猪野学 ネオ坂バカ奮”登”記 第46回
目次
人生初のクリテリウムに緊張気味の筆者。落車だけは何としても避けたい
坂バカ俳優、猪野学(いの まなぶ)。NHK BS1の番組「チャリダー★」で活躍する姿は、多くのサイクリストが知るところだ。Cyclist(サイクリスト)で連載中だった「猪野学の坂バカ奮闘記」が、サイト閉鎖にともないサイクルスポーツへお引越し。さらなる活躍をレポートしていく。今回は、人生初のクリテリウムに挑む。(編集部)
前回のお話(BRM1012徳島1000km 最終日)はこちら
クリテリウムに出場しませんか?
四国1000kmを終えて燃え尽きた感じがあったが坂バカ俳優であったが。ある日突然、番組プローデューサーから電話がかかってきた。「クリテリウムに出場しませんか?」
クリテリウム……それは市街地を封鎖して行う周回レースだ。私はこれまでロードレースは避けてきた。やはり「落車」を警戒してのことだ。落車で怪我をして仕事に穴を開けてしまうと俳優としてかなりリスクがある。しかし今回のクリテリウムは30分で終わるし出場人数も30人と少ない。それに最近はツールドフランスのゲスト解説をさせていただいているし、やはりロードレースの過酷さを体を張って一度は経験した方がいいだろう。おそらくこんなチャンスはもう2度とない!ということで私は人生初のクリテリウムに出場することになったのである。
地獄のショートインターバル
2025年3月2日(日)。場所は静岡県富士市。全長1.8kmのコースを10周する、「富士山サイクルロードレース2025」の男子マスターズに参加することとなった。この間まで1000kmという超長距離を走ってきたが今回はたったの約20km。しかし運動強度は倍となる……自転車競技は幅が広い。
今回出場するのはマスターズのカテゴリーだ。ロードレース男子部のアシストとして参加する。エースの伊織を勝たせるために序盤に逃げて欲しいとのこと……そう! 私が男子部のアシストなんてできるわけがないと思ったそこのあなた!
大正解!!
私は逃げるどころか地獄のクリテリウムを味わうこととなるのである。
午前8時にコース試走が始まる。男子部の面々と初めて走るわけだが試走から速い! 私は男子部のヤッシーの後ろに付かせてもらう。後ろで280Wだが何とか喰らい付く。
そしてクリテリウムの一番キツいところは何と言ってもUターン!! 180度、折り返しからのフルもがき!! 600Wを10秒間出さねばならない。何だたった10秒かと思ったそこのあなた!! 600Wの後に200Wに落とせれば何のことはない。しかし600Wの後も280Wで踏み続けなければならない! まさに地獄のショートインタバールなのだ。
試走を終えて私は悟った。もって半分の5周だな……しかし! しかしだ! クリテリウムは展開によって緩む瞬間がある! YouTubeで過去のレース動画を見てもスタートして3周くらいは削り合いのアタック合戦だが、そのうちにお見合いになりペースが緩む。ペースが緩めば完走もあり得る!!
なんとも低い志でいざ! スタートっ!! いきなり有利な前方を取ろうと激しいポジション争いが始まる。あっという間に最後尾だ。ひとつめのUターンを折り返しバイクペーサーが居なくなりリアルスタート!! いきなり全員フルもがき! ようこそ最大心拍数!!
スタート&フィニッシュの反対側の車線は若干の下り基調でとにかくスピードが速く時速50km近く出る。そこからフルブレーキでふたつめの折り返し。350W〜600W〜350Wが延々と続く。ダメだこりゃっ!! ペースが速すぎる!! 私は自転車競技で初めて競技中に「お祈り」した。逃げ決まれ! 逃げ決まれ! 逃げ決まれ!集団ゆるめ! 集団ゆるめ! 集団ゆるめ!
しかし一向にゆるまない集団。おかしい……YouTubeだとそろそろ緩む頃だが一向にペースが緩まない。これはもしや? チャリダーあるあるだっ!?(説明しよう! チャリダーの撮影が入るとみんないつもより頑張ってしまう心理をチャリダーあるあると言うのである)
流れるドナドナ
何とか最後尾で喰らいつくもこのペースはキツい。3周目を迎えた頃に我慢しきれない選手たちが千切れはじめた。まずい……このままだと「中切れ」に遭う。何とかポジションを上げたいが私も限界が近い。
その時だった!! 4周目の折り返しで私の2人前の選手が中切れを起こした!! マズいっ!! すかさずギヤを上げて集団復帰をしようと踏むが時すでに遅し。集団から少しでも間があけば復帰することは難しく……2度と戻れない。千切れたら「終わり」なのだ。
じわじわと遠のいて行く集団……私の脳内にドナドナの曲が流れ始める。「あ〜るぅ〜晴れたぁ〜昼下がりぃ〜市場へ続くみちぃ〜ドナドナド〜ナァ〜ド〜ナァ〜♪」
中切れにあった3人で「回しましょう!」と何とか完走を目指す。とそこへ赤旗を振るおじさんが現れた。ロバを買い取る市場のおじさんだろうか? そんなことはない、脚切りを告げるレース・スタッフだ。クリテリウムは集団から1分遅れるとそこでリタイアとなる。
無常だ……私の初クリテリウムはたった4周で終わってしまった。自転車競技は厳しく「やっていないことはできない」。完走するには350W〜600W〜350Wのインターバルトレーニングが必要だったわけだ。
一緒にリタイアした選手たちが「今年は速すぎましたね……いつもは途中でゆるむのですが今年はゆるみませんでした」と励ましてくれた。私は少しホッとして改めて視線をレースに戻すと見事に集団はゆるんでいた。まるで私が千切れたことを確認したかのように(おそらくそんなことはないのだが)。そういうものだ……人生とはそういうものだ。
結局レースは男子部の伊織が3位入賞。優勝したのは30代の若者だった。30代と50代が同じマスターズ……人生とはそういうものだ。
自転車人生初のリタイアという屈辱を味わってしまったわけだが後悔はない。やらないよりは、やった方がいい……我々は経験するために生きているとどこかの哲学者が言っていた。私は今回クリテリウムの緊張感! 臨場感! そして日常離れした速度域を経験することができた。自転車競技は幅が広く経験するにはもってこいの乗り物だ。クリテリウムはさまざまな街で開催されてヒルクライムより出場しやすい。あなたも地獄のショートインターバルを経験してみてはいかがだろうか?














