“混ぜるな危険!?”スポーツバイク用電動ポンプ×TPUチューブ【baruの◯×研究所 第1回】

目次

AC2プロ

スポーツバイクの機材は日々最新の製品がリリースされている。近年はディスクブレーキ化やスマートガジェットの登場によって、これまで以上にユーザーが「初めて触れる」ようなアイテムも増えつつある。しかしそんなアイテムによっては、組み合わせや運用方法を間違えると大きなトラブルの原因となってしまうことも……。そんな状況に警鐘を慣らすのが、インターネットやSNSで機材やライド情報を発信しているbaruさんだ。そこで、新しいアイテムの運用や組み合わせの「○×」を、メーカーや専門家への取材も交えて実践し紹介。これは、自転車愛好家の知識をアップデートし、より安心してサイクリングを楽しんでもらうためのウェブ新連載だ。

 

はじめに

昨今のスポーツ自転車業界では革新的なパーツの登場が続いています。「超軽量なTPUチューブ」や、「手のひらサイズながら、ロードバイクの高圧にも対応した電動ポンプ」の登場は、その最たる例と言えるでしょう。

しかし、単体では「便利な機材」であっても、その組み合わせ次第では思わぬトラブルを招くことがあります。お風呂用洗剤のパッケージ書かれている「混ぜるな危険」という警告のメッセージは、実は最新のサイクルギア選びにおいても考慮すべき言葉なのです。

「baruの◯×研究所」では、私たちユーザーがついやってしまいがちな「良かれと思った(実はリスクのある)組み合わせ」を毎回1例ずつ取り上げ、その組み合わせに潜むリスクを紹介していきます。リスクをあらかじめ知っておくことで、サイクリング中に遭遇するトラブルを未然に防ぐことが本連載の目的です。

 

第1回のテーマは「携帯電動ポンプ×TPUチューブ」。

ほぼ同時期に登場し、すっかり一般化したこの2つのアイテム。どちらも大変便利なものですが、この2つを組み合わせて使うことで「バルブの熱変形」というトラブルが起こることをご存知でしょうか?

今回は、実際に発生した熱変形の事例を入り口に、世界最大手の電動ポンプメーカーである「CYCPLUS(サイクプラス)」の技術者へのインタビューを敢行。トラブルが発生する物理的メカニズムと、安全な回避策に迫ります。

 

トラブル実例紹介

まずはこちらの写真を見てください。

 

変形してしまったTPUチューブの樹脂バルブ

変形してしまったTPUチューブの樹脂バルブ

 

バルブが途中から変形して折れ曲がっているのがお分かりになると思います。バルブコアの根本あたりは、少し膨らんでいるようにも見えますね。

 

電動ポンプを樹脂バルブに直結

電動ポンプを樹脂バルブに直結することもできますが……

 

この写真を撮った方に状況を聞くと、以下のような状況であったということです。

  • TPUチューブ(樹脂バルブ採用)がパンク。
  • 持っていた電動ポンプで空気を入れたらこうなった。
  • 電動ポンプに付属する延長ホースは使わず、口金を直接バルブに接続した。

バルブが膨らんでしまっているため、リムからチューブを外すこともできません。結局、自転車を押して家まで帰宅。膨らんだバルブをペンチで切断して、リムから引き抜いたそうです。

このように、出先で「樹脂バルブが膨らむ」というトラブルが起きた場合、その後のライド継続は難しくなります。その日のライドはそこで終了ということになるでしょう。

 

発生理由と防止方法

では、なぜこのような状態になってしまったのでしょうか。

 

高温を発する電動ポンプ×高温に弱い樹脂バルブ

電動ポンプの警告シール

ポンプの口金部分は非常に高温になるため、警告表示があることが多いです

 

使ったことのある方はご存知かもしれませんが、携帯電動ポンプでタイヤに空気を充填すると、本体がかなり熱くなります。とりわけ、バルブと接する口金は高温になることで知られており、場合によっては100℃を超えることも。ポンプ側にも警告のためのシールが張ってある場合が多いです。

この警告はあくまでも「手の火傷を防ぐ」ことが目的なのですが、電動ポンプと接する中で高温に弱いものがもう一つあります。それが、今回の記事で取り上げる「TPUチューブの樹脂バルブ」です。

 

