Jプロツアー広島2連戦~Day1~ レースを変えるリーダー格の存在

目次

およそ1か月ぶりのJプロツアーは、広島空港に隣接する広島県中央森林公園サイクリングロードの周回コースへと再び戻ってきた。9月26日の1日目は1周12.3kmのアップダウンコースを12周する147.6kmで争われた。27日の2日目は半分の6周回。初日はレオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ)、二日目は西村大輝(宇都宮ブリッツェン)が高速レースの中で勝利をつかんだ。二日間のレースを振り返りつつ、その内側を紐解く。

JPT広島森林公園day1

集団を引く新加入の小林と戻ってきたマンセボ

戻ってきた、集団を動かす強い“軸”

今年初めてのレース参戦をようやく叶えたシマノレーシングの他に、この広島からシーズンをスタートさせたのは、マトリックスパワータグのフランシスコ・マンセボと途中加入となった小林海(マリノ)だった。
マンセボが帰ってきたマトリックスパワータグは、今シーズン初めて“機能した”。それだけではない。レース全体の質を大きく変えることとなった。

JPT広島森林公園day1

シマノレーシングが今季初めてのレース参戦となった

JPT広島森林公園day1

昨年、佐野淳哉のジャージの裾に日本国旗が入っているのを見たマンセボは、「自分も元チャンピオン……」と主張したそうで、今年のジャージからスペイン国旗が入った

これまでのレースで、今季加入のベネズエラ人、レオネル・キンテロは一時的な爆発力こそ披露していたものの、リザルトに残るような脅威としてまでは捉えられていなかった。
今までの外国人選手も日本の独特なレースに慣れ、勝ち方を会得するまでには少し時間が掛かることも多かった。しかし、マンセボの戻ったマトリックスがキンテロを勝負の場面へと送り出すのには、たった1レースで十分だった。「マンセボの後ろをとにかくついていけ」。事前ミーティングでの安原昌弘監督からの指示はそれだけ。これまでのレースでは一人一人が集団に息を潜めていたマトリックスのメンバーだったが、そこまで会話を交わすことなく自然と導かれるように前方に位置し、集団コントロールも行った。
「やることが分かってるやつがいると、ほんまに楽やねん。パコ(マンセボ)がおると、みんないい位置で走りよる。マリノもおるしな」。
去年までの強さを取り戻したチームを見て、安原監督は安堵する。
対してレースを終えたばかりの愛三工業レーシングチームの伊藤雅和は息を吐いた。マトリックスのコントロール配下に置かれたレースは今までとは全く違った。
「マンセボもいるし、マリノも入ったし、やっぱり数が揃えばいろいろな戦略ができるなと思いました。マンセボとマリノがいなかったらこれまで脅威的な感じじゃなかったけど、やっぱりマンセボっていう軸があると全然違うんだなと」
1レースだけでマトリックスパワータグというチームは、大きな脅威であることを改めて示した。

JPT広島森林公園day1

スペイン語の通訳としても呼ばれる小林

伊藤が言うようにマンセボの存在はチームを、レースを大きく変えたが、小林の存在も大きかった。1レース目にもかかわらずすっかり溶け込んで仕事をしていた小林も、「やりやすいです。強いベテランも多くて、いい雰囲気のチームで、学ぶことも多い」と話した。
小林は、Jプロツアーを走った経験はほとんどなかった。2012年に自転車を始め、2013年にJプロツアーを数戦走ったあとすぐにスペインへ発った。スペインのアマチュアチームやNIPPO・ヴィーニファンティーニなどを経て、日本でのUCIレースに参戦することもあった。今年は、コロナの影響で走れるレースがなく、スペイン行きを断念。もともと来年から日本のチームで走る心積もりだったが、安原監督と話し、来年の準備のためとして今レースから走ることになったという。小林は久しぶりの日本のレースを走った感想とチームの印象をこう語る。
「僕、日本のこういうタイプのレースが苦手なんです。上りが短くて、グネグネしていて。インターバルが得意な人たちが強くて、日本のレースがうまい職人みたいな人がいるので、僕はペーペーだと思って走りました。苦手な部分なので、ちゃんとこういうレースがうまくなれば僕の持ち味が生かせるレースでももっといい結果出るだろうと思ってますし、修行に来た気で。まとまったいいチームなので、そんな特に話さず、みんな何するかは見えてくる。チームプレーできるいいチームなのでやりやすいです、すごく」

今までとは明らかに異なるレース

JPT広島森林公園day1

小森、風間、門田の逃げは半分ほどで吸収

JPT広島森林公園day1

逃げを容認した集団

JPT広島森林公園day1

宇都宮ブリッツェンや那須ブラーゼンが集団を引き始める

JPT広島森林公園day1

逃げにメンバーを乗せていないチームがコントロールに加わる

スタート直後に小森亮平(マトリックスパワータグ)が単独で抜け出すと、それに風間翔眞(シマノレーシング)と門田祐輔(ヒンカピーリオモベルマーレレーシングチーム)がそれぞれ単独でブリッジをかけて3名の逃げが出来上がった。集団は宇都宮ブリッツェンや那須ブラーゼンが牽引。
後半戦に差し掛かったところで3人の逃げは吸収され、今度は8周目で阿曽圭佑(eNShare Racing Team)、新城雄大(キナンサイクリングチーム)、織田聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)、畑中勇介(チーム右京)が飛び出すが足並みそろわず、それもすぐに集団に飲み込まれた。

