Fumy’s eye 別府史之が見た世界 étape09

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別府史之が見た世界09

本場ヨーロッパで活躍するプロロードレーサー・別府史之選手の「今」を、本人の言葉で読者の皆さんにお伝えする連載の第9回目。今回はツール・ド・フランスを観戦したこと、欧州で活動する若い選手に伝えたいことについてお届けします(編集部)。

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Bonjour!
みなさまこんにちは、別府史之です。

フランスは最近までひどく暑い日が続きましたが、ようやく涼しくなってきました。あまりに暑くてトレーニング中にくらくらしちゃうほどでしたから、ツール・ド・フランスを走る選手たちにとっても、きつい毎日だったんじゃないかな。

僕自身はトレーニングはしっかりこなす毎日ですが、8月末のツール・ポワトゥ・シャロント以来、しばらくはレースがない状況です。

で、しばらくレースもないし、せっかくだからツール・ド・フランスを見に行ってきました。ふだんのトレーニングコースをツールのプロトンが走る絶好の機会ですし、たまには「苦しむ側」ではなく、「苦しむのを見る側」になるのもいいものかなと。ということで、家族でピクニックがてら観戦です。

 

ツール・デ・ピクニック

ふだん、娘が学校でお昼が必要になったときのおべんとうは僕が作っているので、そういったピクニック準備はお手の物なんですよ。サンドイッチはロースト風のハムにチーズ、そこにピクルスをちょっと刻んで入れて。かなり本格的に作りました。それに焼きおにぎりも!

当日は朝7時に家を出て、観戦場所についたのは8時半くらい。レース通過が14時すぎでしたから、6時間も早く着いたんですけどね。この場所がいい! って決めていた場所があったので、場所取りとピクニックを兼ねてゆっくり待ちました。

別府史之が見た世界09

本当はフィニッシュ地のグラン・コロンビエにも行きたかったんですけど、県から観戦進入禁止のお達しが出たんです。そうなると山の麓にみんな詰めかけて大変なことになっちゃうぞ……ってことは想像できたので、ちょっとした穴場に向かいました。小さな丘だから集団が長く伸びて、スピードも落ちて見やすいですし、なによりグランデューという大きな滝があるんです。大きな滝って、たいていは山道をかき分けて歩いていかなきゃならないような奥地にあるんですけど、ここは道路からすぐ入ったところにある。だから5月に外出制限が明けた後に、よく走りに行った場所です。

別府史之が見た世界09
別府史之が見た世界09

まあ、到着した時点では、ほとんど待っている人もいなくて。こんな辺鄙(へんぴ)なところにたくさん人が来るわけはないよな……って思ったら、あとからどんどんどんどんやってきた。うわぁってなりましたね。想像以上でした。本来から2か月遅れの開催で、週末は観客も多いけど、平日はむしろテレビ視聴率が上がってると聞いてたので、沿道で見る人は少ないと思ってたんですけど。あの小さな丘に、300人くらいはいましたからね。

やっぱりフランス人には、ツール・ド・フランスが近所に来たから見に行こう、っていう感覚があるんだなぁと。改めてしみじみと感じました。周りで待っていた人たちの話を聞くと、「いや〜この近くに住んでてね」なんて感じでした。自転車が好き、選手を知っている、というよりも、むしろ目当てはキャラバン隊。あとはテレビに映ること! テレビカメラが来ると「テレビだ〜!!」って、みんなカメラの前にどんどん出ようとするんです。平気で前にも割り込んでくるので、「レースが見えないから、ちょっとどいて!」なんて怒ったり(笑)。あとヘリコプターが上空に来るとみんな上を向いて必死に手を振って。選手が前から来るのに危ないよ、前見てないと危ないよ、って現役選手としてはハラハラさせられたり。やっぱりツールはスペクタクルであり、お祭りですね。

別府史之が見た世界09

このコラムのインタビュアー宮本さんとJsportsの中継に登場

 

自転車選手にとって最高の場所

でも、ホント、自分の住んでいる場所は自転車乗るのには最高ですよ。ツール・ド・ランの開催地だし、ドーフィネもよく来るし、こうしてツール・ド・フランスも通る。自宅からだとボジョレー方面にもトレーニングに行けるんですが、ブジェイ南部の山側に走りに行くことのほうが多いですね。自然がきれいなところがいっぱいあって、自転車乗りにとっては天国です。まあ、それ以外は、なにもないとこですけど……。

この間はアンダーの香山くん(飛龍)と福田くん(圭晃)と一緒に、グラン・コロンビエの方まで一緒に走りに行きました。僕はリヨンの北の方に住んでいて、彼ら2人は南側に住んでいるから、中間を取って真ん中あたりにということで。

別府史之が見た世界09

「今度あそこにツールが行くから楽しみだね〜」なんて言いながら、230kmくらい走ったんですよ。彼ら2人はもしかしたら260kmくらい行っちゃったかもしれない。エンデュランスを意識しながら、基本的には一定のペースで走りながら、色々と話しをしましたね。ただ、彼らにはやっぱり「レースでひとつでも上の成績を出したい」「ひとつでも上に行きたい」っていう思いも強いでしょうし、それに最近のレースでいい着順に入ってましたけど、アマチュアレースでは勝たなきゃ意味がないですから、ちょっとしたスプリントの極意も教えてあげました。「踏み出しが肝心だ」とかそんな感じで、スプリント練習をしたり。

