藤村一磨が参戦! “ジュニア版ツール・ド・フランス” から見る進化するU19カテゴリーのいま【後編】

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昨今めまぐるしい変化を遂げるU19世代のスタンダード。大会のレベルが上がり、チーム体制が強化され、プロ入りをかけた真剣な戦いの場となるU19のいまをU19チームのアンバサダーを務める別府史之さんが解説する。日本の若手選手には「まずは現場を知ることが大事」とアドバイス。

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ラポム・マルセイユの選手たちと同チームのアンバサダーの別府史之さん

ラポム・マルセイユの選手たちと同チームのアンバサダーの別府史之さん

低年齢でのプロ入りが増える昨今のスタンダード

「NOS JUNIORS D’AUJOURD’HUI SONT VOS CHAMPIONS DE DEMAIN
( 今日の私たちのジュニア選手が、明日のあなたたちのチャンピオン)」

そんなスローガンで開催されていた今年の「アン・ビュジェイ・ヴァルロメイ・ツール(以下ヴァルロメイ・ツール)」。2013年にはマチュー・ファンデルプール(オランダ)が総合優勝するなど、歴代の上位入賞者の多くはその後、プロとして活躍している。現在UCIカテゴリーのU19の大会は欧州を中心に、ワンディレース、ステージレース、それぞれ年間20レース超開催されているが、そのレベルは高まる一方だ。ヴァルロメイ・ツールでは「U19アカデミー・ラポム・マルセイユ・プロヴァンス(以下、ラポム・マルセイユ)」のエース、ドゥコンブルは個人総合優勝という目標には届かず、個人総合16位でレースを終えることになったが、彼の調子が万全でなかったことに加え、より強い選手が集まり、大会のレベルが確実に向上していると関係者は口を揃える。

 

ヴァルロメイ・ツール大会ディレクターのヴィヴィエールさんと大会創始者のガンバドゥさん

ヴァルロメイ・ツール大会ディレクターのヴィヴィエールさん(左)と大会創始者のガンバドゥさん(右)

 

なかでも目立つのは、UCIワールドチーム傘下のU19育成チームの存在だ。近年、いくつかのワールド/プロチームがU19の育成チームをもつようになった。もしくは既存のU19チームと強い繋がりをもっている。初日のチームタイムトライアルを制し、レースをリードしたのはボーラ・ハンスグローエの公式育成チームであるTeam Auto Eder(ドイツ)。またAG2Rシトロエン、トタルエネルジー、ウノエックス、スーダル・クイックステップ、バーレーンヴィクトリアスなどの関連チームも出走。U19ながら、ワールドチームさながらのチームキットに身を包んだ選手たちがスタートラインに並ぶ。

 

Team Auto Eder

ボーラ・ハンスグローエの公式育成チームであるTeam Auto Eder

ヴァルロメイ・ツールに出場したAG2R・シトロエンU19

ヴァルロメイ・ツールに出場したAG2R・シトロエンU19。同チームはU23のチームも所有

ヴァルロメイ・ツールのスタート地点

毎朝スタート地点では各賞リーダーに加え、ナショナルチャンピオンも前に並ぶ

 

その背景には、ワールドツアーで才能あふれる若手選手が台頭してきている現状があるだろう。ついこの前まで「U23でプロ契約を取る」というのが、業界の定説だったはずだが、気がついてみれば「U23でグランツールを制する」のが特別ではなくなってきている。U23でワールドツアーで活躍する選手というのは、すでにU19から頭角を表しており、現在ワールドチームのスカウト陣は、U19でのタレント発掘に熱を入れているのだ。

10年前、ワールドチームの獲得選手におけるU23選手の割合は13.8%(130名中18名)だったが、2023年は28.5%(112名中32名)まで上昇。フランスのグルパマFDJは、獲得選手7名がすべて傘下のU23育成チーム出身の選手で、U23の2年目(20歳)、3年目(21歳)のワールドチーム加入も目立っている。つまり、プロ選手をめざすなら、U19、遅くてもU23の1年目、2年目で結果を出してプロ契約を取るのが、昨今のエリートコースと言えるだろう。U19でプロ契約を結ぶ選手も増えており、ラポム・マルセイユのエース、ドゥコンブル選手にもワールドチームからのオファーがあるという。

 

マキシム・ドゥコンブルがインタビューを受ける

U19トップ選手のラポム・マルセイユのエース、マキシム・ドゥコンブルがインタビューを受ける

 

U19の夢が詰まった真剣な現場を、まずは知ってほしい

昨今のプロトンで、屈指の長さとされる17年間のプロキャリアをもつ別府史之さんが、ヴァルロメイ・ツール初日に会場を訪れ、生まれて初めてのチームタイムトライアルに挑む藤村一磨(宮崎県県立都城工業高校)ら若手選手にアドバイスを行った。彼の目から見ても、現在のプロトンの変化は顕著だ。