樹脂バルブ

多くのTPUチューブで採用される樹脂バルブ

 

ブチルチューブには、金属製(アルミ)バルブが採用されています。一方、TPUチューブの多くで採用されているのは樹脂バルブです。これは、TPUという素材とアルミを接着させることが難しいことが理由。一方、樹脂とTPUの接着は比較的容易であるため、TPUチューブには樹脂バルブが採用されているわけですね。

しかしながら、樹脂バルブは熱に弱いという特徴があります。そんな樹脂バルブに、高温になる携帯電動ポンプの口金を直結したら……高温によって樹脂バルブは軟らかくなり、そこに高圧の空気が送り込まれることで膨らんでしまったわけですね。

 

延長ホースで熱源から樹脂バルブを遠ざける

それでは、どうすれば今回の「樹脂バルブが膨らむ」というトラブルを避けられたのか。

一番良い解決策は、「延長ホース」を使用することです。

 

AS2プロと付属の延長ホース

CYCPLUS「AS2 PRO(エーエスツープロ)」(1万6940円)と付属の延長ホース

 

携帯電動ポンプが出始めた頃は、延長ホースはオプション扱いで別売りというケースが多かったように思います。しかし、最近は最初から延長ホースが付属する製品が増えました。恐らくは、本記事で取り上げたようなTPUチューブでのバルブ変形トラブルが起こったことが理由なのでしょう。

 

延長ホースを介して樹脂バルブに空気を充填

延長ホースを介して樹脂バルブに空気を充填

 

電動ポンプの口金と樹脂バルブの間に延長ホースが挟まることで、ポンプで発生した熱がホース外壁を伝って空気中に拡散されます。これにより、樹脂バルブに熱が伝わりにくくなり、変形を防げるわけですね。

ということで「樹脂バルブのチューブに電動ポンプで空気を入れる場合には、延長ホースを使う」ということをぜひ覚えておいてください。

 

CYCPLUS技術者に聞く、「電動ポンプと熱」

前の章までで、「トラブルの発生理由」と「防止方法」については述べ終わりました。

しかし、「研究所」を名乗る以上、これだけで終わっては名前倒れ。本連載では、読者の方により理解を深めていただくため、毎回専門家にお話を聞いて詳しいメカニズムについても解説をしていこうと考えています。

 

キューブ

CYCPLUS「CUBE(キューブ)」。それまでの電動ポンプは200g前後が最軽量でしたが、100gを切る軽量性で一躍話題になりました

 

第1回である今回は、2022年に100gを切る電動ポンプ「CUBE」を発表以降、携帯電動ポンプ業界のトップを走り続ける「CYCPLUS」の技術者の方にインタビューを行いました。

ここからは、頂いた回答を元に「電動ポンプと熱」について詳しく述べていきます。

 

携帯電動ポンプの構造

現象を理解するためには、電動ポンプの構造を知っておく必要があります。そこで、CYCPLUSの技術者の方に「携帯電動ポンプ内部の模式図」を描いて頂きました。

 

AS2プロ内部の模式図

CYCPLUS「AS2 PRO」内部の模式図。元々は英語でしたが、日本語訳しました

 

バッテリーから給電されたモーターが回転。モーターの回転運動をピストンの往復運動に変換。ピストンが空気をノズルに送ることで、シリンダーを通じて口金から空気が噴射。ピストンとノズルの間には逆止弁が入っており、空気は逆流しないようになっています。

 

発熱の主犯はモーターにあらず

チューブに高圧の空気を入れると、電動ポンプはかなりの高温になるということはすでに述べました。では、一体この熱はどこから生じているのでしょうか?

CYCPLUSの技術者に、「電動ポンプで発生する熱は一体どこでどのように発生しているのですか?」と質問。回答は以下でした。

発生する熱の60%以上は、シリンダー内部での空気の断熱圧縮によって生成されます。これは、モーターや電気回路の損失による発熱よりも大幅に高い割合です。
その他、ピストンとシリンダー壁の摩擦やバッテリー動作時の発熱もありますが、これらが占める割合は比較的わずかです。したがって、発熱の主な原因はポンピング中にピストンが空気に加えた「仕事」が内部エネルギーに変換され、その急激な増加が温度上昇として直接現れることになります。

