Jプロツアー群馬6月大会 小林海が国内で得るもの

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6月12日、群馬サイクルスポーツセンターにてJプロツアー群馬CSCロード6月大会が開催された。162kmのレースを制したのは、小林海(マトリックスパワータグ)だった。
レースの展開で選手たちが持った思いを切り開く。
 
 
 

日本国内で吸収できること

単独でフィニッシュラインを切る小林海

単独でフィニッシュラインを切る小林海

「UCIレースとかではないですけど、どのレースも勝つの大変なのでうれしいです。僕、勝ったの5年ぶりなんですよね。ずっとヨーロッパで走ってたんで、勝てないじゃないですか。プロコン(現在のプロチーム)で、HCのレースとか、そんなの全然勝てなかったから。だから、すごくうれしいですね」

U23のとき、スペインのレースで勝ったのを最後に5年ぶりの勝利を手にしたマトリックスパワータグの小林海(マリノ)はこう話した。

小林はこれまで、スペインのアマチュアチームやNIPPO・ヴィーニファンティーニなどに所属し、主戦場をヨーロッパに置いていた。しかし、昨シーズンからコロナの影響でレースがなくなり、昨シーズン後半からマトリックスパワータグに合流。日本のチームで吸収できること、日本にいる意味を探した。

「ホセ(・ビセンテ)が、やっぱり日本でシーズン中ずっと強いじゃないですか。かなりそういうこともホセに聞いて、コンディションの維持の仕方とかもホセや先輩の選手に聞いて。普段コーチもついているんですけど、データのことだけじゃなくて、現実的にそれができている人たちに教えてもらうのってすごく貴重なことなんで、そういうことのおかげですね。チームのみんなのおかげです。
それもあって僕はマトリックスに入りたかったんで。やっぱりまだまだ全然自分は伸び代あると思っていて、僕には分からないいろんなことを教えてくれる先輩選手たちがいるところに行きたいなと思ったんで良かったです」

昨年までは全日本を狙うと話していた小林だが、それもどうやら変わったようだ。中止が決まった6月の全日本に向けて調子を合わせていたわけではなかった。

「去年の終わりは、全日本にまた(合わせに)と思ったんですけど、何か新しいことがしたかったんですよね。せっかく日本にいて、いつもと違うシーズンなんで、何か違うことやりたいなと思って。あんまりどこに合わせるというのは考えないで、シーズン通してそこそこいい感じで走れればなって思っていたので。この後、これがちゃんと維持できて、後半戦もこんな感じで走れるかどうかはまだわからないんですけど、やったことがないんで。でもそういうことをやりたいですね、このシーズンは」

小林は、コロナによって流動的な期間であろうとも国内で吸収できることを貪欲に探し続ける。

 

大所帯の逃げ

バックストレートからスタートする選手たち

バックストレートからスタートする選手たち

ローリングスタートを切る前

ローリングスタートを切る前

5月22日にJプロツアーを主催する全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)から、『セレクションレース制度』が導入されることが発表されており、この群馬大会で初めてその制度が実施された。
この制度は、JBCFに登録しているチームの選手でなくとも一定の条件をクリアすればJプロツアーのレースに個人資格として参加できるというもの。
主に、初戦の宇都宮ラウンド以来レースを開催できていないジャパンサイクルリーグ(JCL)の選手たちにレースを走る場を与える、いわゆる救済措置といっていいだろう。
今回はJCLに所属する一部選手だけでなく、MTB五輪代表内定候補の山本幸平や昨シーズン、デルコ・マルセイユワンプロヴァンスで走った岡篤志などもこの制度を利用し、レースに参加していた。

またしても会場は群馬サイクルスポーツセンターであったが、今回は1周6kmのコースを初めて逆回りする27周回のレース、総距離162kmで行われた。
少し肌寒さの残りつつも青空がのぞき始めると一気に気温が上がった朝8時半。いつもとは違うバックストレートから計101人がスタートを切った。
1周弱のローリングスタートを終えると、アタック合戦が始まった。

