旧街道サイクリングの旅 vol.6 旧東海道をゆく

目次

 

アーケードと化した四日市宿を後にし、次の桑名宿に向かう。真夏の午後は日本列島の一年の中で最も暑い、もしくは気分的に暑く感じる時間帯だろう。

 

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旅の厚かましさはかき捨て?

旧街道サイクリングの旅vol.6

桑名宿のはずれにある「七里の渡し」。ここから旧東海道は海路を船で進んだ

 

アーケードと化した四日市宿を後にし、次の桑名宿に向かう。真夏の午後は日本列島の一年の中で最も暑い、もしくは気分的に暑く感じる時間帯だろう。
しかしシシャチョーさこやんはアーケードで涼んだおかげでもあってかすこぶる元気。
さすがに旅も3日目になると慣れてくるものだ。
「今日は楽勝ですなあ」
軽口を叩いてくる。
四日市から桑名宿は全く平らな土地だ。街道風情は若干残ってはいるもののほとんどが住宅地と化し、パッと連れて行かれただけでは旧街道かどうかは判断がつかないかもしれない。しかしそんななかでもL字や鍵形に曲がった辻を見つけたり一里塚の跡を見つけたりしながら進んでいく。シシャチョーさこやんも自ら街道の跡を探し始めた。少しずつ楽しさが理解できつつあるようだ。

 

バイクもすこぶる快調でスイスイと進んでくれる。この旧街道旅には本当にグラベルロードが適していると思う。少し低速で走ってもフラフラしにくいし、何より乗り心地の良さもあってどんな速度域で走っても疲れを感じさせない。シシャチョーさこやんのアルミロードも、味付けが現代的でありながらもツーリングバイクとして使える設計のため、本人に聞いても快適で疲れない、何より足を止めても自律して進んでいく感じがするらしく、想像以上の乗り心地だという。道具が調子良いと旅も調子が良くなる。2人して気分良く旅を進めた。

 

しばらくして休憩したコンビニで電話をかけ始めたシシャチョーさこやん。
楽しんで走っているとはいえ、あくまで仕事の旅。平日の日中はシシャチョーさこやんも私もしょっちゅう電話がかかってくる。
「ところで井上さん、腹減りまへんか?」電話をかけ終えた後手に携帯を持ったまま聞いてきた。
「そうですね。じゃあ桑名に入って宿場か駅近くで遅めの飯にしましょう。今日は岡崎ぐらいまで行きたいですしね」
「いや、今調べたら桑名宿の近くに知り合いの会社があるんですわ。ええ、井上さんも知っている自転車メーカーです。そこ行って飯食わせてもらいましょ」
「はあ?い、いやそんな急に行っても」
「大丈夫、大丈夫!!個人的に良く知ってるんで大丈夫ですわ!行きましょ!」

 

その会社とはMULLER(ミューラー)。桑名宿にほど近いところにあるスチールなどのバイクを製造販売する会社だ。社長の手塚さんやスタッフのザックさんは私も知り合いである。しかし突然訪れて食事をいただくとはなんだか厚かましい感じがして気が引ける思いだ。
「そんなん気にしたらあきまへん!行きましょ!!」
シシャチョーさこやんの勢いに飲まれてノコノコと付いていくことになった。

 

旧街道サイクリングの旅vol.6

桑名にあるバイクメーカーMULLER。真ん中が手塚典子社長、左から2人目がスタッフのザックさん、右がデザイナーのガブリエルさん

 

やがてたどり着いたMULLERでは、意に反して(?)皆さん快く暖かく出迎えてくださった。オーナーの手塚典子さんはデザイナーでもありMULLERの創業者だ。ビジネスウーマンとしてその手腕を発揮しマスプロメーカーでは作れない日本人にフィットした製品を数多く産み出している。何よりその人となりでファンになっている自転車店オーナーも多い。ガブリエルさんは手塚さんと一緒にデザインを担当し、スチールやチタンを多用したセンスあふれるプロダクトを数多く手がけている。ザックさんはNHKの旅番組にも出演している業界での有名人。営業スタッフとして全国を駆け巡っている。何より毎日自転車に乗っている自転車愛好家だ。

