自転車競技チーム「HPCJC-BRIDGESTONE ANCHOR」発足!2026年チーム体制を発表
目次
ブリヂストンサイクルは、日本自転車競技連盟と共同で自転車競技チーム「HPCJC-BRIDGESTONE ANCHOR(HPCJC-ブリヂストン アンカー)」を発足した。新チームは2026年より活動を開始する。


このアライアンス契約は、これまでHigh Performance Center of Japan Cycling(通称:HPCJC ※JCF配下にある選手強化組織)とTeam Bridgestone Cycling(チーム ブリヂストンサイクリング)の双方で培ってきた知見のもと新たな協業体制を構築し、世界で勝てる選手の育成と日本の自転車競技の競技力向上を目的としている。
また、競技力の向上を通じて、地域・社会における自転車活用の推進、自治体・学校・警察と連携した自転車の交通安全啓発などの社会活貢献活動にも一層力を入れる。今後の活動は、JCFのウェブサイトや自転車専門メディア、ブリヂストンサイクル・オフィシャルサイトなどにて発信を行っていく。
<日本自転車競技連盟(JCF)について>
JCFは日本における自転車競技界を統括し代表する団体。JCF配下にある選手強化組織HPCJCは、トラック競技強化指定選手のトレーニングセンターとして、世界選手権やオリンピックでのメダル獲得を目指してアスリートの強化・育成を行っている。
<ブリヂストンサイクル(BSC)について>
BSCは、総合自転車メーカーとして75年以上にわたり培ってきた品質と技術力を活かし、商品開発を行うとともに、交通安全啓発活動などを通じて地域社会への貢献にも取り組んでいる。また、BSCが運営する自転車チーム「チームブリヂストンサイクリング」は、東京1964オリンピックが開催された年に、ブリヂストンサイクル自転車競技部として設立されたチームであり、ロード、トラック、MTBなど幅広い種目でオリンピックや世界選手権で活躍する選手を輩出してきた。2024年には創立60周年を迎えている。
チームジャージデザイン




チームカーデザイン

2026年チーム体制
トラック&ロード所属選手:兒島直樹・松田祥位・梅澤幹太・河野翔輝・矢萩悠也・岡本勝哉・三浦一真・木綿崚介・内野艶和・垣田真穂・池田瑞紀・水谷彩菜・岡本美咲(計13名)
チームマネージャー:宮崎景涼
JCF ハイパフォーマンスディレクター:三瓶将廣

兒島直樹(コジマナオキ)
2000年11月1日(25歳)/福岡県
2025アジア選手権トラックオムニアム優勝
2025全日本トラックオムニアム優勝

松田祥位(マツダショウイ)
1999年9月13日(26歳)/岐阜県
2025全日本トラックマディソン優勝
2025JBCF神宮クリテリウム優勝

梅澤幹太(ウメザワカンタ)
2004年6月23日(21歳)/愛媛県
2025ジャパントラックカップスクラッチ優勝
2025全日本学生自転車競技選手権トラックオムニアム優勝

河野翔輝(カワノショウキ)
2000年3月26日(25歳)/奈良県
2025全日本トラックチームパシュート優勝

矢萩悠也(ヤハギユウヤ)
2002年9月13日(23歳)/大阪府
2025全日本トラックチームパシュート2位

岡本勝哉(オカモトカツヤ)
2002年6月10日(23歳)/京都府
2025全日本トラックチームパシュート優勝

三浦一真(ミウラカズマ)
2006年9月1日(19歳)/カナダ
2025全日本トラックチームパシュート2位

木綿崚介(モメンリョウスケ)
2006年12月11日(18歳)/北海道
2025全日本トラックチームパシュート優勝

内野艶和(ウチノツヤカ)
2002年1月13日(23歳)/福岡県
2025世界選手権女子マディソン5位

垣田真穂(カキタマホ)
2004年12月14日(21歳)/福岡県
2025世界選手権女子マディソン5位

池田端紀(イケダミズキ)
2004年8月6日(21歳)/福岡県
2025アジア選手権女子オムニアム1位

水谷彩菜(ミズタニアヤナ)
2005年7月22日(20歳)/新潟県
2025全日本ロードエリート&U23個人タイムトライアル1位
2025アジア選手権女子スクラッチ3位

岡本美咲(オカモトミサキ)
2005年10月29日(20歳)/京都府
2025国スポ女子ポイントレース3位
2025国スポ女子チームスプリント2位

チームのキャプテンを務めることとなった兒島
今回初めてキャプテンを任されることになった兒島直樹は、「新しいチームになってキャプテンを任されたというのはすごく光栄ですし、チームを引っ張っていく立場になるということで、各自の責任を持ち合わせて、みんなと高みを目指して挑戦していきたいなと考えています」と語った。
兒島は現在、競輪選手養成所に入所しており、3月に卒業予定だ。橋本英也や窪木一茂らに続き、3足のわらじを履くこととなるが、トラック、ロード、競輪それぞれの目標について兒島はこう話す。
「トラックではやはりオリンピックでのメダルを獲得することが一番の目標です。ロードレースで言えば、国内大会のJプロツアーでの優勝だったり、あとは 国内でのUCI レース、やはりツール・ド・九州が僕の中ではすごく狙いたい大会で、地元に凱旋することもできるので、優勝を目指していきたいというのもあります。競輪選手としては、まだまだ未熟な部分もあると思いますけど、早めにS級に上がって活躍できるような選手になっていきたいなと考えています」

