知る人ぞ知るサイクリングの好適地 福島県・浜通りを南から北へ
目次
海沿いの道は交通量も少なく、青い矢羽に従って快走が楽しめる
海沿いの道は交通量も少なく、青い矢羽に従って快走が楽しめる福島県の海沿いに広がる通称“浜通り”は南が茨城県に接していて、東京からの距離が200km余りと、鉄道でも車でも2時間強で到達できる。東北であっても冬に雪が降ることはめったにないこの地を複合災害が襲ってから12年以上が経過。昔ながらの風景を残しているところもあれば、一旦は無人と化した地に人が戻り、新たな家が建って町が生まれ変わりつつあるところもあった。『サイクルスポーツ』2024年1月号に掲載された記事に、筆者が12月の上旬、プライベートで訪れた際の写真と情報を加えたものをお届けしよう。
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福島出身の二人が、今回の旅の案内役
東京駅から常磐線の特急「ひたち」で2時間強。浜通りの玄関口となる湯本駅で僕を迎えてくれたのは、福島県観光交流局の雪野美紀さんと福島民報社広告局の吉田美紀さん。県は2016年から、複合災害(地震・津波・原子力災害)を経験した地の、ありのままの姿に触れることで気づきを得てもらおうとホープツーリズムを推進し、今はそこに一般観光を組み合わせることでバージョンアップを図っている。雪野さんはホープツーリズムの旗振り役、吉田さんも地元メディアの一員ということで、福島で生まれ育った二人に旅の案内役を務めてもらった。
青い矢羽に従って海沿いの道を北上
まずは県道をつないで太平洋岸へ。たどり着いた海沿いに延びる道には青い矢羽が記され、ここが21年3月に全線開通した全長約53kmの復興サイクリングロード、「いわき七浜海道」の中間地点であることが分かる。その沿道や周辺には休憩場所やWi-Fiの提供、トイレの利用といったおもてなしを提供する「サイクリストっぷ」が約90か所、eバイクを含むレンタサイクルを行っている施設が11か所と、快適なサイクリングをサポートする環境が整っている。のみならず沿道には漁師町らしいひなびた雰囲気も残っていて、独りでに気分が上がるし見どころにも事欠かない。
前述の矢羽に従って北上すると、やがて「塩屋埼灯台」が現れた。この灯台は全国に16しかない登れる灯台の一つ。海抜70mを超える高さからは南北に長く延びる海岸線がはるか先まで見渡せ、爽快な気分が胸中に広がった。
灯台から0.5kmの「いわき震災伝承みらい館」は、津波の被害にあった中学校の跡地近くに建てられたもの。卒業式当日(3月11日)の寄せ書きが残る黒板や奇跡のピアノ(浸水で壊れたものを地元のピアノ店主が修復)など学校由来の品々が展示され、この地で当たり前の学校生活を送っていた子供たちの姿が脳裏に浮かび上がった。
いわき七浜海道の端まで続く海沿いの道は平坦で交通量も少なく、快走にはもってこい。しかも並行する防波堤上を走行できる区間もあり、釣りやサーフィンに興じる人々を眺めながらサイクリングに没頭。白波が押し寄せる海を身近に感じることもできた。
サイクリスト歓迎の施設に寄り道
滑津川に架かる橋を渡った先で「いわき新舞子ハイツ」に寄り道。ここにはサイクルステーションが設けられ、スポーツバイクのレンタルや工具・空気入れの貸し出し、休憩スペースの提供をしている。メインとなる宿泊施設もサイクリストウェルカムで、客室内にラックを設置する部屋があり、大切な愛車と共に眠りにつくことができる。次に立ち寄ったのは、国道6号への合流地点にある「颯サイクル」。スポーツサイクルのレンタルのほかガイド付きツアーも行っている。
そして、久之浜防災緑地を経た先でいわき七浜海道は終了。一旦は国道6号に入るがそれも束の間であり、左に分岐した道は林道の趣。舗装はされているものの沿道の緑陰は濃く、冒険心をくすぐられる。加えてフラットな海沿いの道から一転、細かなアップダウンが続き、それが良いアクセントにもなっている。自転車歴こそ浅い二人も、雪野さんはスポーツバイクで毎日通勤、吉田さんもランニングを趣味にしているということで、繰り返し現れる坂道を笑顔で上っていった。
全町避難が解除された町を巡る
