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安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.2

2015年、エアロロード戦争という名の集団から飛び出して一人逃げを打った先代マドン。集団も負けじとスピードを上げ、やっとこさマドンの背中が見えてきたと思ったら、集団内で牙を磨いていた新型ヴェンジが入れ替わるように飛び出した。この強烈なカウンターアタック。しばらく続くであろうこの鮮やかな単独エスケープ。それにまつわる現代エアロロード論。


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text:安井行生

空気抵抗の基本

さて、②のハンドリングや快適性や剛性については試乗で検分するとして、まずは①の空気抵抗についてかるーくお勉強しておこう。この業界には空気抵抗のくの字も知らないくせにエアロだカムテールだ風洞だいやCFDだとうるさいヤツらが多すぎる。筆者もまさしくそういう類いの人間だったので、流体力学のプロに空気抵抗についてざっくりとではあるが話を聞いた。近代エアロロードを理解する手助けとなることなので、少し長い前置きとして、空気抵抗の基本をここにまとめておく。
 
空気抵抗とは、空気中を進む物体に後ろ向きに働く力のことである。これは誰でも知っているだろうが、空気抵抗は発生原因の違いによって「圧力抵抗」と「表面摩擦抵抗」に分けられる、ということを知っている人は少ないかもしれない。
 
物体が空気中を進むとき、物体の前方には空気が詰み上がって圧力が高い部分ができ、物体が空気をかき分けたあとの通り道は空気が少なくなって圧力が低くなる。当然、物体は圧力の低いほうに引っ張られる。自転車の場合、走っていると背中の後ろに圧力の低い部分ができてしまう。走行中はこの負圧エリアに引っ張られ続けるのだ。圧力差によって生じる抵抗なので、これを圧力抵抗という。前方の高圧部に押し戻されるというよりは、後方の低圧部に引っ張られることが圧力抵抗の主な要因だという。
 
一方の表面摩擦抵抗は、物体の表面が空気と接するときに発生する抵抗のこと。机の上をモノが滑るときに摩擦が発生するのと同じ原理だ。
圧力抵抗は物体の正面投影面積と形状=Cd値(※)によって決まる。表面摩擦抵抗は、物体の表面状態と表面積によって決まる。要するにモノの形状を工夫したときに減るのは圧力抵抗、モノの表面を滑らかにしたときに減るのは表面摩擦抵抗というわけだ。
 
※ Cd値(空気抵抗係数)とは、物体の周りをどれほど空気がスムーズに流れるかを示す係数。形状によって決まり、数字が小さいほうが空気抵抗が少ない。例を挙げると、円柱が1.2、一般的なクルマが0.3、自転車(人間を含む)は0.88(ロードバイク)~1.1(ママチャリ)、ボーイング787は0.024。
 
圧力抵抗と表面摩擦抵抗の割合は物体の形状によって変わる。円柱の場合、空気抵抗の約90%が圧力抵抗であり、残りの10%が摩擦抵抗になる。翼断面の場合、表面摩擦抵抗が90%、圧力抵抗が10%と、その割合が逆転する(翼断面は圧力抵抗を最も受けにくい形状の一つだから)。
人間や自転車の場合は、圧力抵抗が大半を占める。自転車における空気抵抗の正体は、ほぼ圧力抵抗と考えていいのだ。だから、自転車の空気抵抗を減らすにはカタチを工夫する必要がある。表面状態をいじっても効果は少ないのだ。

表面は最終手段

そもそも、物体の空気抵抗を減らそうとする場合、通常は形状を工夫して圧力抵抗を減らすことで対処する。形状をやりきったら、最終手段として残りの摩擦抵抗に手を付ける(=表面状態をいじって工夫する)。
ちなみに、ゴルフボールが表面に凹凸を付けているのは、形状を変えることができないためである。ボールのカタチは球形から動かすことはできないが、可能な限り空気抵抗を減らしたいので、最終手段として表面に凹凸をつけ、あえて小さな渦を発生させ、それによって大きな渦の発生を押さえ、空気抵抗を削減しているのだ。毒を以て毒を制す的な手法である。しかし、自転車の場合はチューブを翼断面にするなど、形状を変えて工夫する余地がある。
 
これを知っておくだけで、エアロロードを見る目が少し変わるはずだ。
例えばチューブの翼断面化は摩擦抵抗ではなく圧力抵抗を減らすための手段なんだな、というように。例えばかつてあったリドレーのFサーファスは、ゴルフボールのディンプル同様、気流が剥離する手前からあえてわざと小さな渦を発生させて空気抵抗削減を目論んだ設計だな、というように。
では、圧力抵抗と物体の形状の関係について話を進める。
まず、衝撃的な例を出そう。直径1cmの細い円柱がある。鉛筆よりちょっと太いくらいの長い丸棒だ。その隣に幅2m、厚さ24cmの翼断面があるとする。こちらは小型飛行機の翼くらいの大きさだろう。この2つの物体の空気抵抗は同じである(図①)。にわかには信じがたいが、空気抵抗において、いかに形状の影響が大きいかを物語る事実である。
 
 
図①:同じ空気抵抗を受ける円柱と翼型
図①:同じ空気抵抗を受ける円柱と翼型
信じがたいだろうが、この2つの物体の空気抵抗は同じ。図は筆者の手書きのため形は正確ではないが、いかに形状が大事かが感覚的に理解できるのではないかと思う。なお、先述のとおり円柱のCd値は1.2、イラストの翼断面(NACA0012)のCd値は約0.05である。
(参考文献:「流体力学 非圧縮性流体の流れ学」 中山司著 森北出版株式会社)



なお、空気抵抗は、一般的に
<空気抵抗=1/2×(空気の密度)×(正面投影面積)×(Cd値)×(速度の二乗)>
で表される。Cd値や正面投影面積が2倍になれば空気抵抗は2倍になり、速度が2倍になれば空気抵抗は4倍になるということだ。空気の密度は変えることはできないので、空気抵抗を減らすには、形状を工夫してCd値を小さくするか、正面投影面積を減らすことが必要ということになる。




安井行生のロードバイク徹底評論第12回 スペシャライズド・ヴェンジ vol.3に続く