Jプロツアー群馬大会最終日 さまざまな思い渦巻いた増田成幸の勝利

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東日本ロードクラシック群馬大会の3連戦、いよいよ最終日。6km×22周回の132kmで争われた今大会最長レースは、さまざまな攻防が繰り広げられた。

最後は逃げグループにいた増田成幸(宇都宮ブリッツェン)とホセ・ビセンテ(マトリックスパワータグ)の一騎打ちとなり、増田がスプリント勝負を制した。宇都宮ブリッツェンは、今大会で二つの勝利を持ち帰った。

Jプロツアー群馬3日目

ホセとの一騎打ちを制し、拳を握った増田

強力な逃げは今日も

朝から雨は降り止まず、むしろレース終盤にかけてこの3日間の中でも最も強い雨粒を地面に叩きつけた。午後2時、E2、E3、E1、フェミニンのレースを追えたコースに、前日勝利を挙げた鈴木龍(宇都宮ブリッツェン)がリーダージャージを身に纏って先頭に並んだ。

レースがスタートすると、昨日の短いレースと同じようなスピードでラップタイムを刻んだ。

2周目に入ったところで横塚浩平(チーム右京)が単独で抜け出し、それに井上文成(弱虫ペダルサイクリングチーム)と佐藤遼(レバンテフジ静岡)がつく。佐藤が落ち、二人になった横塚は監督から「いけるところまで」と指示を受けるが、まだ集団には逃げたい選手も多く、3周目の心臓破りの坂の頂上で吸収された。

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ランキング上位者が前列に並び、三日目のレースがスタートした

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2周目で横塚が抜け出し、後から2人が合流

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3周目の途中でメイン集団に吸収された

 

その後、いくつかのチームが飛び出すものの決定的な動きにはならない。

7周目、心臓破りの坂の手前で、連日組織だった強さを見せる宇都宮ブリッツェンの増田成幸らを含んだ数名が飛び出し、最終便に鈴木譲(宇都宮ブリッツェン)も乗った。鈴木譲は今回のレースにおけるチームのエースを任されていた。逃げに合流した鈴木譲は増田にゴーサインを出すと、増田は1周回分を全力で引き、強制的にメイン集団を30秒ほど引き離した。

いくつかのチームの監督たちがいる心臓破りの坂に差し掛かった集団は、「レースはもう前で始まってるぞ!」と檄を飛ばされ、ブリッジしようと試みる選手もいたが時すでに遅し。逃げは離れ、集団は完全に緩んでしまった。

逃げは、宇都宮ブリッツェンから増田、鈴木譲、西村大輝の3人、チーム右京は小石祐馬、武山晃輔の二人、マトリックスパワータグのホセ・ビセンテ、ヒンカピーリオモベルマーレの石原悠希、愛三工業レーシングチームの大前翔、レバンテフジ静岡の西村基、那須ブラーゼンの渡邊翔太郎、そしてナショナルチームの小出樹、全部で11名で構成された。

数的にも実力的にも優位に立った宇都宮ブリッツェンを警戒し、ローテーションを拒否するチームもあった。

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初日に続いて比較的大きな逃げが決まった

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逃げの最終便に入った鈴木譲は、今回のレースで宇都宮ブリッツェンのエースを任された

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集団からブリッジを試みようとするが既に前のスピードは上がっていた

 

レース中盤の唯一積極的な動き

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集団から追走をかけた織田だったが、追いつくことはなかった

 

逃げとのタイム差も4分と大きく広がり、すっかり落ち着いてしまった集団で焦りを抱えていたのは、U23リーダージャージを着る弱虫ペダルサイクリングチームの織田聖だった。息をしていない集団にいるだけでは今日のレースは終わってしまう。織田はもう飛び出すしかなかった。

「仕方ないというか、最終手段に出たっていう感じで……。チームとして前に誰も乗っけていなくて、後手に回ってしまいました。集団を牽引できるほど脚が揃っているチームではないので、アタックして少人数でブリッジできたらなという動きだったんですが、3人で飛び出して、結果2人になってずっといくことになってしまいました」

