【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第8回 ギヤ多段化の謎

目次

ワイドギヤ

子供のスピード競争

幼少期、「フラッシャー自転車」なる物があり、子供たちにとって憧れの“乗り物”であったと記憶している。

各社メーカーのキャッチフレーズは、こぞって5スピード! 6スピード! と高らかに広告を打ち、私を含め子供たちはまるで5スピードよりも6スピードの方がスピードが出る! これさえあればライバル(友達)よりも前を走れる! と。子供達を煽り、私も随分と憧れを抱いたものだ。

それらはスーパーカー自転車などとも呼ばれ、ライトシステムはもちろん変速表示? まで電動化され、最終的にはディスクブレーキ化までされたのだ!

 

フラッシャー自転車

フラッシャー自転車

 

今、私は年月を重ねオトナとなり自転車に携わっているが疑問に思うことがある。

それは、現代の輪界とあまり変わっていないのでは? と。

現在、多くのパーツメーカーなどは全く同じキャッチフレーズを謳い我々自転車乗りを子供の様に煽っているのではないか? とさえ思ってしまう。ロードは11、12、13速となり、そこにはまるで12速の方が速いかの様な錯覚さえさせ、我々の購買意欲を煽り、電動やディスクブレーキをそして多段化を促進しているのではないか? 結論から言えば多段化を実践してもスピードは上がらない。

しかし、”友よ答えは風の中”かも知れないが、理解した上で自転車にまたがれば違った視点が見えてくるものだ、今回はギヤの多段化にスポットを当てて話を進めていきたい。

 

多段化の理由

そもそも多段化のメリットを考えてみたい。ギヤチェンジの意味や役割まで掘り下げると話が終わらなくなるので、あくまで多段化ということで話を進めさせて頂きたい。
私もショップに立ち接客することもあるが、未だにこんな声を耳にする。

「僕はレースに興味はないのでギヤは少なくていいので5段なんてないですか?」

すかさず私は「いやいや何をおっしゃるんですか、初心者や非力なライダーこそ多段ギアが必要なんですよ!」と、とうとうと弁じている(いた)。

そもそもギヤの多段化の最大も利点とは? みなさんは理解しているだろうか? ローディーにとってその答えは「クロスレシオの箇所が増やせる」ということに他ならない。つまりギヤを一枚変えた時に、なるべく負荷のギャップを減らすことが出来るということだ。まさかどんどんスピードが増すなんて思っている方も少ないと思うが……。

サイクリングでギヤチェンジは不可欠だ、最も多用するギヤレシオ付近でクロスが組めないとボディブローのように脚や体にダメージを与え続け体力を奪っていることとなる。ギヤチェンジのギャップが少なければ少ない程に体への負担は少ない。常に自分にあったペダル回転数や負荷を調整しながら走れる。

これを心して実践しているライダーと意識しないライダーの差は大きく、疲労度の差、無論スピードは呆れるくらいな差が生まれる。そしてこれは初心者にこそ致命傷となるのだ。言ってみれば「体力」の差ではなく「頭脳」の差であり、知っているか否かだけの差で大きな違いを生む。

またここで声を大にして伝えたいことは、「意識」である。そのことを率先し意識しギヤチェンジをするだけで、全くと言っていいほど体への負荷は軽減される。

無論プロも然りであり、アタック時では変速ミスが勝敗を分けることも日常茶飯事だ。よって私は初心者に限らずどんなシーンでもクロスレシオが実現出来る多段ギヤを薦めてきた。究極的には無段変速機が必要ではないか?と唱えており色々な構造を考察してきた経緯もある。

下図などは詳細は謎であるが、面白い構造だ。

 

詳細不明の変速機構

詳細不明の変速機構

 

多段化のデメリット

しかしどうだろう、9速あたりから私とは異なるな意見があることに気付かされた。メカニックは規格の多さに混乱し、フレーム規格も変貌を遂げ、何より選手達は多段化のメリットを快く思っていないという事実などだ。

もう十分に足りているのではないか? そう考える様になった。

実際10速(フロント変速と掛け合わせると20速)くらいになってくると一度のサイクリングで全てを使うことはほとんどなくなく、競技をやっているライダーも同じだ(コースによっては)。

私自身、多段化ばかりに思考を奪われてしまい、自転車全体のフォルムが崩れ理想とする設計が叶わなくなってしまったことが何より苦しかった。多段化のみのメリットは理解していたつもりだが、そこにはデメリットも存在していることに気付かされたが、いくつかあげてみたい。

 

