【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第10回“フレーム剛性 何が正解?”

目次

自転車のフレーム=バネというイラスト

ロングライドやホビーはクロモリが体に優しく、レーシングは硬めで高価なカーボンバイクが最適?
自転車競技ファンの間ではこんな言葉が飛び交っているのではないでしょうか?
各インプレッションではジャーナリストは口をそろえてスチールはシルキーだと謳い続ける。我々自転車研究者から見た真実とは? 今回はそんなことをみなさんと考察していければと思います。

 

硬いフレームを作るのは簡単?

まずは、自転車フレームを作るうえで剛性を出すには構造的にどうすれば良いのかを知っておく必要があります。ぜひみなさんも考えてみてください。
答えは周りを見渡せばいたるところに隠れています。あなたが今いる部屋や建築にプレハブ倉庫、鉄塔、東京タワーに日本家屋など……。
構造の根幹に出現するのは形、それは三角形です。

軽量かつ強い構造作る方法は、実は三角形を増やすことなのです。
建築などでは「筋交い」を付けて簡単に三角形を増やすこともあります。
古い建物などで筋交いを追加し耐震建築基準をクリアしているのを見かけることもあるのではないでしょうか。
ベッドの裏や簡素なスチール棚なども筋交いがあるのと無いのでは強度に雲泥の差が生まれます。
因みに円形や四角形は非常にもろい形であり、連続した構造ではハチの巣のように六角形の組み合わせが力を分散される形であり、工業製品ではハニカム構造として活用されています。

話を自転車に戻しましょう、自転車の三角形を探して見てみてください。いくつ探せたでしょうか? きっと数え切れない数の三角形が出現するはずです。
円は弱いと言いましたが、車輪とてリムの内側にはスポークで三角形を増やしテンションを掛け剛性を確保しています、自転車は三角形の集合体で、三角形を増やせば増やす程に強度は増していきます。
ここまで理解出来ればフレームの剛性を出すのなんて簡単な話で、上パイプ、下パイプに中パイプなる物を一本増やせば解決です。
筋交い同様その際太さは必要ありません、シートステー程のパイプを一本足せば超高剛性フレームは簡単に完成です! さらにはバックまで延長すれば、もう柔らかいなんて言わせません(タンデムバイクなどはこの構造を取り入れています)。

タンデム自転車

クロモリパイプ1本の重量は115g! 以前の記事にも書きましたが、そんな差は人間が体感できるかも怪しい数字です、このわずかな重量増で自転車フレームは絶大な強度を担保します。
補足として自転車は横方向のウィップを抑えるのは大変苦労します(人がまたがりペダルをこぐという性質上、横幅の制約が限られています)。
しかし、自転車を後ろから見てみてください。そこにも多くの三角形が出現します。
自転車は横縦方向に三角形を駆使し軽さと剛性の両立に成功していると言えます。

フレームを後ろから
フレームを後ろから

ではなぜ競技用フレームでそんな構造が存在しないのでしょうか?
理由は多くありますが考えてみましょう。

UCIに認められていないからと思う方もいるかもしれませんが、決してそうではありません。剛性の高いフレームは長い歴史の中で支持はなく、安全性も現状のダイヤモンドフレームで十分に担保出来ているから必要がないと言った方が良いでしょう。

競技運営団体は事故を防ぎ安全性を担保し公正性を保つことが最も大事な案件です。
剛性の上がる構造を認めないのは「必要ないから」に他なりません。

また歴史や昨今の事情を振り返っても、どこにエンジニア達が注力しているかが、浮き彫りになります。
スチールフレームは細くしなやかですが、80年代にアルミフレームが出現し主流となりつつありました。しかしアルミ素材での「しなり」は見込めずに、その後シートステーのカーボン化が主流となりました。
現在のカーボンフレームは積層や樹脂の種類、組み合わせなどを駆使し「しなり」を追求した開発を進めており、私の所にスチールの様なカーボンフレームを作りたいとカーボンチューブのエンジニアが相談に来たこともあります。今ではカーボンバイクのフロントフォークやステムシステムに僅かなサスペンション構造を入れるなんてのは当たり前で、太いタイヤの流行やハンドルテープの中にゲルを入れるなんていうのもその流れと言っていいでしょう。
レーシングの世界でもサスペンション構造が受け入れられる時代ですから、カーボン樹脂フレームの振動対策やシナリの限界が見えているということでしょう。

この様な事実から、レーシングフレームの製作者たちでさえ高剛性を追求しているのではなく、「しなやかさ」の実現に注力し、研究開発に勤しんでいると言えます。

因みに縦方向のバネ性はサスペンションでどうにかなりますが、ペダリングに最も重要な横方向のバネ性を実現する開発研究は業界的に非常に乏しく今後のカーボンバイクのエンジニアたちに期待するばかりです。

 

硬いフレームとしなやかなフレームはどちらが良いのか?

