シマノによる“自転車用オートマ変速”「Q’AUTO」は結局アリかナシか!?

目次

自転車用オートマ変速はアリかナシか!?

Presented by SHIMANO

シマノが満を持して投入した「Q’AUTO(クォート)」はAIによる学習機能を搭載し、ライダーの好みや癖を反映したオートマ変速を実現する“頭のいい”最先端コンポーネント。今回は自転車ジャーナリストの吉本 司がQ’AUTOを搭載したバイクを一週間乗り込んでAI学習を進めた後、その集大成としてツーリングへ出かけた。オートマ変速の真価とはいかに。

 

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【おさらい】Q’AUTOとは

ネスト・オートメート

シマノ・Q’AUTOが搭載されたNESTO(ネスト)の「AUTOMATE(オートメート)」(下で詳しく)

ロードバイクでは電動変速コンポがシマノ・105グレードまで搭載され、サイクリストにとって身近な存在になりつつある。この機能は従来の機械式よりも変速作業を簡単にしてくれるものだが、走行状況に合わせて最適なギヤ比を選ぶのはライダーの仕事であり、そこには経験や勘が必要とされる。シマノが新たに投じたQ’AUTOはオートマ変速の搭載により、経験や勘による差異、さらには変速そのものの煩わしさから解放される画期的なコンポーネントである。

Q’AUTOはシマノの電動変速Di2にオートマ変速を組み合わせたシステムだが、その制御はハブ、リヤディレーラーの2つのパーツで行うシンプルなものだ。さらにシフターを組み合わせればオート変速に加えて人為的な変速の制御もできる。また、105やGRXなど既存の電動変速コンポのシフトレバーと組み合わせも可能だ。

オートマ変速における頭脳となるのがハブだ。その内部には走行速度、斜度(平地、上り下りを判断)、ペダルケイデンス(速度とギヤ比から算出)を感知するセンサーを内蔵。この3つの要素を基にしてライダーに最適なギヤ比が判断され、電動変速を搭載したリヤディレーラーによって変速が制御される。

さらにこの頭脳にはAI機能が搭載されているのが特徴で、アダプティブラーニング(適応学習)により6561のパターンからライダーに最適なギヤ比が提供される。そして、走り込むほどにライダーの走り方の特徴が蓄積され、最適なギヤ比を提供する精度も高まってゆくのだ。つまり市販のバイクであってもQ’AUTOを搭載すると、自分だけの変速性能を備える1台となるのだ。

FH-U6060

FH-U6060(3万9779円) ハブ内にはダイナモ(発電機)と小容量のキャパシタ(蓄電器)が内蔵されており、必要な電源はホイールが回転することで発電・供給される。従来のDi2では別途バッテリーを必要としたが、Q’AUTOはそれがいらない

RD-U8050(2万9343円〜3万3880円) オートマ変速を実行するリヤディレーラーは、シマノが誇るDi2による電動式。スルーアクスルにある溝に沿って専用電子ケーブルが配置され、リヤハブから電源供給を受けて作動する。10、11段の変速を制御できる

SW-EN605

SW-EN605(1万5624円) ライダー自身で変速できるシフトスイッチもラインナップされている。無線式なので簡単に装着できる。AIによる変速学習が進むまではこのシフターを装備して、ライダーのギヤ比の好みを覚えてもらうのがおすすめだ

 

AI学習を進めた結果どうなった!?〜100km乗り込んでみた

クオートを乗り込んでみた結果

自転車ジャーナリスト・吉本司/スポーツバイク歴40年超の自転車ジャーナリスト。ロードバイクに軸足を置きながらもカバーする車種と遊び方は幅広く、機材、市場動向、レースまで深い知識を持つ。Q’AUTOからツーリングバイク製作の夢が生まれたとか

ネスト・オートメート

ネスト・オートメート(19万8000円)Q’AUTOの登場に合わせてネストが発売したクロスバイク。アルミフレームにより軽快な走りを演出。ケーブル類はフレーム内に収納され、シンプルでクリーンな立ち姿がアーバアンライドにもマッチする。シフトスイッチは標準装備されていないが、オートマ変速のAI学習を進めるために一定期間無料の貸し出しサービスもある

 

