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安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.5

2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。


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text:安井行生

空力性能の煮詰め方

メンテナンス性や汎用性の向上も無視できないポイントである。
複雑怪奇なワイヤリングだった前作と比べれば、新作のワイヤルートは洗練されたといえる。ハンドルには内蔵されるがステム下部で外に出て、ヘッドチューブ上からフレームに再び入り、変速ワイヤとリヤブレーキ用オイルラインはダウンチューブを通る。フロントブレーキのオイルラインはコラム途中からフォークブレードの中へ。
また、専用ハンドルを押し付けていた前作とは違い、新型では他社製のステム&ハンドルを使うこともできる。その場合はワイヤルートが変わるため、ヘッドキャップを交換する必要があるが、前作と比べると運用面は大幅に改善されている。

 


さて、カムテール形状や各パーツとのマッチングが自転車の空力性能向上にとって不可欠なのは確かだが、流体力学のロジックを実際に自転車のフレームに落とし込むのは簡単ではない。
各パーツやライダーとの関係、ジオメトリなどを考慮しながら、UCIルールを念頭に置きつつ、フレーム形状を工夫して空気抵抗を減らさなければならないからだ。
ライダーの体によって、ペダリング動作によって、ハンドルやホイールなどのパーツによってかき乱された気流が、フレームにどのように当たり、どのくらいの抗力を発生させ、どこをどのように抜けていくか― それを正確に把握するのは人間の頭脳では到底不可能である。空気の流れやそれによって発生する抗力は目に見えないからだ。よって、それを解析し形状を煮詰めていく手段が必要になる。

CFDと風洞実験の違い

多くはCFD(数値流体力学=コンピュータで物体の周りに発生する流体の流れを分析するシミュレーション技術)と風洞実験(人工的に風を発生させて物体に当て、実際の流れを観測し空気抵抗の計測などを行う手法)を併用しているのだが、メーカーによってこの2つの解析方法のバランスや、技術レベル、解析精度などに大差がある、というのが現実のようだ。
 
CFDと風洞実験。物体の周りを流れる空気の流れを考えるという目的は一緒である。
何がどう違うのか。なぜメーカーの広報資料には必ずといっていいほど<CFDと風洞実験を繰り返し云々>と書いてあるのか。どちらか一方ではダメなのか。CFDと風洞実験のメリットとデメリットを以下に列挙してみる。
 
CFDのメリット・デメリット
・データがあれば解析できるため実際にモノを作る必要がない
・局部的な細かいデータも抽出できる
・風洞に比べてコストが安い(ソフトと高性能パソコンがあれば解析できる)
・条件を簡略化して流体の動きを簡易的に再現しているだけなので精度が低い
・初期条件が間違っていれば結果は間違ったものになる(しかも自然界の現象の初期条件を正確に設定するのは不可能に近い)
・解析に時間がかかる
 
風洞実験のメリット・デメリット
・実際にモノに風を当てるため、結果は絶対的に正しい
・それは実際にモノを作らないと実験ができない、ということでもある
・細かい部分のデータ(例えばダウンチューブにおける1mm間隔の流速分布など)を取るのは不可能
・高額(億単位)な大規模施設が必要で、維持にもコストがかかり、操作には専門知識が必要
・レンタルするにしても一回数百万単位のコストがかかる
・すぐに結果が出る
 
以上から、CFDと風洞実験は、お互いに欠点と利点を補完し合う関係であることが分かるだろう。CFDと風洞実験は、そのメカニズム上、併用しないと正確かつ迅速な開発が行えない、ということである。だからクルマ屋もレース屋も建築屋も、風洞試験とCFDの両方をやっているのだ(数年前には某F1チームがCFDだけでマシン開発を行い、大失敗をやらかしたという事例もあった)。
 
スペシャライズドも当然CFDと風洞実験を併用しているが、そこにかける意気込みと手間とコストがハンパない。
まず、ご存知のとおり、2013年に自転車専用の自社風洞実験施設(ウィントンネル)を作ってしまった。なぜわざわざ?と疑問を持つ人もいるだろう。既存の施設を借りればいいのでは?と。実際、それまで自転車メーカーはそうしてきたのだから。
しかし、飛行機やクルマやオートバイ用の風洞施設は想定風速が自転車よりも大幅に速いため、高速域に特化させてあり、自転車に必要な時速数十kmという速度での測定精度が確保できないのだという。
また、自転車では数ワットという精度の計測を必要とするが、飛行機やクルマやバイク用の風洞施設のセンサーではそこまで細かい計測ができない。
ウィントンネルはそれらをすべて自転車に特化させた。
自社で作ってしまえば時間に縛られることなくいつでも思う存分使えるというメリットもある。確かにこれがあるのとないのとでは、空気抵抗削減という命題の達成度に大きな差が出るだろう。ここまで業界がエアロ一色に染まる数年前にウィントンネルの建設を決めたスペシャライズド、先見の明という他ない。




安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.6に続く