2020全日本トラック コラムpart2 男子チームパーシュートの軌跡

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11月5日~8日、群馬県・グリーンドーム前橋で行われた全日本選手権トラックレース。新型コロナウイルスの影響で、世界大会の開催目処が立たない中で開催された久しぶりのトラックレースだった。東京五輪代表候補も揃う中で、現在の力を披露する場となった今大会で見えた一場面を切り取る。
 
全日本トラックTP

沢田、孫崎、橋本、近谷というメンバーで全日本のチームパシュートを走ったチームブリヂストンサイクリング

 

前年からの“突貫”組み立て

まずは、時系列を追っていきたい。クレイグ・グリフィンが日本中距離チームの立て直しを始めたのは2019年9月末からだった。担当する選手の名前すら分からない状態で2週間後にはアジア選手権、その後からも立て続けのワールドカップシーズンが控えていた。

日本ナショナルチームの男子中距離勢が目指していたのは、チームパシュートでの東京オリンピック出場。しかし、グリフィンコーチがナショナルチームで動き始める頃には、すでに枠争いに関して首の皮一枚でつながっているような状況だった。根本改革には圧倒的に時間が足りない。それでも2019年の全日本トラックで3分57秒488という日本記録を出し、戦えるというところを見せた。さらにはアジア選手権のチームパシュートでも勝利を飾った。勢いづいた一方で、その後続くワールドカップでは、良くて予選通過。オリンピックシーズンに向け、仕上げの段階に入る世界との差をまざまざと見せつけられた結果、チームパシュートでの東京オリンピック出場は叶わぬ夢となった。

 

プレッシャーを置いた日本記録との戦い

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世界選手権のチームパシュート。スタート前、リラックスした様子で笑顔を見せていた

新型コロナウイルスが猛威を奮い始めるほんの少し前、2020年2月末からドイツ・ベルリンにて開催されたトラック世界選手権。日本は五輪への切符は失ったが、世界選での男子チームパシュートの出場権を持っていた。ここでの目標はもう東京に向けられたものではなく、昨年末のニュージーランドでのワールドカップで出した日本記録を破り、さらに先のパリオリンピックを見据えた感触を手に入れることだった。グリフィンはこう話していた。

「ターゲットは日本新記録を更新すること。トップ8に残れたら自分たちにとってはもう表彰台に登れたくらいの価値があると考えていました」

その目標に向けて、1月には中距離チーム男女合わせての沖縄合宿を実施。中長距離に必要な有酸素能力を高めるためにロードトレーニングに注力した。2月に入ってからは6週間をかけてトラックでのトレーニングを行った。 

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スタートのカウントを聞くメンバー

そうして迎えた世界選初日。チームパシュートの予選を前にしたメンバー、沢田桂太郎、窪木一茂、今村駿介、近谷涼の4人は、時折全員の笑顔が垣間見えるほどリラックスした雰囲気を保っていた。適度な緊張感と集中力を併せ持ちながら、余計なプレッシャーは一切背負っていないように見えた。

スタートすると、1周目から設定していたタイムよりも突っ込み気味のラップタイム。しかし、力みはなく、余裕もあると1走の沢田は感じていた。窪木に先頭を受け継ぎ、そのままスピードを保った。窪木もまた、今までにない感覚を得ていた。

ベルリンのバンクはタイムが出やすいとは言われていた。伊豆ベロドロームでのトラック練習でも4kmをフルで走ったことはなかったが、走った4人全員に「タイムが出る」という共通の感触があった。
沢田が役目を終えた後、3人が飛び込んだゴールタイムは、3分52秒956。日本記録をおよそ4秒ほど上回る今まででは考えられないような脅威的なタイムだった。これまでのワールドカップであれば十分に予選が通過できるタイム。しかし、オリンピック前の世界選。各国は予想をはるかに上回って磨きをかけていた。日本が走り終わった後、次々に暫定順位が上書きされていく。最終走者のイタリアが走り終えた時点で日本は9位となった。8位までが上がれる一回選に進むことはできなかった。