そのまま道なりに進んでいくと、エリア内にサイクリングコースを有するJヴィレッジ、さらにサイクリングターミナルを擁する天神岬スポーツ公園と自転車に縁のある施設が続き、やがて17年4月に全町避難が解除された富岡町に入った。あれから6年がたち、病院や学校、スーパー、コンビニといったインフラが整い始め、活気を取り戻しつつあるようにも感じられる。続く大熊町も19年4月に、最後まで残された双葉町も22年8月に全町避難が一部解除され、20年3月に全線で運転を再開した常磐線と共に復興の歩みを始めている。
そんな双葉町で、複合災害の記録を集めて後世に伝えようとしているのが「東日本大震災・原子力災害伝承館」。そこには吉田さんが勤める新聞社が発行する新聞の紙面も展示され、その前で立ち止まった二人はそれを熱心に見入っていた。
見いだした希望を胸にゴールを目指す
続いて訪れたのは「震災遺構浪江町立請戸小学校」。津波が2階床上まで到達した校舎では、水没した1階の壁や天井が剥がれて備品が散乱。当時の惨状が生々しく伝わる。そのようななか児童・教員の全員が無事に避難できたため”奇跡の学校”とも呼ばれている。学年をまたいだ児童同士、教員と児童、さらに地域の人たちが日常から深い関係を築き、まとまった行動ができたことが要因とされ、そこに希望を見いだせる。
学校を後にしたら、4基の巨大風車が並ぶ「万葉の里風力発電所」を横目に県道を北上。ついにこの旅のハイライトとなる松川浦に到達した。古くは万葉集に歌われ、江戸時代に藩の遊休所でもあった潟湖には小島が浮かび、時々刻々とその姿を変えていく。飽くことのない景色をずっと見続けたいところだが、残された時間は限られている。後ろ髪を引かれつつもゴールの釣師防災緑地公園を目指した。
現地を訪れることで多くの気づきを得る
およそ10年ぶりに訪れた浜通りは、復興の歩みを着実に進めていた。特にサイクリストにとっては、いわき七浜海道を筆頭に走りやすい道が整備され、コンビニや食事処、宿といった快適な走りを支えるインフラにも不足を感じることはない。しかもこの地を訪れることは、被災地の“今”を知ることでもある。そこには光と影の両面があるのだが、五感をフルに使って体験することで、多くの気づきが得られることは間違いない。
前回走ったルート+αを12月上旬に再訪
僕が12月上旬に再訪したのは、JR常磐線の勿来駅から双葉駅まで。新舞子海岸の先にある宿に泊まったため、走行距離は1日目が42km、2日目が58kmと控えめとなった。起点の勿来駅は海に近いこともあって、海岸線に沿って延びるいわき七浜海道までの距離はごく僅か。合流後は充実した案内標識のお陰で、迷うことなく走ることができた。車道を走行する区間にも、矢羽が標示されていた。一方で交通量の多い区間では歩道通行を求められるのだが、歩道には歩行者への注意を促す路面標示がポツリポツリとあるだけなので、歩道を進み続けて良いのか戸惑うこともあった。
走行中に思わず目を奪われたのが、当地で採掘される低品位炭を利用した火力発電から始まった常磐共同火力の勿来IGCC発電所。石炭火力というと環境への負荷が大きいのではないかと懸念されるものの、高度な技術を活用した環境対策を施しているとのことだ。近くの岩間防災緑地には津波被災者が体験を語った音声・映像記録を収納する「きみと」とタイムカプセルが置かれている。
平坦基調のいわき七浜海道もところどころにアップダウンがあって、それが良いアクセントとなっている。小浜港の近くから始まる坂道もその一つで、5%勾配の坂道が1kmほど続く。その坂を降った先が小名浜の工場地帯。戦前から80年を超える歴史を積み重ねていることもあり、赤さびた外観をまとった工場も見られる。なお、工場群の大動脈となる臨港道路1号線は、藤原川に架かるみなと大橋を渡って1km弱を右折した先において大型車が多いため歩道通行を求められるが、車道にも十分なスペースがあり、その必要はないのではと思われた。
にぎわいを見せるショッピングセンター「イオンモールいわき小名浜」を経て、太平洋といわきの街を一望できる三崎公園へ。ここで前回走ったコースに合流した。
[スポット一覧]
首都圏から福島県浜通りへの鉄道の玄関口、湯本駅から徒歩9分の温泉宿。硫黄の香る湯は成分が濃く、源泉かけ流しであることを実感する。なお、大切な愛車は館内のスタンドに置くことも、ラックが設置された部屋に持ち込むこともできる。
福島県いわき市常磐湯本町笠井1
TEL:0246-42-2151
宿泊料:7700円〜※朝食付き
②ノレル?