しばらくの間、逃げグループとメイン集団との間で追走を続けたが、最後は異常なほどのスピードアップで人数を減らした集団に飲み込まれた。

「正直、後手に回ってしまったところで全て終わってしまったかなと言う感じだったんですけど、追走に出られたことはプラスになったかなと思うので、今度はしっかり後手に回らないように頑張りたいと思います」

勝ちは得られなかった。だが、この3連戦でベテラン選手たちに引けを取らない存在感をしっかりと示した。本来であれば3月からヨーロッパで走る予定だった織田はコロナの影響で断念。シクロクロスを主戦場にしていた織田は、代わりに乗り込みの期間が増え、思った以上に体は仕上がっていた。

「アンダー最終年なので、しっかりと見せられる走りというか、まあ結果が全てなんですけど、結果とインパクトが与えられる走りをこれからもしっかりとしていきたいと思います」

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レース後にうなだれる織田

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レースを積極的に動かしたことから、今回の敢闘賞を獲得した

 

メイン集団驚異の追い上げ

逃げグループは快調に周回数をこなしており、メイン集団はもはや追いつかないと予想された。しかし、逃げにメンバーを送り込んでいないキナンサイクリングチームがそれを打ち破ろうと動き始める。特にトマ・ルバのまるでジェットコースターのようなペースアップによって、集団は多くの人数を欠いたが、残り3周を残したところで3分あった逃げとの差は一気に30秒まで縮まった。

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トマ・ルバが集団を引き始めると一気にタイム差は縮まった

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残されたブリッツェンのメンバーはしっかりと集団を抑える働きを行った

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差を詰めたメイン集団からキンテロらが飛び出したがすぐに吸収された

一方で、逃げ集団もそれまでに数名がこぼれたものの、逃げ切りに向けた意志は各チーム固まっていた。メイン集団からタイム差を詰められるとともに、逃げグループの速度も上がった。逃げグループを回していた増田も、「僕自身、あと何周で千切れるかな」と思うほどに全力で逃げ切りにかけていた。

集団のルバの牽引が終わると、またしてもタイム差は少し開き、ラスト2周に入ったところで、レオネル・キンテロ(マトリックスパワータグ)や岡本隼(愛三工業レーシングチーム)らが飛び出したが、それも逃げグループを捕らえることなく集団に吸収された。

逃げグループの中でもゴールに向けたさまざまな作戦や思いが錯綜する。ペースアップをしてもなお3名を残すブリッツェンに最も警戒されたのは、スプリンターとして「一番(展開に)ハマっていた」と鈴木譲が言う愛三の大前だった。大前もまた、逃げメンバーの中で自身がスプリント力が一番あることを中間スプリントでの攻防で既に確認しており、最後までドロップせずにいけるという自信もあった。

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増田と西村を中心にペースを上げる逃げグループ

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終盤になるにつれて、雨粒は大きくなっていった

 

久方ぶりのライバル対決

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最終周回に入り、全力で引きに入る西村

 

最終周回、ブリッツェンの西村が全開で逃げグループを牽引。これにはローテーションを拒否していた選手も全員が均等に回り、脚を使わされることになった。

鈴木譲の勝利のことだけを考えていた増田は、全力で引く西村と代わろうとしたが、「増田さんも温存していてください」と西村に言われ、最終盤でのアシストとして温存することにした。その間、増田は鈴木譲と最終スプリントに向けて話し合った。

「最後スプリントどんな感じにする?上りはアタックさせないように引くか?」と増田は聞いたが、鈴木譲からの回答は「いやそれはやらなくていい。前も引かなくていい」とのことだった。

西村が力尽きると、逃げのメンバーは若干の牽制状態に入った。「このままだと後ろから追いつかれて水の泡になる」と思った増田は先頭に出る。

最後の心臓破りの坂で、ゴールスプリントでの勝機はないと自覚していた小石がアタックをかけた。それに対して、「自分以外がみんなスプリンターではないので、最後の上りで何かしらの動きがあるっていう予想はできていた」と話すスプリンターの大前も食らいつく。