 

着いて早々「コンチハ〜!!!腹減ったんですわ!何か作って!」とシシャチョーさこやん。あんたの家かここは……。
はいはいと裏へ回って手料理を作り出す手塚社長。どうなっているんだろうかこの2人は。
何よりシシャチョーさこやんの厚かましさぶりにたじろぐ私。
旅の恥はかき捨てというが厚かましさもそうなのだろうか。確かに年齢とともに羞恥心が劣化していくというが……。
おそるべしシシャチョーさこやん。ジャーナリストはこうも厚かましくないといけないものなのか。
それとも人との触れ合いも旧街道旅の醍醐味ですよと言ったのを誤解しているのか?
恐縮している私をよそに手際よく料理を進める手塚社長。
ザックさんとの旅話やガブリエルさんとのカメラやモーターサイクルの趣味話で盛り上がっている間に手塚社長のお手製のパスタが出来上がった。
う、うまい!
パスタの茹で方など玄人はだしだ。ザックさんもガブリエルさんも美味しそうに食べている。
「おかわりください!」2杯目を所望するシシャチョーさこやん。
それを笑顔でかわす手塚社長。
どこまで厚かましいのだ……あんた。

 

食後は楽しく世間話、2匹の犬たちが側にいたこともあって穏やかな時間が流れていく。ここは果たして職場なのだろうか?気がつくと2時間以上も長居をしていた。

 

社長が手料理を振る舞い、スタッフがそれを食しながらみんなで仕事をする。なんだか楽しそうで温かみのある職場だった。
ちっぽけであるが会社を経営している私としては少し感じ入るものが多くあった。スポーツバイクショップは側から見る以上に忙しく手作業に忙殺され、考える暇を与えられない職場だ。そんななかで私は果たしてスタッフの気持ちを癒す雰囲気を作り出せているか?考えさせられることになった。

 

そろそろ夕方の雰囲気になってきた。2人してお礼を言ってMULLERを出る。
「帰りもまた寄りますわ!」

 

帰りは電車だっちゅうに!

 

桑名宿で留め女にあう?

旧街道サイクリングの旅vol.6

桑名には今も蛤料理の店が並ぶ

 

江戸時代は桑名宿から熱田神宮のある宮宿までは海を行く道だった。この間には木曽川、揖斐川、長良川という木曽三川が流れており、湿地帯なども多く道を敷設することが難しかった。ここを迂回して北上する道もあるにはあったが、その分距離がかさむため、やはり多くの旅人が船を選んだようだ。「七里の渡し」という渡し船で旅人は海路を進んだ。雨天や洪水などで川留めになるのと同様、海の状況次第で旅人は足止めをされることが多く長逗留を強いられることも頻繁にあったようだ。よって桑名はかなり大きな宿場町だったという。たくさんの旅籠が軒を連ね、辿り着いた旅人の袖をひく「袖引き女」の姿も多かったらしい。

 

旧街道サイクリングの旅vol.6

袖を引かれて店に入ったものの肝心の蛤が売り切れで、仕方なく蛤アイスクリームをいただく

 

〜その手は桑名の焼き蛤〜はよく聞く言葉だ。そんな話をシシャチョーさこやんにしていると「お兄さん!(オジサンだが?)自転車で来たの?寄っていって!桑名の茶店よ!寄っていって!」
暖簾を掛けた小ぎれいなお店の中から女将さんと思しき女性が声をかけてきた。
ちょうどそんな話をしている最中に声をかけられるなんて、漫画のような話だと思った。
「ちょっと寄っていって!」なんども話しかけられるシシャチョーさこやん。
「桑名は蛤で有名なんですよ。知ってるでしょ。さあ寄っていって!」
「井上さんほな入りましょか」

 

店に入ってみるとなるほど現代版の茶店風で居心地が良さそうな空間。女将さんも話好きで桑名宿の話をたくさんしてくださった。
「じゃあ注文します!焼き蛤2つください」
「ごめんなさい……今日は浜が荒れていたんで焼き蛤が無いんです!」
「なんや!無いんかいな!……やられた……」
「代わりに蛤アイスクリームでもいかが……」
袖を引かれて入ったものの残念ながら名物にありつけず肩を落とすという、これまた漫画のような展開となった。これではまるで現代版の弥次喜多珍道中では無いか。