自転車文化を発信・交流する拠点として2021年、いわきFCパーク内にオープン。年齢や性別、障がいの有無にかかわらず自転車を楽しめるようにと、各種ワークショップや散走イベントなどを精力的に催している。
福島県いわき市常磐上湯長谷町釜ノ前1-1
TEL:0246-85-0170
営業時間:10時〜18時
定休日:火曜・水曜
美空ひばりの歌にも登場する岬に立つ灯台で、1938年の地震により大破するも建て替えられ、100年を超える歴史を誇る、いわき市のシンボルになっている。
福島県いわき市平薄磯宿崎34
TEL:0246-39-3924
営業時間:9時〜16時※3月〜9月の土曜・日曜・祝日他は〜16時30分
参観料:300円
卒業式当日に津波の被害にあった、「いわき市立豊間中学校」の黒板に残る寄せ書きや学習机などの現物を展示する。VR映像では校舎を襲った津波を再現。展望デッキに上がると薄磯海岸が一望できる。
福島県いわき市薄磯3-11
TEL:0246-38-4894
開館時間:9時〜17時
休館日:月曜※祝日の場合は翌平日
入館料:無料
紹介したルートの中核を担う「いわき七浜海道」の中間に位置し、休憩場所やレストラン、日帰り温泉、宿泊、さらにレンタルサイクルと、当地を自転車で巡る際に「あったらいいな」と思えるものが何でもそろっている。
福島県いわき市平下高久南谷地16-4
TEL:0246-39-3801
宿泊料:1万850円〜※1人でお手頃プラン(1泊2食付き)を利用した場合
海が目の前で、里山もすぐ近くという好立地にあり、スポーツバイク(ロードバイク・クロスバイク・タンデム・eバイク)のレンタルをメインに、ガイド付きツアーや洗車など自転車に関わるサービスを幅広く担っている。
福島県いわき市四倉町東4丁目133-9
TEL:0246-51-4390
営業時間:8時〜17時
定休日:火曜・水曜
年間を通してフルーツトマト狩り体験ができるトマトハウスを始め、トマトや地域食材を使用したフレンチ&イタリアンレストラン、地域の特産品を集めた直売所「森のマルシェ」などが集まった複合施設。
福島県いわき市四倉町中島字広町1
TEL:0246-85-5105
営業時間:9時30分〜17時(直売所)
定休日:年末年始、月曜※祝日の場合は翌平日
ナショナルトレーニングセンターとして1997年にオープン。原発事故に伴って国が管理する事故の対応拠点となり、以後も閉鎖されていたものの2019年4月に全面再開され、一般の宿泊や企業の研修など幅広く活用されている。
福島県双葉郡楢葉町山田岡美シ森8
TEL:0240-26-0111
太平洋が一望できる公園内に広大な芝生広場やキャンプ場などが整備され、サイクリングターミナル「展望の宿天神」では日帰り温泉や宿泊といったサービスを提供する。
福島県双葉郡楢葉町大字北田字上ノ原27-29
TEL:0240-25-3113
「大熊町が再び活気を取り戻すように」との願いを込め、地域住民の交流や文化活動、観光復興を目的とした大熊町交流ゾーンに2021年10月オープン。宿泊と日帰り入浴の両方が可能となっている。
福島県双葉郡大熊町大川原南平1207-1
TEL:0240-23-5767
宿泊料:6050円〜※1人でツインルームを利用した場合
福島で起きた地震、津波、原発事故という複合災害の実態や、復興に向けた歩みを展示するため2020年9月に開館。導入部の大型スクリーンでは原発の建設から事故の発生、復興や廃炉に至るまでの経緯が語られる。
福島県双葉郡双葉町大字中野字高田39
TEL:0240-23-4402
開館時間:9時〜17時
休館日:火曜※祝日の場合は翌平日
入館料:600円
地震発生から約40分後に津波の被害を受けた請戸小学校を、内部を見て回れるよう必要最低限の片付けをしただけで当時のままに展示。2階には震災前の地域の模型が展示される。
福島県双葉郡浪江町請戸持平56
TEL:0240-23-7041
開館時間:9時30分〜16時30分
休館日:火曜※祝日の場合は翌平日
「縁を響かせたい」との願いを込め、2017年7月にオープン。季節ごとに野菜を中心とした、お腹に優しい料理を用意する。予約は3日前までに。敷地内には大浴場や農家民宿、ギャラリーもあり。
福島県南相馬市原町区金沢追合116
TEL:0244-26-9461
営業時間:11時〜14時※完全予約制
定休日:不定
松川浦漁港に近く、地元で獲れる新鮮な品が店頭に並ぶ。店内には「浜の台所くぁせっと」もあり、地域を治めていた相馬中村藩の家紋を模した「そうま海鮮九曜丼」が名物となっている。
福島県相馬市尾浜字追川196
TEL:0244-32-1585
営業時間:9時〜17時※4月〜9月は〜18時
定休日:1月1日・1月2日
津波により全世帯が流出した新地町釣師地区に整備された、防災と憩いの場を兼ねた公園。「ツール・ド・ふくしま2023」のスタート地点にもなっていた(荒天のため中止)。
福島県相馬郡新地町谷地小屋北畑11-1
TEL:0244-62-2730
営業時間:9時30分〜17時30分※12月〜3月は〜17時
定休日:年末年始、火曜※祝日の場合は翌平日
[エリアへのアクセス]
鉄道の場合
往路:東京駅=常磐線特急「ひたち」=湯本駅
約2時間20分、6290円(3740円+2550円)
復路:新地駅=常磐線=仙台駅=東北新幹線「はやぶさ」=東京駅
約2時間45分、1万1760円(6600円+5160円)
車の場合
往路・復路:銀座出入口=首都高速・常磐自動車道=いわき湯本IC
約2時間35分(203㎞)、5260円(普通車、ETC)
※いわき七浜海道沿いの各所に駐車場あり