2021全日本トラック 男子オムニアム詳報 若手の台頭とベテランの葛藤
目次
トラック・オムニアムは4つの異なる種目で争い、獲得総ポイントで順位が決定する競技。12月12日に行われた2021全日本トラック・男子オムニアム決勝には、大会初日の予選を経て勝ち上がった20人の選手が出場した。
優勝したのはチームブリヂストンサイクリングの21歳、兒島直樹。レースのターニングポイントを振り返りつつ、抱えた思いなどを紐解く。
第1種目:スクラッチ
第1種目のスクラッチレースは、ロードレースと同様にフィニッシュの着順で順位が決まるレース。
残り8周で抜け出した兒島直樹(チームブリヂストンサイクリング)、河野翔輝(チームブリヂストンサイクリング)、松田祥位(エカーズ)の3人が抜け出し、そのまま先行してフィニッシュ。4番手争いの集団頭には今村駿介(チームブリヂストンサイクリング)が入った。
1種目を終えてトップとなった兒島は、「オムニアムのスクラッチは結構ミスしがちだったので、あそこで1位が取れたというのは本当に幸先が良くて、次のテンポレースからこのポイントを守ってやるぞという気持ちで臨めました」と振り返った。
第2種目:テンポ
1周ごとに先頭通過した選手にポイントが加算されていくテンポレース。
橋本英也(チームブリヂストンサイクリング)がスタートの号砲からいきなりの飛び出しを見せたが、すぐに吸収される。
その後、競輪養成所に入所中の近谷涼(チームブリヂストンサイクリング)の抜け出しを機に、チームブリヂストンサイクリングのメンバー同士の点の取り合いが始まった。
集団から抜け出す形で、今村、山本哲央(チームブリヂストンサイクリング)、橋本、兒島の4人が前に出る。その追走で単独の近谷が続いた。
4人が集団ラップ(追い越し)すると、先頭は近谷に変わったが、そのタイミングで集団から伊澤将也(鹿屋体育大学)と佐藤健(日本大学)の2人が抜け出し、一気に近谷をパス。しかし、フィニッシュに向けて集団が加速し、抜け出した全員を吸収した。
残り2周でポイントを獲得した橋本がそのまま単独で先行し、フィニッシュへと先着した。2番手は今村。
第3種目:エリミネーション
この時点でのトップは、76ポイントで兒島。4ポイント差で今村が迫る。
2周ごとに最後尾の選手が除外されていくエリミネーションでは、常にブリヂストン勢が脚を使って前を固め、人数を減らしていく。
ラスト5人のところでこの時点でのポイント首位、兒島が除外された。
「とりあえず後ろに行かなければ落ちることはないので、もうすごい脚を使ってずっと前の方に位置していました。人数が少なくなってきたところで、もっと周りのことを見られていなかったというのもあるんですけど、自分の甘さが最後に出てミスした感じでしたね。もう少し上の方で、ゴールしたかったんですけど、まあしょうがないです」
兒島はこう振り返る。
残ったのは橋本、今村、近谷、谷内健太(京都産業大学)。
ここまでいい位置取りを続けていた谷内が次のエリミネート周回でドロップ。
その後、近谷が仕掛けるが橋本と今村はしっかりついていく。さらに橋本と近谷が見合っている後ろで隙を見てアタックを仕掛けた今村が抜け出し、差を開きにかかったが橋本はすぐに追走を開始。
今村に橋本が追いつくと一度スピードが緩み、ラスト1周に入るところで一気に橋本がアタックをかける。しかし、猛追した今村が最終コーナーからフィニッシュラインのところで橋本をかわし、今村がトップでエリミネーションを終えた。
第4種目:ポイントレース
オムニアム最後の第4種目ポイントレースは、第3種目までで獲得したポイントを持ち点としつつ、10周ごとに訪れる計10回のポイント周回で4着までに与えられるポイントを争い、レース終了時点での最終獲得ポイントで順位が決定する。ポイントレースでは、ポイント周回の他、集団をラップすれば+20ポイントが与えられる。
3種目を終えて、ポイントトップは今村の112ポイント。その後ろには兒島が108ポイント、橋本が106ポイントで迫る。
序盤は、多くの選手が代わる代わるアタックしていき、ポイント周回をこなしていく。首位の今村が動くと全員がついていくという展開に。
レース中盤を過ぎた頃、「もう何回アタックしたかも覚えてない」ほど何度もアタックし続けた兒島が抜け出した。
橋本は、「僕がラップするためには誰かがラップするしかないので。そこで兒島くんが行って、そこから僕の脚があれば良かったんですけど、今村くんも強いし、兒島くんも強くて。僕がラップできる体力残すことができなかったです。僕自身のコンディションが落ちてるのもありますし、今村に関してはすごく今回は強いですね。間違いなく良くなってきてます」と話す。
集団では、橋本が「レースを荒らす役」として、今村に先頭を引かせようとうまく立ち回る。
逃げた兒島はスプリントで今村に対して勝ち目はないと踏んでいた。
「ラップ決めないと、やっぱり今村選手にはスプリントで勝てないと思ってたので。アタック、アタックでようやく(抜け出しが)決まったので、そこで頑張って逃げようと思って。今村選手が追ってたのも見えていたんですけど、最後まで気持ちを切らさずに(集団に)追いつくまで頑張っていきました」
兒島が単独のまま7回目と8回目のポイント周回をトップで通過しつつ、集団をラップ。ポイント首位へと躍り出た。兒島は今年、インカレのオムニアムでも一人抜け出してポイントを獲得していき、優勝を手にしていた。
