【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第12回“自転車を操る正体?”

目次

フロントアライメント

私が教育顧問を務める「東京サイクルデザイン専門学校」。
学生達と放課後自転車談議で盛り上がることも、私の楽しみの一つだ。
自転車設計の話は学生達も様々な持論を持っており、私自身いつも勉強になる。
BBハイトはどのくらいが理想なのか? ヒルクライムでのシートアングルは? それぞれの考えが交差し、自転車設計者としては至福の時間でもある。
こんな学生達が将来の輪界を背負ってくれると思うと、日本の自転車界は明るいと信じて疑わない。
取り分けその中でも最もミステリアスな難題がある。
その話題になれば、たちまちいつも怪しい霧が濃くなる。
それは「フロントアライメント系」の議論であろう。
自転車設計は推理小説の様な展開が多くあり、どの方面から考察するかにより答えは風の中だ。そしてそれは未だに私たちを魅了し続けて止まない。
今回はそんなミステリーに挑戦してみたい。

 

自動直進装置

みなさんが操っている、自転車 その全てに「自動直進装置」が付いている事はご存知だろうか? ぜひ探してみて欲しい。
そのセンサーの性能は自転車によって個体差があり様々だ。
考えて欲しい、自転車は、あなたを時速10kmの世界から、ツール・ド・フランスのようなプロの世界では時速90kmの世界まで容易に操ることができ、自身の意志と疎通がとれるのである。
まさに自転車のダイナミックな要素であり、これらに夢中になる事が自転車に乗り出した頃の醍醐味ではないであろうか。
その装置こそが「フロントアライメント系」の設計である。
これらの性能が自転車を自転車たらしめていると言っても決して大袈裟ではない。
この性能(設計)があるからこそ、二輪という不安定かつ自由な状態で倒れずに走っているのだ。
性能を実感できる例えを挙げれば、自転車に乗らずにサドルを後ろから押して自転車を走らせて欲しい。右へ左へ軽く力を入れれば自転車はまっすぐに走る事が出来る。
まさに自転車にその設計が施されている事が理由となる。
因みに自転車に乗らずに設計を知りたい場合は、私はこんな方法をとる場合もある。

 

フロントアライメントを司る主な要素

その設計の立役者達をご紹介したいと思うが、この難題はここで結論が出るほどに簡単な話ではなく、難しい理論を並べていくのはナンセンスである(私自身も自信がない)。
よって、ここでは分かりやすく簡潔に進めなけれならない。
ここでよく私が例に挙げる話をしたい。

ヘッド角のことを「キャスターアングル」なんて表現することを聞いたことがある方も多いのではないだろうか。キャスターの語源は「投げる」や「割り当てる」なんてことらしいが、詳しくは不明。みなさんの馴染み深いところで例を挙げれば、家具や椅子に掃除機などには必ず装着されているその名も「キャスター」。まさにあれは自転車設計と同じ原理の類なのだ。
動かせば一目瞭然、押せば不思議と常に進行方向に車輪の向きは保たれる。
よって、押せば(引いたり)必ず行きたい方向にまっしぐらに進む。
掃除機を坂から落とせば真っ直ぐに落ちていくだろう。
自転車のフロントアライメント系は正にキャスターと同じ原理となっている。
一番目の立役者は図1の様に「トレール」という距離を設計に入れる事によって実現している。そしてこのトレール値を変更する事により性能は変動する。
因みに、軸にヘッドパーツの様なベアリングを設け自由自在に動くことが条件となる。
いわばヘッドパーツに不具合があれば自転車の性能に深刻に関わってくる。
よって、ヘッドパーツを決して軽視してはならず、そしてロードの場合組み付けでのワイヤリングで自転車として根幹の性能を台無しにしてしまう場合ですらある。

 

図1

図1

 

話はそれたが、二輪車のフロントアライメント系と家具のキャスターは全く同じ理屈の元に成り立っている。しかし、家具は平坦かつ家具自体に左右に角度をつけて利用しないという条件が限られている。掃除機を二輪にした途端に事態は一変する。たちまちびくとも動かなくなったり、一回転してしまったりと思い通りにも動かずになってしまう。
大きな相違点になっているのは、自転車は状態を保つ為に常に角度が変化し、コーナーではリーン角も必要。そして車輪径は10倍以上、そしてスピード域は時速5〜70kmと……図2の様な状態がフロントアライメント系を複雑かつ難題にしている要素でもある。また、自転車全般はスピードが増す程に自転車が安定するという性質を持たせている。よく初心者の方が自転車に乗れずにふらついてしまい、スピードを上げる事を躊躇してしまう場面を見かける。低速では直進性が弱く、いつになっても乗れない……。
しかし一度スピード上げてしまえば、僅かな動きでバランスを保ち易く直進性も一気に向上するのである。奇しくも初心者にはとっつきにくいのであるが、ロード自転車全般の設計は高速になればなるほどにバランスの取り易い世界に突入するのである。

 

図2

図2

 

トレールの正体 フォークは逆に曲がっていた!