結論は使用用途とライダーによって異なり、どちらにも好みがあります。

繰り返しますが、レーシングエンジニア達の研究や前途の事例からみて「硬さ」や「剛性」に関しては既に簡単にクリアしてしまっています。
「硬さ」を出すのはいとも簡単なことで、強靭なスプリンターと硬いフレームの相性が良いわけではありません。

我々はイメージに流されます。
「硬い方が強い!」「高い方が速い!」
実際プロの現場で私が選手達に供給するパイプは安価でしなやかなパイプが多いのも事実です。
パイプメーカーは硬いパイプの開発に勤しみ、高剛性で「高価」なパイプばかりを宣伝しますので、私もそのイメージに流されそうになります。
しかし、それで作られたフレームに対する選手の意見は値段とは全く比例しません。

新製品でいくら高額でも(高く売れても)結果が出ないのであれば使うべきではありません。
私は今でも迷いもなく安価でも性能の良いパイプを選手達に使い続けています(パイプの値段ではなく、パイプ選定に対しての対価と理解して頂きたい)。

スプリンターの雄、競輪ライダーたちのフレームはどうでしょう?
彼らのフレームは驚くほどにしなやかに作られています。
カーボンバイクに乗り慣れたローディー達はきっと彼らのマシンに乗れば驚きを隠せないはずです。身長185cm、90kgのトップクラスの選手でさえスタンダードサイズ(28.6φ*25.4φ)の肉薄パイプを好むライダーも多くますし、結果を多く出しています。
しかしここで話を混乱させる事もあります、それは選手自身の思い込みです。
ダッシュが鈍ければフレームの剛性が足りないと勘違いします。
話を鵜呑みに、フレームを硬く製作してもいい結果を得られない場合が多くあります。

NJS認定のパイプは全て申請登録がされておりJKAが認めるパイプしか使えません。
例えば、 【上パイプ28.6φ1.0-0.8-1.0 】【下パイプ31.8φ1.0-0.8-1.0】という太さ・肉厚のパイプがあります。ご存じの方もいるかもしれませんが、呆れる程硬く五輪カーボンフレームの剛性は優に超える剛性感です。
実は私も過去に何度か選手に使った事もありますが、リピートしたライダーは一人もいません。

私でさえ、「高剛性」という言葉に引きずられ、ミスも犯しました(もうしませんが)。

フレームビルダーは色々なアプローチで選手に質問を繰り返します。
時速20kmからのダッシュなのか時速40kmからなのか、時速60kmからなのか?
バックストレッチなのかホームなのか? 最終周回の1コーナーか3コーナーか……細かな質問の繰り返しです。
そしてその競走の動画と話している内容を重ね何度も見返します。そこで本当に必要な剛性感が浮き上がってきて、どの場所を硬く、どの箇所をしなやかになどと適正剛性を考えます。
話はそれましたが、少なくとも私の場合、どうしたらもっと硬く出来るか? と悩むことはありません。

柔らかいフレームの方が重いギヤを踏めると認識している読者はどのくらいいるでしょうか? 私の情熱を傾ける「競輪」の話をしましょう。
過去に「大ギヤブーム」なる流行がありました。
殆どのトップ選手が4回転以上(55×13T以上!)の高いギヤ比で競争していた時代があったのです。
競走は高速化し4回転以上の大ギヤを使用する選手達が爆発的に増加し、当時としては異例の重いギヤ比でした。
私の記憶では、88期の山崎芳仁選手が2007年の函館ダービーで優勝したあたりから大ギヤの流行が爆発したと記憶していますが、彼は大ギヤを使用し勝利を量産しまくったのです。
彼は自転車に対する探究心に超がつくほどの熱心な選手で、新しいムーブメントを起こす「強さ」と「カリスマ性」を備えており、この流行は頷ける話です。

※参考動画

結果、全ての競走は高速化しタイムはみるみる速くなっていきました。ですが、高速化と同時に深刻な問題も増えていきました。大ギヤゆえにバックを踏み自転車をコントロールすることが困難となり落車も増えたのです。そして2014年にはついに規制がかかり競輪界から4回転以上のギヤ比は姿を消す事となったのです。

しかし不思議に思わないでしょうか?

