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ビアンキに乗ってジャパンカップを闘ったチームロットNL・ユンボ・アフターパーティー・レポート

レース
左からアントワン・トルーク、アレクシー・ヴェルミューラン、クーン・ボーマン、フアンホセ・ロバト、エンリーコ・バッタリン
 
栃木県宇都宮市で開催された第26回ジャパンカップサイクルロードレース(アジアツアー1.HC)の熱い闘いの余韻がまだ覚めていない10月23日(月)に、東京都内でオランダのチームロットNL・ユンボがアフターパーティーを開催した。

チームロットNL・ユンボは、リシャート・プルッヘGM体制になってから初めて参加したジャパンカップで常にレースの主役となり、前哨戦のジャパンカップ・クリテリウムではスペイン人スプリンターのフアンホセ・ロバトが2位になって表彰台に上がった。

そして台風の影響で土砂降りになったアジアツアー1.HCの本戦では、悪天候のレースが得意なオランダのアントワン・トルークが1周目から逃げ続けて山岳賞を2つ取り、表彰台は逃したものの4位に入った。

パーティーの冒頭では、チームロットNL・ユンボの自転車サプライヤーであるイタリアの自転車ブランド『ビアンキ』のボブ・イッポリートCEOが挨拶に立ち「ビアンキというブランドは情熱、そしてパフォーマンスという言葉に尽きます。今夜みなさんに伝えたいワードはこの情熱とパフォーマンスです」と、スピーチした。初開催されたチームロットNL・ユンボのアフターパーティーは、参加したチームのファンに133年の歴史を誇るビアンキというブランドを紹介する最高の場になっていた。

アフターパーティを主催したサイクルヨーロッパジャパンの高橋聡 代表取締役社長は冒頭の挨拶で「昨日、一昨日のジャパンカップの余韻を楽しむためのパーティーなので、堅苦しい話は一切しません。ただ1つだけ聞いていただきたいのは、ビアンキというと、チェレステカラーで何となくオシャレでナンパなイメージがあるかもしれませんが、じつはそうではなく、こういう素晴らしいチームにバイクを提供している、すごくパフォーマンスに優れた自転車を作れるブランドであるということです」と、語っていた。

会場にはジャパンカップでエースを務めたイタリアのエンリーコ・バッタリンが、実際にレースで使用した自転車が展示されていた。それはマルコ・パンターニのダブルツール達成20周年を記念したビアンキのスペシャルエディション「Specialissima(スペシャリッシマ)」だった。

 
 
初開催されたチームロットNL・ユンボのアフターパーティー     
ビアンキのイッポリートCEO(左)も参加し、スピーチを行った  
会場に展示されていたバッタリンの実走車はパンターニのダブルツール達成20周年を記念したビアンキのスペシャルエディション、スペシャリッシマだった 

インタビューコーナーで大盛り上がり!

 
アフターパーティでは、司会のサシャさんがチームロットNL・ユンボの選手たちにインタビューするコーナーがあった。来日した5選手で英語圏の選手はたった1人だったが、みんな英語でインタビューに応じた。ただ、スペイン人のフアンホセ・ロバトだけは英語があまり得意ではなく、回ってきたマイクを隣の選手にそのまま渡し、インタビューをパスしようとして場内の笑いを誘う場面もあった。

インタビューコーナーでは、パーティー参加者からの質問も受け付けてくれたので、みんな普段プロ選手にはなかなか聞けない質問をどんどん投げかけていた。一番盛り上がったのは「日本に来て食べたものは何?」という質問だった。「餃子」や「寿司」という答えが飛び交うなか、最後に答えたバッタリンが「子供のころ、僕はいつもアニメのドラえもんを見ていて、どら焼きを食べたいと思っていた。日本に来たら食べたいと思ってたんだけど、まだ食べられていないんだ」と答えて一同大爆笑。