岡篤志

岡篤志も久しぶりのレースに復帰。宇都宮ブリッツェン所属時代より調子がいいと話したが、落車リタイヤ。所属チームは不透明な状態が続いているとのこと

レース序盤には落車が発生。しばらくレースを走っていなかった岡も問題なく集団前方で機敏に動いていたが、自転車の整備ミスによって落車してしまう。

さらには、前週の全日本学生選手権個人ロードタイムトライアルでぶっちぎりの優勝を果たした留目夕陽(エカーズ)も落車。頭を打ったことで大事をとってのDNFとなった。

16人の大きな逃げグループができる

16人の大きな逃げグループができる

その後も毎周回飛び出すメンツが変化していく中、序盤に16人と大きな逃げグループが形成された。

マトリックスパワータグからはホセ・ビセンテ、小林海、小森亮平、安原大貴の4人、チームブリヂストンサイクリングから沢田時、徳田優の2人、シエルブルー鹿屋からは石橋学と冨尾大地、愛三工業レーシングチームは渡邉歩と岡本隼、宇都宮ブリッツェンは西村大輝、及川一総、あとは単騎で井上文成(弱虫ペダルサイクリングチーム)、山本幸平、西本健三郎(エカーズ)、西尾勇人(那須ブラーゼン)という16人。
有力チームが一通り逃げにメンバーを送ったことで集団は横に広がり、一気にペースが緩んだ。タイム差は4分半ほどまで広がった。

横いっぱいに広がった集団

横いっぱいに広がった集団はペースが緩む

群馬のコースは、普段の回り方であれば大抵、心臓破りの坂が勝負を分けるアタックポイントとして使用されるが、それも今回は下りとなる。
1周のラップタイムは8分半~9分ほど。大きな上りはなく、沢田時曰く「結構重いギヤで踏み切れるぐらいの上り」。それゆえに終始踏みっぱなしのコースレイアウトとなった。

ブリヂストンが集団を牽引する

ブリヂストンが集団を牽引する

レース中盤以降、チームブリヂストンサイクリングが集団先頭に固まり、牽引を始める。逃げに4人乗せた強力なマトリックスの布陣に対して勝機を得るためには振り出しに戻す方が良いと考えたためだ。
ブリヂストンでは、振り出しに戻った際に勝負できる窪木一茂と今村駿介を残し、橋本英也やその他の若手選手を中心にローテーションを回し、タイム差4分半のところから2分半ほどまで縮めたが、そこからがなかなか縮まらなかった。

「他はみんな主要どころは、行く気はなかったんですけど、とは言え、うちは追わないと。そうしないと全員リタイヤですよ、あの集団」
若い選手たちの経験のためにもと、牽引を指示したブリヂストンの宮崎景涼監督は話す。

ブリヂストン、マトリックス、愛三工業、弱虫ペダルの並びでチームごとに隊列が組まれ、その後、リオモ・ベルマーレなどが牽引に協力したが、力を使い切ったブリヂストンが崩壊すると、組織だって追おうとするチームは現れず。その後も今村など数人がジャンプしようと試みたが、時すでに遅し。結局逃げ集団の逃げ切りを容認することとなってしまった。

リオモの才田直人

リオモの才田直人も牽引に協力

バラバラの状態の集団

組織的に追いつこうとするチームは現れず、バラバラの状態の集団

弱虫ペダルサイクリングチームでは、一人逃げに入った井上だったが、今回、チーム内での役割分担ができたと話す。
「今回チームとして前半動く選手と後半脚溜める選手と、しっかり役割分担した中で、自分は前半に動くっていうことだったんで、しっかり(逃げに)乗るっていうのができて、それは良かったです。乗ったら乗ったで、後ろは後ろでこの前TOJ(ツアー・オブ・ジャパン 東京ステージ)で1位になった川野(碧己)がいて、入部(正太朗)さんも控えてたんで、あんまり脚を使わずに、回すことを意識して。それでもうタイム差もだんだんあんまり縮まらなくなってきたので、これいけるなと思って、できるだけ省エネで行ってという感じでしたね」

逃げに乗った弱虫ペダルの井上

逃げに乗った弱虫ペダルの井上

弱虫ペダル

弱虫ペダルの後方待機組となった入部や川野。入部は「僕が後方待機のときはいつも勝ち逃げっていうジンクスが……」と苦笑いしていた

 

逃げ集団での数と経験の優位性

ラスト10周を過ぎると、逃げ集団でもペースが揃わなくなってきており、落ち着かない雰囲気に。
シエルブルーやマトリックス、ブリヂストン、愛三工業など逃げに複数人数を入れたチームの選手たちが中心に波状攻撃を仕掛け、数人がこぼれ落ち始めた。

逃げに4人メンバーを送り込んだマトリックス

逃げに4人メンバーを送り込んだマトリックスは、5人入れろと言われていたとのこと

逃げに4人という最多のメンバーを入れたマトリックスは、特に話をすることも少なかったと小林は話す。
「そんなに話してないんですけど、僕かホセかって感じではあったと思うんですね。みんなもう共通認識であんまり喋らなくても、小森さんがすごいやってくれたんですよね。やっぱりそういうとこも別に話さなくても、ベテラン選手なのでみんなが自分の役割を分かっていてくれてるんで、本当に楽です。何もなくてもやってくれるんで」