増田はそれまでの展開でかなり脚にきており、一番後ろについた。だが、頂上に全員が疲れ切った状態でたどり着き、誰も動くことができず横一列に並んでいたところで、経験豊かな増田は本能的に飛び出した。

「これはもう行くしかないと思って、本能的に。考えとかよりももう飛び出してましたね。そこでまた力が湧いてきました。行くなら誰かと行くんじゃなくて、僕一人で行って、後ろの選手たちに協調させて追わせて、最後、譲に(勝たせる)っていうプランを考えてたんですけど、後ろチラッと見たらもうホセが来てたんですよね」

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増田とホセが逃げグループから抜け出し、後続との差を築いた

 

増田を唯一追えたのもまた、経験豊富なホセだった。過去にも幾度となく繰り広げられてきた二人の争い。増田の後ろについたホセは、先頭交代をしなかった。ラスト1kmを過ぎると、逆に増田がホセの後ろで抑えに回った。増田は、あくまで鈴木譲の勝利を考えていた。しかしホセはそこから踏んだ。

「スプリント勝負は難しいけど、絶対に止まれない」ホセはそんな思いを抱えながらも、久しぶりに増田と勝負できることを素直に喜んでいた。

一方、二人を追う集団にいた鈴木譲は、スプリンターを含むメンバーの抑えの役割を徹底した。
「後ろで押さえに回れたのが良かったかなと。自分も意外と脚がなくて、後ろがもう単騎だから追いたくないっていう状況で、スプリンターを落とせたのはすごいラッキーだったかなと思います」
最終コーナーを過ぎ、もう勝負は増田とホセの二人に絞られた。

ホセの後ろから飛び出した増田は、横並びでスプリントを開始。わずかの差で先着した増田が右拳を小さく握り締めた。

久しぶりに一騎打ちとなったレース後、増田はホセに声をかけられたと話す。「『最後、増田さんと一緒に走れて、増田さんが勝ったことが僕は本当に嬉しいよ』と言ってくれたんです。それは胸が熱くなりましたね」

それに対して増田も、「久しぶりにホセとレースができて嬉しかった」とホセに伝えていた。

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「スプリントない僕でしたけど最後はなんとか勝てました」と増田

 

後続は3位争い。やはりスプリントのある大前が頭をとった。大前は、3位に甘んじた原因を模索する。

「逃げ集団の中でスプリント力が一番あるっていうのも分かっていましたが、最後、自分の登坂力が至らず、二人を逃してしまいました。強いて言えばあと一人か二人、逃げ集団に欲しかったかなと思います。

実は、3日前に祖母が他界して、今日通夜でこの後すぐ帰るんですけど……、僕の親戚みんなが僕がレース出るっていうことを応援してくれていたので、そこで3日間全部レースを走るっていう選択をして、それに結果で返したかったんですけど、自分の脚が足らなくて……優勝できなかったのは……、悔しいです」とこみ上げる涙を滲ませた。

悔しさは確実に人を前に進める。この3日間で見つけた課題をこう語った。

「自分は元々ピュアスプリンターという脚質だったんですけど、この3日間のレースの展開、内容を通して、徐々に1分とかそういう時間の上りには対応できるようになってきているので、今後オールラウンドにサバイバルな展開でも残れるような選手になっていって、その中でスプリントして勝てる選手になっていきたいですね。

UCIポイントの獲得っていうのがうちのチームの目的ではあるんですが、今後はJプロツアーもチーム総出で狙っていけるように頑張っていきたいと思います」

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逃げ集団でさまざまな攻防に食らいついた大前

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3位争いとなってしまったが、やはりスプリントで力があったのは大前だった

 

喜びだけではない勝利者インタビュー

自身が勝利を挙げたものの、いまいち喜びきれない表情で「複雑な心境」と語った増田。二日連続の勝ち星にチームは沸いたが、今日はどうしても鈴木譲の日にしたかった。

「僕と西村で、譲のために、一生懸命譲のことを思って走って、最後はまあ僕が勝ったけど……、本当は譲に勝って欲しかったっていうのはありましたね。譲を表彰台に乗せることはできなかったんですけれども、チームとしては3日間いい走りができたと思いますし、昨日のレースなんかも本当にチーム一丸、あれこそチーム一丸ですよね。短いレースでしたけど、最高の形を見せられて今までにない結束力で戦えているので、いいチームだなという風に本当に思いますね。