 

しかしシシャチョーさこやんもさすがだ、返す刀で支払いのときに例の寛永通宝を使おうとしていた……。

 

旧街道サイクリングの旅vol.6

桑名側の七里の渡しは、大きな堤防に遮られて沖は見渡せないが雰囲気はたっぷり

 

現代版七里の渡し

旧街道サイクリングの旅vol.6

現代版の七里の渡しは近鉄特急。あっという間に宮宿まで着いた

 

桑名側の七里の渡しを見た後は、現代版の七里の渡しである近鉄桑名駅に向かった。
駅近くの広場で輪行準備をする。シシャチョーさこやん、相変わらず輪行準備が早い。経験が少ないとは思えない腕前だ。
それにしても現代版七里の渡しは快適だ。ガラスを1枚隔てて冷房の効いた車内は、今までの旧東海道とはまるで別世界だ。快適だしあっという間に着いてしまう。しかしわざわざ人力でゆるりと行く旅をしている我々からするとやはりちょっと退屈な部分になってしまう。どうせなら昔のように海路を使って行ってみたいものだ。そんなことを考えながら宮宿に着いた時は、日暮れ前になってしまっていた。

 

宮宿にて今日は終わり

旧街道サイクリングの旅vol.6

宮宿側の七里の渡し。すっかり夕暮れになってしまった

 

地下鉄あおなみ線を降りて七里の渡しを探す。4車線の広い道路が通る市街地を右往左往してしまった。道路の斜め向こうに行こうとすると何度も2段階右折をしなくてはいけなかったり、自転車を押し歩いて歩道橋を渡らなくてはいけない。そうこうするうちに時計の針はどんどん進み、駅から七里の渡しまで15分もかかってしまった。駅を出た時に見えた太陽もビルの谷間に落ちてしまっている。自動車ならものの数分なのに。

私はインバウンドサイクリングの仕事もしているが、ある時外国人のサイクリストが「なんで歩行者が不便を強いられているんだ?何で2段階右折で交差点の真ん中の危ない場所に待たせるんだ?本当に先進国か?」と聞いてきたことがある。全くその意見に同意する。日本は自動車以外の路上交通には、からきし冷たい国だと思った。

 

旧街道サイクリングの旅vol.6

夕暮れの港に佇むシシャチョーさこやん。3日の旅の間に、何の変哲の無い生活風景や景観に感動を覚えられるようになっていた

 

七里の渡しを見終えて港に架かる橋を押し歩く。ふと視線を港に向けると淡いピンク色に空が焼けていた。夏の夕暮れらしい雰囲気にしばらくそこに佇んで今日の旅を終えた。
さあ今から宿探しだ。
海沿いなので美味いものでも食べよう。
明日も朝から晴れ模様だ。

 

 

旧街道サイクリングの旅vol.6

宿場の茶店 一(はじめ)
住所:三重県桑名市川口町8
営業時間:10:00〜16:00
定休日:月曜

 

 

参考文献:
今井金吾「今昔東海道独案内」(JTB出版事業局)
歌川広重「東海道五十三次五種競演」(阿部出版)
あんらくよしまさ「大津百町我儘百景」(サンライズ出版)
八隅蘆菴著/桜井正信監訳 「現代訳 旅行用心集」(八坂書房)

【text & photo:井上 寿】
滋賀県でスポーツバイシクルショップ「ストラーダバイシクルズ」を2店舗経営するかたわら、ツアーイベント会社「株式会社ライダス」を運営、各地のサイクルツーリズム造成事業を主軸としつつ、「日本の原風景を旅する」ことをテーマにした独自のサイクルツアーを主宰する。高校生の頃から旧街道に興味を持ち、以来五街道をはじめ各地の旧街道をルートハンティングする「旧街道サイクリング」をライフワークにしている。趣味は写真撮影、トライアスロン、猫の飼育。日本サイクリングガイド協会(JCGA)公認サイクリングガイド。

取材協力:RIDAS(ライダス)

 

vol.7に続く