垣田(左)と池田(右)
今回の新体制で女子チームも発足し、今年、ヨーロッパのロードレースも経験してきた垣田真穂と池田瑞紀らも所属。ロードもトラックも走る国内のチームという形は初めてだと2人は語る。
垣田は、「今まで一緒に走ってきた選手以外の新しい方たちとも一緒に走れることで、自分自身もいろんな人から学んで、より高め合える環境になるんじゃないかなと思っています」と話す。
池田もまた、「新たな体制となって、今までは国内でロードレースを走る機会も少なかったんですけど、今回からそのロードにも挑戦できるということで、しっかり国内でもレベルの高いレースが走れるということで、とても楽しみです」と語った。
2人とも最も大きな目標はオリンピックでの金メダルだ。これまでトラックを主戦場としてきており、国内ではトレーニングとしてロードレースを走ることもあったが、これからはロードレースの出場機会も増える。
垣田はこう話す。「チーム戦みたいな感じで出られるチーム数も少ないと思いますが、女子が5人そろって走れることで、今まで日本の女子のレースでなかったようなレース展開にもできると思うし、自分たちが今回のヨーロッパで学んできたことをしっかり国内のレースでもして、もっと日本のレベルも上がっていけばいいなと思っています」
池田は、「ヨーロッパに行った(経験がある)自分たちが、先陣切ってアクションを起こしていかないとと思うし、その経験させてもらった分、言うことはできるかもしれないけど、それを行動で、背中で見せるというか。一緒のレースを走って、あの人がこういうことしてたから自分もやってみようとか、一緒に走ってこうだったなっていうのが、自分の今までの経験からももらうことがあったので、やっぱり次は自分たちがそういうふうにしていかなければいけない立場なので頑張りたいです」と話した。
山﨑、小原が競技の引退発表

HPCJCのミゲル・トーレス、ナショナルチームで共に活動した長迫吉拓が山﨑、小原に花束を贈呈
チームの活動発表の前には、トラック種目の男子短距離で活躍した山﨑賢人と小原佑太の競技引退式が行われた。
2024年のトラック世界選手権 男子ケイリンにて世界王者に輝いた山﨑は競技引退をこう報告した。

山﨑が引退の挨拶を行った
「私、山崎健人は、自転車競技を引退することにしました。私が始めた頃は脇本雄太さんや新田祐大さんなど、東京オリンピックを目指す選手たちがいて、僕は本当に右も左もわからない状態でチームに入ってきて、先輩たちを追いかけるっていう立場でした。そこからチームの HPCJCや皆さんのサポートのおかげで、引退でこういう場を設けていただくということまで来たのかなと思っています。
自転車競技で一番印象に残っているのは、やっぱり 2024年の世界選手権での金メダルです。そこまで、僕は勝てないことが多かったんですけど、そこでもいろんな方たちが応援していただいて、勝っても負けでも、いろんな人が背中を押してくれる、支えてくれる状態だったので、僕は競技に一生懸命集中することができました。本当に感謝しています。
これからはただ普通の競輪選手になって、これからまた日本一を目指す選手になるので、これからまた一生懸命頑張っていきたいと思います」
パリ五輪のチームスプリント、スプリントに出場し、現状で1㎞タイムトライアルで日本で唯一1分を切る記録を保持する小原は、目に涙を浮かべながらこう話した。

「私、小原佑太は、今年を持ちまして自転車競技 日本代表を引退することをこの場を借りて皆様に報告させていただきます。私自身、自転車競技と出合ったのは高校生からです。自転車競技を始めるまではすごく引っ込み思案で、このような場で話したり、人と話したりすることがすごく苦手で、引っ込み思案な子でした。スポーツも人並みか人並み以下だったのですが、自転車競技と出合ってから世界観が変わって、いろいろな方と出会い、刺激をもらうことで日本代表になることができましたし、ありがたいことに自分の夢であったオリンピックの場にも来行くことができました。
オリンピックでメダルを獲得したいと思っていたのですが、メダルを獲得することはできませんでした。今の日本チームは、客観的に見ても次のオリンピックでメダルを獲得する位置にいると思います。皆様のサポート、ご支援、自分が走っている時、すごく実感しておりました。今後とも日本チームを支援、サポートしていただけるとうれしいです。
引退をチームのみんなに言ってから、なかなか実感していなかったんですが、この場に来て、 VTR を見て、皆様のお顔を見て、改めて長い競技人生だなと思いましたし、今こうして引退することを実感し始めています。長い間、サポートご支援のほど誠にありがとうございました」











