Fumy’s eye 別府史之が見た世界 étape08

別府史之が見た世界08

本場ヨーロッパで活躍するプロロードレーサー・別府史之選手の「今」を、本人の言葉で読者の皆さんにお伝えする連載の第8回目。今回は自身5か月ぶりとなったレースを走ってみての思いをお届けします(編集部)。

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Bonjour、こんにちは!

残暑お見舞い申し上げます。日本はひどい猛暑に襲われているそうですね。フランスもすごく暑い日々が続きました。実はレースの再開初日はスプリントで狙いたかったんですけど、あまりに暑すぎて……頭がくらくらして断念しちゃいました。次の日には少し気温が下がったので、無事に逃げにトライしましたが、でもやっぱり初日の猛暑のダメージが大きすぎましたね。体には相当堪えました。

別府史之が見た世界08

あまりに暑いので家で冷やし中華を始めました

そう、ようやく、レースが始まりました。楽しみにしていたシーズン再開です。8月1日開幕のルート・ドクシタニー(以下オクシタニー)は、僕にとっては、ちょうど5か月ぶりのレースでした。スタートエリアでは久しぶりにバウケ・モレマとおしゃべりして、他のみんなとも「やっとスタートできるね!」って声を掛け合って。僕自身もうれしいなぁ、良かったなぁってうきうきしてたんですけど、初日いきなり気温40度超えですから。甘くはなかったです。自転車レースの洗礼を改めて受けたような気分というか。なんだか暑さのせいでふらふらうまく走れなかったし、周りの選手たちもまっすぐ走れなくて危機を感じましたよ。「あぁ、そうそう、そうだった」と、レースの厳しさを思い出しました(笑)。

オクシタニー2日目には、チームとしてもなにか動かなきゃならない……ってことで、チームから「フミが行くように」ってオーダーがでました。だから頑張って逃げに乗って勝負に出ました。途中では山岳ポイントやスプリントポイントも取りに行きました。初日の山が大きかったので、たとえ2日目にポイントを取っても山岳ジャージには絶対に届かなかったんですが、自分としては単純に楽しみたかったんですよね。

逃げ切りは厳しいだろうな、とは思っていたんです。ただ残り50kmで、まだタイム差は6分もあった。これはもしかしたら行けるかもしれない、とも感じました。でも逃げ集団はみんなだんだん脚がなくなっていって、逆にプロトンはどんどん加速していって。後からメイン集団にいたチームメートに状況を聞いたら、終盤はとんでもないスピードだったそうです。で、残り10kmで1分差。あと1分あれば逃げ切れるかも……というタイム差だったんですけど。

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カブトのヘルメットは風通しが良くて快適

とにかくオクシタニーも、その次に出たモン・ヴァントゥ・チャレンジも、ツール・ド・ランも、例年になくレベルの高い戦いでした。ホント、いつも以上にすごかった。これぞまさに「バージョン2020」というのか、「ツール・ド・フランス仕様」とでもいえばいいのか。だって普通ならリーダーって各チームに1人とかなのに、あらゆるリーダーが集結しましたからね。しかもワールドツアーのリーダーたちですから、密度が半端なく濃い。ギヨーム・マルタンとも、もしかしたら普段のワールドツアー大会よりいい選手が集まってるんじゃないの、なんて話したりしたんですよ。

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オクシタニーはイネオス(グレナディアス)が、ツール・ド・ランはユンボ(・ヴィスマ)とイネオスが、前をがっちり固めてました。ランは普通に考えれば初日はスプリントステージになる予定で、僕のチームでもピエール・バルビエと自分がスプリントを任されていました。ただ、僕自身は逃げようかな、チャンスがあれば逃げ切りもあるんじゃないかな……って考えてました。距離は140kmと短いし、道は普段の練習コースで、よく知っていましたし。でも序盤の逃げにトライしたときに、「あれ?」って様子がおかしいことに気が付きました。いきなり最初から総合系チームがきっちりコントロールを始めちゃったんです。しかもスプリンターチームはイスラエル(スタートアップネーション)だけ。最初は彼らも制御しようとしてましたけど、やっぱり途中で「こりゃ無理だ」って諦めてました。

総合系チームがかなり真剣に走るだろうと、当然、予想はしてました。ただ8月1日から連戦続きの選手が多かったし、後半2日が山岳の厳しいステージだから、初日くらいは少し抑えめにくるんじゃないかな……とも考えてたんですよね。でも蓋を明けてみたら、総合系は最初から超真剣。逃げさえも許さない。そんな雰囲気でした。

本当に今年は、いつもとは違います。スペシャルバージョンというか。待ちに待って5か月ぶりに走ったレースなのに、いきなりハイレベルなツール調整レースに巻き込まれてしまった。もちろんそこで結果を出せばいいだけですから、こんなのは、単なる言い訳に過ぎないのかもしれません。

異常な暑さの影響もあるけれど、それでもやっぱり、自分の思っていたような走りができなくて、悔しかった。だから僕としては、とにかくコンディションを落とさず走り続けて、次につなげていくしかない。

チームのNIPPO・デルコ・ワンプロヴァンスに関しては、みんなそれぞれにいい走りができてますよ。レミー・ロシャスは好調で、シビウ・サイクリングツアーでは総合4位、オキシタニーで強豪選手に混ざって総合11位に入ってます。(中根)英登も、ツール・ド・ラン初日はいい走りをしてました。たしかに数字だけを見れば、派手な成績ではないかもしれない。でも、レースのレベルとチームの規模とを考えると、むしろいい走りが出来ているほうです。コロナ後にレースのレベルがとてつもなく上がってしまったことは、しょうがないこと。めげずにこの先も走っていく。これこそが僕らチームが取るべきスタンスなんじゃないかな。

