旧街道サイクリングの旅 vol.11 旧東海道をゆく

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府中宿に着いた時点で夕焼けだった空は、朝になって眺めると一面の雨雲に覆われていた。
今までずっと晴ればかりだったので無意識に今日も晴れるつもりでいたが、やはり天気予報通りの雨となった。
宿を出た時点でパラパラとヘルメットに雨が当り始めていた。

 

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雨の日の決意

旧街道サイクリングの旅11

江尻に向かう途中で。冬を思わせるような冷たい雨に降られる。歯の根も合わない

府中宿に着いた時点で夕焼けだった空は、朝になって眺めると一面の雨雲に覆われていた。
今までずっと晴ればかりだったので無意識に今日も晴れるつもりでいたが、やはり天気予報通りの雨となった。
宿を出た時点でパラパラとヘルメットに雨が当り始めていた。

「今日は雨の中を行くことになりますね」と私。
「いや……かないませんな……」とシシャチョーさこやん。
「しかしシシャチョー&テンチョーの旧東海道の旅、始まって以来、初めての雨ですね……。大丈夫ですか?走れる自信ありますか?それとも今日はやめときます??」
「雨は初めてと違うかな……あんまり自信無いですね……。でもこの後の日程を考えると今日はなんとしても三島宿までたどり着きたいっすね。」とシシャチョーさこやん。なんだろう。私の言葉にピクッと反応したように感じた。真剣な表情で空を見つめている。目の底には必ず三島宿にたどり着くというような決意の光がのぞく。

「ほう、今日はなんだか真面目ですね。決意を感じられますね!」

「そりゃそうですよ。だってみんなワープしてるんでしょ?どうせ走ってないんでしょ?何時間で完走するの?って、未だにそんなことばかり言わてますねん……。」

実のところ日本のスポーツバイシクルの業界には、速く走ることこそが正義といったような雰囲気が漂っている。業界に携わる人間は速さがないと発言できないといったような空気感があるのだ。そして日本の自転車業界はロードレースとロードバイク偏重だ。ロードレースで活躍していればイチバン!のような雰囲気がある。

しかし世界ではもっとたくさんのカテゴリーが愛好されている。決してロードレースだけではない。よりポピュラーなのはMTBだ。サイクリングにキャンプツーリングなどは様々な年代の人が楽しんでいる。そこへきて世界ではeバイクの新しい風が吹いている。
しかし日本ではそれらはほとんど取り上げられないし、取り上げられてもすぐに廃れてしまう。そしてそれらのカテゴリーはロードレース、ロードバイクより下に見られる傾向にあるのだ。全くナンセンスだ。

果たしてスポーツバイシクルとは速さを追求する為だけに存在しているモノなのだろうか?ゆっくりとサイクリングをしている人は、レースをやっている人から見下される存在なのか?レースやトレーニング的に乗ることだけがスポーツバイシクルの正しい乗り方なのか?クールなウェアを着てキメた表情をしてクールな風景で自撮りをし、クールなことを書いてSNSにアップすることが業界人に最も求められることなのだろうか?

そんな雰囲気だから旧街道サイクリングに対して、ゆっくり走って何がおもしろいの?速く走れない人がやってるんでしょ?老けた趣味だ!などという目線があることは、私も少し感じている。「なんだかおもしろそうだけど取り上げるところまではいかないか……」というような受け止め方をされているのかもしれない。

ところで業界内でもシシャチョーさこやんのように、表舞台に立って「走る」仕事をしていない人はたくさんいる。自転車に関わっていてもバックグラウンド側で決して表舞台に出てこなかった仕事人達だ。彼らがいないと業界は存在できない。しかしそんな彼が「走る」となれば業界人からも「え?自転車乗るの?走れるの?」といった評価になるのだ。
ましてメディアの人間としては、どうしても「速さ」を求められるように感じてしまうのだろう。

