KEIRINグランプリ2020取材コラム “スポーツ”として見た競輪 part3

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これまでロードレースを中心に取材をしてきた本誌・滝沢が、2020年末、KEIRINグランプリ2020という競輪界最高峰の舞台へと取材に向かった。そこで聞いた選手たちが持つプロ意識やレースへかける思い、そして何よりレースの面白さに感化され、その衝動を元にコラム+ショートエピソードをここに綴る。
なお、詳細なレースレポートは、More CADENCEに掲載中なのでこちらもチェックしてみてほしい。

 

平原康多が体現する責任感

2020競輪グランプリ

脚見せで脇本の後ろを走り注目を浴びた平原

選手どうしが連携して戦うことをラインと呼ぶが、その組み方はさまざまだ。所属地区が近い選手どうしで組むのが基本だが、競輪養成所の同期生どうしで組むことなどもある。

今回のグランプリでもっとも注目されたのは、脇本雄太と平原康多が組むという発表だった。
ラインを組む基本の定義から言えば、脇本と平原に共通点はない。同地区がいない二人はそれぞれ単騎で戦うはずだったが、平原から脇本の後ろにつきたいと申し出たそうだ。

脇本は2020年2月末のトラック世界選手権のケイリンでは2位という結果を残し、コロナ禍となって出場機会を多く得た日本の競輪でも圧倒的な強さを見せていた。そんな世界レベルの脇本の強さを目の当たりにしながら、後ろにつく決断をしたことに対して、どんな思いを持っているのかレースを3日前に控えた平原に聞いた。

「世界で1位、2位を争うようなタイミングの彼の走りを見て、今しか回ることはできないし、今しか経験できないので、緊張するより経験しようっていうことの方が大きいかなと思います」

38歳のベテランレーサーは、経験することが何よりも大事なことを理解していた。8年連続11回目のグランプリ出場と、今回の中で最も出場回数が多いのは平原だ。つまりずっと日本のトップ9人に位置し続けているということ。
「時代の変化にいい感じにしっかり反応できてるのかなと思いますけど。柔軟にやってかないと、ハイレベルな競輪界のレースの中で生き残っていけないので」と、平原は自身の立ち位置を評する。

2020競輪グランプリ

レース後には脇本のスピードに対して、「とてつもない」と話した

2020年の競輪のレースを見ていても、脇本の後ろにつきながら逃げ切りワンツーを決めた選手は数名いたように思う。しかし、そこからさらに脇本を差し切るイメージはあるか聞くと、「それがちょっと分からないんですよね」と苦々しく平原は笑う。グランプリは一発勝負だ。
「だからこそ、(後ろに)つこうと思ったんですけどね。味方として走ったことがないから、後ろ回ったときの感覚、それが全然分からないので。その辺をしっかり掛け違えないように力の配分しないと、千切れてしまうかもしれないし、自分が後ろでオーバーベースになっちゃうかもしれないし、その辺をうまく見極めていきたいなというふうには思ってます」

レース本番、脇本が誰もが予想したとおりに飛び出すと、平原が鬼気迫る勢いで食らいついた。
脇本が先頭、平原がその番手で迎えた最終コーナー。最後の直線で残った脚を、脇本を差し切るために前へ踏むのではなく、後ろから迫った清水裕友を外へと追いやる横への動きに使った。
平原は、自身の勝利のためでなく、脇本を勝たせるために脅威を排除する“仕事”を選択したのだ。

最後に前へ踏んでいたら……と考えた人も多いかもしれない。だが、それは平原のポリシーに反することだった。
「他地区で僕がついてるのに、あれだけの走りしてくれたのに、僕は何もしないで最後ゴール前だけ踏んでっていうのは、もう最低の選手だと思うので。もうそれはできなかったです。本当に」

グランプリだけでなくふだんのレースから平原が意識していることは、ラインへの責任感そのものだった。
「一番前を回るなら回るで責任があるし、番手なら番手で。自分の持ち場でしっかり果たすべき仕事をレースで最低限しなきゃいけないと思ってます」
変化を厭うことない柔軟性と揺らぐことのない責任感と信頼。自身の所属地域である関東の若手選手たちのお手本になるように、と努力も惜しまない。その言葉とレースでの走りに平原が日本のトップに居続ける理由を見た気がした。

