猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第5回

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猪野学 第5回

剣峠山頂。かなり歴史が深そうな峠だ。

日本国は三重県津市という所に猪野三兄弟が住んでおりました。

次男の猪野学は自転車で坂を上る事が好きという、少し変わった癖を持っていました。そんな次男に感化されてか長男と三男もいつしかロードバイクを購入し、帰省した際には3人でサイクリングをする様になったのです。

今回はこの三兄弟に起こった過酷なお正月極寒ライドを書かせて頂く。

猪野学 第5回

道を間違え、激混みのおかげ横丁に迷い込んだ筆者。抜け出すのに一苦労。

 

坂バカ的お伊勢参り

私の数ある好きな坂のひとつに三重県は伊勢神宮にある剣峠という坂がある。
伊勢神宮の観光バス駐車場から始まる坂で、伊勢神宮の敷地を掠めながら走るので、人の手が入っていない原生林を眺めながら上る事ができる。ジブリアニメの「もののけ姫」に出てくるような深い森で心底浄化されるヒルクライムを味わえる。

年の瀬にこの剣峠を長男と上ろうという話になった。
ゆるゆるとスタートし兄と会話しながら走る。冬場のトレーニングは土台作りという事で上げ過ぎず坦々と上る。
長男はフルマラソンを完走するランナーだが、自転車は久々という事で早々に千切れて独走となった。

60分くらいで登頂し、長男を待つ間、剣峠の反対側も頂いた。タイムは19分とまずまずの仕上がりに満足し、思わずSNSに投稿してしまった。

すると中学の後輩のサイクリストでライターのA氏よりコメントが届いた。「帰省されているのなら一緒に走りませんか?」と。
私は兄弟も一緒でも大丈夫ですか?と返信するとA氏は快く「もちろんです」と引き受けてくれた。

しかしよくよく考えるとA氏はヒルクライムで好成績を収める猛者中の猛者だ。
以前チャリダーで山の神・森本誠師匠と三重合宿をやった時、A氏と森本師匠に山中を引き摺り回され酷い目に遭った事ある。

本当に大丈夫だろうか?

 

ライターA氏との場合

猪野学 第5回

A氏との待ち合わせ場所に向かう兄弟。この後引き摺り回される事になるとは知るよしもない。

猪野学 第5回

中学の後輩のA氏。まさか自転車を初めてから同郷の後輩ができるとは。サイクリストの縁とは不思議なものだ。

 

年が明けて元旦、3男も合流し待ち合わせたコンビニでA氏と合流した。
A氏「今日は私が普段練習に使っている長谷山周回をご案内します!」アップダウンがあって700mぐらい上るそうだ。
貧脚三兄弟はこれからとんでもないライドが繰り広げられるとはまだ知らない。

スタートして早々、雪が猛烈に吹雪始めた。
すると長男がA氏の後ろに張り付く。謎の行動だ。トレインは後ろに行けば行くほど楽だ。長男のプライドだろうか?A氏は気を遣ってかゆっくり目に回している。

すると長男の上体がブレ出し、背中から辛さが伝わって来る。長男は後ろに振り返ると真っ赤な顔で「もうアカン!」と叫ぶとどんどん後方に小さくなっていった。

やれやれ、スタートして10分。
A氏は更に気を遣い速度を下げる。
兄と弟は顔を真っ赤にして付いて来るが、私とA氏は寒くて堪らない。
A氏にパワーを聞いたら160W。これでは代謝しない訳だ。

以前、スペインの元世界チャンピオンのアレハンドロ・バルベルデと走った時に私は260Wで汗だくで付いて行ったが、アレハンドロはレース前日で軽く流していただけなので代謝すらしていなかった。

彼が汗を掻き出すのは360Wぐらいからだろうか…
アレハンドロが脚と心肺に刺激を入れるために一時的に上げた時があったがその時は時速60km。
彼らにとってのレース強度は500Wから600Wなのだろう。
サイクリストにヒエラルキーがあればアレハンドロは頂点だ。

それぞれ数値は違えど感じる苦しみは同じなのだろうか?
アレハンドロの500Wでの苦しみと、私の260Wで感じる苦しみは同じ質のものなのだろうか?
あまりに強度が低くて暇なので、そんな事を妄想しながら淡々と吹雪の長谷山の坂を上る。

猪野学 第5回

自転車ヒエラルキーの頂点にいるバルベルデ。彼らには500W維持は日常なのだろう。

 

猪野三兄弟のヒエラルキー

坂を上り続けると安濃ダムが見えてきた。春は桜の名所らしい。
私はとにかく寒かったので、ダムまでの激坂は其々のペースでヒルクライムレースしようと提案した。

私とA氏が一気に出力を上げる!何故か2人とも軽いギヤでクルクル回す。怪我を恐れての事か?30mは付いて行けただろうか?
A氏はフルダンシングで消えていった。

私はこの時期はべース作りと釘を刺されているので徹底してMAXまで上げない。今から上げるとシーズンが持たない。昨年の不調の二の舞だ。

驚いたのが三男が途中まで付いてきた事だ。
三男は昔は太っていたが自転車を始めた事で20kg痩せた。太ももを見るとしっかりと重さを支えた筋肉が残っている。
ポッチャリダーが痩せると速くなると云うやつだ。

私がゴールした2分後に現れた。これにはA氏も「いゃその自転車で速いですよ」と褒めた。
自転車を見るとスタンドは付いているし。大きなチェーンの鍵が付いている。
持ったら20kgくらいあった。

猪野三兄弟のヒエラルキーの頂点にいる私のポジションも危うい。
しかし仲間が速くなるのは何だか嬉しい気持ちになるから不思議だ。

猪野学 第5回

自宅から30分にある青山高原。50分のヒルクライムが楽しめる。三男との差は僅か5分しかなかった…

 

安濃ダムからゴールの忠盛塚までは下り基調で追い風だ。
長男は「まるで火の鳥やでぇ」とご機嫌だ。火の鳥とは近鉄の特急列車の事だ。

しかしちょっとした上り返しが現れると、すぐに各駅停車の鈍行になり千切れていく。
忠盛塚に到着した頃には長男はかなり疲弊していたが、達成感に溢れたいた。
あまりの達成感からか、A氏に来年もお願いしますと言ってしまっていた。

来年の猪野三兄弟のヒエラルキーは変わっているかも知れない。
サイクリストの間では遅い人が突然速くなったりする事がある。
読者の皆様のライド仲間でもそんな事が起こっているのでなかろうか?

自転車は機材スポーツ。
2mmポジションを変えれば違う乗り物になるし、乗り方ひとつで使う筋肉が変わり突然変異が起こる。
このサイクリストあるあるのミラクル現象はとても夢があるし楽しいものだ。

私たち三兄弟のヒエラルキーもそんなミラクルが予想される。
三男があと10kg痩せて自転車を軽くしたら私と良い勝負になる。

しかし長男が頂点に立つ事はないだろう。
恐らく長男は来年の正月も各駅停車だ。

 

猪野 学 公式Twitter

 

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