シエルブルーの石橋

シエルブルーの石橋が抜け出そうと何度もアタックを仕掛ける

ホームストレートで冨尾が単独で抜け出す

ホームストレートで冨尾が単独で抜け出す

打ち合いの末、緩んだタイミングを見計らい、冨尾が一人抜け出した。
「周回板見てあと7周ってなっていて、最初は、うわ、あと42kmかっていうのが正直なところで。
僕、中盤、飛び出す前とか結構きつかったんですけど、やっぱり石橋さんがどんどんアタックしている姿も今までずっと何も出来ずに見ていただけだったんで。レースが緩んだタイミングで、一人でしたけど、積極的に行けて本当に良かったかなと思います」
1人ということもあり、追走とのタイム差はすぐに1分ほどまで広がった。

シエルブルーの冨尾が単独先頭に

シエルブルーの冨尾が単独先頭に

小森が冨尾を一人で追う

小森が冨尾を一人で追う

後ろからは小森が単独で冨尾を追いかけたがなかなか縮まらず。しかし、そのおかげで後ろではマトリックスの他のメンバーを休ませることができていた。

ホームストレートで4人が抜け出す

ホームストレートで4人が抜け出す

残り4周で小森が追走集団に吸収されると、ホームストレートでその中からさらに小林、井上、渡邉、沢田が抜け出す形となった。

いつもはMTBやシクロクロスなどオフロードを主戦場としている沢田。昨年からロードチームメンバーとしても名前を連ねていたが、ついに今シーズンから5月の群馬とTOJに続き、国内ロードレースに参戦。沢田はこう振り返る。
「マトリックスが人数多かったんで、どんどん1人逃げては追わせてという形で。僕も後ろで脚溜めようかと思ったんですけど、まだロードの空気感もよく分からないから、後ろにいて取り残されるの嫌だなと思って。もう前で動けるのは全部反応して、ムダ脚使ったかなと思うんですけど、でもマリノもそうやって動いていて。これまでの経験的にやっぱり強い人は脚使って勝ってるなっていう感じがしたんで、強い人が動いたときは必ず乗るような形でうまくいきました」

3人に振り切られてしまった渡邉歩

3人に振り切られてしまった渡邉歩

小林が「抜け出してるから4人で回そう」と伝え、4人でローテーションを回しながら冨尾を追う。しかしその中でも渡邉が苦しい。
「4人踏み踏みでは行ってたんですけど、上りになったときに脚の残り具合が全然違くて。僕もじりじり離されて、上りでそれを見られて踏まれて、我慢できなくて千切れてしまって。(展開を)外しはしなかったけど、そこで我慢できなかったっていうのは力負けです」と悔しさを見せた。

冨尾

「最後までいけるペースで走った」と冨尾

冨尾をパスした小林

冨尾をパスした小林が単独でペースを刻みながら残り周回をこなしていく

4人もバラバラになりながら残り4周の途中で冨尾を吸収し、そのまま小林が単独で前に出た。
「上りで冨尾が見えてきたんですよ。見えてきて、(4人で)ローテしてたんですけど、みんなしんどそうだったんです。ローテに入れない人も出てきて、僕、上りで普通にペースで踏んでたら、若干離れたんで、次の周で行こうと思ってたんですけど、もう離れちゃったならもういいや、このまま行っちゃおうと思って。これで離れたらもう追いつかれないだろうって思ったんで」と、小林は振り返る。

頬にピシャリと自身で喝を入れた沢田

頬にピシャリと自身で喝を入れた沢田

緩斜面で踏んだ小林に遅れをとった沢田は、「それにつけなかった。そこで勝負ありでした。やっぱりマリノに勝つにはもう、もう一段鍛えないと、後半に一発残しておかないと駄目だなと思いましたけど、まあでも悪くはなかったです」と話す。

勝利に向かってひた走る小林

勝利に向かってひた走る小林

3周を残し一人旅となった小林はすでに勝ちを確信していた。
「最初(タイム差が)10秒~15秒だったんですけど、これは開いていくだろうなと思っていました。開いたらもう一気に開いていくだろうなと。僕は垂れることはないだろうと思ったんで、あのペースで走ってたら。もう勝ったなと思いながら走ってました」