こうしてフランスにやって来て、チャレンジしているのですから、若い選手にはやっぱり頑張ってほしい。チャンスというのは今しかないのだから、頑張れるところまでやってほしい。そう強く願っていますし、僕としてもできる限り後押ししてあげたいとは思います。ただ、僕としても若い選手に伝えられるのは、具体的な「走り方」よりも、「欧州に来ている意味」だと思ってます。

若い選手たちにとっては「自分の意志で来ている」という感覚も強いと思うんです。もちろんすべては自分の意志次第ではあります。でも、実際は、「来させてもらってる」という形なんです。環境を用意してくれている人、サポートしてくれる人がいるからこそ、欧州で走ることができている。そのことを忘れてはならないんです。自分が走りたいから来ている、とわがままに走るのではなく、みなさんの助けがあるから今があるのだ、走りで恩を返したい……そういう意識であってほしいなと思います。

そういう周りの人々を大切にしないと、いつか走る場所がなくなっちゃうんですよ。だから、そこは、大人の視線じゃないですけど、自分の経験を生かして、色々と話をしました。若い彼らには道をそれてほしくない。この新型コロナウイルス禍であらゆる状況が厳しいなかで、こうして選手として活動できていることはすばらしく恵まれた環境なわけですから、だからこそ正しく頑張ってほしい。

 

今回もコメントや質問ありがとうございます!

1)ツールに出場したときに、記憶に残っているエピソードがあれば教えてください(リドルさん)

思い出深い場面としては、第3ステージで横風分断からチームを救ったことと、チームTTでチーム全員こけたということ。コーナーでばたばたばたっと。えぇ、こんなことあるんだ、ってびっくりしました(笑)。

でも一番強く心に残ってるのは、とにかく毎日極度にしゃべり過ぎないように注意していたということですね。レース前に言われてたんですよ。「すごく疲れるぞ」って。ツールだからものすごい数の人から話しかけられるけど、メディアや観客との対応で力を使い過ぎちゃうと、レースに響くぞ、と。だから記者からの質問はフィニッシュ直後に早めに済ませて、あとは極力、体を休めることだけを考えました。ホテルに帰って、横になれる時間があったらすぐ横になる。自前の枕を持ち歩いてましたし、睡眠に影響を及ばさないよう、カフェインも一切摂らなかった。

また当時グランツールに多く参戦していた元チームメートのユベール・デュポンからは「生野菜を食べないほうがいい、内臓を働かせると疲れちゃうから」とのアドバイスをもらったので、3週間、ひたすら消化にいい温野菜だけを食べました。たしかにこれはすごく助けになりましたね。

とにかく僕にとっては初めてのグランツールだったので、ひたすら色々なことに気をつけながら走ってました。睡眠不足と食あたり、ハンガーノックが怖かった。初めてのグランツールをそんなことで失敗しちゃったらどうしようもないな、って恐れていました。3週間の終わりに近づくに連れて、だんだんストレスがなくなっていって……。

最終的に発見したのは、おいしくもないものを食べすぎるとパスタとライスは見たくもなくなるものなんだな、と(笑)。その後、オリカやトレックでグランツールを走ったときは、チームシェフがちゃんと考えて料理を作ってくれたんで、毎日おいしく食べられたんですけど、あの年はチームにシェフがいなくて、フランスのホテルが用意する食事だったんですよ。もう最後の方は、ひたすら無理やり「ガソリン」を体に入れている、そんな印象でした。レース後は別に暴飲暴食したわけじゃないです。いわゆる普通の食事をしみじみ楽しみました。もちろん生野菜も!

 

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2)連日アシストの献身的な働きをツールで見ています。1チーム8人制ですが、エース以外の構成としては、山岳アシストよりも平地アシストのほうが人数多いんでしょうか? (幸さん)

チームとコースによりますよ。総合成績を狙うチームなのか。地形的にスプリンターを連れて行った方がチームにとって有利かどうか。こんな条件で変わってくるんじゃないでしょうか。ただ総合系の選手は体が細い選手が多いですから、パワーのある選手、平坦を引ける選手ってのはアシストとして重宝されますね。

僕の場合は、チームにスプリントエースと総合系が両方いたことがあるんです。そのときは両方のための仕事をこなしましたね。というかジャコモ(ニッツォロ)のスプリントアシストたちは、彼のために、山とかはゆっくりゆっくり上らなきゃいけない。そうすると山に向けて(ロベルト)キザロフスキーのための仕事をする人が、僕しかいなくなっちゃったんです。「フミは天使か」とか、「キザからなにかもらってるのか?」とか、チームメートたちからは驚かれましたけど……いやいや、チームオーダーで2人を守るように言われているから仕事してただけなんですけどね(笑)。

逆にエースがジャコモだけのときもありました。つまりは上りをゆっくりゆっくり走りましたよ。なぜここまでゆっくり走らなきゃならないんだろう、って思うほどに。グルペットが遅すぎて、逆に脚が痛い、みたいなときもありました。ある程度、自分の脚にあったスピードで走らないと、変な筋肉を使ってしまうものなんでしょう。変な疲労感がありましたね。本来だったらゆっくり走っているから疲れてないはずなんですけど、あれ~なんか脚が痛いなぁ……みたいな。やっぱり自分本来のペースで上ったほうが楽なんですよ。だからグルペットを率いるのも、実は重労働なんです。

 

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最後に個人的なお知らせとなりますが、このたびサイクリングブランドのEKOÏ(エコイ)と、スポンサー契約を結びました。今、日本向けに、僕のオリジナルのウェアを作ってるんですよ。めちゃめちゃかっこいいジャージができますので、ぜひ楽しみにしていてください!

それでは、また。

別府史之

 
 
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(宮本あさか)