シシャチョーさこやんはそうした業界の風潮からあえて距離を置いてきたという。
あくまでスポーツバイシクルは仕事として乗ることにしようと。
しかし2年前の酒宴で私の旧街道サイクリングの話を聞いてから、今回、人生で初めて純粋な気持ちでスポーツバイシクルに乗りたいと思ったという。
そんな彼の挑戦を、50歳を過ぎてスポーツバイシクルの楽しさを再発見することを、茶化してしまうのはどうなんだろう……。

まあ彼のこれまでの行いに何か問題があるのかもしれないが……笑。

こういった業界の偏った考えは私も日頃から痛感しているところでもある。

「走れて当たり前!速い者こそ正しい、みたいに言われるのが好きではないんですよ……。まあ……いいですやん!さあ行きましょ!」と言葉を切るようにして私より先に出発したシシャチョーさこやん。慌てて後を追う私。
そんな彼の挑戦を心底素晴らしいことだと思って帯同することにした私だが、どうやら意図せず気に触るような言葉のように取られたみたいだ。割とナイーブなアラフィフオヤジだな……。

そんなわけで雨の中を陣中に向かいような気迫で出発したシシャチョーさこやんだった。

 

宿場町のもう一つの顔

旧街道サイクリングの旅11

現在の静岡市である府中宿は大規模な宿場町だった。今も地方都市として大きな街である

静岡市内を走り出し旧東海道に合流した地点で、雨はすでに大きなつぶてのように身体を叩くようになっていた。寒冷前線なのだろう。とても冷たく大粒の雨だ。
今日は二人ともアソスの最高級のレインジャケットを纏っている。しっかりとした防水機能を持ちながら発汗と熱をうまく逃す素晴らしい性能を持ったジャケットだ。普段の雨の日のライドでも使っていて、とても信頼できる世界最高峰のレインジャケット。しかし今日の雨はなんだか違う。ビタッ!ビタッ!と大きな雨粒が叩きつけられるように感じる。それでいてものすごく冷たい。ヘルメットのベンチホールを突き抜けた雨粒は首筋へ垂れていき背筋をゾクゾクとさせる。秋の雨なのになんだか様子が違う……。見ると信号待ちをしているOLと思しき女性の吐息が白くなっている。冷えるわけだ。
長い信号待ちをしているうちに突然雨が本降りになってきた。
「うわーーーー!」
ドドドド!というマシンガンのような雨が空から落ちてきた。ピカっと光り稲妻が走った。
「まずいですね。雨は防げてもこりゃあ冷えますよ。あそこのコンビニエンスストアに避難しましょう!」慌ててコンビニエンスストアに駆け込んだ。走り出してまだ1kmも来ていない。雨脚はどんどんと強くなるばかりだ。二人ともすでにずぶ濡れで寒さで震えが走る。熱いコーヒーをすすりながら時を待った。
「カラダを守る必要がありますね。よし!コンビニエンスストアの雨ガッパを着ましょう!」
本格的なアウトドア用のレインジャケットも持っているが、今回の旅のように宿を継いで走る軽装備で走る時は途中で調達するようにしている。

二人とも500円のカッパを買って着用した。それだけでかなり暖まる。
「寒い時はこれが結構役に立つんですよ。」
しばらく待っていると少しだけ雨脚が弱くなったので、気合が張っている間に再出発することにした。

府中宿は現在の静岡市の中心部にあたる。旧東海道はきらびやかな繁華街を通っている。走り始めてすぐに繁華街に出た。
「おお、良いねぇ!!夜の内にこの辺りに来たかったですな!」シシャチョーさこやん。さっきのしかめっ面は消え、繁華街の雰囲気にすっかり目を奪われている。
「そういえば夜の宿場町には……」と信号待ちの間に当時のナイトライフについて私は説明をし始めた。

