Jプロツアー、振り返る2020シーズン 問われるチーム力の向上
目次
全14戦(その内2戦は交流戦)で行われた2020年のJプロツアー。この異例のシーズンで生まれた変化、そして課題を活躍した7人の選手たちに振り返ってもらい、そのコトバを考察する。
求められるチーム力
今年のJプロツアーは無観客なのが本当にもったいないほど面白いレースばかりだった。もちろん例年どおりJプロツアーを主軸に戦っているチームもあるが、チーム右京や愛三工業レーシングチーム、キナンサイクリングチームなどのUCIコンチネンタルチームは、通常であればアジアツアーを中心に活動しており、Jプロツアーに出場したとしても、国内で行われるUCIレースのいわゆる“調整レース”に過ぎなかった。
今年は、どのチームも結果を残す場所がこのJプロツアーしかないという異例な状況下。少ないレース数の中で1勝をもぎ取るべく全てを懸け、単なる消化レースとなるものは一つもなかったように思う。
また、個人レベルではこのコロナ禍でコンディションが上がらない、あるいはモチベーションが途切れてしまった選手とそうでない選手との差が非常に大きく開いた1年にもなったように思える。
フランシスコ・マンセボが来日するまでのレースは、個人同士の力の見せ合いだった。しかし、マンセボが来日した広島からの5戦は、チーム力が求められるロードレースらしい戦いも見て取れた。そして、何よりもマンセボらと戦えることを他チームも成長の機会と捉えている姿が印象的だった。
伊藤雅和は、今シーズンNIPPOから愛三へ戻り、久しぶりのJプロツアー。今シーズンを通しての感想についてこう話した。
「最初の群馬は、モチベーションもUCIに比べてやっぱり低かったけど、走ってみたらみんな結構真剣に走っていて。途中からチームとしてもこれしかレースがないから、結果を残さなきゃいけないっていう方針になって、みんなこれに向けて調整してという形になりました。そこからは勝ちを目指してやったんですけど、結果は出なかったなっていう感じです」
若いチームの中での最年長として、自身の走り方も考える必要があった。
「僕自身は若手のアシストとか、あんまり自分自身の結果っていうよりはチームでその日一番勝てそうな人をアシストしていく感じでした。僕が絶対的エースというわけではなく。あとは走っていて、位置取りとか、上がっていくタイミングとか、ここで脚使うんだぞとか、そういうところを走りで見せられたらいいかなという感じで走っていました。まだ若いチームだから、これからなので。そのためには自分が一番走れていないと説得力ないから……、頑張ります。みんなで上げていかないと強いチームにはなれない。このJプロはUCIとかよりチーム力が問われるレースな気がするので、それを課題に」
伊藤が今シーズンで求めたのはチーム力だった。
チーム右京の小石祐馬もまた、チーム力の必要性を感じる1年となった。
「JBCFのレースを走って、戸惑いだらけで。その中で、外人もいないし少ない戦力でどうやって戦っていくかっていうのを考えさせられる1年になったのかなと思います。はっきり言って、マンセボ来る前と来た後で全然レースが違いました。来る前だとキナンとかが活躍していて、追っかけてくるチームがいない状態だったんですけど、今はコントロールされてマンセボ中心のレースになっています。そうなったらよりチーム力の差っていうのが出てきて、チームとしてまとまっていかなきゃいけないところがあるかなと感じましたね。アシストもアシストして(自分の)結果が出ないからダメなんじゃなくて、集団引くのも仕事だし、そういうところの理解をもうちょっと、いい方向性出してやっていくしかないのかなと。
経験としてこういうことは悪いことではないと思うので、無駄な一年とかそういう気は全然ないですし、いい一年だったかなと思います。ただ、結果がなかったのがちょっと残念で。そこは来年がんばろうかと」
及第点からの経験と自信
伊藤と同チームの大前翔は、シーズンを通した個人ランキングで3位という結果。ただ、勝利はなかった。このシーズンを振り返る。
「全体的にコロナの影響で、みんなJプロツアーに懸けてレースに出ているっていうのもあって、本当に楽なレースって一つもなかったので、どれも全部出し切るような形で終わるレースが多かったです。こういうレースを重ねていけば、着実に強くなるし、アジアツアーでもいい走りができるんじゃないかなっていう感覚を掴めるレベルのレースになっているなというのは感じましたね。2シーズン開いて、今シーズン久しぶりのJプロツアーだったんですけど、3年前は僕自身のコンディションとかその当時の実力的にJプロツアーで勝負できるレベルではなかったので、その時と比べてどうかはあまり言えないですけど、僕自身も3年前に比べたら確実に強くなってるし、来年アジアツアーがあるかどうか分からないですけど、戻れたら戻って走るのが楽しみです」