トレール値がいかに重要な「値」なのかは理解出来たとも思うが、実は自転車の場合、目に見え測れる数値ではない。あくまで他の設計の結果的な数値でもある。
この数値を操るには、どこに注意を払えばよいかと言えば、「ホイール径」「ヘッド角」「フォークオフセット」それらを適正に設計する事によりトレール値を操る(図3参照)。

 

図3

図3

 

この図を見てみると、家具のキャスターとは全く逆にも見える。
ホークは前に曲がり、ヘッド角は後ろに傾いている……。
ここがポイントともなるのだが、なぜ家具のキャスターとは違うのだろうか。
それは車輪が大きいからに他ならない。
小径ホイールでレーサーと同じトレール値を確保しようとするとフォークは逆に曲がってくるのだ! そしてさらに小さくなれば、結果家具のキャスターと同じ構造になる(図4、5、6参照)
これらを理解していない自転車は意外と多いので注意が必要な事も付け加えておきたい。
巷にあるスポーツ車でも実に多く存在する。みなさんが跨って少し走っただけでも実感できるであろう、しかしここでも問題は人間特有の優れた能力「慣れ」である(素晴らしい反面、事態を困難にしてしまっている最大の要素)。
また、未だにフォークの曲がりが少ない方が自転車はクイックな動きをして曲がりが大きい方が直進安定性が強い、という様な理論で話が進められている場面を多々みる。
ランドナーなどと比べて……みたいな要素も大きく絡んでいる様だが、実際には全く逆な性能の場合があるので、このあたりも見た目だけのイメージに惑わされない事が重要だ。
よくハーレーダビッドソン(映画イージーライダー)などで例を挙げられる場合もあるが、ハーレーも実際乗ってみれば、素晴らしい設計理論の元に設計され、見た目とは裏腹に驚くほどによく動いてくれる。
そう、自転車フォークはトレール理論上では実は逆に曲がっているのである。

 

図4

図4

図5

図5

図6

図6

 

実際の設計

かなり駆け足の説明となってしまったが、基本原理はわかっていただけただろうか。
では、実際の数値を知って頂ければと思う。
我々、自転車設計者にとって数値の扱いは非常に危険だ。
なぜなら、その数値だけが一人歩きし、私も色々な場面で私が提示した数値が私の意志とは違う形で出会う事がある。残念に思うこともあるが、リスクを承知で伝えておこう。
現在主流の700Cロードレーサーの設計は
・ヘッド角72度〜73度
・フォークオフセット40〜50mm
・トレール値55〜63mm
といった所だろう。意外に少ないと感じるかもしれないがここ最近はこのあたりで落ちついている。自転車200年の歴史で成り立って来た数値でもあり、ここで理論を書くスペースは持ち合わせいないので割愛するが、これらの数値を操りオーダー車を設計する余地はまだまだ十分な程に我々に与えられているのは事実だ。
最近のピスト競技の流行で言えば、トレール値は75mm前後の車両も登場している。
横の無駄な動きを無くすといった理論に基づくと思われるが、自転車を引きずる感覚は増す場合もある。トレールの語源には「引きずる」という意味もあるらしい。
見事に感覚的要素をも意味しているのかもしれない。

オフセットだけに関して言えば、ロードは45mm近くあるが、オートバイやMTBはキャスター角を寝かせオフセットは少ない。
ロードレーサーやピストは比較的高速域のみに焦点を当てているが、
MTBやオートバイは、低速域と高速域の二つにフォーカスする必要があると思われる。MTBダウンヒルでは悪路を時速90kmで下る場合もある、そんな状況下ではより、自動直進装置(トレール大)に頼る必要がある。そんな場合はオフセット少なめのマシンが必要となり現状一般化しているのだろう。
しかし、初心者が野山を楽しむMTB等では比較的トレールの少ないオフセット量の大きなマシンが必要ではないだろうか。こんなマシンは案外少ない(そんなMTBを現在学生と設計している)。

 

 

