旧街道サイクリングの旅 vol.3 旧東海道をゆく

目次

大津絵の店でつかの間の涼を得たのだが、一歩店を出ると再び灼熱地獄が待っていた。

vol.2はこちら

汗に濡れる大津宿

旧街道サイクリングの旅 vol.3 旧東海道をゆく

青々とした田んぼの中をゆく。ちょっとした道草も旧街道サイクリングの楽しみ

トライアスロンに参加し比較的暑さに強い私も、さすがに今日は楽ではない。全身から滝のような汗という表現があるが、今日はそれ以上だ。滝どころか汗腺から汗が噴き出しているのではないかと思うぐらいの流れようなのだ。

旧街道サイクリングの旅 vol.3 旧東海道をゆく

民家の軒先にツバメが2羽居た。近くに寄っても飛び立とうともしない。それだけ暑いのだ

道路の温度計は39℃を指している。

嘆いていても仕方ない。ペダルを踏むことにする。まずは次の通過点として「追分」を過ぎる。

この追分というのは、簡単に言うと街道と街道の別れ道を指す。街道の分岐点は多くの場所でこのように追分と呼ばれている。読者の皆さんのお住まいの土地でも追分の名前がつく場所が近くにあるかもしれない。もし存在したら一度、その謂れを調べてみるのも良いかもしれない。ひょっとしたらそこが有名な街道の分岐点である可能性はかなり高いと思われる。そうした地名から来る「道」「街道」への興味の始まりになることは良くあることだと思われる。ぜひお勧めしたい。(後日談になるがシシャチョーさこやんはこのような街道文物のネーミングに興味を持ち、自宅近くの旧街道をサイクリングし始めたという。)

さて大津宿の追分は「旧東海道」と「旧北国街道(西近江路)」との分岐点だ。
そんな街道のウンチクをガイドしていたつもりだが、ふと振り返るとシシャチョーさこやんの表情は、どこか上の空。

「やはり小関越えが堪えたか……」

後悔の念が再び顔をもたげてくる。

また辛そうだ……。

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長大な路面電車に驚くシシャチョーさこやん

ほどなくして大津宿の目抜通りにある「札の辻」と言う場所に来る。この札の辻も全国各地で見られる地名だ。由来は追い追いご説明したい。

この目抜通りは、かつて浮世絵師、安藤広重が描いた街道の情景を宿場町ごとに描いた「木曽街道六十九次乃内」の大津宿の浮世絵と同じ構図そのものの通りだ。もちろん現代なのですっかりと様相は変わっているが道の先が緩やかに下っており、琵琶湖に繋がっている。その様などは現代も全く変わっていない。ここ大津宿は琵琶湖に出会うところ。その水運を担っていた港を擁していたこともあり、湖岸には大きな常夜灯が残っている。ここから草津宿近くの矢橋というところまで船で渡ることができた。旅人は歩くより楽に行ける船旅を選んだ。つまりはショートカットできたのだ。しかし当時は今と比べ、はるかに天候に左右されることが多かったようで、船旅に行こうと港まで来たけれど結局は船は出ず引き返さないといけなくなったことが多々あったようで、そんな故事から対岸の草津側では「急がば回れ」という言葉ができたという。

「キキーキキキッ!」

突然鉄の軋み音を立てながら路面電車が入ってきた。4車線道路のど真ん中を突然に電車が現れたのだ。ここは京阪電鉄と京都市営地下鉄の相互乗り入れ線が走る道。驚きの顔のシシャチョーさこやん。それもそのはず、普通、路面電車といえば2両程度のものだが、ここは違う。地下鉄そのものの長大な車列が一直線に走ってくるのだ。そりゃあ驚く。