「今までU23というカテゴリーで、たとえばツール・ド・ラブニールのようなプロへの登竜門的なレースで勝てば、プロへの切符が掴めるというのが王道だった。ただ、現在はもうプロチームのスカウトがそこじゃなくて、もっと早い段階のU19の選手に注目し、その世代から面倒を見るようになってきている。ラブニールで勝つような選手はU19から強い。U19から選手を育てて、彼らがU23で活躍して、そのままプロになっていくという流れに変わってきている」。

 

別府史之さんが藤村一磨にタイムトライアル走行のアドバイスを行う

別府史之さんが藤村一磨にタイムトライアル走行のアドバイスを行う

 

いったいその変化の背景には何があるのか? なぜより若い選手に熱視線が注がれているのか? 別府さんはこう分析する。

「昔は若いうちからプロのレースを走らせると故障の原因になったり、選手の成長過程で無理をさせたらいけないという雰囲気があったけど、今は科学的にそういったものも進化して、トレーニング方法や食事などの栄養面も早い段階でプロと同じようなシステムを作ることができる。そのような点に気を配れば、早い段階から選手を育てることができる。そして何よりも若い選手には選手としての伸びしろが期待できる。U23を卒業してからプロになると、5、6年でもう30近い年齢になる。そのような年齢を迎えてからプロとして育てていくよりも、やはりU23でプロになって、そこから先、さらに長い時間をかけて、エリートとして育てていけるメリットは大きいと思う」。

ラポム・マルセイユのアンバサダーを務めている別府さん。高校卒業後に渡欧し、ラポム・マルセイユのアマチュアチームで活動し、そこからプロになった経歴をもつ。長い歴史をもつラポム・マルセイユは、時代とともにチーム体制を変化させているが、その根底にあるのは、地元南仏から外国勢まで、すべてのプロをめざす若い選手たちに門戸を開き、強豪アマチュアチームとしての育成活動。そして、これまで50人以上のプロ選手を輩出してきた。別府さんは「ラポム・マルセイユ時代に、自分はサイクリストとしても人としても大きく成長することができた。アンバサダーを務めているのは、自分と同じような経験をより多くの若い選手たちにしてほしいから」と話す。

現在、ラポム・マルセイユは、4歳からの自転車教室、U15、U17、U19のチームで編成されている。今回のステージレースは、“U19のクラブチーム”としての参加だが、監督、メカニック、マッサー2.5名(一人は理学療法士)が帯同。2台のチームカーにメカニックバン、無線(タイムトライアルステージで使用)、スペアバイクなど、その装備はプロチームと変わらない。またチームにはスポンサーが付いていて、スポンサーとの関わりもこの年代から学んでいく。そして、そのようなチーム環境のなかで、ヴァルロメイ・ツールのように公道を使用した1日100kmを超えるラインレースを走る。それがヨーロッパのU19世代のスタンダードだ。

 

コース情報をもとにチーム監督が選手たちと作戦について話し合う

コース情報をもとにチーム監督が選手たちと作戦について話し合う

レース後にマッサージを受ける

レース後にマッサージを受ける。マッサーはマキシム・ブエの父親でワールドチームのアルケアでも働くジェラードさん

マッサージの前には氷を浮かべた冷水に浸かり、回復を促進させる

マッサージの前には氷を浮かべた冷水に浸かり、回復を促進させる

チームカー

選手6名分のスペアバイクを積んだチームカー。29チームのチームカーが走行する

無線を使用したチームタイムトライアルに初めて挑んだ藤村一磨

無線を使用したチームタイムトライアルに初めて挑んだ藤村一磨

 

「U23のチームが今まで“セミプロ”と呼ばれていたけど、今はすでにU19でそのようなチーム作りをしている。もちろんU19はまだ高校生の年代なので若すぎるって思われるかもしれないけど、学ぶことに対してすごく前向きであれば、早ければ早いほど、言葉だったり、カルチャーを含めても、いろいろなことを学べると思う。ラポム・マルセイユのU19のチーム名に“アカデミー”と付いているのはそういうことなんです。興味をもって成長していくことが重要視されているんです」。

日本とはヨーロッパの環境が違うのは事実だが、日本の若い選手たちも本気でプロを目指すならば、まずは現場を知ることが大事だと話す別府さん。

「ここで戦ってる選手たちは17歳、18歳だけども、若いときにしかできない夢に向かって走り続けてる。ここは若い夢が詰まっている場所だと思います。みんなこの短い期間でプロになれるかなれないかという瀬戸際で走ってる。日本の若い選手たちも本気でプロを目指すならば、まずは自分や今回経験を積んだ藤村選手など、この世界を実際に知る人に話を聞いて、競技の世界で戦うことはこういう厳しい現実があるということを知ることが大事だと思います」。

時代とともに自転車競技界のスタンダートは変化している。