Jプロツアーおおいたサイクルロードレース ベテランの勝負強さの所以
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“全盛期”に抗う
現役の選手に対して“全盛期”という言葉を使うには少し違和感を覚えることが多い。過去の結果や自身の限界を突破すべく努力している選手たちに対して、その人の最大限はここまでだとどうも決め付けているような気がしてしまうのだ。過去に輝かしいリザルトを持つ選手たちによく用いられるが、続く現役生活のピークがどこで訪れるかは、終えてみなければ分からない。
もちろん体は日々衰えていく。回復も遅くなるし、若い頃に比べて思いどおりに動かせないなんてよく聞く話だ。だが、同時に経験も日々蓄積され、感覚はより研ぎ澄まされていく。確かにスポーツをやる上で若さに勝る武器は少ないかもしれない。でもこの競技においては特に、若い選手だけが強いわけではないということはさまざまなリザルトを見ても分かる。
今回のレースはあらゆる経験を持つ選手たちの展開を見極める力が光ったように思える。
危険回避とコントロールのための牽引
これまでのレースを見て、マトリックスパワータグがレースをコントロール配下に置くことは明らかだった。速いペースであっという間に周回を重ねながら多くのチームが逃げようと飛び出したが、ほとんどが集団に吸収された。
そんな中で序盤から枚数を使ってマトリックスの牙城を崩しにかかったのは、キナンサイクリングチームだった。さまざまなメンバーが代わる代わる飛び出し、7周目の上り区間でトマ・ルバが単独で抜け出した。これにはマトリックスが牽引する集団が追う。さらにその集団からルバに追いつこうとブリッジをかけるメンバーもいたがそれは許されず。ルバは単独のまま3周をこなしたが、途中で踏みやめ、集団へ戻った。
経験を獲得する挑戦
「まだ4戦目なので、動ける選手は動いて、残れる選手は残ってと、作戦はあまり立てないでこのシーズンは行ってます。僕は1年目なのでどんどん挑戦して行って、経験を積んどいたほうがいいと言われていて、とりあえず逃げました。逃げて、(集団にいる)先輩のアシストですね」
風間にすぐに飛びついたのは高木三千成(さいたまディレーブ)。次の一周で集団からさらにキナンの山本大喜、ホセ・ビセンテ・トリビオ(マトリックスパワータグ)、新城雄大(キナンサイクリングチーム)、今村駿介(チームブリヂストンサイクリング)、小石祐馬(チーム右京)と強力なメンバーが逃げに合流した。
集団に残った伊藤雅和(愛三工業レーシングチーム)は、自身の調子の良さとコースへの適性を感じており、どこで仕掛けるべきかをずっと考えていた。この強力な逃げには焦りを感じ、一時一人で追走をかけた。しかし、「いや、まだだ」と抑え、一旦集団に戻ることを選択した。
「アシストになっているのかいまいちよく分からない感じですね。でもみんなが『お疲れ! いい動きだったよ』って褒めてくれたので、いい動きだったのか……。僕的には最後まで逃げに残って、それが吸収されてからも先輩のそばにいて、先輩を発射するっていうのが仕事なのかなと……」と風間は少ししょんぼりしながら理想のアシスト像を語り、前を向き直す。
「それを目指して僕は頑張ってます。その経験を積むために」
何をしようにもまずは挑戦しなければ始まらない。ロードレースにおいて経験も大きな武器となるのだから。
ブリヂストンはチームとして、逃げでも集団でもどちらでも狙える展開に持ち込めていた。集団に位置していた孫崎大樹は振り返る。
「今日も(フランシスコ・)マンセボを中心にマトリックスのペースになるなと思っていたので、僕はずっと(レオネル・)キンテロをマークして、マトリックスの後ろの位置を取るようにしていました。マトリックスもキナンの攻撃によって崩壊しつつあったので、そろそろ逃げが決まるかなっていうタイミングで決まって、今村がその逃げに入ってくれてうちとしてはいい展開でした」
しかし、今村から逃げが厳しそうな雰囲気だと無線が入った。万が一逃げ切ったとしてもスプリントができるよう脚を溜めるために今村は逃げを引かなくなった。
「逃げをまだマトリックスが追う様子を見せていたので、近谷さんが(集団牽引に)入ってくれて、チームとして僕と優さん勝負という方向になって、本当にその展開になったのでそこはすごく良かったと思います」と孫崎は評価する。
前方は逃げ切りを狙うキナンの2人と小石の3人の逃げとなり、残り3周を残したところで集団は全ての逃げを飲み込んだ。
勝機を見出す展開予測
集団一つのまま、残り2周に入る上りでマンセボが速いペースで引くが、そこから愛三の大前翔がアタックを仕掛けた。これにはマトリックスのキンテロらも反応し、集団は縦に伸びる。
「自分もキンテロの後ろにずっといたので、このメンツは絶対決まるなと思って。最後の勝負どころですし。しっかりそこは反応して飛びついて」と、孫崎もそのアタックについた。