JPT広島森林公園day1

一まとまりになった集団から一時的に抜け出した4人

JPT広島森林公園day1

マトリックスパワータグが先頭を引き始めるとペースが上がった

その後、終盤にかけてマトリックスがコントロールし始めると、ぐんぐんとペースが上がり集団の数を減らしていく。ラスト3周の上りでのマンセボの強烈なペースアップで、集団は十数人にまで人数が絞られたが、ラスト2周へ入る手前で追走が追いつき、20人程度の集団にまとまった。ラスト2周に入ると、そこからキンテロが飛び出し、後方から増田成幸(宇都宮ブリッツェン)、続いて山本大喜(キナンサイクリングチーム)が追う。全開で追走をかける増田に対して山本は力尽き、増田のみが単独でキンテロに追いつく形となった。利害関係が一致したキンテロと増田は協調してゴールへと向かう。
「10秒、15秒、20秒ってどんどん(タイム差が)開いていって、40秒まで開いて、あぁこれもう決まったなと思ったんですけど、ちょっと緩めたら30秒まで詰まってきたんで、そこからまた踏み直して」と増田。後ろもまだ諦めてはいなかった。

JPT広島森林公園day1

上りで絞られた集団が後ろを突き放すべく回る

JPT広島森林公園day1

追走が追いつき20人程度になった集団

JPT広島森林公園day1

ラスト2周で集団から飛び出したキンテロに増田が追い付き、逃げ切りが決まった

JPT広島森林公園day1

逃げ2人を追う集団

増田はキンテロの方がスプリント力が上回ることも分かっていたため、最終周回の三段坂でキンテロを引きちぎりにかかったが、ラスト1kmの下りきったところで追いつかれ、再び二人になった。その時点で追走とのタイム差は数十秒。勝負の行方は二人に絞られた。
「キンテロを千切ろうと先がけして行って、千切れてはくれたんですけど、最後我慢比べで負けましたね。スプリントする脚を残していなかったし、キンテロはスプリントすごい強かったので、もう一瞬で置いてかれました。諦めましたね。今回、小林海選手もマトリックスに移籍してきて、すごく強力でした。マトリックスもキナンもです。すごくいいレースだったと思いますよ。今までよりも」

JPT広島森林公園day1

初めてガッツポーズを見せたキンテロ

ゴールラインが見える直線で既に増田より前に出ていたキンテロは、日本で初めてのガッツポーズを見せた。
「日本で初めて勝利をつかむことができて本当にうれしいです。助けてくれたマンセボやホセらチームメイト、監督にまずお礼を言いたい。この勝利はチームとチームメイトに捧げたいです。シーズンも残り少ないけど1日1日前に進んでいって、もっといい結果を出していきたいです」と喜びを語ったキンテロは二日間のレースを終えて、リーダージャージを奪取した。

国内のレースレベルを上げるべく

JPT広島森林公園day1

ようやく優勝を手にしたキンテロを労う安原監督

安原監督は以前、マンセボやキンテロなど強力な外国人選手をチームに招く理由について話していた。自分のチームだけを勝たせたいんじゃない。日本人を強くしたい、国内レース全体のレベルを上げたいんだと。そのためにはコーチや監督が上から言うのではなく、一緒にレースをさせるのが一番だと考える。彼らのような常に前に行こうとする選手に勝つためには、自らも前にいなければ話にならない。前で起こっていることを把握して、どの場面で何をしたらどんなことが起こるのか、実際に経験しなければ、いくらフィジカルを上げても「やるべきことが分かる」選手にはおそらくなれない。

世界トップレベルを経験した強さを持つ選手が一人いるだけで、全員が引っ張られてこんなにもレースが変わるのだ。高いレベルでレースが続けられるというのは、ふだんはUCIアジアツアーを回るチームにとっても刺激になるはずだ。UCIレースのスケジュールがほぼ全滅した今年はなおさらだろう。
これまでのレースと比較しても分かるように、マンセボのように実力を持ちつつ、チームメイトについてこいとその先を示せる選手は日本人に少ない。
「ああいうことできる日本人が今は増田くらいしかおらん」。安原監督は言っていた。

JPT広島森林公園day1

その背中を見て学ぶことは多いはずだ

今のトラックナショナルチームのようにコーチや監督を一新して体制を構築できるのであれば、それも一つの解なのかもしれない。しかし、現状Jプロツアーを走るチームにそこまで潤沢な予算があるわけでは決してない。
しかも、Jプロツアーで結果を出したい選手、アジアツアーでUCIポイントを獲得したいチーム、さらにその先の世界を目指す選手など、目的、目標は各々違う。それでも“強くならなければならない”という過程は同じはずだ。
厳しいレースをしなければ、しようと思わなければ、強くなることはおろか現状維持すら難しい。世界を知る選手たちから学ぶことはきっと多い。日本の最高峰とされるレースが漫然と“こなす”だけにならない方が、選手にとってもファンにとっても面白いに違いないのだ。

リザルト

Jプロツアー 9/26 広島森林公園ロードレースday1(12.3km×12周回=147.6km)

1位 レオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ) 3時間43分11秒
2位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン) +5秒
3位 フランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ) +28秒
4位 トマ・ルバ(キナンサイクリングチーム) +32秒
5位 大前 翔(愛三工業レーシングチーム) +41秒

 

Jプロツアー広島2連戦~Day2~ 高速レースからの新たな勝者