今シーズンは、このJプロツアーのコースプロフィールに合ったトレーニングに特化し、参戦した全12戦のなかでトップ10でフィニッシュしたのは実に10戦。
「今シーズン、合格点とか、最低限のことはできた、みたいなことしか言ってないんですけど……。成功もしていなければ大きな失敗もしていないシーズン」と本人は不満げだったが、適応力の高さも見せた。
「僕は元々ピュアスプリンターで、群馬はもともと得意でしたけど、広島とか宇都宮ロードのコースとか大分とか、サバイバルになる展開でも残ることができるんだなっていうのは一つ自信になったと思うので、来年以降アジアツアーで大きな上りがあるステージなんかも、初めから捨てるようなことなく狙ってみようかなと思います」
来シーズンに向けて、新たな武器を見つけられたようだった。
U23ジャージをシーズンを通して着用し、最終戦を終えてジャージを確定させた織田聖もまた、多くのレースで顔をのぞかせていた印象だった。
「ジャージは取り切れて良かったなという感じですね。正直、コマ数的には他のチームには劣るので、個人技じゃないですけど、個々でどう走るか。自分の立場はどうしようもないので、この立場でのベストを尽くして走ろうと思ってました。
今シーズンの目標的には、1勝はしたかったなと思ってたんですけど、一番良くて初戦の3位が最高順位でした。それはそれで、初めて表彰台に上ったっていうのは自分でもいい経験にはなりましたし、表彰台に乗れるくらい、展開次第では勝負に絡めるんだなっていうのが分かったので、短かったですけどいいシーズンは過ごせたなと思います」
切り替わったレースへの考え方
今シーズンは元々Jプロツアーにフォーカスしたスケジュールを組むという予定だったキナンサイクリングチーム。チームとして3勝という結果を残したが、やはりマンセボが来てからは苦戦
を強いられた。
「戦力的に考えたら僕らは6人で出走していて、今までずっと日本人5人で走っていて結果を残せずに終わっていたところにトマ(・ルバ)を加えて、Jプロツアーに対しては新しい体勢で挑んで、いい感じで成績残せてきていたところで、他のチームからのマークや重要度も変わってきたと思います。それが後半でマンセボ選手が入ってきたことで自分たちが逃げられなくなって、攻撃的に動くのが少し難しくなったというのもありました。レースの全員の考え方が、他のチームも含めた全員の考え方が変わってきたからキナンとしてはやりづらくなったんですけど、そこからどうやって勝つかが今後の課題かなと思いました。新しい課題に対してどうやって来年調整するかですね」と、初戦で勝利を飾った山本元喜は語る。
また、シーズン前半が丸々空いてしまったことで、今までは行なってこなかったスプリントトレーニングなどにも取り組むことができた。
「当然コロナウイルスの影響で、例年のシーズンとは全く違う状態でしたけど、自分の選手としてのキャリアの中でいろいろやりたかったことも、今年時間があったおかげで取り組めました。選手としての競技面でもそうですし、情報発信の面でも余裕を持って、一つ一つテストしながらすることもできたので。今年1年を単体で見たらいろいろ大変な年だったかもしれないですけど、今後も含めて見ればいい年だったと考えられるかなと思います」
新メンバーの大きな役割
マンセボとともに途中でチームに合流した小林海は、監督や日本人選手とスペイン語圏の選手たちの橋渡し役も担った。それはもちろんレース中もだ。
「アイランとかパコが言ったことをスムーズに、すぐにチームメイトに伝えられるかどうかで結構変わってくるので」
レース中に通訳をするのは大変ではないかと尋ねると「あんまり」と答える小林。
「やれる人がやるべきだと思いますし、それでチームがまとまれるんだったらやるべきだし、僕がいる意味があるので」
また、苦手と言っていたこのJプロツアー5戦を走った感想をこう話した。
「この5戦、めちゃくちゃきつかったです。自分のコンディションもそんなに良くないので、やっぱりチームがまとまっている方がやることが明確なので、僕にとっては良かったです。僕の今のコンディションでリザルト出すっていうのは難しいので。そもそも苦手なレースなので、よっぽどコンディション合わせてないとダメだと思うんですけど、そこでうまくまとまっていて、やることが明確なので、自分の走りに納得はしてないですけど、充実はしていた5戦でした。やらなきゃいけないことはしっかりできたと思います。やっぱりパコが入ったことも大きいと思いますし、僕も入って、できるだけパコが脚を残して後半のパコの仕事をできるようにと思っていたので。パコの前のピースとしてハマることが大事なので、ちゃんとチームには貢献できたかなと思います」