宿場町には別の顔があった。
当時の江戸幕府は宿場町の旅籠(一般の旅人が宿泊する施設)には2名までの「飯盛女(めしもりおんな)」と呼ばれる女中を置くことを許可した。読んで字の如く旅人に給仕をする女性であったのだが、実は夜の臥所での相手をさせられることもあった。むしろそれが目的で連れてこられた女性も多かったという。一生に一度の旅で東海道を通っていた旅人も多く、旅の恥はかき捨て的に夜の女性を目当てに旅籠に泊まる者も多かった。また江戸の近隣の宿場町には意図的に夜の街の機能を持たところも多かったという。内藤新宿や品川宿などがそうだ。
そしてここでは触れないが、飯盛女として非常に辛い人生を送った女性もたくさんいたらしい。
城下町に宿場機能を持たせたところを除いて、ほとんどの宿場町には飯盛女が存在したのは事実だ。

旧街道サイクリングの旅11

繁華街と飯盛女の話をしているところで繁華街の看板を食い入るように眺めるシシャチョーさこやん

そんな飯盛女の悲しい話をしようとしたのに、気がつくとシシャチョーさこやんはキャバクラの看板に引き寄せられていた。確かに繁華街は宿場の名残のところも多いけれど……。

人の話聞いてる?!まったく……。

 

アーケードと化した宿場町で仕事

旧街道サイクリングの旅11

江尻宿もアーケード街になっていた。雨脚が強く先を急ぐ

府中宿を出発して1里(4キロ弱)ほど。江尻宿の入り口に着くと同時に再び雨が強くなってきた。ところがシシャチョーさこやんは何だか急ぐように走っていく。
「会社から電話がかかってましてな。雨が避けられるところまで行きます。」
ちょうど江尻宿はアーケード街になっていた。ちょうどいい、仕事タイムとしよう。

今回の旅の日程には当然限りがある。天気が悪ければ日程を伸ばすということは出来ない。
そして日常の仕事も当然納期がある。同様に日程を伸ばすということはできない。
したがって旅の途中で一旦現実に戻ることはしょっちゅうあるのだ。
しかもシシャチョーさこやんは八重洲出版 大阪支社の支社長とサイクルスポーツ編集部の統括部長を兼任している。本来は2日、3日とまとめて取材に出るような日程は組めないほど忙しい。休憩になるとスマートフォンを取り出し、仕切りに部下に指示を送ったり得意先に電話をしたりしている。時にはそれが30分以上に及ぶこともある。
そしてそれは私自身も同様だ。小さなものだが一応会社組織として2つの会社を運営している身にとって、外部との連絡は常にひっきりなしに取っている。現在は店頭でのフロア業務はスタッフに任せているが、経営者としてのメインの仕事はシシャチョーさこやん同様バックグラウンドにある。ときにはスマートフォンで、ときにはタブレット端末でメール送信したり証憑を作成したり……。
この取材旅を始めてからよく「のんびり旅出来て良いですな」と言われることが多くなった。しかし現実は日常の仕事に追われつつ走っている状況なのだ。

世の中のサイクリストの中には、我々と同じような境遇である人も多いはず。管理職で忙しい日々を送りつつ、日常の些末なことを忘れる手段として、リフレッシュする手段としてサイクリング を選んだ人も多いはず。仕事や家庭と折り合いをつけながらライドするのはみんな同じだろう。それこそ若い頃のように速く走ろうとトレーニングの時間などを確保したくても周囲が許してくれないことがほとんどかもしれない。満足感のない自転車人生を余儀なくされている人も多いかもしれない。

そういう意味でも忙しいサイクリストや、新たな満足感を求める場合には4キロ〜20キロ毎に目的地(宿場町)が現れて止まることができる旧街道旅をお勧めする。宿場町を訪ねていき、それらの積み重ねがいつの間にか旧東海道を走破することにつながっていく。そうしたステップを踏むこと、宿場町にたどり着くという一つひとつの達成感は、大袈裟に聞こえるかもしれないが、仕事や人生に共通すると思うのだ。
まあ平たくいうと双六をやっているようなものだ。早く行きたくても電話をしなくてはならず停滞を余儀なくされたり、雨で行先を変更しなくてはならなかったり……。旧街道サイクリングはそんな自分自身の生活や人生を投影しつつ楽しむことができる稀有なサイクリングだと思う。
年代性別問わずぜひ試して欲しいと思う。