スーパーで見たもの

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古くは壬申の乱より歴史に名を残す「勢多の唐橋」

路面電車をやり過ごし、大津宿の中心地に向かって旧東海道を進んでいく。

大津宿は現在は滋賀県の県庁所在地である大津市のことである。大津市は巷では悪い意味で「何もない県庁所在地」などと言われてしまっており、地元の人ですら自嘲気味にそう話すのをよく聞くが、古くは「大津百町」と言って、旧東海道五十三次の中では大変に大きい宿場町だったようだ。その名残は今も町割に残っている。旧街道をずっと走っているとだんだん分かってくるのだが、かつて大きな宿場と呼ばれた場所も、今では衰退し、その町割すら消えかけているところも見受けられる。しかしここ大津宿はいまだに住居がびっしりと密集し、道沿いに並んでいる様が見られる。その規模は現代の神奈川県川崎市の川崎宿ぐらいの規模だったという。

その町割の中を迷路のように東海道は進んでいく。それを自転車で走っていくのが、大津宿を走る時の醍醐味でもあるのだが……。シシャチョーさこやんは相変わらず元気がない。

「コンビニ行きましょうや……」

三条大橋を出るときに入れたボトル2本の水もとっくに枯れ果てている。確かにもう少し休憩を頻繁に取った方が良い。そして旧街道周辺はコンビニなどが余り存在しない場合が多い。

「よし、予定を変更します。今日の距離を縮めます。宿までは輪行を使っていきましょう。それまでは走れるところまでにしましょう。」

ボソリと呟くシシャチョーさこやんの言葉を聞いて、琵琶湖岸が見えたあたりの近くのスーパーに停まることにした。

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勢多の唐橋から琵琶湖側を望む。この辺りはローイングのメッカでもある

2人ともエアコンで冷えて爽やかなスーパーの店内で涼を取らせてもらった。それから凍ったペットボトルに、スポーツドリンク、水、そしてサイクリストの定番アイス「ガリガリくん」を購入。

恥ずかしいが、店の敷地の目立たない場所で地べたに座らせてもらいながら買ったものを体に入れる。まさに入れるという感覚がふさわしい。

うまい!

ペットボトルを一気飲みしてしまう。あまり良くない補給の方法だが、身体が自動的に吸収していく感じなのだ。とにかく2人とも夢中で水をとり、氷を首筋に当て、ガリガリくんを頬張る。それと同時に座っているコンクリートに汗と溶けた氷の水だまりが出来上がっていく……。

身体に入れても素通りで出ていくような感じだ……。

「やばいな……今日は……」そう思った。
しかしシシャチョーさこやんは顔に生気が戻ってきている。

よかった!内心ホッとした。

それに連れて彼の口からいつもの「さこやん節」が出てくるようになった。

そうなると饒舌な彼のこと、旅に出るきっかけから始まり、仕事のこと、家族のこと、身の上話が始まる……。

使命感から始めたこの旧街道サイクリングだが、出発が近づくについれて本当にワクワクしていたのだという。どちらかと言うと出版のプロとして自転車に携わってきたシシャチョーさこやん。熱烈な自転車ファンというよりも、やはりどこかに第三者的な冷静な目線で見ることが多かったのだと。その上、自身の立場もいつしか上がっていくことになり、仕事の責任や管理に没頭し、もはや若い頃のように情熱的に何かに打ち込むと言う時間も集中力も割けなくなってきたと。そんな折に出てきたサイクリング企画だったものだから、まるで遠足の前の子供のように楽しみにしていたようだ。

同い年の私も気持ちは充分わかる。私も電機メーカーから脱サラし、18年間自転車業界に身を賭してきたが、小さかった店もいつしか会社になり従業員も増え、好きな自転車を扱いつつも、純粋な経営という仕事そのもののウエイトが圧倒的に多くなった。そのなかで自転車に乗るということよりも、遥かにたくさんで煩雑なものに追われるようになり、いつしか仕事以外は全く時間が割けなくなってしまっていた。というより休日すら持てないような生活になってしまっていたのだ。

