ダミアーノ・クネゴが語る、「日本の底上げ」をする方法

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ダミアーノ・クネゴが語る、「日本の底上げ」をする方法

協力:日本ビジネスシステムズ、秀光

昨年、現役を引退したダミアーノ・クネゴ氏。言わずと知れた、2004年ジロ・デ・イタリアのチャンピオンである。クネゴ氏は現在トレーナーとして、選手時代に培った経験を生かし、個人の「目指すべき目標」を叶えていきたいという。日本人選手が強くなる方法についても聞いた。

「すべての扉が開いた」ジロ総合優勝

Q:プロ生活の中で印象に残っている勝利は?

クネゴ:ジロ・デ・イタリア(以下、ジロ)の優勝は言うまでもないですが、ジロ・ディ・ロンバルディア(以下、ロンバルディア)での3度の優勝も忘れられません。ジロに関しては、まず信じられない勝利。勝つということを想定していませんでしたからね。ジロに出る前に走ったレースで勝って、調子がいいとは思ってましたが、総合優勝という成果になるとは思いませんでした。そもそも、チームはキャプテンのジルベルト・シモー二を中心にチームが編成されてましたから。結局、あの年はシモーニではなく、僕の方が強かったということです。よく当時の新聞を読んでいた人には、僕とシモーネの不仲説を言う人がいますが、本当はすごく仲が良いんです。彼は私にとって大きなライバルと言う存在。チームが変わっても良きライバルで、お互いに高め合って良い関係が築けたと思います。話し合うことで解決することもあるということです。

Q:日本人からすると、イタリア人がジロで優勝することの意味が、深いところではわからない部分があります。どれほど大きな意味があるのでしょう。

クネゴ:そう言われてみると、どれほど重要なことかは説明しづらいですね。う〜ん、まずは快感です。快感そのものなんですよ。知名度が一気に上がり、みんなが僕の名前を口にします。とにかく、その一勝で“すべての扉が開く”んですよ。それくらい大きな意味のある大会です。

Q:ロンバルディアでの3回の優勝についてもお聞かせください。

クネゴ:ロンバルディアは、僕に合う大会なんだと思います。どちらかというと、長距離に適していて、すぐにリカバリーができる選手向けの大会。でも、初めて優勝した時は、「あれ、勝っちゃった」と言う感じで驚きがあった。2回目の時は、「まあ、勝てるだろう」と薄々感じてはいて、結局、リカルド・リッコとのスプリントに勝って優勝しました。2回の優勝でも相当うれしかったわけですが、3回も勝つことができました。これまでロンバルディアで3回勝った人は5人しかいません。その中に入ることができるのは、特別な感じがしますね。

ダミアーノ・クネゴが語る、「日本の底上げ」をする方法

大門監督の思いが私を変えた

Q:昨シーズンで引退され、これからはトレーナーとして新たな取り組みを始めていますが、いつ頃からトレーナーをしようと考えていたのでしょう。

クネゴ:実は選手の頃から、私と一緒に練習したいという地元(イタリア・ヴェローナ)の若者がいたんです。自分だけではなく、人のためにトレーニングプログラムを組むことが、かえって自分のためになるのではないかと思っていました。それが2010年頃のこと。多くの人が、頑張っても頑張っても成果が出ないことにフラストレーションを持っています。そういう人に教えることで、目に見えて成長する。そこに面白みを感じ始めたのが2014年。そして引退後はトレーナーの道に進みたいと思うようになりました。

Q:2014年ということはランプレでの最後の年ですね。翌年からNIPPOに加入するわけですね。

クネゴ:NIPPOに入ったことで、人のために働きたいとか、トレーナーをしたいという気持ちが強くなりました。大門監督も言っていますが、NIPPOの精神というのは若手を育てることにあると。大門監督は私に対して、「若手を育てて、成長させてほしい」という意向がありました。その思いが私を変えたんだと思いますね。実際、自分を中心としたチームではなかったですし、チームの中での役割として若手に教えることに全然違和感はありませんでしたしね。

Q:実際に日本人と走ってみて感じたことは、どのようなことですか?

クネゴ:まずは日本とイタリアの大きな差を感じました。イタリアは100年以上のレース文化の伝統があります。日本を同じレベルに持っていくには、まだ時間がかかります。とはいえ、日本人選手の変化はすごく感じます。だんだん強くなってきています。NIPPOというチームが多くの日本人をヨーロッパに連れていくことで得ている経験がすごく大きい。中根選手と初山選手はとても良いレベルの選手だと思います。ヨーロッパは自転車の中心ですから、日本が強くなるには、もっとヨーロッパで走らせないとダメです。今は、NIPPOしか日本人選手はいませんからね。できれば他のチームでも日本人の扉を開いて、経験を積ませることです。例えば、現地で自らお金を払ってでもトレーナーを雇って、経験を積むこと以外に強くなれる方法はないと思います。

Q:日本人がワールドツアーのチームに入るのは、かなり難しいことでもありますね。

クネゴ:簡単ではありません。まず選手として認めてもらわないと。だから、とにかくレースに勝つしかないんです。それに自転車業界は閉鎖的な部分もありますから、知り合いの知り合いというコネクションでチームに入ることも多くあります。そのためにも、大前提としてヨーロッパに行かなければいけないですよね。

Q:日本人がヨーロッパに行くのに理想的な年齢は?