旧街道サイクリングの旅11

東海道薬局という名前が微笑ましい

さてそんな感じで走ったり止まったりしながらも雨のために先を急ぐように走ったためか江尻宿と興津宿はあまり記憶に残らないうちに通り過ぎてしまった。街道の雰囲気を感じられなかったこともあったが、何より寒くて早く前に進みたかったからだ。
止まって仕事をしているうちに身体はどんどん冷えていく。一向に暖まらない。
どうしても冷たい雨が運動による熱を奪っていくからだ。

 

富士山が見える絶景の薩埵峠だが……

旧街道サイクリングの旅11

薩埵峠への登りは冷えたカラダを再起動させてくれた

「今回のハイライトは何と言っても薩埵峠ですよ。うまく行けば目の前に雄大な富士山が太平洋と共に拝めます。ポスターや観光広告でよく見るやつですよ!」
「なるほど!例のやつですか!そりゃ楽しみやね!これぞ旧東海道ってやつですね!」出発前にストラーダバイシクルズで行程を説明しながら煽ってきたため、シシャチョーさこやんの期待値は非常に高かったに違いない。世界文化遺産にも登録されている絶景。頭の中にその絶景がずっと浮かんでいたことだろう。

しかし今日はこの雨だ……。当然のことながら富士山はおろか何も見えないに違いない。がっかりするシシャチョーさこやんを思うと、さんざん煽ったことが申し訳なく思えた。荒天は私のせいではないのだが……。

道は次第に狭くなり急な登りが現れた。いよいよ薩埵峠の登りが始まったのだ。晴れた日はどうってこともない上り坂だが、冷えたカラダと降りしきる雨で、かなり堪える上りになった。上りはじめと同時に会話を止め黙々と走る二人。雨に濡れる峠は思った以上に静寂に包まれていた。周りには通る車もない。遠くに高速道路をゆくトラックの音が微かに聞こえるぐらいか。雨ガッパのシャカシャカと擦れる音。シートピラーに結びつけたサドルバックがギシッギシッと擦れる音。雨で油分が落ちてしまったチェーンの軋むような歪んだ音、そしてゼエゼエハアハアとアラフィフオヤジが吐き出す呼吸の音。それらがペダルと同調して渾然一体となって一定のリズムで周囲に響き渡っている。

突然シシャチョーさこやんがスピードアップした。私に一瞥をくれてから急にスピードを上げた。頭と肩を左右に大きく揺らしながらペダルの回転を上げていく。チラチラと私の方を見てニヤリと笑う。
誘ってきた!
やられた!と私もスピードアップする。ここで舐められてはいけないという心理が働き、大人気なく追い抜き返す。
「カーボンバイクは軽くてよろしいな!!」とわざと嫌味を言ってくるシシャチョーさこやん。
「でもタイヤはブロックタイヤですよ!!」と言い訳をする私。
そして薩埵峠の道標までお互いに抜きつ抜かれつしながら登り詰めた。

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雨の薩埵峠。江戸時代からの道標が出迎えてくれた

50代のオヤジサイクリストが雨の中をビニールのカッパを纏ってゼエゼエと坂を上る姿は、周りから見るとはっきり言って見てくれが良くないかもしれない。私自身も20代や独立開業を果たした30代前半の頃の走行能力を思うと、やれやれと思うような走りだ。
二人とも密度が減った髪の毛が雨に濡れて額に貼りついている。崩れた体型が重力に逆らって揺れている。客観的にはあまり見たくないと姿だと思う。
でもそんなことはどうでも良くなるぐらい楽しい上りになった。ちょっとした満足感を得られた。