1. リヤエンド幅

120mmから始まり現在では142mmまで広くなった。リヤのホイールシャフトやディレーラー等が踵に当たるという声を聞く様にもなった。空気抵抗にも影響を及ぼすであろう。ピスト競技者では、120mm幅より110mm幅の方がダッシュの掛かりが良いという信奉者もいるほどで僅かな差を軽視してはならない。

解決策としてQファクター(ペダル幅)の拡大なる事まで行われている。これでは本当に本末転倒で多段化しても根本的にエンジンである人間にとって大きな弊害となる。自転車全体の設計を大きく揺るがしシャープな走りの印象は薄くなり、今でも私の理想設計の弊害ともなっている。またホイールのオチョコ量も車輪性能として深刻な問題だ。

 

上から見たホイール

近年のホイールはおちょこ量が酷い

 

2.チェーンステーの長さ

現在のチェーンステー長の推奨値は410mm。上記1の打開策にもなるだろう。ちょっと昔ならロングライド用のスポルティーフでの長さだ。チェーン稼働の幅が増えたのであるから、このくらいの長さがなければ対応できないのは致し方ないが、ホイールベースが10mm伸びることは走行性能に影響を与える。以前我々が製作したフレームのなかには、チェーンステー長が398mmというものもあり、評判も良かったのだが残念だ。

 

3.チェーンの薄さ

問題視されることも少ない様だが致命的な規格変更だ。チェーン厚は7.5mm前後あった物が今では5mmを切る物まである。それに伴いギヤ板の厚さは2.5mmから1.7mmくらいになっており、割合で表せば6割薄くなっている。

チェーン駆動を根幹とした乗り物である自転車にとって、チェーンの性能は肝となる。結果、6速時代のダイレクト感は失われ、全くの別物のフィーリングとなっていることに気付くライダーは少なくない。ロードレーサーは、ギヤやフリーが付いている事が最大の利点となるが、それ故に根本的な性能や感覚を感じ取りにくい傾向にある。なぜなら違和感があればギヤを変えればとりあえず解決した感覚になるからだ。

 

12速チェーン

見るからにとても薄い12速チェーン

 

一方、競輪場選手の乗るマシーンはギヤが無くチェーン性能の違いは顕著に現れる。ゆえに、チェーン性能でフィーリングを操っている。使用が許されるチェーンは現在3メーカー、計6種類ほどしかないが、どれも個性があり何よりもどれも性能差は歴然としている。

その差は初心者でも感じ取ることは可能だ。選手に言わせれば、ゴムと鉄程に別物だという。また1レース毎に新品に交換する選手も多くいる。東京オリンピック時に和泉チエンが開発した「改」はその性能の高さから世界のトラックレースで使われているのは有名な話だ。

 

ピストチェーン

厚くてしっかり力も伝わるピストチェーン

 

4.たすき掛けによるパワーロス

多段化により必然的にたすき掛けの角度がきつくなる。薄いチェーンにした事により、キツイたすき掛けが可能となったのも一見すると良い傾向と捉えられるが、これもまた良い結果にはなっていない。そのあたりのパワーロスのデータも開示してもらいたい所でもあるし、優良ライダーはたすき掛けを良しとせず、その操作が作法となる風潮もあるが、そもそも使える箇所が少ないのであれば多段化の意味もなくなってしまいそうだが……。

 

チェーンのたすき掛け

チェーンのたすき掛けが酷い状態

 

5.人間の五感への影響

マジカルナンバーなる理論があり人間が直感的かつ瞬時に扱える数は7前後だという。色々な根拠があるが、左右の指の数と関係しているという説もある。これ以上となると思考の混乱を招くというのだ。

リヤのみなら視覚的にも扱えそうだが、確かにフロントとリヤを直感的にギヤ倍数順に変速できるライダーは皆無だろう。伴い流行のフロントシングル化も謎が多い。リヤが12段あり、およそ必要なギヤレシオを全てカバーしてしまっているという事から、フロントは要らないのでは? という考えの元、フロントシングル化も流行している。

しかしよく考えてみれば本末転倒な気もする。そもそもフロント2枚、リヤは6枚あれば12速なので、全てカバー出来るのでは? とも考えたりもする。

多段化による良いことはあちこちで発表されているので、ここでは敢えて弊害となりそうな事情を書かせて頂いた。

 

なぜ無段階変速機が実現しない

上記の様な弊害が克服され無段階変速機が今後出現することはあるのであろうか? 色々な特許や他業界の構造を観察していると、実は無段階変速機は至る所に存在し、活躍している。

