん

青森のブナの森を走る筆者。人が全くいなくて不安になる……

 

縁深い山

道というものは不思議なもので「縁」というものがある。2度と走らない道もあれば何度も走ることになる道もある。私にとって縁深い道はズバリ乗鞍エコーラインと尾根山幹線道路だ。

初めて乗鞍を走ったのは18歳の時だ。そのときは自転車でなく自動車だった。夏の乗鞍の大雪渓にスキーのトレーニングに行ったのだ。当時は自転車で上る人はほぼゼロだったし、普通にマイカーで上ることができたので交通量も多い道だった。

今や自転車の聖地となった乗鞍。私はサイクリストに一度は乗鞍には行った方がいいとお勧めしている。あの自然とあの標高と絶景はサイクリストなら一度は行かないといけない。

自転車を始めて16年。53歳を迎えた今でも私は乗鞍に上っている。今年も乗鞍での表彰台を目指し日々汗を流している。私にとって人生で最も縁深い「山」なのである。

 

縁深い道

その乗鞍よりも縁深い道が東京都サイクリストの聖地! 尾根山幹線道路! 通称「尾根幹」だ。最初に断っておくが面白くも何ともない道である。しかし信号が少なくアップダウンがあるのでトレーニングにはもってこいだ。そんな理由で週末になるとサイクリストが集まる場所となった。

私ももう何千回……いゃ下手したら何万回と行っているかもしれない……間違いなく人生で一番走っている道だ。尾根山バカと言ってもいい。たいして面白くもない道だが何故か尾根幹には行ってしまう。16年間通っているが……メカトラで困っている美人サイクリストを救う……そんな夢のような奇跡も起こらない。そんな平凡な「道」……だった。

しかし!! 奇跡というものは起こるものだ!!

平凡な尾根幹が世界中に知られることとなるのである。そう! 東京オリンピックだ!! 何と尾根幹が東京オリンピック自転車競技のコースとなったのだ!!

なんと粋なはからいだろうか! わざわざ尾根幹を通らなくてもゴールの富士山方面には行ける。コースディレクターがわざわざ尾根幹をコースに入れたに違いない! タデイ・ポガチャルやワウト・ファンアールトといった世界のスター選手達が尾根幹を走る姿を観て尾根幹ライダー達は涙した。そしてめちゃくちゃ速いやないかいっ! 我々がヒィヒィいって上る坂を涼しい顔であっという間に駆け抜けた。

そして私にとって最も感動的だったのはスペインで一緒に走ったアレハンドロ・バルベデルデ(親友)が尾根幹を走ったことだ。アレハンドロが私の行きつけ尾根幹を走っている……世界は広いようで狭いのだろうか……何とも言えない不思議な感覚であった。

「道」というものはいつでもどこでも平凡にすぐそこにあるが、走る人や内容によってはドラマがあり時に奇跡が起こるものだ。

私は坂バカ俳優として全国の「道」を走ってきた。今ふり返れば「道」に生きた証を刻んできたような感覚を覚える。サイクリストにとって「道」は証なのかもしれない。走るということは生きるということなのだから。

 

アレハンドロ・バルベデルデと猪野さん

スペインにて、後に尾根幹を走ることとなるアレハンドロ・バルベデルデと筆者

多摩川サイクリングロードから尾根幹に向かう猪野さん

多摩川サイクリングロードから尾根幹に向かう筆者。今年は何度も尾根幹に行くのだろうか……そして美人サイクリストとの出会いはあるのだろうか?