自転車に乗らない50代からすると考えられないことをやっていると思う。晩秋の平日に冷たい雨の中、まるで子供がかけっこをするように坂を上る。それもマニアックな旧東海道の峠で。

歳をとると人間は子どもに還っていくというが、その始点は50歳ぐらいなのかもしれないと、この時思った。

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富士山は見えなかったが雨の薩埵峠は風情があった

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薩埵峠から太平洋を望む

「ようやく着きましたね。でも残念。今日は富士山は見えませんね!」と私。

しかしシシャチョーさこやんは満足そうな表情で「富士山は見えへんけど絶景ですやん!!自分の力で薩埵峠まで来たんやさかい!」

心なしか感動しているシシャチョーさこやん。
絶景ばかりが旅の風景ではない。苦労してたどり着いた先にはどんな天候であっても感動するものだ。写真を趣味にしているのでその辺りはよく理解しているつもりだったが、いつの間にか絵はがきに出てきそうな風景こそが素晴らしくて、それを見せてあげることがガイドの役目のように思い込んでしまっていた。
彼の姿を見てそれを気づかされたような気がした。

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薩埵峠は旧東海道、国道1号線、東名高速道路が収束している。現代の道を見下ろすのが旧東海道

 

雨の中でも楽しい旧東海道……

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静かな海辺の宿場町「由比宿」を行く

薩埵峠の下りは正直キツかった。とにかく寒い!体感は真冬のようだった。それでもディスクブレーキを搭載した現代の駿馬達は、安全に我々を下界まで運んでくれた。雨の日の制動性能はとにかく大切だ。

由比宿は山と海の間にある小さな宿場町。現代の道が視界を遮ってしまっているが当時は浜がすぐそこにあって素晴らしい景色だったろうと思う。そしてここ由比には、江戸時代の幕臣だった山岡鉄舟が官軍に追われていたときに匿われていた「藤屋望嶽亭」などがあり歴史的にも見所が多い。しかし何をするにもこの大雨。見所を探す元気も失せてしまっている。仕方がないので漁港へ降りることにした。

「前に来たときは漁港の食堂で桜海老を食べたんですよ!最高にうまかったですよ!行ってみましょう」
ずっと雨に降られっぱなしだったので、満足に補給も摂らずに来てしまっている。そんなことを思い出すと急に腹が減った気分になる。
しかし残念ながら食堂は休業中。
こうなると無性に桜海老が食べたくなるのが人情だ。シシャチョーさこやんと手分けして、食堂を探す。やがて見つけた「料理民宿 玉鉾」と言う料理旅館に入った。

旧街道サイクリングの旅11

寒い雨の中を走った後に食べる桜海老料理は格別に美味しかった

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貪るようにかき揚げを食するシシャチョーさこやん

ずっと雨の中を走ってきて得られたご褒美のような食事。暖かい店内。濡れたカッパのまま入れてくださったお店の方に感謝。二人して貪るように食べた。昔の旅人も雨の日はこんな感じだったのだろうか?人間胃が満たされると身体も心も暖かくなるものだ。落ち着いた気持ちで由比宿を後にした。

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静岡県は東海道の案内看板があちこちに立てられていて分かりやすい

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蒲原宿近くの発電所の巨大な配管

雨の日はとにかく視野が狭まる。カッパを着ているのもあるがうつむき加減で走ることも多く、また路面に気を取られているので目線が固定しがちだ。そんな時に突然現れたのが発電所の巨大な配管。シシャチョーさこやんも下向き加減だったからちょっと驚いている。写真ではパースが付いて分かりづらいが直径が1.5mぐらいありそうな太い配管が山から伸びている。