身近なところでは、スクーターなどのギヤシステムは殆どが無段階変速だ(しかもオート!)。工作機械の構造でも多々見かける事がある。

変速機構原理

機械工作の無段階変速

 

調べてみれば自転車でも実は多くのアイデアが発表され製品化されている物もあれば、特許、実用新案など多く存在する(最新ではスラムもフロントギヤの特許を取得していた)。

では一向に実現しないのは、なぜだろう。

端的に言ってしまえば 自転車は動力が人間であるからに他ならない。人の馬力は一般的な人間では0.5馬力にも満たない。このか弱く非力なパワーを最大限に推進力に変換しなければならない。それには僅かなパワーロスも許されぬ非常にデリケートな装置が必要となるのだ。現存する無段階変速機のアイデアはどれもに人間エンジンには致命的なパワーロスを招くことになる。余談だがスポーツバイクに内装ギヤが普及しない理由もここにある。

自転車の歴史を振り返ってみると一貫してチェーンが採用されている。なぜなら信じられないくらい効率が良いからだ。1886年ハンス・レノルドがローラーチェーンを開発して以来、誰一人として更に効率の良い装置を作った者はいないのだ。

ディレーラーシステムは、一貫してチェーンを脱線させるスタイルが君臨しているゆえんもここにある、因みにディレイラーとは「脱線装置」という意味で、ある意味非常に乱暴な構造を最新レーサーは採用し続けているのである、例えば車やバイクでこんなシステムがありえるだろうか?

こんな大胆な構造が最先端機構として君臨しているのは、チェーン以外に効率の良いシステムが見つからないからだ。チェーン自体の伝達効率の素晴らしさに改めて理解を深める必要がある。

 

システムデザインからの考察

システムデザインとは?

「人間はエレベーターの待ち時間をどれくらいならストレスなく待てるのか?」

という議論がある。1分なのか10分なのか? 安直にエレベーターの数を増やし、速度を上げ時間短縮の対応をするのであれば、我々は永遠に待ち時間のストレスから開放される事はないという議論だ。なぜなら、その欲求は際限がなくコンマ1秒でも速い高速エレベーターを永遠と追い求めなければならい。

視点を変えエレベーターの待合場所に「鏡」を置けばどうだろう。ストレスも軽減され待ち時間そのものを有効活用するというデザインだ。「待ち時間」という時間そのものに新たな可能性を生み、ストレスという根本的な解決策につながる。待ち時間の新たなデザインは無限大となる。これがシステムデザインの本質だ。

自転車におけるギヤの多段化もきっとそうだろう。

多段化はわかりやすく人が安易に納得する方法であり、提案する側も一時的に利益や合意を生みやすい方法だ。スプロケットが15s、20s、30s……どこまで進化すれば理想なのか? そして快適なのか? 更には競争で勝てるのか?

実は人間エンジンは回転が上がるほどにトルクがなくなり、回転が下がる程にトルクが上がるという、他のエンジンでは決してあり得ない特殊な特徴を持っている。自身の脚でギヤレシオを変更する事が可能なのだ。そんな特徴を最大限に活かせる思考回路に移行する事を望んでいる(この話はまたどこかで執筆させて頂きたい)。

私は考えれば考える程にこれ以上の多段化はくだらない話に思えてきてならない、ぜひ皆さんも考えてみて頂きたい。素晴らしい人間エンジンは些細なエネルギーロスが致命傷となる。もうギヤが増えていくのはどうみても得策とは言えないだろう。

 

なぜ多段化するのか? 新製品の限界

物を作る以上「少しでも良く」「理想を追求する」この精神はなくてはならない。製作者はあらゆる思考錯誤を行う。

しかし大手メーカーともなれば、毎年のように進化した新モデルを出し続けなければ、利益的にも辻褄が合わなくなる。結果分かりやすい性能やユーザーが喜びそうな性能をターゲットとする。多段化、軽量化……云々。

ある意味資本主義的な社会構造の弱点かつ限界なのかも知れない。理由も否めないし否定するつもりはない。

しかし物を改善する事がいつの間にか義務となり、間違った進化を遂げることに付き合うのは心苦しくも思う、それに群がるライダー達はフラッシャー自転車に憧れる子供たちと何ら変わりはない様に私には見える。

ぜひどこかのメーカーで現代の最新技術で「5sギヤシステム」でも発表して欲しいものだ。開発すれば必ず素晴らしいレーシングコンポーネントとなる事を、私は確信している。