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きれいな隊列のまま周回数を重ねた

上位4チームは3分50秒を切るタイムで予選を通過。デンマークに至っては予選からワールドレコードを書き換えた(その後の決勝でもさらに世界記録を出した)。5~7位は3分50秒台で、8位スイスのタイムは3分52秒888。日本との差はわずか0.068秒だった。しかし、日本チームに後悔はなかった。

チームパシュートを走るメンバーたちには少なからず焦りがあった。今までやってきたことが本当に正しいのかどうか。世界との差はなかなか縮まらず、目に見えた結果を手にすることができないジレンマ。他方で日本短距離勢は着実にワールドカップで結果を残してきたから余計にだろう。走り終わった後、沢田は晴れやかな表情を浮かべていた。

「(3分)53秒切るっていうのは今まで想像できなかったタイムだったので、あのタイムを出して9位ならしょうがないかなと受けとめています。あれだけのタイム出して、まだ9位なのかっていうのはありますけど。今までに出したことのないような力を出して、想像以上のタイムが出たので、ベスト以上のベストかなと思いますけどね。
僕らがやってきたことが間違いじゃないというのが証明できたかなと。それが結果にたどり着かなかったのはやっぱり悔しい思いがありますけど」

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最後の追い込みをかける3人。表情からその気迫が感じられる

近谷もまた、明確な成長への実感をつかんでいた。
「今回の結果までで、東京オリンピックの出場枠は獲得できなかったんですけど、でも今日のこのタイムで世界との差を確認できました。一年前、二年前より差が縮まってきていて、僕たちも上がって、世界も上がっているのは当然で、イタチごっこみたいになっていて。でもそのタイムが離されていたのが縮まってきているので、すごくチームとしての可能性が見えてきました。絶対届かないところじゃないと。5年前だったら、世界ってなんであんなに遠いんだ、無理だろって思っていたところでも、今は全然できるって思っているので。この大会が終わった時点で、オリンピックが終わったら次のパリ、世界選だったら来年も再来年もあるので、その次の目標に向かって明日からまた一歩ずつ積み重ねていって、また来年タイムが出せたらいいなと思います」

結果として東京オリンピックを4台のブリヂストンバイクが走ることは叶わなかった。しかし、ここでの結果は、何よりも大事な世界で”戦える”という気持ちを生んでいた。

 

パリに向けたスタートライン

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全日本トラックでのチームパシュートのスタート

 
世界選が終わる頃とほぼ同時期にウイルスの脅威は多くを飲みこんだ。各国選手が目標にした東京オリンピックを延期に追い込み、資金不足に喘ぐチーム(国)も出始めた。さらには東京を目指してやってきた選手やチームスタッフの進退をも揺るがす事態となっているのが現状だ。

世界でのトラックレースのスケジュールは、来年4月からとUCIカレンダーに記載はあるが、どうなるかはまだ分からない。そんな中、全日本選手権トラックが世界選以降初めての公式戦として開催された。

もちろん全日本でも初日にチームパシュートの種目が設定された。日本記録を持つメンバーからは沢田と近谷が出場。前回の全日本でメンバーとして走った、中距離男子の中で唯一オリンピック代表内定候補の座を得ている橋本英也、さらに孫崎大樹が加わって、チームブリヂストンサイクリングとしてエントリーされた。

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六峰監督がラップタイムを伝えながら周回する

「チームブリヂストンサイクリングとして絶対に落とせない種目」と近谷と沢田は語ったが、そのとおり、何らかのトラブルがない限り落とす“はずがない”種目。メンバーが異なることもあり、完璧な走りとまでは言えないものの、予選を順調に1位通過し、決勝では朝日大学におよそ8秒の差をつけて優勝。チームとしてこの種目で全日本3連覇を果たした。決勝の記録は、4分6秒554。日本記録からは遠いが、気温が低く(気温が高い方が記録が出やすい)、周長335mのコンクリートバンクという条件もある。近谷はこのタイムについてこう話す。
「タイムとして個人的には、4分5秒が切れたら333m(正確にはグリーンドーム前橋は335m)バンクでは結構いいタイムじゃないかなと思っていました。今回、チームとして事前に練習できる機会があまりなくて、一発本番みたいな形だったので、分解みたいな形は避けたかったのでちょっと設定タイムを落として走ることになったんですけど、最後までまとまって、タイムもそんなに悪くなかったので、その面では良かったんじゃないかなと思います」