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それにしても今回久しぶりにレースを転戦して、プロトンの仲間たちと積もる話をたくさんしたわけですけど、みんなに共通する意識は「これからどうなっちゃうのかな」ってことですね。来年どうなっているかわからない選手やチームも多いですし、レースもまだまだ中止や変更があるかもしれない……。僕自身の普段の生活では、幸いにも住んでいるところが田舎なので、それほどピリピリする必要もなくて助かってます。ただリヨンの街中に行くと、状況が違うんだな、と感じます。あちこちの都市では、マスク義務化の動きも進んでます。

レース会場でも、チームバスからスタートエリアまでは、選手たちはマスクをして移動しなければなりません。チームプレゼンテーションだって、オクシタニーは壇上で普通にやりましたけど、ツール・ド・ランは自転車に乗ったままで、(ダニエル)マンジャスさん(ツール・ド・フランスの名司会者!)の前を駆け抜けながら紹介してもらう……っていう。なんというか流れ作業みたいで、ちょっと味気ないですよね。

フィニッシュ後も、現場で待っているスタッフからリカバリードリンクをもらって飲んだら、すぐにマスクをします。息切れする……というより、すごく暑い!熱中症になりそうで、頭がクラクラします。でも補給地点やフィニッシュでは、ひどく暑い中、スタッフたちはみんなマスクをつけて待っていてくれるんです。ホント大変だと思います。

別府史之が見た世界08

新型コロナウイルス感染拡大防止対策として、僕ら選手もスタッフも、レース前には、PCR検査をしっかり受けてます。たとえばオクシタニーはレースの3日前に検査して、翌日の夜に検査が出たので、その結果をオーガナイザーに提出することで出場許可が下りました。1回の検査で10日間有効です。だから今回、8月1日からの9日間で7日レースを走ったんですが、1回の検査で全て済んでます。僕に関してはチーム側の保険とフランスの健康保険とで、PCR検査は完全に無料で受けることが出来ます。国によっては検査にかなりお金がかかるようなので、これに関しては、フランスの制度はありがたいです。

地元のツール・ド・ランを走れたことは、やっぱり感慨深かったです。コースの大部分は、外出制限が明けてからも、しょっちゅう長距離練習で走ってきた道でした。だからレースの最中に「あぁ、ここ来たことあるなぁ」って。ツール・ド・ランを攻略したというか、ツール・ド・ラン”マニア”になった気分です。

なによりグラン・コロンビエを上っている最中に、「フミ!」「頑張れ!」ってたくさんの応援をもらえました。アンドレ・グライペルと並んでグルペットで走ってたんですけど、「フミ、すごい有名人だなぁ」ってびっくりされたくらいです。「いやいや、地元だから」なんて答えたんですけど(笑)。今年の序盤に『ヴェロマガジン』に大きく記事として扱ってもらえたので、あれがフランスやランの人たちに向けて、いい宣伝になったのかもしれません。

スタートとフィニッシュはきっちり制限が敷かれて、閑散として寂しいほどだったんですけど、沿道にはいつもと変わらないほどの観客が詰めかけてくれました。選手たちもレースの再開を待っていたけれど、ああ、こうやってファンの人たちもレースを待っていてくれたんだな〜って。うれしく思いました。僕らとしてもおかげで「レースを走ってるんだ!」っていう確かな実感がわきました。

ただ、特に山の上りにはものすごい数のお客さんが来ていて、大丈夫なのかな……なんてちょっと心配にもなりました。フランスは暑い日が続いたので、マスクをしていない人もやっぱりいましたし。僕らは唾液がかかってもおかしくないような距離を走ってます。それなのに沿道で大声を張り上げたり、選手に水をかけたりするわけですよね。

だからレースが再開して、観客のみなさんが応援に来てくれることはうれしい反面、複雑な気分もあります。正直に言えば、どうしたらいいのか分からないです。沿道全体にバリアとかを張り巡らせるわけにはいかないでしょうし。ただとにかく、今までとは違うのだ、ってしみじみと感じてます。

仮に1人でも、プロトン内の選手が新型コロナウイルスに感染してしまったとしたら、おそらく他のたくさんの選手に感染してしまうはずなんです。大きな感染が起こってしまったら、レースはキャンセルになってしまう可能性があります。今まで関係者の人たちが一生懸命やってきたことが、すべて水の泡になってしまうかもしれない。だから、レースを応援に来る前に、感染リスクについて考えて欲しいですね。応援に来てくれるのはうれしいけど……、だったらマスクをきちんとして欲しい。

むしろ今はテレビの前の応援がうれしいですよ。それに逆に、レース再開後の今って、テレビでそれこそ毎日のようにレースが中継されてますよね。しかも、どのレースも、今年はメンバーが濃くてレベルが高い。そういう意味では、お茶の間にいながらにして、面白いレースが一気に見られるチャンスです!

それに8月末から、いよいよツール・ド・フランスが始まります。ここまでのとてつもなくエキサイティングな戦いを見る限り、ツール本番もきっとエキサイティングになります。自転車ファンのみなさんには、楽しんで見てもらいたいと思いますね。

……ただ万が一、この先、なにがあるか分かりません。またいつかレースがなくなっちゃうかもしれない。だから僕はこれからも、全てのレースに集中して臨む。一つ一つのレースを大切に走り抜いていく。こう心に誓ってます。

それでは、また!

別府史之

 

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(宮本あさか)