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安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.10

2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。


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text:安井行生

欠点がないわけではない

さて、ここから楽しい楽しい欠点指摘のコーナーだ。これをやらなければ「評論」を名乗る資格はない。
いきなり重箱の隅を楊枝で洗うレベルになるが、まずは電動コンポ専用であるということ。エアロ&ディスクという商品特性上、それが最も無理なく効率的に性能を発揮させられるということは分かる。ただ、ヴェンジに乗りたい機械式変速機偏愛者はどうすればいいのだろう?パイとしては小さいとはいえ、彼らを完全無視してほしくはない、というのが個人的感想である。
筆者は“偏愛者”の一人である。走りに惚れてヴェンジの購入を本気で考えたのだが、電動専用ということが物欲にブレーキをかけた。
 
専用ハンドルにも不満が残る。彼らはこう言っている。
“コックピットの各パーツはアフターマーケット製品に対応するため、ライダーの好きなハンドルバーやステムを使えます”。
素晴らしい。他社のハンドル&ステムが使用可能になったことは歓迎すべき改善点だ。ハンドル周りのポジション自由度の絶望的な低さは近代エアロロードの大きな課題だった。
だが、彼らはこう続けるのだ。
“しかし、Aerofly IIのハンドルバーとステムをそのまま使うことで、最高のエアロ特性が得られるようになっています”。
「このハンドルセットを使ったときにのみ性能が100%発揮されます」というなら、もっとサイズ&リーチ&ドロップ形状のバリエーションを作るべきだ。このAerofly IIハンドルバーはドロップ部を含め万人受けしやすい形状になっており、幅も4種類と決して少なくないのだが、理想を言えば受け入れ態勢は万全ではない。

 


64mmハイト一択というSワークス完成車のホイールアッセンブルにも不満を覚える。確かに空力という観点で見れば、それが最も性能がいいパッケージなのだろう。しかし、Sワークス完成車のオーナーたりえるライダーの一体何割が64mmハイトを使いこなせるのだろう。
さすがに64mmあると平坦特化型になることは避けられないし、横風で大きく進路が乱される。ロヴァールのディープリムは耐横風性がかなりいいほうだが、それでも64mmは64mmである。
もちろん流通や在庫の問題があり現実にはなかなか難しいのだろうが、購入時にオプションとして32mmや50mmも選べるようになると理想的だ。トレックのプロジェクトワンではそれができるのだから。
 
最後にもうひとつ。
やはりプレゼンをはじめとした宣伝の方法、それに抗議したい。おそらく本社の広報セクションから、今回はこういうプロモーションでいけ、というオーダーがきているのだろう。
だが日本の自転車乗りをナメてもらっちゃ困る。改善すべきところはプレゼンで触れられた3ヶ所(①空力②ハンドリング③軽さ)だけではなかったと誰もが気付いているし、実際に改善されたところはその3ヶ所以外にも山ほどあることは、乗ってみれば火を見るより明らかである。そんな国情・国民性を無視した世界統一マーケティングなんてナンセンスだ。それで言い包められるのは広報資料垂れ流しメディアや宣伝代行媒体だけだろう。

これをずっと待っていた

ま、そんな自転車とは関係のないことをわざわざ書かなければならないほど今回のヴェンジの出来はいい、と思っていただきたい。宣伝の方法で右往左往するのはメディアの人間だけだし、電動専用やホイールの件も、自転車の本質には関係ない(ホイールが不満ならホイールを買い足すなりフレーム買いするなりすればいいのだ)。
 
繰り返しになるが、新型ヴェンジの見どころは、「空力性能」などではない。「一級の空力性能と素晴らしい乗り味とのハイレベルなバランスを実現してみせたこと」である。「前作ヴェンジ・ヴァイアスからの飛び級的な跳躍」である。
それは、「乗り味」という極めて曖昧な要素を定量化し社内にロジックとして蓄積し、それを用いて「いい乗り味」という抽象的な性能をバイクに埋め込むという、難しい仕事の結果だ。
 
それを具現化する手段が具体的になんなのかは、一言で言えるようなものではないだろう。ジオメトリの浄化、ライダーの声を設計技術的に翻訳しながらプロダクトに反映させる丁寧な煮詰め作業、パーツを含めた各部の剛性の案配、その設計を実物に正確に反映させ量産する生産技術、そういう細かな要素技術の積み重ねだろう。それがなかったら、新型ヴェンジは旧型の空力性能をただ向上させただけの凡庸な物体になっていたはずだ。
 
そりゃ宣伝の仕方も難しいだろう。宣伝方法に関するこの狼狽は、新型ヴェンジの成り立ちの複雑さの証明でもある。このバイクに投入された技術要素はあまりに多くあまりに深くあまりに複雑なので、多くの人には思い切って単純化しないと伝わらない、という判断はある意味正しい(そうではない人間も一定数はおり、そういう人間にはこのバイクの本当のすごさが伝わらない可能性がある、という深慮も必要だったと個人的には思いますけどね)。
 
ともかく。
今回はもうスペシャライズドのエンジニアリングに最敬礼である。
シャッポでもなんでも喜んで脱ぐ。
 
「エアロロードは軽快感に乏しい」だの「人車一体感がない」だの、「ディスクロードは乗り味が悪い」だの「完成度が低い」だの、心を痛めながらも今まで色々と書いてきた。
でも、実はこんなバイクをずっと待っていたのだ。




安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ 完