「インカレのときに、これが僕の勝ちパターンなのかなっていうのが確立されたというか。全日本選手権で通用するかは分からなかったんですけど、一か八かで挑戦者として狙っていきました。しっかり決まったのは本当に今後の自信に繋がるかなと思います」
兒島がラップした後、今村がさらに抜け出そうとするが兒島はしっかりとマーク。9回目のポイント周回を今村、兒島の順で通過。
残すは最終周回でのポイントのみ(フィニッシュでは1位通過に10ポイント与えられる)。今村は集団ラップのチャンスを掴むことはできなかったが、ラスト一周で集団中程から一気にスプリントをかけ、フィニッシュは1着でポイントを上積みした。全体の優勝は、単独抜け出しでポイントを重ねた兒島となった。
”見応えのある”レース
兒島は、全日本タイトルはトラックでは初めて獲得。今年10月に行われた全日本ロードレースU23カテゴリーでの優勝以来、2枚目のナショナルチャンピオンジャージ獲得となった。
しかし、エリミネーションを見ていても、最後に残ったのは今村と橋本。これまでの戦績的にもこの二人での優勝争いが予想されたが、兒島はその隙をつくこととなった。
「やっぱりオムニアムが始まる前とかはその2人(今村と橋本)が一番注目されてたと思うんですけど、2人がマークしあってる中、自分がちょっと……間を割って、トップ狙えたらなと思ってたんで、それが実現できたのですごく良かったです」
言葉では少し恐縮しながらも、強気の走りで見せた兒島が、新たな勢力として代表枠を争う一人となっていくはずだ。
「そこまでの力はまだないと思うんで、来年の全日本選手権ではもっといい感じに戦えるように、力をつけていきたいと思ってます」と兒島は話した。
また、東京オリンピックの会場として使われた伊豆ベロドロームでのレースということで、気持ち的に変わった点は何かあったか尋ねると、こう返ってきた。
「オリンピック会場というのもあり、気持ちが高ぶるのもありました。すごくハイレベルな争いをしてた会場だったので、それと同じにはいかないんですけど、全日本選手権でもレベルが高いレースができたらなと思っていたので、見応えがあるのかはわからないですが、僕たちからしたらもうすごいタフなレースだったかなと思います」
兒島が言うように、特にチームブリヂストンサイクリングのメンバーを中心として、レースレベルを上げようとする積極的な動きが多く見られた。バンクの幅をいっぱいに使いながら常に前へ前へと動き、ただポイント周回を待つというレースでなく、常にラップを狙いに行くレースをしていたように思える。
話を聞くと、ナショナルチームに所属する選手たちのほとんどは、全日本というタイトルは一つの通過点であって、喉から手が出るほど欲しいものではないように感じる。だからこそ守りに入る暇もなく、ある種トレーニングの一環として、それぞれが思った挑戦をできる場となっている。今回のように実力が拮抗してるメンバーいればいるほど、さらに見応えのあるレースとなっていくのだろう。
前回王者の葛藤
前年の全日本オムニアム優勝者である橋本は、東京オリンピックという一つのピークを終えて、コンディションを落とし、今大会、ここまでのレースで精彩を欠いていた。また、全日本前のトレーニングで腰を痛めており、欠場も考えるほど本調子とは程遠い状態だった。
しかし橋本は、観客の前でレースを走ることを最も楽しみにしていた内の一人のように思う。応援してくれる人を前に、思ったように走ることができないもどかしさや、やるせなさのようなものを感じていたようで、「僕ももうちょっと、かっこいいとこが見せられたらいいんですけどね。ちょっと今回はもう脚が……」と唸った。
若手の活躍と自身の走りを振り返るたびに「まだまだ」と何度か口に出したが、それはまるで自分に言い聞かせるようで、言葉を紡ぐほどに目が潤んでいった。
橋本が全日本のタイトルを初めて取ったのは、高校生の時。そこから10年もの間、日本のトラック競技界の最前線を走ってきている。27歳(12月15日で28歳)という年齢で、周りを見ると引退という文字も浮かぶ。
「自分もいずれかは引退するんですけど、僕としての役割は今村くんだったり兒島くんだったり、僕より強い選手をもっといっぱい輩出して、いい選手を育てられるようにすること。競争があればあるほど選手は強くなるので、今はコンディションが良ければ、トップの方でやってますけど、新たな波に飲まれないように、まだしっかりもがいて、走って、もしそこに僕がいなくてもオリンピックなどでしっかり活躍できるような選手を作っていきたいなっていうのがありますね」
トラック競技、競輪、ロードと3足のわらじを履く橋本には、どの分野においてもまだ上がある。
「10年も経ってますけど、まだまだ、しっかり熱を持って自転車に向き合いたいなと思ってます」
もちろん今回は不調もあるが、日本のトラック中距離において、これまでのように橋本が一強という時代ではなくなったのかもしれない。かつてないほどに見える焦燥感は、橋本を今後どう動かすだろうか。
男子オムニアム リザルト
1位 兒島直樹(チームブリヂストンサイクリング) 154pts
2位 今村駿介(チームブリヂストンサイクリング) 141pts
3位 橋本英也(チームブリヂストンサイクリング) 118pts
日本自転車競技連盟(TRACK)
https://jcf.or.jp/track/
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