私はモーターの回転による発熱が「電動ポンプの熱」の正体だと予想していましたが、専門家の答えは「空気の断熱圧縮がメインである」というものでした。

断熱圧縮とは、「気体を急速に圧縮した際に温度が上昇する」物理現象のことです。気体を圧縮する際に外部から加えられた仕事が気体の熱エネルギーに変換されることで温度が上昇します。手動の携帯ポンプでも、5気圧以上に達するとポンプヘッド部分が熱を持つことがあります。それと同様に、電動ポンプも断熱圧縮によって発熱をしているということが分かりました。

ではその断熱圧縮は「具体的にどこで発生するか」についても質問してみました。回答は以下です。

断熱圧縮は主に圧縮工程中のシリンダー/ピストン室内で発生します。使用時間が長くなるほど、また目標空気圧が高くなるほど、断熱圧縮によって生成される熱の割合は大きくなります。

やはり空気の圧縮が実際に行われるピストン~シリンダーの範囲で熱が発生しているようです。その熱が口金に伝わるため、口金が高温になるわけですね。

 

口金の温度は何度まで上がるのか?

「通常の使用時(例:700×25cタイヤを100PSI(=約6.9bar)まで充填)には、口金部分はどのくらいの温度まで上昇するのか?」という質問もしました。回答は以下です。

約60~70℃に達すると推定されます。

こちらは想定通りでした。実は、非接触温度計を用いて、空気充填後の電動ポンプの表面温度を測定したことがあったからです。

その際にはCYCPLUS「AS2 PRO」の口金の温度は約70℃となっていました。これは携帯電動ポンプの中ではかなり低い温度であり、何らか「熱そのものを発生させにくくする」工夫が行われているはずです。そのあたりの設計についても質問してみましたが「企業秘密です」とのことでした。当然ですね。

 

某メーカーの電動ポンプで6barまでを2回入れた後の口金付近の温度

某メーカーの電動ポンプで6barまでを2回入れた後の口金付近の温度。100℃を超えていました

 

延長ホースという安全装置

樹脂バルブが変形することを防ぐために有効な手段が「延長ホースの使用」であることはすでに述べました。では、メーカー側はどのように考えているのかを聞いてみました。

安全性の観点から、延長ホースの使用はバルブを保護し、その温度を下げるための最もシンプルかつ効果的な方法です。高温の圧縮空気はホースを通過する際に自然に放熱されるため、バルブに到達する頃には温度が大幅に低下します。
加えて、ホースはポンプ本体からの直接的な熱伝導を遮断する役割も果たします。ポンプとバルブの直接的な「金属同士の接触」を避けることで、熱が伝わりバルブの温度が上昇するのを防ぐことができます。

やはり、バルブに熱によるダメージを与えないためには延長ホースを使うのは非常に有効な方法であるとの回答でした。

断熱圧縮によって噴射される空気そのものの温度が上がるわけですが、延長ホースを通過する際に壁面から空気中に熱が拡散されます。ホースを通過する間に空気の温度は下がり、バルブにたどり着く頃には問題のない温度まで低下しているというわけですね。

最後の一文は私も意識していなかった話なのでハッとさせられました。口金とバルブを直結してしまうと、伝導性の高い金属製のバルブコアを通じて、より効率的にバルブに熱が伝わってしまうわけです。ここまで述べてきたのは樹脂バルブに限った話でしたが、金属バルブの場合は熱がチューブ本体まで伝わってダメージを与える可能性もあります。

皆さん、電動ポンプを使う際には面倒くさがらずに延長ホースを使いましょう。

 

おわりに

以上、「電動ポンプ×TPUチューブ」で発生する、樹脂バルブの変形リスクについてのお話でした。

携帯電動ポンプを出先に持ち歩いている方は、是非一緒に延長ホースも持ち歩いてください。そして、特に樹脂バルブのチューブに空気を入れる際には必ず延長ホースを付けた状態で空気を入れるようにしましょう。バルブ変形のトラブルを未然に防げるはずです。

 

次回も、「良かれと思った(実はリスクのある)組み合わせ」と、その対処について紹介予定です。お楽しみに。

 

筆者プロフィール

baruさん

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ブルベ関連アイテムのレビューをブログ「東京⇔大阪キャノンボール研究」やSNSで発信するロングライド系自転車乗り。