Jプロツアー広島大会 “アシスト選手”がようやく手にした勝てる証明

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8月29日、30日の二日間で行われたJBCF西日本ロードクラシック広島大会。広島空港の周りを回る1周12.3kmの広島県中央森林公園サイクリングコースを使用して開催された。初日は5周の約60km、二日目は12周のところを10周に短縮され、123kmで争われた。両日ともに気温が35度を超える酷暑のなか、初日には山本大喜(キナンサイクリングチーム)、二日目は阿部嵩之(宇都宮ブリッツェン)が逃げ切り勝利を果たした。

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阿部の勝利に駆けつけた増田。自身は落車し、傷を負いながらも自分のこと以上に喜んだ

“勝てる”証明

ロードレースという競技において、勝利をつかむのはいつもたった一人だ。しかも、チームのエースを任された絶対強者が必ず勝つとは限らない。レース展開はいつも流動的で、同じ時期でも同じ場所でも同じ気候でも何が起こるかは始まってみなければ分からない。そこがロードレースのなんとも面白いところだと思うのだ。
普段はエースを助ける仕事をまっとうするアシスト選手にも、展開によっては自身のために走れるチャンスが巡ってくるときがまれに訪れる。そんなある種“イレギュラー”な展開には、見るものの心を躍らすような瞬間が間違いなくある。二日目のレースはまさにそれだった。

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レース中の厳しい表情とは一転、満面の笑顔を見せた

強い日差しが照りつける二日目の長丁場のレースに勝利した阿部嵩之(宇都宮ブリッツェン)は、優勝経験こそあるが過去にJプロツアーで優勝したのはいつなのか、もう記憶にもなかった。
「ずっとこの数年、ただ助けるだけの選手だったと思うので。皆さんが見ていたのは。たまには僕でも勝てる場所に行けるんだというのを見せられたので、本当にそれは僕の中で良かったなと思いますね。やっぱり、勝たなければ証明にならないので」
自分のことのように喜ぶチームメイトに少し茶化されながらも、阿部の表情はとことん晴れやかだった。
ここ数年、平坦レースのスプリント発射台や集団牽引でその姿を見ることがほとんどだった。元々TTや逃げを得意としていた阿部だったが、最近では勝ち逃げに乗っている姿もあまり見ていなかった。今回のレースは、やっと巡ってきたチャンスだった。
「来るときは本当にうまく回ってくるんだなと思いました。(勝利を)つかむ場所にいられたっていうのが今年それなりに準備してきて良かったなと思うところですね」
会場に訪れていた阿部のコーチであるピークスコーチンググループの中田尚志は、レースを見ながら阿部が確実に勝てる選手であると確信していた。
「パワーデータとかトレーニングデータを見ていても本当にすごいんですよ。本当に真面目な選手で。絶対に勝てる実力があるのに、脚の具合や展開になかなか恵まれない。今回はいけるんじゃないですかね」
そんな話をしていた矢先の勝利だった。阿部はこれまでについてこう話した。
「中田さんからは、しっかりやっていれば勝てる場所に行ける選手だから、自信を失わないようにと、トレーニングの管理だけじゃなくて、メンタル面でもアドバイスをもらっていました。それでも今日の(逃げグループの)メンツを見たら正直自信なかったんですけど、それでも準備ができていたというのがこの結果だと思うので。本当にそれは良かったなと思いました」
また、阿部自身、父となってから初めての勝利となった。
「今回レース中に初めて頭に浮かびました。それが力になったのかなと思います。めちゃくちゃうれしいですね」と破顔した。
後からゴールしたチームメイトがすぐに阿部の元へ駆け寄った。その時、阿部がそれぞれの選手に放った「やっと」という言葉が印象的だった。
自分の勝利以上に喜ぶ増田成幸に対しての「やっと勝てました」。小野寺玲に冗談交じりの「やっとお前のアシストしなくて済む!」(「あれは口走りましたけど、他のレースになればもちろんします(笑)」と本人談)。西村大輝へ安堵の「やっと新人にいいところ見せられた」。
駆け寄ったチームメイトだけではない。プロトンが認めるベテラン仕事人の勝利には、他チームの多くの選手から祝福の声があがっていた。まさに多くの人の心を動かす勝利の瞬間だったのだ。

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ゴール後に「アベタカさん、おめでとうございます!」と言いにきた小野寺と握手を交わす阿部

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西村とも喜びを分かち合った

勝負の行方はわずか1周目にて

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レース開始前の時点でこの気温。しかも日陰でだ

二日目のレースは、熱中症防止のため、周回数は12周から10周へと減らされた。
柴田雅之(那須ブラーゼン)が「今日のレースの一番の分かれ目」と話したのは1周目だった。周回コースの前半で、吉田隼人とホセ・ビセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ)、トマ・ルバ(キナンサイクリングチーム)が飛び出し、それに「自分も最初から(逃げに)行くつもりだった」と孫崎大樹(チームブリヂストンサイクリング)と阿部がついた。
周回コースの残り約5km地点から始まる三段坂はこのコースでの勝負所とされ、初日のレースでは山本元喜、大喜兄弟とトマ・ルバのキナンサイクリングチームが波状攻撃を仕掛けた場所でもあった。
逃げ切りをほうふつとさせるメンツの中で、那須ブラーゼンも逃げにメンバーを送り込むべく柴田はチームメイトに集団牽引を依頼した。前5人とのタイム差が15秒ほどの状態で三段坂に入り、そこから柴田が単独ブリッジをかけて合流。吉田はパンクにより遅れ、5人の逃げグループに落ち着いた。