競輪マシンのフロントアライメントの真実

ロードでは「流行」が存在しているのはご周知の通りであるが、実はプロ機材の競輪マシーンも例外ではない。常識範囲を超えるオーダーも多くあり、製作者として私も頭を抱える事も多くある。
無論フロントアライメントに変化が見られる傾向がある。
一般的にはヘッドアングルが74度の場合、オフセット39.5mm、トレール58.3mmくらいが一般的であろう。しかし最近の流行はヘッドアングル74度に対してオフセット20mm、トレール75.5mm! 端的に非常に直進性が高く横の動きが取りにくくなるのが予想される。
私も渋々と数台製作したのだがフィーリングは私の予想を大きく覆す結果となった。どれもが良く進み流れが良く、かなりの数を製作した。

以前国際大会で最も多くの記録を打ち立てているカーボンバイクの実車を測定した事があった。
カタログ値とは全く異なる数値が明らかになり、更にトレールは70mm以上もあった。
250mバンクを想定した車両となるが、それにしても大きな数値である。
昨今は国際大会でこのバイクに乗る選手も多く、そちらに選手達が適応してしまっている事も考えられる。

 

貴重な実験

そもそもフロントアライメントは感覚の問題も多く、うわべだけの議論に陥りやすい資質を持っている。
昭和61年 競輪選手を対象に技術研究所の事業として歴史的な実験が行われた。
6台の実験車両を製作し高速走行でのフィーリングテストが行われたのだ。
対象者はプロ競輪選手であり速度も技術もハイレベルな中でのこの試みは日本の自転車産業の中でも極めて貴重で有意義な実験と私は捉えている。

 

実験の概要

スペースの問題で多くのデータは割愛させて頂くが概要はこうだ。
フロントアライメントのみ異なるフレームを6台製作し24人の競輪選手に333mバンクでのタイムアタック、フィーリングを観察。合計4日行われ各間隔はおよそ2か月空けられた。

製作車両 トレール値 選手のフィーリング 200mハロンのタイム
1号車 22mm 加速はいいが、ゴール前が重い。安定はなく怖い。駆け下りの時バランスが悪い。など 11.95秒
2号車 42mm 癖がない。掛かりやすい。流れがない 11.85秒
3号車 67mm コーナーの入りが悪い。疲れる。など 11.95秒
4号車 74mm 前輪が浮いて怖い。ホームストレッチで伸びる。 11.96秒
5号車 84mm 溜めがきかない。低速でふらつく。 11.84秒
6号車 98mm 直進性が強く怖い。スピードが乗らない。最初は踏めるが3コーナーから溜めがきかない。 11.88秒

 

結果

フィーリングアンケートの言葉は様々で、同じ車両でも全く違った逆の感想も出ていて、非常に曖昧な事がわかる。またタイムに至っては感想とは裏腹に車両による差は殆ど出ていない結果が出ている。本人は悪いと思っているがタイムや脚力に影響は出ていない事になる。
ここで言えるのは、選手達の感想はバラバラで一貫性が無くも見える。
しかしフロントアライメントは間違いなく性能に影響している事も又明らかである。
対応能力のある人間にとっては現在抱えている問題点はわかりにくい(最悪の場合「慣れ」が生じ適正なマシンに乗ってもそれを間違っていると判断する事さえある)。乗り手のフィーリングよりもこちらの観察能力が設計のポイントとなる場合もある。
故に徹底的に走りを観察し提供したマシンは選手やユーザーは大きな感動を与える事もできるとも信じている。

またフレームジオメトリーの中でもフロントアライメントの研究は地味であり掴み所がない。それだけに、選手やユーザーの意見を忠実に記録し研究を重ねる事は非常に意義のある事である。我々も含め今後もこんな取り組みを各場所で行われる事に期待したい。また詳しく知りたい方は是非、私の所を訪ねて欲しい、ここでは書ききれない資料の開示や考察内容は良い自転車製作の為に協力させて頂きたいと願う。

 

ステム長などの影響

フロントアライメント系の設計が自転車性能の多くを占めている事は明らかだ。
では、ライダーがこの設計と性能に対し自身からアクションは起こせないのか?
少なからずではあるが、ライダーにもアプローチの余地は残されている。
いくつか紹介してみよう。