2020競輪グランプリ

脇本に必死に食らいつく平原

「来年以降にすごく繋がる経験ができたので。もともと僕はもう結果は気にせず、自分が選んだことは悔いがないと言ってたんで、それは変わってないです」
レース後、こう話した平原。
今回の経験を経て、2021年には新しい平原が見られるか?という問いに対して、「すぐには無理だと思うんですけど」と笑った平原だったが、年始の立川競輪場で行われたレースでは全て先行し、最後の決勝では圧巻の逃げ切り優勝を納めている。果たして何かをつかんだのか。また聞いてみたいものである。

 

脇本雄太の“勝ち”への意識

2020競輪グランプリ

脇本雄太は、現在の日本の競輪に最も変化をもたらしている一人だろう。もちろん脇本だけでない。新田祐大やトラックナショナルチームに属するその他の選手たちが伊豆で爪を研ぎ、競輪で見せる強さは、間違いなく他選手に対する脅威となっている。

ナショナルチームで東京オリンピックを目指す脇本は、延期が決まったことで、本来の予定とは大きく違うシーズンを強いられた。その代わりに、このグランプリに向けて調整する時間ができた。
「今年に関しては、コロナの影響で(トラックの)大会がなくて、しっかりとグランプリに向けて調整ができたという面があります。今までは大会があって、グランプリに向けての調整する時間がなかったんですが、今回はグランプリに向けて体を作る期間がしっかりありました。そういった意味では違いますね」

グランプリでベテランの平原康多が後ろにつくということに対して、他の選手に対して大きなプレッシャーを与えられるだろうと捉えており、変わるのは「主導権のとりやすさ」と話した脇本。
「単騎よりもラインがあることで、しっかり自分らしいレースにして、4(最終)コーナーあたりで直線勝負するのが自分の中で勝率が上がるかなと思っているので」

2020競輪グランプリ

ラスト2周の2コーナーから仕掛けた脇本は、3コーナーまでに先頭へと繰り出した

レース当日、誰もが注目した脇本の仕掛けるタイミング。ラスト2周回の前半からの飛び出しは、「勇気を振り絞って行った」。
脇本は、ぐんぐん前へと自転車を進め、あっという間に先頭に立った。平原は、松浦悠士の飛びつきを回避しながらも脇本の番手を死守する。最終コーナーを過ぎても脇本は先頭。平原は脇本を勝たせるべく働いた。脇本の逃げ切り勝利まであと僅か、というところで和田健太郎が右側から飛んできた。

レース前の下馬評でも、実際にレースを見た後でも、誰の目にも脇本の強さは明らかだった。だが、レースは水物だ。これは競輪だけでなく自転車競技のどれにも当てはまる。圧倒的な強さを持ってしても、勝負は終わるまで分からないものだ。

レース後、脇本は平原との初連携についてこう語る。
「地区が違う中でも、初連携でも、お互いの気持ちを理解し合って、今日みたいなレースになったと思ってます。お互いに敵同士だったのに、今回ラインを組んで本当にいい経験を積ませてもらったので。それは僕自身じゃなくて、関東の若い選手たちだったりとか、近畿のベテラン勢にすごい刺激を与えることができたんじゃないかなと思っています。僕は走る前から平原さんと連携できることは光栄だと思っていましたし、すごく走っていて楽しかった。いいものを見せられたとは(思います)」

2020競輪グランプリ

最終コーナーを先頭で通過し、ゴールへ突き進んだ脇本(黒)

また、脇本の中では、“勝ちたい”という意識を持ってこのレースに挑むことはできたと言う。
競輪とトラックのケイリンは、似て非なるものだ。自転車も違えばルールも違う。だが、勝負へ向かうマインドだけは同じように持つことができる。ナショナルチームのヘッドコーチであるブノワ・ベトゥともそんな話をしていたそうだ。
「オリンピックは4年に1回の一発勝負、グランプリも1年に1回ですけど、一発勝負。ブノワとも話したんですけど、そこのメンタルと思考を同じにしないといけないと言われていて」

最大目標であるオリンピックの代わりとなった2020シーズンのターゲット、グランプリのタイトルを勝ち取ることはできなかった。だが、これもきっかけの一つとして、2021年の夏に向け、脇本自身の武器と戦うマインドを完成させていくのだろう。
トラックではオランダ勢を筆頭に各国の仕上がり具合が気になるところだ。まずは4月に予定されているジャパントラックカップやネイションズカップでそれぞれの実力が披露されるときを楽しみに待ちたい。