小林から沢田まで1分ほど開き、その後ろからは冨尾と井上が追う。しかしその差がそれぞれ縮まることはなかった。
自分の脚であれば90%の調子だろうとも頭を使えば勝てると考えていた小林がJプロツアーで初めての勝利を収めた。

 

また新たな経験の蓄積

フィニッシュラインが見え、ガッツポーズを見せる小林

フィニッシュラインが見え、ガッツポーズを見せる小林

直近のTOJ東京ステージで惜しくも2位に甘んじた小林だったが、ここで借りを返した形となる。
「あのときの脚があれば、レースでは勝てるだろうなと思ってたんで、近々どれか勝てるなと思って。別にあれで2位になったから、次頑張ろうっていうより一戦一戦、全部別の日なので。目の前のことに集中して。今日もとにかく一周一周消化するのだけに最後の方までは集中していました」

宮崎監督に労われるフィニッシュ後の沢田

宮崎監督に労われるフィニッシュ後の沢田

ロードレースで初めて表彰台に乗った沢田は、来月のMTBの大会に向けて調子を上げているという。ジュニアの頃にフランスでロードレースに参戦したことはあったが、今回の4時間超えのレースは人生最長だったと話す。2位という結果について、うれしさと悔しさの割合は「半部半分」と答えた。
「自分からしたら上出来だとは思いますけど、結構、ここでこうすればっていう(ことがあって)。今日は力負けでしたけど、勝ちが見えていた負けだったんで。でもいい負け方だったと思います。言葉だと難しいですけど、いい負け方でいい勝負でした。本当に勝ちたいという気持ちがまだ薄かったのかもしれないです。もう次は2位じゃ満足できないんで、頑張ります」

3着でフィニッシュした井上

3着でフィニッシュした井上

冨尾を振り切り、3着でフィニッシュした井上は、広島大会に続き2度目の表彰台。TOJでの川野の優勝といい、今シーズンの弱虫ペダルサイクリングチーム全体の活躍が光る。
「正直言って、こういうハイスピードなコースはすごく苦手で。平地がすごく苦手な選手なんで。その中で、3位っていうのはすごく自分の日々のその成長を感じることができたリザルトなので、そこは自信を持っていけるかなと思います。
チームとして今すごく勢いがあって、やっぱり入部さんのおかげで、みんなすごくチャレンジ精神を持ってレースに挑んでいて。今回、後ろ(集団)の頭とかも多分川野が結構いいところにいて、すごくチームとして勢いがある状態なんで、これからもどんどんチームとしてチャレンジしていきたいと思ってます」
今シーズンから弱虫ペダルに加入した入部は、現在つくばを拠点としてチームでトレーニングを行なっているという。
「そろそろ自分も結果が欲しいですね」と話した入部だったが、レース後、「自信持っていいよ。天狗になったらだめだけどな」と井上に対してベテラン選手としてアドバイスを伝えていた。

敢闘賞で表彰を受けた冨尾

敢闘賞で表彰を受けた冨尾

また、石橋とともに積極的な動きを見せていた冨尾はこのレースで敢闘賞を獲得。
「欲を言えば、そのまま逃げ切りたかったっていうのがあるんで、また次は広島ですかね。またそこまでにもちょっと時間があるんで、またチーム全体でトレーニングして、今度は敢闘賞じゃなくて、ちゃんと表彰台に乗れるように。また積極的なシーンでどんどんチームもアピールできたらなと思います。
チームの力的には全然まだまだ、他のチームと比べても弱いんですけど、積極的な姿勢というか、僕もいつも見て勉強してるんで、そういったのがまた後輩たちも多分集団から見えたりとか、そこで勉強になるものとか、そういったところを少しでもやってもらえたらなと」

昨今世界では別競技を主軸(あるいは別競技出身)とする選手たちや若手選手の台頭が目覚ましい。その一端が日本でも見られるというのは今後がさらに楽しみなところだ。
次戦のJプロツアーは7月4日に広島森林公園で行われる西日本ロードクラシック広島大会の予定だ。

 

群馬CSCロード6月大会 リザルト

表彰台

1位 小林 海(マトリックスパワータグ) 4:02:43
2位 沢田 時(チームブリヂストンサイクリング) +1:19
3位 井上文成(弱虫ペダルサイクリングチーム) +2:01
4位 冨尾大地(シエルブルー鹿屋) +2:13
5位 岡本 隼(愛三工業レーシングチーム) +2:23

リーダージャージ
ホセ・ビセンテ(マトリックスパワータグ)

U23ジャージ
山本哲夫(チームブリヂストンサイクリング)