そして・・・40歳半ばあたりから、今まできた人生を振り返ることより、この行き先を考えるようになってしまった。

きっと同い年のシシャチョーさこやんも同じのはず。

そんな折の旧街道サイクリングの仕事のオファーだった。最近はツアービジネスの方も忙しくなってきていたので、隙を突いての出発だったが、実際のところ私も3日前あたりからワクワクして夜中に目が覚めてしまうのだった。
そう考えると、この旅は二人にとって必然であったのかも知れない。神様がおられるならこうお考えになったのだろう。この旅で2人共もう一度何かを見つけて来いと。

ふと彼の顔を見ると普段と変わらない関西人のノリの笑いを乗せた表情に戻っていた。

「おっといけない!」
お互いの話にお互い共感を得ながら話し込んでしまっていた。

気がつくと45分ぐらいはそこにいたようだ。せっかく買った氷も溶けてしまっていた。先を急がないと!でもさっきと打って変わって気分良く走り出せそうだ。

と、突然タバコの臭いが鼻を突く。2人で顔を見合わせて臭いの元の方を見ると、この炎天下にスーパーのベンチであぐらをかきながらワンカップの酒と、焼酎のボトルをストレートで飲んでいる60代と思きステテコを履いた親父さんたちがいた。駐輪場の一角を占拠して大声で騒ぎながら飲んでいる。時計を見るとまだ午前中だが……しかもこの炎天下……。そして場内禁煙の看板……。

彼らの話が聞こえてきたのだが、ここでは言えない聞くに耐えない下卑た言葉と内容だった……。

他人様の会話にどうこうと言い合う筋合いはないが、いずれともなく二人で顔を見合わせて笑いながら

「歳とって仕事を辞めても、ああなりたくは無いですなあ〜」と話しつつバイクにまたがった。

かつての街道風情も今は昔……

旧街道サイクリングの旅 vol.3 旧東海道をゆく

教科書にも出てくる旧東海道と旧中山道追分の道標。「東海道いせみち(伊勢道)、中仙道美のぢ(古くは仙の字を使った。中仙道美濃路)と読める

ほどなくして草津宿に入る。私の経営しているスポーツバイクショップ「ストラーダバイシクルズ草津本店」のある街だ。(少しPRしてしまった。)街道から我が社まではほんの200メートルほどなのだ。

この草津宿は旧東海道と旧中山道が合流、離合する追分の街でもある。大津宿同様にとても大きな宿場町だったようだ。ここには造り酒屋や和菓子屋、そして現存する本陣(皇族や大名など地位の高い人だけが宿泊できた宿)では最大級の貴重な草津本陣がある。小さな祠や天井川(花崗岩質の山地から流れ出る砂が溜まり、川の水位が地面より高くなっていったもの)など昔の宿場風情を感じられる貴重な宿場町だった……。

「だった。」過去はそうだったのだ。

しかし現在は街道筋にマンションが建ち、天井川も川の流れを変えられ公園と化してしまった。
地域住民の方の生活を考えると開発は当然のことなのだろう。ただ街道マニアの眼からするとかなり寂しい気持ちになってしまった……。景観を残すことの重要性はヨーロッパなどではかなり昔から重要視されている。そうした視点は京都の景観条例を機に様々な方面で強化されつつあるが、草津宿はそれが追いつかなかったのだろうか……。地域に根ざす会社としては経済発展は自社の経営に好影響をもたらす。十分に理解している。

単なる街道マニアの独り言……。

草津宿を今日の旅のハイライトと思ってシシャチョーさこやんにプレゼンテーションするつもりだったのだが……。本陣が休日だったこともありそういう風景だったのでそそくさとその場を後にした。