サッシャさんが「誰かコンビニでどら焼きを買ってきてあげて」と言っていたが、パーティー終了までにバッタリンの手元にどら焼きは届かなかったようだ。彼が帰国する前に美味しいどら焼きを食べていることを祈ろう。
  
 
     
●アントワン・トルーク(オランダ/23歳)
※日曜日のレースについて
「天候のせいでレースは本当に厳しくなった。それが事前にわかっていたから、レースをもっと厳しいものにしてやろうと思って、全力で闘った僕は本当に調子がいいと感じていて、最終周回まで優勝を目指して走っていた。山岳賞ジャージも取れたし、最後は4位になった。僕にとっては良いレースだったと思うよ」
      
●アレクシー・ヴェルミューラン(米国/22歳)
「僕は最後の最後に召集された。チームがベストなメンバーで来たがったからだ。もしかしたら行くことになるかもしれないと言われていたので、オーストリアでトレーニングはしていた。こうして来られてエキサイティングだったよ。この経験は素晴らしかった。今年は初めてツアー・ダウンアンダーも走って、沿道でたくさんのファンを見た。米国から来ると、自転車レースがこんなにビッグなスポーツだと思わないものだ。日本の雰囲気は世界屈指だと思うよ」
●クーン・ボーマン(オランダ/23歳)
「土曜日は時差ボケのせいで朝6時半に起きてしまったので、散歩していたら、もうコースに椅子を置いて座っている人がいた。そんなにもこのスポーツを愛しているなんて驚いたよ。レース中は本当にたくさんのファンが沿道にいた。ブエルタ最終ステージよりも多かったんじゃないかと思う。

僕たちにはフアンホセ(ロバト)でスプリントを競うという明確な計画があり、僕は残り2周でリードアウトのようなことをしていて、もう誰もアタックできないようにペースを上げた。けれどスプリントでは落車があった。それでもフアンホセがまだ自転車に乗っていたからラッキーだった。最後は彼が2位になり、ファンの皆、ビアンキ、そしてチームロットNL・ユンボにとっては良い結果だった」
 
 
    
●フアンホセ・ロバト(スペイン/28歳)
※クリテリウムについて
「最後の1kmで僕はとてもいいポジションにいた。でも落車があったから、ブレーキをかけなければならず、もう何もできなかった。それがなければもっといい結果だったと思う」
 
 
 
 
   
●エンリーコ・バッタリン(イタリア/27歳)
「日本に来たのは初めてだった。昨日(日曜日)僕たちは表彰台を逃してしまったが、ずっと先頭を走り続けて、いいレースができた。また戻ってきて、勝利を目指したいと思っている。僕が勝者になれることを望んでいるよ」

プルッヘGMにミニ・インタビュー

チームロットNL・ユンボのリシャート・プルッヘGM
2012年でオランダの大手銀行のラボバンクがスポンサーを終了した後、2013年からチームの運営を引き継いだのが現ゼネラルマネージャーのリシャート・プルッヘだ。ブランコプロサイクリングの名称で再出発したチームは、ベルキンの名称で活動した後、2015年から現在の体制になった。

プルッヘGMはシマノを訪問するために来日したことがあったが、その時は大阪と京都しか訪れておらず、東京は初めてだった。「ジャパンカップはとてもよくオーガナイズドされていて素晴らしいレースだ。日本はレースファンも多くて驚いたよ。我々のチームはトルークが良い走りを見せることができてよかった」と、語っていた。

「トルークはまだ若い選手だが、昨年はツール・ド・スイスで山岳賞を獲得した。その時はまだロームポットに所属していた。しかし、彼はステージレースよりもクラシックレースが得意で、アムステル・ゴールド・レースやリエージュ〜バストーニュ〜リエージュで活躍できる選手だ。先日のイル・ロンバルディアでもよく走れていた。ボーマンも同じタイプの選手で、ジャパンカップ向きだ」と、プルッヘGMは話してくれた。
 
アフターパーティーの最後は参加者全員で記念撮影!              


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