なぜ突然、選手達はこぞって大きなギヤを使い出したのか。
山崎選手のカリスマ性は頷けますが、選手全体の脚力が上がるなんて安直な言葉を出す人間も多くいますが、100年で人類のポテンシャルが上がる事は有りえません。
もともと、強靭な脚力を持つ競輪選手達にとって、4回転なんて踏めないギヤ比でもないし、国際競走などではとっくに使っているギヤ比でもあります。それこそ80年以上の歴史を持つ競輪競走に使われていても何ら不思議ではありません。

実は当時水面下でもう一つ流行していた製品がありました。
あるメーカーのパイプです(銘柄は控えさせて頂きます)。
このパイプは、「従来の物より硬い」という新製品あるあるのキャッチコピーと共に、メーカーの出す溶接方法に同意しなければならないという厳格な同意書が必要なパイプでした(簡単に言えば超低温溶接での作業)。

多くのビルダーたちがこれらを採用する事によってフレームの性能が激変したのは容易に想像がつ来ます。
そして、肝心な性能は? アナウンス通り硬いのですが、そこには「最初だけ」というおまけが付いてきたのです。
場合によってはワンレースで性能が変わってしまうという有様で、フレームがすぐに「柔らかく」なるのです。しかもそれは今まで体験したことのない柔らかさでした。
選手達も戸惑ったことでしょう。そのパイプを使った自転車に乗れば、今まで踏めなかった、大きなギヤが踏めてしまいスピードが速くなるのだから……。

見事にこのパイプの流行と大ギヤブームがシンクロするのです。

そして山崎芳仁選手はこのバネ仕掛けの自転車を誰よりも頭と体で理解してペダルを回し続け勝利を量産したのです。まさに競輪フレームは異次元のスピードで走りました。
そして、現在大ギヤは使用禁止となる結末となりました。
一見ギヤの大きさの規制にも見えますが、実はバネ仕掛けのフレームの優位性を象徴する事件ともなりました。
規制が掛かった現在、しなやかなこのパイプを選ぶ選手が少ないことも事実です。
大ギヤブームの渦中にあった物、それは選手の脚力でもなくギヤ比でもなく「しなやかパイプ」だったのです。

 

物に宿るしなやかさ

なぜ「しなやかさ」が必要なのでしょうか?
ライダーは「硬い方がエライ」という幼稚なカラクリやイメージを払拭しなければなりません。
私がよく例に挙げるものがいくつかあります。
「金槌の柄はなぜ木なのか?」
パワーロスを減らすという安直な考えの元に設計すれば、硬ければ硬いほど良いということになるでしょう。無論技術的にも何の問題もありません。
では、柄をチタンや鉄に変えたらどうでしょう?
高剛性は手に入れた訳ですが、しなりのない素材ではバネ性も生かせずパワーも結果伝達できません。釘を十本も打てば手首を痛め後遺症すら残るかもしれません。
「テニスラケット」や「うちわ」のそれらが硬い素材で作られている事を想像すれば容易にバネ性の必要性が想像出来るのではないでしょうか。
ジャーナリストの、ふじいのりあき氏がトランポリンを例えにペダリング時のバネ性の重要性を表現されていました。「高く飛びたければ一番沈む中心でジャンプすべきなのです」。流石です。

以前ナイキの厚底ランニングシューズが、速すぎるという違反騒動がありました。
オリンピック選考ではナイキの厚底シューズが上位を占めていました。ピンクの靴に隠された秘密はルール違反の板バネが2〜3枚入っているのでは? と諸説あり騒動となりましたがバネ感を最大限に生かしたジャンピングシューズだった事は明白です。

そして自転車はフレーム全体が大きな「バネ」と化しペダリングを推進力に変換しています。
あたながバネ仕掛けの自転車構造を真に理解しペダルを踏めたなら、必ずや勝利の女神は貴方に微笑むでしょう。

自転車のフレーム=バネというイラスト

 

まとめ

技術的かつ力学的な説明は控え、経験談を中心に執筆させていただきました。
私の知見では、満足な説明や計算式などは示せないのも事実。
まだまだわたしの勉強は続けなければならなそうです。

しかし、我々は小さな頃から教育を受けていくうえで、問題を解き解決していく事が美徳と考えてしまいます。でも話は逆ではないでしょうか。
歴史が前提にあり先人達が多くの叡智を注ぎ、今、自転車が走っています。
それは決して問題ではなく解答ばかりなのです。
では問題は何だったのか? そんな思考回路で考えてみても面白いのではないでしょうか。