日本のチームに所属するのはこれが初めての小林。来シーズンの目標を語る。
「僕はやっぱりUCIレースで勝ちたいですね。TOJとか全日本とかですね。僕の適性はそっちの方があると思うので。来年の方がコンディションが良かったら、チームメイトをアシストしている過程で成績とかも出ると思うので。あと、安原さんが気持ち良く僕のこと受け入れてくれたので、マトリックスで全日本勝ちたいですね」
明確な目標設定から生まれるチーム力
昨年に引き続き、今年もJプロツアーのレースに大きな変化をもたらしたマンセボは、今年44歳という年齢ながらも日本人ほとんど誰もが敵わないような実力と経験を兼ね備える。マンセボ自身、44歳という年齢で自転車競技を続けるモチベーションをどんなところに持っているのか尋ねると、こう返ってきた。
「8歳から競技を始めて、とにかく自転車が好きで、自転車を愛してる。自分の体の中にこの競技が染み付いているんです。それくらい好きで、自分にとって特別なものだから」
その回答は、一昨年、アレハンドロ・バルベルデに同じ質問をした際に返ってきたものとまったく同じだった。根本はどこまでもシンプルだ。多くの国のレースを走り、さまざまな種類の経験を積み重ねてきたマンセボに、レースにおいて日本人や日本チームに足りないものは何かを聞いた。
「こういうコースでも、しっかり誰で勝つのか、その日そのチームの目標や目的をしっかり定めて、それに向かってチームでみんなで動いていくっていうことをやっていかなければいけないと思います。マトリックスも明確に目標があるから、選手たちもやることが決まっていて、うまく回っています。他のチームは、そこがうまくできていないんだと思うんです。特に若い選手とか、若くて小さいチームならしょうがないけれど、やっぱりマトリックス以外の国内の大きいチームでも、あまりまとまっていない。そこをまとめて、チームでレースをすることに慣れていくことが日本のロードレースのレベルアップとか、レースの理解度が増して、良くなっていくんじゃないでしょうか。今は、全然チームごとに動かないで、個人個人の走りをしているチームがすごく多いと思います。だから僕らがチームでまとまってたら勝てるのは当然のことだと思います」
確かに今シーズンを振り返ると、明確に目標を定めたチームが勝ちを得ているという印象がある。
初回の群馬3連戦の二日目の宇都宮ブリッツェン、おおいたいこいの道クリテリウムでのブリヂストン、そしてマンセボが来てからのマトリックスなど、勝たせたい人も勝たせる方法も明らかだったレースはいくつかあり、それらはしっかりと展開に当てはまった。
一方で、各レース後のインタビューで、「行ける人が行く」、「残れた人が行く」といった展開ありきの作戦をよく聞いた。個人の力が抜きん出ていれば、おそらくそれでも勝機が訪れる
ことはあるだろう。ただ、再現性というところで考えると疑問が残る。
そろそろ、ただレースを走るだけでなく、展開を考えて、組み立てていくというフェーズを率先してやっていかなければ、マンセボがいなくった瞬間にレースは元どおりになってしまう。まだ実力が伴わなくとも、チームの、個々の目標をきちんと定めて、作りたいレース展開へと考えを巡らせなければ成長はない。
逆に言えば、全員が“レースを考える”だけで変わる可能性がある。今はおそらく、マンセボをきっかけとした転換期。そうやって徐々にでもレース全体のレベルを上げられたならば、「日本のレースは」という枕詞で悲観されることもなくなるのではないだろうか。
2020シーズンJプロツアー 個人ランキング
1位 レオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ) 3084pts
2位 ホセ・ビセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ) 2772pts
3位 大前 翔(愛三工業レーシングチーム) 2695pts
4位 トマ・ルバ(キナンサイクリングチーム) 2079pts
5位 山本元喜(キナンサイクリングチーム) 1977pts
2020シーズンJプロツアー U23個人ランキング
1位 織田 聖(弱虫ペダルサイクリングチーム) 1344pts
2位 今村駿介(チームブリヂストンサイクリング) 1204pts
3位 門田祐輔(ヒンカピー・リオモベルマーレレーシングチーム) 1088pts