今回の最終目的はQ’AUTOで楽しむ三浦半島サイクリング。そこで同コンポを搭載したネストのクロスバイク「オートメート」をお借りした。そして、事前にこのバイクを一週間弱乗り込むことでオートマ変速のAI学習を進め、つまりは筆者色にQ’AUTOを染めて快適なツーリングをする算段である。

もちろん走り始めはライダーの特徴がゼロの状態。それでもこぎ出せば、ハブに内蔵されたセンサーに基づき地形や速度の変化によってオートマ変速が実行される。シマノいわく平坦基調の道を5~6㎞(30分)走れば、AIの学習機能によりライダーに適したギヤ比を提供しはじめるという。その精度は当然、乗り込めばAI学習の蓄積により高まる。今回の試乗車はシフトスイッチも装備されるが、あえて初日は触れずオートマ変速に任せた。

その状態でも、特に上り下りはオートマ変速が想像以上に積極的に働いてくれる。選択されたギヤ比はサイクリングペースで走るには不快に思えないほどだ。対して平地や緩斜面の上りではもう少しオートマ変速が活発に起きてほしい印象。重めのギヤ比で走らされる時間が長かったり、まだ軽いギヤ比にならないでほしいなど、少しちぐはぐな面もあった。

2日目以降はオートマ変速にシフトスイッチを併用しながら積極的にAI学習ライドを進めてゆくことに。少しでもギヤ比に違和感を覚えるようであればすぐにシフト操作をする。ライドの後半になると、平地での操作はかなり減ってきた。緩斜面の上りではシフトスイッチを操作することも少なくない。とはいえ2日目は25kmほどを走行してAI学習が進んだ気がする。

シマノ・クオートを学習させてみた

距離を重ねると「そろそろ変速かな?」というように、オートマ変速の頃あいをライダーが察するようになる。Q’AUTOとライダーが心地よいと感じるギヤ比とのシンクロ率が明らかに増してきた。緩斜面の上りも一定ペースで進むのなら、快適なギヤ比にかなり入ってくるようになった。徐々に自分色に染まっていくQ’AUTOは、なんとなく“育成ゲーム”をしているような面白さがある。また、心理的な変化も生まれ、オートマ変速に身を任せるような走りとなり、自然と一定ペースを心がけるようになるのだ。

4日目を終えると走行距離は70kmを超えている。信号と交通量が少ない道を一定ペースでライドするなら、もはやスイッチに手がかかることはない。何となく脚をリフレッシュしたいとか、気分に刺激が欲しいかの目的で、あえて速度やケイデンスをスパッと上げたいこともあるのだが、シフト操作をするのはそんなときぐらいだ。

街乗りだとストップ&ゴーが多くなるが、Q’AUTOはそんなときも強い味方だ。走り出しはローギヤから4枚目になる設定(アプリでギヤ位置変更可能)なのだが、停止するために減速していく(ペダリングが必要)と、この位置に自然に変速される。こぎ出すとすぐさまオートマ変速が発動されて最適なギヤ比となり、脚への負担も少なくスムーズな加速が可能だ。ストップ&ゴーは一番変速が頻繁になる場面だが、それをオートマ変速に任せられるのはかなり精神的にも体力的にも楽だ。自転車の操作に慣れない入門者であればなおさらの利点だろう。

結局、5日間で100km超を走った。シマノがAI学習の最初の目安とする約5倍だ。走行ペースがアクティブに変化するような場面ではシフトスイッチの発動も多くなるが、無理のないサイクリングペースで走るのなら、シフト操作の回数は相当に少なくなった。あくまで筆者の体感だが、初めてシフトスイッチを使った初日と最終日を比べると、その使用率は1/10以下となった印象だ。

当初はシフトスイッチをいじって自転車を走らせるという感覚だが、AI学習が進むとシフト操作の回数が減って自転車任せに走れるようになる。そこに物足りなさを覚えるかと思ったが、むしろこの“乗せられている感”は、疲れにくいし、安全にもなるので走りに余裕が生まれてくる。これは景色を楽しみつつ走るツーリング車としてのポテンシャルも高そうだ。そんな自分色に染まったオートメートで三浦半島へ繰り出すのは、もはや期待しかないのだ。

 

【まとめ】自転車用オートマ変速は何をもたらすか?