・ホイールの影響

無論ホイールはフレーム同様自転車にとって性能を左右する大事なファクターだ。
またホイール径はトレール値を決定する大事な数値だ。
単純にホイール径を変更すればトレール値も変動する。
もしサイズ径の違うホイールをお持ちの方がいらっしゃれば試して欲しいが、全く違った乗り物になり危険を伴うので、無論現実的ではない(ブレーキが届かないなどの事もあるので注意が必要)。
現実的な所で言えば、25Cから23Cに変更しただけでフィーリングはかなり軽くなる。タイヤ幅だけの性能差ではなくトレール自体が変わっている。
最近主流の25〜28Cのタイヤではトレール値は増える傾向にあるので覚えておいて欲しい。
タイヤ幅の変更ではトレール値の差も出てくる、実は23Cと25Cでは異なる設計が必要とされるのだ、僅かだがライダーは確実にその差を感じている。

・ヘッドパーツ長

こちらも下側のスタック長が変わる事でヘッドアングルやフォーク長が変わりトレール値が変わる。もちろん通常は使用するヘッドパーツ長を考慮して設計がされているはずなので変更の際には注意が必要だが、あえて変更するのも面白い。
以前トレール変更目的のヘッドパーツがアメリカで売られていた事があったが、探究心のあるメーカーだと感心するばかりだ。

・ステム長

こちらは、トレール長を直接変更する訳ではないが侮ってはいけない。
むしろ最も体感としては効果大である。
まずはステム長による重心の移動であろう。
前輪にかかる荷重が大きく変わる為に自転車が「流れる」印象は大きく変わる。
これ一つ取っても大きなテーマで簡潔に示す事は出来ないが、ライダーのポジション確保よりも重大な要素がある場合もあるので無視する訳にはいかない。
競輪選手などはポジションより自転車の走らせ方を重視する傾向があるので彼らに取っては当たり前のカスタマイズではある。

ステムやハンドルを含めた操舵コクピット系は、車で言えばステアリングホイールにあたる。カードライビングでは大径ハンドルは大きなアクションが必要だが、力は少なくて済む。逆に小さなステアリングホイールは力は必要だが小さな動きで操舵が可能だ(パワステ時代では力量は重視されなくなったが)。
これらを自転車に当てはめるなら、短いステムと長いステムということになる(ハンドル系も絡む)。この辺りのチョイスで自転車性能は大きく変わる。
長いステムの方が大きなアクションでも回転量は少なくなるので、ある意味繊細差は失われるが、ハンドリングに気を使うイメージは少なくなる。(ゴールスプリントや下りを想像して欲しい)ロードレーサーが90mm以上のステムを採用されている所以であろう。
しかし、女性やスモールライダーの乗るロードレーサーは短いステムを装着されポジション確保されている場合もあるが、こちらは悲しい結末を辿らざるを得ない。
本来90mm以上のステムを考慮して設計されたロードレーサーには短いステムは色々とバランスが崩れてしまう。特に初心者やパワーのない女性ライダーなどは、重たいフィーリングの前輪系に追い討ちを掛ける様な短いステムでは自転車を操作する事は、自身の些細な操作で自転車が右へ左へ動いてしまうので非常に乗りにくい乗り物となっているケースをよく見かける。
むしろ長めのステムの方が操作性や重心バランスは良好であり、どんなスモールライダーでも90mm以上のステムを装着する前提で我々は設計を行なっている。

 

ハンドルステム

 

ロード系ではダイレクトに自転車を「動かす」という感覚は気薄な為あまり重要視されないが、MTBやシクロクロス系は注意が必要だ。

一般的にオフロード系では短いステムが好まれる。
短いステムの方がより機敏に僅かな動きで自転車を操作できるため、体の動きを素早く自転車に伝えることができる。この為、短いステムでの重心設定を考慮し短いオフセットとキャスター角の設定がされていると推測するのは容易だろう。

やはり、良い自転車を設計する簡単な方程式は作れそうにない……。

 

終わりに

真実を探究するというよりは、取り止めのない話になってしまったが、自転車を見つめ直す何かのお役に立てれば幸いである。ここでは、車輪径、質量、転舵運動、ホイールフロップ、スピード域、自転車のリーン角……それらは無視してお話しを進めさせて頂いた。実際は非常に多くの要素が絡み(図7)自転車は走る。そしてそれらの理論は複雑かつ不完全な理論も多くあり私の手には負えない。しかし世の中には素晴らしい論文なども多く発表されているので、ご興味ある方はぜひ参考にして頂きたい。
また私自身の自転車理論もまた、過去の膨大な研究発表や理論、レポート、そして選手やユーザーの言葉が、ケルビムを走らせる大きな支えとなっている事に感謝し締めくくりたい。

 

図7

図7