自転車で起きた奇跡【サイクルスポーツ読者投稿Vol.1】

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久保さんとズノウ購入者

edit 中谷亮太

スポーツ自転車専門メディア「Cycle Sports」に寄せられた読者の皆さんからの投稿を紹介するシリーズ。記念すべき第1回目は、愛知県名古屋市にお住まいの久保英一郎さん(60代男性)からの、心温まるエピソードをご紹介します。

 

ズノウと青春、そして別れ

自転車と過ごした青春期

自転車と過ごした青春期。1976年のアルバムより

 

1960年生まれの私は、小学生の頃にフラッシャー付き自転車に熱狂した世代です。やがてドロップハンドルに憧れ、毎日のように近所の自転車屋へ通い詰めました。パンク修理や変速機の調整を教わり、地元の知多半島を毎週走り込み、次第に数日間の自転車旅行へ。そんな折、自宅前で愛車を盗まれるという悲劇に見舞われました……。

高校生になったばかりでバイトもできず、泣き暮らす私を不憫に思ったのでしょう。両親が出世払いで資金を援助してくれることになり、1976年、名古屋のカトーサイクルで「ズノウ(ZUNOW)」のキャンピング車をオーダーしました。以降、私の青春は常にこの一台と共にありました。

 

1976年の部活動の記録

1976年、部活動の記録。ビワイチは現在ナショナルルートに指定されている

 

高校では自ら先生に頼み込んでサイクリング部を発足させ、部員を率いて琵琶湖一周(ビワイチ)を成し遂げたのも、このズノウでした。しかし、大人になり車の免許を取ると、あれほど熱中した自転車旅からも次第に足が遠のいていきました。それでも、室内で大切に保管し続けてきたのは、この自転車が私の分身だったからに他なりません。

 

愛車ズノウとの記録

愛車ズノウとの記録。しかし時は流れ……

 

就職、結婚、子育て……。そして2021年、還暦を過ぎた私を心筋梗塞が襲いました。身体の自由が利きにくくなり、人生の終い方を考える「断捨離」という言葉が頭をよぎるように。あちこちに錆が浮き、塗装も剥げたズノウを前に、私は激しく葛藤しました。バラして部品として売る道もありましたが、どうしても「誰かに、もう一度この自転車を走らせてほしい」という願いが捨てきれなかったのです。

 

1台が繋いだ、50年越しの奇跡

断捨離前のズノウなど

断捨離前、時がとまったままのズノウ(右上)

 

魂を込めた愛車を託す相手は、誰でもいいわけではありません。何人もの購入希望者をお断りし、最後に出会ったのが神戸から車で駆けつけてくれた男性でした。聞けば私と同い年。この人なら任せられると直感し、彼にズノウを託しました。

それから、彼とのメールのやり取りが始まりました。彼は私の想像を超える熱意でズノウを磨き上げ、当時の輝きを蘇らせてくれました。さらに驚いたのは、私がかつて夢見ながらも叶わなかった「四国一周」を、私の代わりに敢行してくれたことです。自分の分身が四国の風を切っている。その報告を聞くだけで、胸が熱くなりました。

 

新たなオーナーと四国一周するズノウ

 

そんなある日のことです。現在、私は琵琶湖畔にセカンドハウスを構えているのですが、彼から「ズノウに乗って琵琶湖ツーリングに行くので、立ち寄らせてほしい」と連絡が入ったのです。

約束の日、自宅の前に現れた彼の手には、あの復活したズノウがありました。50年前、私が先頭に立って部員たちとビワイチを走った、あの懐かしい相棒です。半世紀近い時を経て、まさか自分の目の前に再び現れるとは。夢にも思わなかった再会にこみ上げる涙をこらえ、小1時間ほど語り合いました。

 

レストアされたズノウ

完璧なまでにレストアされたズノウ。きっと幸せに違いないです

 

彼が奥様と共に再び走り出すのを、私は姿が見えなくなるまで見送りました。かつて自分が漕ぎ出した夢が、人から人へと受け継がれ、時を超えて叶った。これはまさに、自転車が起こしてくれた「奇跡」です。

一度は手放したはずの絆が、新しい持ち主によって再び輝きを放ち、私の人生を再び彩ってくれる。この先、このズノウがどんな景色を走り、どんな縁を繋いでいくのか。今の私には、楽しみで仕方がありません。

 

久保さんとズノウ購入者

 

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