個々の力はまだ伸ばしていけるというのは常日頃から思っていることで、やっぱり勝ちが続くとどうしてもそこにあぐらをかいてしまうというか。やっぱりこれがテッペンではないので。その先を見据えてやっていきたいなという気持ちはありますし、また油断したら足元すくわれるのも目に見えてるので、もっと先を見据えてやっていきたいなと思います」

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チームの勝利を喜ぶ鈴木譲と増田

 

1レースの重み付け

ブリッツェンはもともと力のあるチームではあるものの、3レースを通して、レースでの”やりたいこと”をしっかりと実行できていた印象だ。思えばこの3日間は、レースがない期間のトレーニングの成果を確認する意味合いも大いにあったはずだ。

ブリッツェンの清水裕輔監督はレース前に話していた。「この期間中、地元でのイベントもあったので、プロとしての姿勢を忘れずにいられた」と。モチベーションを保つ上で、見られていなくとも自身を高めていける選手ももちろんいるが、見られていると意識することは助けになり得る。

鈴木譲も今回のレースに向けての不安は感じていないようだった。

「このコロナ禍の中で、気持ち切らさずにトレーニングをやっていたので、スタミナ等、その辺りはあんまり心配はしてなかったですね。気持ち的な面で、久しぶりのレースで、レースに向けて気持ちを持っていくっていうのがなかなか初日は競り負けたところがあったんですけど、二日目の勝利でうまく修正できたのかなと。脚はやっぱり揃ってたので。うまく回れば勝てるかなと思っていました」

シーズンは始まったばかりだが、数えればもう残り3カ月ほどでロードレースシーズンは終わりを迎えてしまう。増田は、例年とは違う一つ一つのレースの重みを受け止めていた。

「このメンバーで走れるのもわずかだと考えて、僕たちに残された時間はもうないんだなという気持ちで一つ一つのレースを大事にできている自分たちがいます。特に二日目のレースなんかはそうでしたけど、チーム一丸となってまたそういうレースをしたいなと思います」

まだ初戦ラウンド。されど一つ一つのレースを大事にしていかなければ、いつレースがなくなってもおかしくはないこの状況で、何一つ成し遂げないままシーズン終了を迎えてしまうことだってあり得るのだ。目の前のレースで最善を尽くさねば、”次”の保障なんてどこにもない。

次戦は8月8日~9日の宇都宮ラウンドが予定されている。こちらも無観客試合となるが、Youtubeチャンネルでのライブ中継が行われる。ファンの方々も直接声を届けられない歯痒さは確実にあるはずだが、画面越しで全力の応援をしてもらいたい。

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今日もソーシャルディスタンスでの表彰式

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3日間の総合タイムは増田、織田、小野寺の順

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リーダージャージは増田へ、U23ジャージは織田がそのままキープ

 

第54回 東日本ロードクラシック群馬大会 Day-3
Jプロツアー第3戦目

開催日:2020年7月25日(土)
開催地:群馬サイクルスポーツセンター6kmサーキット
距離:132km(JPT)、72km(F)、90km(E1)

1位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン) 3:17:47
2位 ホセ・ビセンテ(マトリックスパワータグ) +0秒
3位 大前 翔(愛三工業レーシングチーム) +7秒

3戦分の総合
1位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン)
2位 織田 聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)
3位 小野寺 玲(宇都宮ブリッツェン)

フェミニン
1位 唐見実世子(弱虫ペダルサイクリングチーム) 2:08:20
2位 樫木祥子(株式会社オーエンス) +0秒
3位 植竹海貴(Y’s Road) +1分37秒

E1
1位 小林 亮(ALL OUT relic) 2:15:02
2位 東 優仁(VC福岡 エリート) +0秒
3位 松木健治(VC VELOCE) +0秒

問い合わせ先

全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)
https://jbcfroad.jp