うだるような午後の暑さに意気消沈

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目川の立場(たてば)は瓢箪が有名だった

草津宿を後にし目指すは石部宿。
ところで宿場町ばかりが話題になるが、街道にはそれ以外にもたくさんの機能的なシステムが備わっていた。「立場」もその1つだ。読み方を「たてば」と読む。これは平たく言うと茶店などが建てられ旅人を癒していた場所を言う。宿場町はおおよそ1里から3里、つまりは4kmから12kmぐらいの間隔で設置されていることが多かった。しかしそれだけだと喉の渇きを癒したり雨をしのいだり、腹を満たしたりと言う旅人の欲求には答えられなかったのだ。そこで宿場の間に設置されたのがこの立場だ。

訪れたのは目川立場。当時は田楽が有名だったそうだ。特産品は瓢箪だったらしい。幾多の旅人がこの辺りで腰を下ろし、田楽を食べお茶を飲んでいたのだろうか?当時に思いを馳せてみる。

この辺りは古い道そのままで、曲がりくねっていて少しもまっすぐな場所は無い。次第に街道の匂いが濃くなり始めた。ワクワクしてくる。

田んぼも青々として美しい。今が一番緑が美しい季節かもしれない。一見すると何も無い地方の生活道路だが、街道を学びながら走ると途端に魅力的な道に見えてくる。何の変哲も無い道に見えて、旧街道はいまだに特徴を残している。旧街道はまだまだ生きている!!

旧街道サイクリングの旅 vol.3 旧東海道をゆく

全国の造り酒屋は街道沿いや宿場町跡に存在することが多い

「こんな風にグネグネとした道を見ると、だんだんと旧街道だってわかるようになってくるんですよ!それが面白い!」

ペダルを回しながら後ろを振り返って説明する。

ところがシシャチョーさこやんからは返事がない……。

バイクを止めて後方に目を細める。

少し離れた後方で大きな木陰でバイクを止めているシシャチョーさこやんの姿が目に入った。

「ちょっとキツいっすわ……」

どうやら本当に厳しそうだ。

その時点で今日の旅は終了することにした。無理して進むことはない。何より大人の旅で知徳型の旅なのだから距離や完走ということを毎日気にする必要もない。シシャチョーさこやんにそう伝えた。

彼もホッとした表情だ。

これでいいのだ。

輪行で宿を目指す

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テキパキとパッキングしたシシャチョー。輪行の才能ありと見た

JR三雲駅まで行って輪行することにした。今日の宿は水口宿の近くのビジネスホテル。そこまで輪行で行くのだ。

「みんな電車を使ってワープするんやろ!って言いますねん。せやからルポ書くときは翌日にちゃんと戻ったって書いて欲しいんすわ」

シシャチョーさこやんは言う。せっかく旧東海道を走破しに行くのだ。決してそうは思われたくはない。快く承った。

「シシャチョーさこやんは翌日JR三雲駅に戻りました。そこから再度旅を続けました。」

これでよし!

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水口宿周辺には土蔵や昔の木造建築の建物が残っている

宿に投宿した2人は、食事もそこそこに泥のように眠ったことは言うまでもない。

明日はいよいよ鈴鹿峠を越える。

参考文献:
今井金吾「今昔東海道独案内」(JTB出版事業局)
歌川広重「東海道五十三次五種競演」(阿部出版)
あんらくよしまさ「大津百町我儘百景」(サンライズ出版)
八隅蘆菴著/桜井正信監訳 「現代訳 旅行用心集」(八坂書房)

【text & photo:井上 寿】
滋賀県でスポーツバイシクルショップ「ストラーダバイシクルズ」を2店舗経営するかたわら、ツアーイベント会社「株式会社ライダス」を運営、各地のサイクルツーリズム造成事業を主軸としつつ、「日本の原風景を旅する」ことをテーマにした独自のサイクルツアーを主宰する。高校生の頃から旧街道に興味を持ち、以来五街道をはじめ各地の旧街道をルートハンティングする「旧街道サイクリング」をライフワークにしている。趣味は写真撮影、トライアスロン、猫の飼育。日本サイクリングガイド協会(JCGA)公認サイクリングガイド。

取材協力:RIDAS(ライダス)

vol.4に続く