KEIRINグランプリ2020取材コラム “スポーツ”として見た競輪 part1

目次

これまでロードレースを中心に取材をしてきた本誌・滝沢が、2020年末、KEIRINグランプリ2020という競輪界最高峰の舞台へと取材に向かった。そこで聞いた選手たちが持つプロ意識やレースへかける思い、そして何よりレースの面白さに感化され、その衝動を元にコラム+ショートエピソードをここに綴る。
なお、詳細なレースレポートは、More CADENCEに掲載中なのでこちらもチェックしてみてほしい。

2020競輪グランプリ

日本一身近に行われていた自転車“レース”

2020競輪グランプリ

これまで、自転車競技の中でも競輪というジャンルを扱うことは極端に少なかったように思う。なぜか。ギャンブルというイメージがあまりに大きすぎるからだろう。かくいう私も競輪=ギャンブルのイメージが先行し、これまで敬遠してきたのは事実だ。
しかし、五輪を目指すトラックナショナルチームを追い始めたことでその認識が変わり始めた。近年、橋本英也や窪木一茂など、ロードレースやトラックレースを走る選手たちが競輪選手としての道を同時並行で歩み始めているのも一因としてあった。

ほとんどが競輪選手で構成されるトラック短距離ナショナルチームの近年の国際大会でのリザルトは、目を見張るものがある。もちろんそれはブノワ・ベトゥヘッドコーチに率いられて各選手たちが築き上げてきた結果だということは承知の上だ。
では、その選手たちが“職業”とする競輪では一体どういう走りをするのか、単純に興味が湧いたのだ。

正直に言えば私は、2019年末時点で競輪のルール一つも分からない状態で、競輪界一のビッグレースである競輪グランプリを観戦しに行った。するとどうだろう、トラック競技で見ていたあんなにも強い脇本雄太と新田祐大が負け、佐藤慎太郎という当時は名前も知らなかった選手が勝ちを納めた。しかし、新田は喜んでいるし、私自身もものすごいものを見せられたような感覚を得た。やたら胸が熱くなるのはどうしてだろう……? ルールに限らず疑問点はかなり多くあった。何なら今でもあるくらいだ。得体の知れない感動を残したまま2020年シーズンに入り、ナショナルチームに所属する選手たちやグランプリに出場していた選手たちのレースをかいつまんで見ていくことで疑問としていた部分も徐々に明らかになっていった。

私がこの1年で理解した中で最も重要なこと。それは、競輪もロードやトラックなど他の自転車競技と同じ、真剣勝負の“レース”だということ。競輪ファンの方々からしたら、何をこいつは当たり前なことを、と思うかもしれないが、“ギャンブル”という側面ばかり見て遠ざけ、そういった認識すらなかったのだ。

最高峰のレースに初取材

2020競輪グランプリ

競輪はルール説明から入ると、難解な部分も多く、挫折してしまう人も多いのではないかと思う。だからここでルールを説明することは特にしないし、興味があればよっぽど詳しく説明してくれている競輪メディアを見てもらいたい。
ただ、改めてグランプリの説明だけものすごく簡単にしておこう。1年間をとおしての成績上位者たった9人にしか出場権が与えられない毎年末に行われる競輪選手たちの頂上決戦こそがグランプリだ。(成績上位者としたが実際にはもう少し細かい条件がある。)
他のレースは基本、複数日かけて勝ち上がり戦を行って最終日に優勝者を決めるのだが、グランプリは一発勝負。ロードレースで言うならば、年間のレースで枠を取り合う世界選手権や全日本選手権になるだろうか。

2020年末、そんなグランプリにたった1年競輪をかじっただけの私が適当な理由をかざして本誌ページをもぎ取り、競輪初取材を試みた。(サイスポ3月号に掲載!)
個人的には、ほぼ全員の選手が初対面で、かつ各々のパーソナリティがまったく分からない状態で飛び込む取材というのは、取材後数日間寝込むくらいの勇気がいることなのだが、今回のグランプリにも出場した新田がこのコロナ禍に始めた【ぶっちゃけいりん】というAbemaTVでのインターネット放送のおかげで、それぞれの選手がどんな思いを持っているかというのをやんわりとでもつかめたのはかなり大きく、なんとか1日寝込むくらいで済んだ。(こちらもとても面白いコンテンツなので是非。)

このグランプリを初取材して分かったことが二つある。一つ目に1年に1回の一発勝負に懸けられた思いがそれぞれ大きすぎて何が起ころうと不思議ではなく、シンプルにレースがものすごく面白いこと。二つ目に選手たちのプロ意識が非常に高いこと。
無謀にも初対面ながら個別取材の機会をいただき、もはや話を聞くごとに「これは伝えたい!」と強く思ってしまったため、パートを分けてそれぞれの選手のショートエピソードを綴る。

ロードレースでいうならツールだけ、競輪でいうグランプリだけ見るという人も多いかもしれない。だけれども、私個人としては、ファンというのは“レース”につくのではなく、“人”につくものだと考えている。どんなにいいレースだったとしても、数を重ねていけばいずれ忘れてしまうし、どんなにいいレースをしてもその“人”自身の魅力やパーソナリティーが見えてこなければファンを獲得するのも難しいことが多いように感じる。
もちろん、機材が見たい、レースの戦略を知りたいなど、レースを見る理由はそれぞれあると思う。私の場合は、何かしらで魅力を感じたその“人”を見たくて、より深く知りたくてレースを見ていることが多い。だからこそ、走りに裏付けされたその“人”が持つ魅力や考えを少しでも伝えることができたらと思うのだ。

