新城幸也の160日

新城幸也の160日

2月に開催されたUAEツアー(ワールドツアー)中にUAEチーム・エミレーツのチームスタッフが発熱して、新型コロナウイルスへの感染が判明した。2月28日の第6ステージがキャンセルとなって、そこから新城幸也の長い長い「レースのない日々」が始まった。実に連続160日間。この長い日々について、一時帰国中のユキヤに話を聞いた。

新城幸也の160日

「UAEで検査を受けて陰性となり、そこから日本に戻ってきて、またすぐレース再開のためにフランスに戻ったのがちょうどパリ~ニースの頃です。パリ~ニースが始まったときにすでにもう向こうでは『ヤバイ』と言っていて、チームからは(新型コロナウイルスの影響でレースがなくなるだろうから)日本に行くか、タイに行くかと聞かれました。チームは(家族のいる)日本に帰った方がいいと言っていたのですが、そんなに長くなるとは思わなかったので、練習できるタイに行くよと言って、フランスからタイに飛びました」。

ユキヤはもう10年以上もオフシーズンのトレーニング拠点としてタイ北部のナーソンリゾートに滞在している。2019年12月に例年通りナーソンに入ってタイ合宿を行い、1月のツアー・ダウンアンダーはそこから直接出場。またタイに戻ってきて、UAEツアーもタイから移動した。そして今回、3回目のタイ合宿を開始したわけだ。

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先頃発表されたばかりのメリダ新型リアクトを試乗するユキヤ

「僕が行った頃は、ナーソンリゾートに近い都市、チェンライにはコロナが出ていなかったんです。コロナって何ぞや、くらいでした。タイでは、バンコクにコロナが出て、4月に入ってからいろいろ厳しくなりました。お酒は売らない、レストランは閉めて持ち帰りだけ、そして県境も閉まったのです。(国内を移動する)飛行機、バスも全部止まりました」。
滞在先のナーソンリゾートは出入りする人もかなり少なく、そのため感染リスクは低かった。朝食をとる食堂が閉まってしまってテイクアウトになったり、県境が閉鎖されたため練習コースに工夫は必要だったが、選手のなかでもかなり恵まれた環境だったと思える。

「合宿メンバーは、どこに向かって走っているんだ? というのが正直な気持ちだったと思います。レーススケジュールがないから、どこに向かっていくか、いつまで続くのか、それが定まらない。滞在ビザの更新もあったので、それをどうするかも問題でした」とユキヤは話す。ビザに関しては誰もが更新に殺到したためにビザセクションがパンクして、政府が延長したために7月末までの滞在が可能になったので、その点は大丈夫になった。

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思いもよらず長い滞在になったタイ合宿だが、ユキヤたちはそれなりに楽しく過ごしたらしい。
「いつものタイ合宿なら、タイでゆっくりすることはあまりない。フルーツが美味しい時期になったので、いろんなフルーツが食べられました。だから、自転車生活を楽しんでいた感じですね。コロナに無縁のところだったので、その点は良かったです」。

ふだんのタイ合宿なら、練習は3日続けて走って1日休みを入れるというのが通常のスケジュールだ。だが、今回のタイ合宿ではその基準をユキヤが変えた。
「3日やっても意味がなかったからです。それ以上に調子を上げてもレースがないから。だからペースを落としたというか、アイドリング状態にするため、1日走って1日休む、そういうスケジュールにしました」。

新型コロナウイルスの影響を受けなかった選手はいない。バーレーン・マクラーレンの選手たちのうち、練習で外を走ることができる選手は11人いたそうだ。
「イタリア、フランス、スペインはダメ。それ以外のいくつかの国は外に出て走ることができていたようです。毎日、連絡は取り合っていましたし、Zoom(ズーム)みたいなのを使って毎週木曜日の午後、タイ時間では午後3時からチームのトレーナーがストレッチみたいなのをやってくれました。その時間はヨーロッパでは午前中ですね。10時かな」。

「選手同士の会話は主にワッツアップでした。給料の問題とか、そういう相談はしました」。
そう、バーレーン・マクラーレンの選手たちは今年4、5、6月の3か月は給料が70%減らされたのだ。そのスクープを読んだときには驚いたものだが、今となっては仕方のない気もしてくる。
「F1も開催できず、マクラーレン本体が厳しい状況です。マクラーレンとしての決定だから、サイクリングだけじゃないから、受け入れざるを得ないでしょう。やむを得ないです」とユキヤ。

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先の見えない合宿を続けてきて、どのあたりで光明が見えたかと尋ねるとユキヤは「もう忘れましたね」と苦笑いした。6月が近づいた頃、「8月からレースをやるって言い出した、それからですね、目標が持てるようになったのは」。仕切り直しのために5月には1週間、練習をまるまる休み、そこからユキヤは調子を上げる練習を再開した。レースがない日々、160日間。うち、タイ滞在120日間ほど。走行距離、1万3000キロ。雨期のタイ、灼熱の日々を過ごして、いくら日焼け止めを使っても真っ黒に仕上がったユキヤができあがった。

「僕はもともと日本で練習をしないから、日本に帰ってくると体がオフになっちゃうんです。タイではいつも練習に行っているから、そういう頭になっているし、それが良かったなと思います。タイにいると自転車に乗りたくなるんです。日本にいる間はオフで、フランスに行くとレースモードになる。僕は行く場所によって勝手にスイッチが入るんです。だからタイに行ったのはやっぱりよかったと思います」。

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最後に、短くなってしまった今シーズンの目標について聞いてみた。
「最初のレースはみんな気合いが入っているし、コンディションにも差があるから、そこは狙い目だと思います。それから、今年はちょっとでも、1パーセントでもいいから自分のレベルを上げたいと考えています。上げるところはどこかと言ったら、自分の得意なところです。いまさらスプリンターをやれと言われてもできない。そうじゃなくて、自分の活躍できるレースで、活躍できるような走りをしたい。納得のいく走りができることなんて、つまりレースと調子がバッチリ合うことなんて1シーズンに1回か2回なんです。そう思うようになりました。もちろん、だめな日はだめな日なりに走れます。でも、いい走りは調子がいいからというわけではないんです。きつくてもいい走りはできるけれど、調子が良くていい走りというのは本当にまれなんです。それが1年に1回、巡ってくればいい。そのために練習しているようなものだし、レースに出ているようなものなんです」。