猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第50回

目次

猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第50回

初めてのサイクルロゲイニングを楽しむ筆者。海の向こう側は山口県だ

坂バカ俳優、猪野学(いの まなぶ)。NHK BS1の番組「チャリダー★」で活躍する姿は、多くのサイクリストが知るところだ。Cyclist(サイクリスト)で連載中だった「猪野学の坂バカ奮闘記」が、サイト閉鎖にともないサイクルスポーツへお引越し。さらなる活躍をレポートしていく。今回は大分での、ちょっとまじめなお話だ(編集部)。

前回のお話(暑熱順化ライド)

 

転機というものは突然訪れる

今年から私は20年在籍した事務所を辞めて、古巣の「劇団青年座」の事務所に移籍する事になった。

劇団青年座は大分県の国東(くにさき)市で長年にわたり演劇の公演を手伝っている。そのご縁で何と私、坂バカを国東市の自転車イベントに呼んでいただいたのである。その名も「くにさきサイクルロゲイニング in KUNIMI」。

サイクルロゲイニングとは地図を頼りに自転車で複数のチェックポイントを巡り得点を競うイベントだ。レースと違い初心者や家族連れも楽しめる。

イベントの4日前に私は国東市に入った。市の職員が車で国東を案内してくれる。「猪野さんに国東のコース(坂)を引いてほしいのですよ!」とのことで、国東の内陸部、つまり坂へと誘われて行くのである。

その名は両子山(ふたごやま)。地元のプロチーム「スパークルおおいた」がトレーニングに使うほどの激坂がたくさんある! 国東の内陸部は坂天国だ!! いつの日か坂バカによる…坂バカのための……坂バカだらけのイベントを開催したいものだ。

 

突然の訃報

お昼ご飯を食べよう! ということで両子山を豊後高田市の方へ下山する。豊後高田には移籍した事務所の先輩、石丸謙二郎さんのお兄さんが営むそば屋がある。石丸さんそっくりのお兄様にごあいさつ。おいしいそばを頂いた。

石丸謙二郎さんのお兄様が営む「響」のおそば

石丸謙二郎さんのお兄様が営む「響」のおそば

 

豊後高田市には昭和の町というレトロな観光地がある。ここでは先輩の西田敏行さんが出演した「ナミヤ雑貨店の奇蹟」という映画が撮影された。くしくも明日は西田さんの命日だ。

一年前のあの日、四国一周1000kmのブルベを完走し心地よい疲労感のなかテレビを観ていたら、緊急ニュース速報が西田さんの訃報を伝えた。

意味が分からず固まってしまった……とにかく事務所に電話をしてみるが当然つながらない。

事務所デスクの携帯に直接の電話すると、事務所ではけたたましく電話が鳴り響いている。デスクいわく、今は警察の捜査が続いているとの事だ。

電話を切ってもその現実を受け入れる事ができなかった。私は今でもその現実をそしゃくしきれていないような気がする。あれから一年が経つわけだ。

せっかくなのでナミヤ雑貨店の映画のセットを見ようということになり、セットを探すがなかなか見当たらない。どうやら数年前に取り壊されたらしい。

今、当たり前のようにいる建物も人も、いつかはその姿を消す。

ノスタルジーに浸たりながら昭和の町を後にした。お次は「ツール・ド・国東」のコースを走りながら杵築(きつき)市へと移動した。

杵築城を見て城下町を歩いていると有料の重要文化財が現れた。聞くと先輩の石丸謙二郎さんがこの重要文化財に中学生まで住んでいたらしい。入館料は300円だ……わざわざ払って見るべきだろうか? 試しに私は「自分は石丸謙二郎さんと同じ事務所で後輩だ」と言ってみた。

すると受付の方は「あらぁ〜そうなんですか?それはそれは…じゃぁせっかくですから…」と手で中へと誘うしぐさをした。

猪野「え? いいんですか? なんだか悪いなぁ」。すると「300円になります」。当然だ!! 後輩の俳優だからと言ってただで入れるわがない!! 世の中はそんなに甘くないし何と言ってもセコい! セコさが過ぎる! 自分のセコさが嫌になる!!

私は自らのセコさにうんざりしながら石丸さんが住んでいた重要文化財を見学した。

 

“現実”をかみ締めた9kmのヒルクライム

せっかく国東に来たのだから“自転車で坂を頂きたい!”と申し出て、車に積んであったレンタサイクルを下ろした。

9kmくらいの上りだ…お借りしたレンタサイクルはフラットペダルだったが軽快に踏める。今年は調子が良い。車から市の職員さんとマネージャーが写真を撮影しながら応援してくれる。

この一年でずいぶんと私の環境は変わった。50歳を過ぎてからの事務所移籍はかなりリスクがあったが、「人」に恵まれた。

ありがたいことにまだこうして坂を上れている。この国東の地で、感謝のヒルクライムだ。

私はこの9kmのヒルクライムで…少しだけ現実を受け入れられたような……そんな気がした。自転車は自分と向き合うのにもってこいの乗り物だ。

レンタサイクルで坂を上る

レンタサイクルで坂を上る

 

転機に翻弄された一年だったが……今年はさまざまな自転車のイベントに呼んでいただき、助けられた。「人」と「自転車」に助けられたわけだ。

いつの日か恩返しをしなければ。

私のペダルはまだまだ止まらない。

大分を疾走する猪野学さん

稲穂が輝く国東市を疾走する筆者。レンタサイクルはハンドルが高い