橋本もタイムについて語る。
「今回、333mのコンクリートバンクで4分6秒がコンスタントに出せるというのは、少しずつ強化が進んでいる証拠でもあるので、パリ五輪に向けてさらに強化していきたいです」

全日本トラックTP

1走の沢田が抜けた後も快調に走る

今回、チームブリヂストンサイクリングとしてチームパシュートのメンバーに初めて加わった孫崎だったが、昨年の全日本トラックではチームメイトが日本記録を更新する姿を見ている側だった。
「去年は、すごく自分もトラック競技をやりたい中で、メンバーが強いので入れなかったっていうところがありました。今年その中でメンバーに入ることができて、全日本を絶対取るというチームの目標もあって、去年は見ていた側だったのが今年はしっかり走る側として取れたのはすごく良かったと思います」
“次”についても意欲を語る。
「3人はアジア記録保持者ですし、急に僕が出て誰だってなってる方も、窪木さんが走った方が全然速いって思っている方も全然いたと思います。次は普通にそこにいるのが当然と、去年も走ってたし今年も走るのね、力あるもんねって思ってもらえるようになって、しっかり活躍したいです」

全日本トラックTP

フィニッシュに飛び込む3人

パリに向けて、おそらくここがスタートラインとなる。近谷はこれまでナショナルチームで過ごしてきて得た感触を改めて口にする。

「中距離の強化が始まって8年、団抜き(チームパシュート)をやっていて、僕も中距離に入ってから7~8年やっているんですけど、当時は4分切るのが10年とか20年先なんじゃないかと言われていたところを、5~6年後には達成していて、次は55秒の壁って言われながらもまたそれを超えてきて。不可能なことって思ったよりないんじゃないかなっていうのを実感しています。このまま強化を継続していけばまた必ず50秒を切れると思うので、強化をやめずに上目指してやっていくのが大事なんじゃないかなと思っています」

世界の全てを揺るがす感染症によって、東京オリンピックが開催されるかも有耶無耶の状態だ。だが、気づけばパリへのカウントダウンはもう始まっている。おそらく4年なんてあっという間だろう。選手だけではなく、チームや取り巻く環境も一年ごとに変わっていく中で、どれだけ密度濃く過ごすことができるだろうか。

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観客に応えるメンバー

短距離では競輪という土壌もあり、下からの突き上げは凄まじいものがある。中距離もできることならば、チームブリヂストンサイクリング一強という現状を脱することが望ましいはずだ。
中距離の土壌となるのはロードレースだ。グリフィンは、「まずは国内のロードレースをよりチャレンジングにして、ライダーをより高いレベルに引き上げることで、日本の状況を変えていく必要がある」と話した。ロードの強化はトラックにつながり、トラックの強化はロードにつながるはずなのだ。
逆を考えれば、日本がロードレースで強くなるためには、イギリスやオーストラリアのようにトラックを起点として考えた方が強化がしやすいようにも思える。
まずは近谷が言うように「強化を“やめずに”」という点が、おそらく喫緊の課題となるのだろう。もう、選手の努力だけに委ねる段階ではない。広く連携をしていかなければ、取れるものすら失うことにつながりかねないと思うのだ。

男子チームパシュート リザルト
全日本トラックTP
1位 チームブリヂストンサイクリング 4分6秒664(時速58.38km)
2位 朝日大学 4分14秒507(時速56.58km)
3位 日本大学 4分16秒030(時速56.24km)
 
記録タイム(チーム名/場所)
世界記録 3分44秒672(デンマーク/ドイツ・ベルリン)
日本記録 3分52秒956(日本ナショナルチーム/ドイツ・ベルリン)
大会記録 3分57秒488(チームブリヂストンサイクリング/静岡・JKA250)