「宿場町以外にも街道の風景はありますなあ。これは現代の東海道の見所ですな」シシャチョーさこやんは呟く。
「それだったら次行くところもおもしろいですよ!」

しばらく行ってそこは現れた。
「ここがおもしろい所ですよ。」
「え?何にも無いですやん!新幹線で道が途切れてますやん……」
「そこの下を見てください!」
「えーーーーー!!!」

旧東海道は昭和にできた東海道新幹線で寸断されてしまっていた。しかしその下に人が屈んで一人だけ入れるぐらいの通路が通っている。そこを行くのだ。
「インディージョーンズみたいですなあ!!!」
嬉々として進んでいくシシャチョーさこやん。確かに下っていく姿は何だかピラミッドに入って行くみたいだ。
思わぬアトラクションにシシャチョーさこやんも大満足だった。

旧街道サイクリングの旅11

新幹線の下を潜って行く

その後も現存する一里塚や渡船場の跡地を巡った。雨の日であっても旧街道の史跡は旅行くひとを迎え入れてくれる。視野を広く保って走ろう。

旧街道サイクリングの旅11

岩渕の一里塚

 

たどり着くぞ!三島宿……

旧街道サイクリングの旅11

富士川の渡船場跡

ところで富士川を過ぎたところで時間を確認したところ、日暮れまでに三島宿にたどり着けない可能性が出てきた。
「まずいですね。うまく行って沼津までかもしれません。」
「いや、それはあきませんわ。次回の取材では何が何でも江戸までたどり着かなあきません。それまでに厳しい峠が待つ箱根がありますし……。夜になってもなんとか三島まで行きましょ!」

シシャチョーさこやんは朝の決意通り三島宿まで行く気持ちでいるようだ。それを聞いて私も心を決めた。旧街道はいわゆる生活道になっているところが多く、通勤時間帯になると渋滞が起きたり、飛び出しが増えたりするので、出来る限り夕暮れまでに投宿することをお勧めしているが、今朝の決意を見ているだけに今日はそれが言えなかった。

通勤の渋滞に巻き込まれながら、トラックに煽られながら、時には道を間違いながらも黙々と走り続けた。

でも思い返せば旅の最初はすぐに音を上げてしまっていたシシャチョーさこやんだが、これまでの旅で随分と走れるようになってきた。これはトレーニングというものではなく、気力と気迫といったものかもしれない。私より先に走りライトを灯して三島宿まで急ぐ彼を見ていると、旅の相棒としてさらに頼もしい存在になったという実感を覚えた。

とっぷりと日が暮れた夜、無事に三島駅に着いた。降り続いている雨の中、手早く輪行をし新幹線のホームへ向かう。同じホームから東京へ向かう彼と京都へ向かう私。3日間の旅を走り切った満足感があった。新幹線のホームでシシャチョーさこやんの好物のハイボールで乾杯をして別れた。

旧街道サイクリングの旅11

旧街道サイクリングの旅11

料理茶屋 民宿玉鉾
静岡市清水区由比450-1
TEL:054-375-5357

 

参考文献:
今井金吾「今昔東海道独案内」(JTB出版事業局)
歌川広重「東海道五十三次五種競演」(阿部出版)
八隅蘆菴著/桜井正信監訳 「現代訳 旅行用心集」(八坂書房)

 

【text & photo:井上 寿】
滋賀県でスポーツバイシクルショップ「ストラーダバイシクルズ」を2店舗経営するかたわら、ツアーイベント会社「株式会社ライダス」を運営、各地のサイクルツーリズム造成事業を主軸としつつ、「日本の原風景を旅する」ことをテーマにした独自のサイクルツアーを主宰する。高校生の頃から旧街道に興味を持ち、以来五街道をはじめ各地の旧街道をルートハンティングする「旧街道サイクリング」をライフワークにしている。趣味は写真撮影、トライアスロン、猫の飼育。日本サイクリングガイド協会(JCGA)公認サイクリングガイド。

取材協力:RIDAS(ライダス)

vol.12に続く