上り切りのところで、勝負がかかるいいメンバーが揃い、集団は一瞬の緩みを見せた。大前の後ろで脚を溜めつつ、仕掛けるタイミングを考え続けていた伊藤は、その隙を逃さなかった。それにすぐ飛びつけたのはトリビオだけだった。続々と合流する後続のメンツも含め、集団は見合ってしまう。伊藤はもうひたすらに踏むしかなかった。
「ホセ(ビセンテ)は後ろにリーダーいるし、そんな積極的じゃなくて。僕は逃げ切りたかったので、ガンガン脚使って行ってたら……二人だったらホセも結構疲れてたので勝機あるかなと思ったんですけど」と伊藤は振り返る。
運の良さと勝負を読む力
集団に残されたメンツもまだ諦めずに二人を追い続ける。ラスト1周に入った上り切りで、追いつきそうになるほどまでに二人との距離が縮まった。あともう一押しで吸収できそうという集団が見合ったタイミングで今度は阿部嵩之(宇都宮ブリッツェン)が加速し、二人へのブリッジを単独で成功させた。
「ここしかないと思いました。待ってると多分キンテロのスプリントで負けちゃうから。だったら勢いよく行って、追いついてしまってから考えたらいいかなと思って」と阿部は話す。
一方、集団に残された孫崎は迷ってしまったと悔やむ。
「枚数的にも、自分の脚的にも、ちょっと迷ってしまったっていうところもあって。でもそこで単騎のアベタカさんは後ろから飛びついて行ってたので、自分も飛びつけば良かったなと。そしたら4人の逃げで十分(勝機が)あったと思うので。やられました。チームの流れとしては悪くなかったので、あとは最後……自分も脚があれば迷わずに前々で行けたと思うので。まだまだでした」
ここのところのレースで何度も最後の展開に絡む阿部。「今日はたまたまうまくハマった」と簡単に言ったが、それまでには多くの取捨選択を積み重ねていた。しかも、終盤にチームメイトは誰一人残っていない状態で。
「コース的にもかなりキツくて、いわゆるチームでまとまって走れるところが比較的少なくて。チームとチームの間にいられたので、僕らみたいな単騎でもそんなに苦労せず位置取りができたので、そこは良かったことなんですけど。やっぱり一人だと全部には対応できないので、これ(反応に)行くか、これやめとくかっていう判断はすごく難しかったですね」
まさに経験の積み重ねの賜物だった。
「(展開に)はめる努力はしてますけどね、イメージしたり、どんな展開になるかっていうのを考えているんですけど、でも比較的、僕は運がいいので。僕は運がいい男だから」
そう言って笑った。
ベテランの三つ巴
逃げの二人にとっても阿部が追いついてきたことは決していいニュースではなかった。
「集団の中で一番きて欲しくない人でした」と伊藤。
「後ろの集団ももう引けるとこ(チーム)ないなと見ていたので、抜け出しちゃえばいけるかなと、今日の脚的にも、逃げ切れるかなと思っていたので、そこまでは良かったんですけど……全てはアベタカさんがきたのが誤算でした」と続ける。
トリビオもまた阿部のスプリントを警戒した。それでもトリビオは、追いつくまでに脚を使っているからロングスプリントに持ち込めば勝てると自信を持った。
フィニッシュまでの最後の上り勝負となった3人。後続の集団とはもう数十秒の差が開いていた。スプリントで勝てるイメージが沸かなかった伊藤は、「最後の悪あがき」と坂の一番下から力を振り絞ったが、振り切ることはできず、残り200mのところでトリビオが飛び出していった。ぴったりとトリビオの後ろについた阿部もまた、ゴール前でまくれる脚を残していなかった。そのままビセンテが先着し、久しぶりの自身の勝利をつかんだ。
「長い間勝つことができていなくて、どこで勝ってもうれしいけれど、大分のコースは非常に好きなコースなので、大分で勝てたというのはすごくうれしいです」とビセンテは柔らかく笑う。チームのコントロールのおかげで、自身が自由な動きができたと話し、チームの一体感を感じていた。特にレースをコントロールし続けたマンセボについて、「パコ(マンセボ)のレースをコントロールする力っていうのは本当にすごいもので、彼がたった一人でそれをやってくれることによって、チームメイトたちがその仕事をせずに、脚を残した状態で勝負に挑める。そこは本当に違うし、リザルトに大きく影響すること」と語った。
次戦は10月11日、群馬サイクルスポーツセンターにて行われる経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ。あっという間にイレギュラーが続いた今シーズンの最終戦だ。最後の総力戦で笑顔を見せるのは一体どのチームとなるだろうか。
リザルト
2位 阿部嵩之(宇都宮ブリッツェン) +0秒
3位 伊藤雅和(愛三工業レーシングチーム) +5秒
4位 レオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ) +11秒
5位 阿曽圭佑(eNShare Racing Team) +11秒