さて、長くなってしまったが私の話はここまで。このコラムをきっかけに「競輪、ちょっと見てみたいかも」と思ってくれたなら、ぜひとも中継などでレースを見てみてもらいたい。YouTubeや各種競輪サイトなどでも無料で見ることができ、過去のダイジェスト映像もいくらでも探せる。ちなみに競輪にシーズンオフというものがない。年柄年中どこかしらでレースをやっている。
さらに付け加えるとするなら、もし現地で観戦してみたいという人がいれば、まずは複数名で観戦に行くことをお勧めしておこう。

 

2020KEIRINグランプリ覇者、和田健太郎の願い

2020競輪グランプリ

レース後のインタビューで喜びの表情を見せた和田。郡司への感謝をひたすらに口に出した

競輪を走るのは、ロードレース、トラック、MTBにBMXなど、他の自転車競技と何ら変わることのない“アスリート”たちだ。現在、日本全国に2300人を超える競輪選手が各地域支部に所属している。単純に考えて、自転車で食べている人たちが2300人以上もいると考えると、日本は自転車大国なのではとも思える。(競技力への相関性についてはまたの機会に譲ろう。)

競輪では、それこそお客さんから金銭を賭けてもらって走る分、プロとしての意識は日本のどの自転車競技の選手よりも徹底されているように感じる。中でも和田健太郎は、インタビューの最後に必ず「車券を買ってください」と付け加えた。競輪選手たちが食べていけるのは、車券のおかげだからと、はっきりと言い切る。

今回、グランプリ初出場の和田は、正直伏兵扱いだったように思う。しかし勝ったのはその和田だ。
「もう驚きしかないですよね」
優勝後のインタビューでそう話した。和田と連携をし、前を走った郡司浩平の名前をことあるごとに出した。
「郡司のおかげ」
あまりに使いすぎて途中から和田自身、申し訳なく感じ始めるほどにその言葉を多用した。

和田は現在地についてこう語る。
「郡司が南関(南関東地区のこと)のエースとして引っ張ってくれて、その相乗効果で、今の南関の自力選手(郡司のように先行する選手のこと)たちが力をつけてきて、そのおかげで今、自分の位置があると思います」
郡司と和田は、1年をとおして多くのレースで連携をしてきた。グランプリ覇者として走る2021年もそれは変わらない。
「その辺もすごい緊張感ありますよね」と、和田は話す。
次のレースで連携するときが一番緊張するのでは?の問いに、「本当ですね。いつも楽についてるわけじゃないんで。もう本当に浩平は強いので。40歳を前に、離されないように頑張ろうと思います」と答えた。

39歳のベテランはプレッシャーを背負ってさらなる強さを目指す。そして最後の一言も忘れない。
「ぜひ、車券を買ってください。よろしくお願いします」

2020競輪グランプリ

頂点を取り、さらに強さを磨いている。年始のレースでも好調な滑り出しを見せている

2020競輪グランプリ

レース後、郡司(白)と喜びを分かつ和田(青)

 

郡司浩平が持つ度量

2020競輪グランプリ

郡司浩平の所属は神奈川県。今回のグランプリ開催地であった平塚競輪場は、所属地域、いわゆるホームでの開催だった。(郡司のホームバンクは、川崎競輪場。)

グランプリには9人の選手が出場するが、補欠という枠がある。そこには、年間ランキング10位で惜しくもグランプリに乗ることが叶わなかった選手が選ばれ、他選手と同じようにグランプリの会場へ入る。そして何もなければそのまま帰宅するという悔しく悲しい一枠なのだ。
2017年にも平塚競輪場でグランプリが開催された。そこで郡司は、その10人目を経験している。

「本当にまずはここ(平塚でのグランプリ)で走ることを目標に1年間やってきて、その結果こうやって走ることになったので、あとはそのときのリベンジといいますか、本当に悔いがないように終わりたいなという思いでいっぱいです」
レース前日、こう語った。また、郡司自身が思う勝機についても話していた。
「流れを見極めて、その流れの中でしっかりと自分の勝てる位置から仕掛けるっていうのがポイントになってくるので、そこで仕掛けられるかどうか、動けるかどうか、反応できるかどうかとか、そういうところをうまく全部、必要なところで体だったり気持ちだったりが噛み合ってくれれば優勝っていうのはできるんじゃないかなと思います」

結果、郡司の仕掛けはレースを動かす要因の一つとなり、連携した和田を勝たせることにはつながった。ただ、自身で勝負するところに持ち込むことはできなかった。

「もうちょっと最後、ゴール前に勝負できるぐらいのレースは見せたかったんですけど。まぁ仕掛けないで最後、どうかっていうところでも面白くないので。これが来年に繋がれば。あー、すごいですね! 和田さん。すごいですね。行った甲斐というか、行ってないですけど、仕掛けた甲斐が少しはありましたね」

悔しさは明らかに滲み出ていた。しかし、連携した和田の勝利を祝福する度量も持ち合わせていた。
郡司は2年連続2回目のグランプリ出場でまだ30歳。これから先、南関東のエースとしてどんな進化をしていくのだろうか。

2020競輪グランプリ

初手は3番目に位置取った郡司(白)。その後ろに和田(青)がつく

2020競輪グランプリ

レース後すぐに和田の勝利を讃えた郡司