空に雲はなく、遠くに富士山が見える。サイクリングに絶好の冬日和である。今日の目的地は神奈川県にある三浦半島の城ヶ島。海鮮丼を味わうのだ。この季節にしては穏やかな風に背中を押されてごきげんな走り出し。スタートして5kmも走らないうちに海が視界に入る。よこすか海岸通りのまっすぐな道は車もまばらだ。Q’AUTOのオートマ変速は、ただペダルを回すだけ。余計なことを考えず、輝く水面を存分に目にしながら進む時間が心地いい。

サイクリングはロードバイクのように加速を楽しむものではない。景色を楽しみながらの走りには穏やかなペダリングが欠かせない。滑らかに、そして静かにオートマ変速が作動するQ’AUTOは、そんな走りに自然と寄り添ってくれる。

オートマ変速に目を奪われがちだが、Q’AUTOは変速が極めて滑らかであることが、もう一つの大きな魅力である。これは電動変速Di2もさることながら、カセットスプロケットの「LINKGLIDE(リンクグライド、以下LG)」機構の存在が大きい。LGはスプロケットの狙った位置で確実にギヤが変わり、なおかつスムーズで変速ショックが少ないように設計されている。オートマ変速はライダーが変速の意志を持たずに行われる、つまり“不意に変速する”状態であり、変速が不確実だったり脚に伝わるショックが大きいと、不快なだけでなく最悪の場合は落車にもつながりかねないからだ。シマノの技術者によればオートマ変速の実現は、LGの存在なしに語れない程に重要だったという。その言葉は実際にQ’AUTOを体験すると、より重みがある。

そんなことを改めて感じながら走っていると、ほぼシフトスイッチに触れていないと気がつく。もはや変速という存在自体を忘れつつある。自転車に身を委ね、地形の変化に合わせて無意識でペダルを踏んでいる。そして、平地を一定のペースで走っていると、やがて自転車の存在が消えるかのような錯覚に襲われる。ただ目の前に広がる景色をぼーっと見ているだけだ。変速操作という行為が省かれたことで、これほどに景色と自分だけの世界を楽しめるとは思いもよらなかった。

ルートも半分を過ぎるとアップダウンが現れる。ロードバイクだと上り坂の斜度が増すとつい頑張ってしまうものだ。しかし斜度が増すごとに速度が落ちてゆくとQ’AUTOは滑らかにオート変速を繰り出し、ギヤはあっという間にローに届く。それが良い意味で強制的に負荷の少ない無理なく走れるペースを演出してくれる。上りでもシフトスイッチはほぼ操作していない状態だ。もはやオート変速任せで走ることが快適になっている筆者である。

ふとこんな場所に立ち寄る余裕も出てくる

かれこれ40年も自転車に乗っているのだが、変速動作は自転車を操るうえで大きな楽しみだと信じていた。それこそDi2が登場したときは、変速が楽になった反面、物足りなさもあった。だから変速動作自体をなくすQ’AUTOの試みは面白いけれども、それはスポーツバイクに必要なのだろうか? という懐疑的なものだった。

もちろんロードバイクに乗って速さを追求するようなサイクリストにはオートマ変速は必要ないだろう。しかし、サイクリングという楽しみであれば、オートマ変速は断然ありだ。変速動作がないことでライダーに精神的なゆとりが生まれ、走り方がここまで変わるとは想像だにしなかった。もちろん性能は完璧ではない。もっと細かく変速する方がいい場面もあるので、シフトスイッチを組み合わせるとライドクオリティは上がる。とはいえAI学習を用いたオートマ変速のデビュー作としては、筆者が想像する以上の性能だった。

Q’AUTOの主なターゲットは入門者や気軽にサイクリングを楽しむようなライトユーザーであり、彼らにスポーツバイクをより身近に感じさせるものになるだろう。一方で筆者のようにスポーツバイクに慣れ親しんでいる者であっても、ツーリング、シティコミューティングといったレジャーや移動手段としてのサイクリングを楽しむことに重きを置くのであれば、Q’AUTOはその世界を高めてくれるに違いない。筆者は城ヶ島で海鮮丼をほおばりつつも、Q’AUTOでツーリング車を組み立てる妄想にかられるのであった。ごちそうさまでした。