クネゴ:理想は14歳。ただ学校のこともあるでしょうし、18歳でも遅くはないと思います。なぜ18歳かというと、プロになる前にステップがあります。ジュニアやU23という。そこを通らないとプロになれませんからね。

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個人でも受けられるクネゴ流トレーニング

Q:クネゴさんのトレーニングは、どうすれば受けることができますか?

クネゴ:残念ながら日本とイタリアは遠いです。今は私のオフィシャルサイトがあるので、まずはそこにアクセスしてください。私はその人の要望を聞きます。そこで一番大事なことは、「何を目指すのか」「何がしたいのか」という強い目的意識です。それを持った人の要望を聞いて、それを実現するためには、どんな練習メニューがいいのかを組み立てます。

Q:対象となるのは、選手だけですか?

クネゴ:いいえ、自転車に乗りたいという人、つまりアマチュアレベルでも大丈夫です。その場合は、無理のないような内容で足りない部分を補います。プロの選手レベルであれば、それこそ本気のトレーニングも科学的に提案できます。そのために欠かせないのが、先ほども言った本人のやりたいという意志、それから身体的なデータです。日本とイタリアは遠いですが、今はテクノロジーがあります。例えば、これぐらいの傾斜のコースで、こういう走り方をしてくださいと指示をして、データをもらいます。それを分析することで、その人の特徴が見えてきます。

Q:データ収集で鍵になるのは、どのようなデータですか?

クネゴ:パワーメーターのワット数には、メーカーによってデータのばらつきがまだあります。絶対的な指標となるのはハートレートです。走ったルートの傾斜、ワット数、GPSデータ、スピード、そしてハートレートなどのデータを見て、その人が今どういうレベルにいるかがわかります。そこから目指す目標に合わせて、メニューを作っていきます。

Q:そのメニューをもとに、あとは個人が頑張ると。

クネゴ:「適当に強くなりたい」とかではなく、何を目指すかが明確じゃなければ、コーチングは受けなくてもいいです。ゴールがあり、そこを目指す上での中間的な目標に対して、どうすれば到達できるか、それを修正していくのがトレーナーの仕事ですからね。だから、体力維持という目標だっていいんです。それはちゃんとした目標になりますから。そこに対してもソフトなトレーニング方法を提案することができます。

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Q:今は大学でスポーツ科学も勉強されているとか?

クネゴ:できる限りの時間を使って大学で勉強しています。

Q:実際に学んでみて、「これは現役の時に知っておけば!」ということはありますか?

クネゴ:そういうことばっかりですよ! もっと知っておけばよかったと、後悔してます(苦笑)。でも逆に経験したことがあるから、理解できることもありますからね。大学で学ぶ無機質なデータが、活きたデータになるわけです。経験を生かしてずっとトレーナーをやりたいと思っています。現役の選手もスポーツ科学をはじめ、勉強することはとても良いことだと思います。走るだけでなく、知識を持つことで分析力が強くなります。それに勉強はいつだって無駄にはなりません。いつか役立ちます。勉強はそのすべてが刺激になりますし、人生も豊かになるんですよ。

Q:最後に自分の子供を「将来、自転車選手に!」と思う親御さんに向けて、一言お願いします。

クネゴ:まず親が自転車好きで、子どもを自転車選手にしたいというのは、絶対に避けるべきです。やっぱり自発的じゃないとダメです。強制されてしまうと、逆効果になる可能性もあります。実はイタリアでも、多くの親は自転車が好きで自分の子どもに半ば強制的にやらせて、子どもが途中で投げ出すケースがよくあります。

自転車に限らず親はサポート役に回って、子どもがやりたいということを応援するしかないですよ。僕の長女にも、まずは好きなことをやりなさいと言っています。9歳になる長男もサッカーが好きですからね。実は僕自身、スポーツはアイスホッケーから始まってますから。その後、サッカーを経て、最終的に自転車ですからね。自転車に興味を持たせるには、周りの環境が大きな影響を与えると思います。学校でプロ選手のデモンストレーションをやったりとか、見せることが大事じゃないかと思います。

イタリアでも自転車は人気がありますが、それでもちゃんと子どもたちにアピールしていかないと、その人気も消えていってしまうし、新しい選手は生まれませんから。日本も頑張ってアピールして、良い選手を世界に送りましょう!

インタビューは、ツール・ド・妻有前々日の都内懇親会で

ダミアーノ・クネゴが語る、「日本の底上げ」をする方法

新潟県十日町市で開催されるロングライドイベント、ツール・ド・妻有。今年はクネゴ氏が、この大会のスペシャルゲストとして招かれた。イベントスポンサーの1社である日本ビジネスシステムズは、このロングライドイベントが社長の地元で開催されるということもあり、社内にある自転車部が年間で一番重要な参加イベントに位置づけている。

日本ビジネスシステムズの社食で行われたクネゴ氏との懇親会にお邪魔してインタビューを行った。