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1周目から形成された5人の逃げ

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すっかり緩んだ集団

その後、集団は一気に緩み、最大で3分半のタイム差が生まれる。このタイム差は、逃げグループが必死で作ったものでは決してなかった。
「やっぱり暑いので、飛ばしていったらバテるという言わなくても共通認識みたいなものがあって、一定ペースでみんなで回していたら、意外と2分って一気に差がつきました。無線でもみんなから集団は止まってるっていう情報がきたので、結構開いたなと思っていました」
逃げグループに入っていた孫崎はそう振り返る。メンバーも良かった。既に今シーズン逃げ切り勝利を挙げているルバにベテランのトリビオと阿部もいる。逃げ切る手段は把握していた。
集団はヒンカピー・リオモベルマーレレーシングチームやレバンテフジ静岡などが率いていたが、一部区間で突如降った雨の影響による濡れた路面での落車などもあり、一度縮まったタイム差はまた開いていった。逃げ切りの算段はレース半分をこなしたあたりから濃厚になった。

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順調に周回をこなす逃げグループ

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レース中盤までヒンカピー・リオモベルマーレらがコントロールした集団

残り6周を残したところでチームの命運を託されることを予感していた阿部だったが、残り4周で逃げ切りを確信。監督からの無線でも、最後に抜け出すか、上りで耐えてスプリントに持ち込むかの二択だと言われていた。阿部が最も警戒していたのは孫崎のスプリント力だった。一方で孫崎も同様に残り半分を残した段階で逃げ切りを確信し、終盤戦へと意識を向けていた。

最終周回の攻防

最終周回。口火を切ったのはビセンテだった。コントロールラインから3km過ぎた上りで仕掛けた。それには全員がチェックに入る。そして、最後の三段坂に差し掛かったところでルバがアウターギヤでのアタックを繰り出す。最初にふるい落とされたのは孫崎だった。
「脚を残したつもりだったんですけど、後半結構きていて。ラスト3周あたりで(脚が)つりそうな場面があって、少し集団の後ろで休ませてもらってたんですけど、なかなか戻ってこなくて。耐えて耐えて、最終周回の三段坂行ったんですけど、全然反応する脚がなかったですね」
表彰台は逃したが、「久しぶりにやりたかったことができた」と話す孫崎。
「また1か月空くので、そこでしっかりトレーニング積めば、次は後半勝負できるようになると思います。次はまたこういう展開で勝ちを狙いにいきたいです」と前を向く。

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残り3周の上りで厳しそうな表情を垣間見せていた孫崎

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タイムギャップが2分以上ある中で単独でブリッジを仕掛けた織田聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)だったが、熱中症の影響により落車リタイヤとなってしまった

孫崎に続いて柴田も振るい落とされた。
「完全にやられました。30秒とか1分のインターバルって一番苦手な部分で、(チームだと渡邊)翔太郎くんとかが強いので一緒に練習してもらって準備はしてたんですけど、1周目のブリッジで使った力っていうのが最後の最後で脚にきた感じでした。力技でやられたので、しっかり練習して、次の広島は優勝できるように選手全員で成し遂げたいと思います」と悔しい表情を見せた。

先頭でルバのアタックに危なげなくしっかりとついていっていたのは阿部だった。「限界は迎えないけど、かなりきつかったのは確か」と言っていた阿部だったが、「唯一トマが毎周回すごい勢いで上れていました。でもトマもそれが仇となったのか、正直、最後の周のアタックはあんまりキレがなかったので、僕もなんとか対応できたのかなと思います」と落ち着いていた。
そのままゴールラインが見える直線まで残された3人で到達すると、阿部が最後に飛び出した。上りで差をつける勝機を既に失っていたルバとビセンテを突き離し、今までの思いの丈を全て詰め込んだような雄叫びをあげて一番にゴールラインへ飛び込んだ。

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勝利の雄叫びをあげた阿部

久しぶりの勝利は自信へとつながったか聞くと、阿部は控えめな回答をした。
「うーーん……、これで自信過剰にはやっぱりなれないですね。じゃあ同じようにできるかって言われたら、今回はうまく立ち回った結果なので」
そしてさらなるチームの勝利をと願う。
「今年は可能な限り、一人一勝以上したいなと思ってるので、もちろん僕も勝ちたいし、勝てるチャンスがあるなら取りに行きますけど、取ってない選手がいて、同じ場所に立っているんだったらそっちのために走れればいいなと思います」
こういうところが多くの選手たちから信頼を置かれる理由の一つなのかもしれない。

ここまででJプロツアーも9戦が終了した。次戦まで約1カ月。そして今年残されたレースは現段階であと5戦。今度はどんなドラマが見られるだろうか。

 

Jプロツアー西日本ロードクラシック広島大会Day1 リザルト

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最終周へ向かう逃げグループで兄弟二人で話し合う。「最後どこで行くかとか、どっちが先に行くかとかの話をしていたんですけど、二人とも同じ意見で、最後の三段坂でアタックしようっていう話になったので、その作戦通りいった」と山本大喜は話した

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「スプリント勝負よりも上りでアタックして、脚削って勝負っていう方が良かったのでいい展開でした」と山本大喜がJプロツアー初優勝を収めた

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2位集団の頭をとったのは宇都宮ブリッツェンの西村大輝だった

1位 山本大喜(キナンサイクリングチーム) 1時間30分47秒
2位 西村大輝(宇都宮ブリッツェン) +27秒
3位 山本元喜(キナンサイクリングチーム) +27秒

Jプロツアー西日本ロードクラシック広島大会Day2 リザルト

1位 阿部嵩之(宇都宮ブリッツェン) 3時間7分2秒
2位 ホセ・ビセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ) +0秒
3位 トマ・ルバ(キナンサイクリングチーム) +1秒