【工具1本からはじめる!自転車メンテ】第2回「トルクレンチ」

目次

一つの工具から広がる自転車メンテナンスの世界。大阪のプロショップの名物スタッフ・タカハシ氏によるプロの視点で、基礎作業を丁寧に解説。「仕組みを知って自分で触る」という自転車メンテの楽しさを伝えます。

 

トルクレンチ

パークツール「TW-5.2 トルクレンチ」。2~14Nmの範囲でトルク設定できるラチェット式のトルクレンチ

 

はじめに

自転車の高価格化や通販の普及によって、自分自身で整備にトライする人も増えている。しかしながら、失敗はつきもの。誰でも失敗することがあるのは仕方がないのだが、大きなトラブルになることは避けたい。この連載ではこれからDIYに挑戦する人のために、よくある失敗や小さなコツを伝えていきたい。セルフメンテナンスのための道しるべとなれば幸いだ。

もしこの連載がきっかけで自転車整備の面白さに気づく人が増えてくれたら嬉しい。あわよくば、僕のように自転車屋の仕事についてみようかなと思う人が増えてくれたら尚嬉しい。

 

髙橋 真吾さん

高橋 真吾(タカハシ シンゴ)
所属:Movement(大阪・天王寺)& Dugout Cycleworks
東京都出身。大阪のプロショップ「Movement」の名物スタッフであり、実業団ロードレースの経験に加え、マニアックなパーツ知識やクロモリ系バイクなど幅広い造詣を持つ。今後は自身の事務所での活動も展開予定

 

第2回の工具「トルクレンチ」

前回、第1回ということで自転車には必須の「六角レンチ」を取り上げた。その中で大切だったのは“適切に締める”という考え方。そのために各メーカーはパーツごとに規定トルクを設けている。しかし、自分が今どれくらいの力で締めているのかを把握するのは意外と難しい。そこで必要になるのがトルクレンチだ。
ただし、最初から高価なトルクレンチを使えば間違いないと思ってしまうのは少し危険だ。トルクレンチはあくまでネジを回している力を測定しているだけであり、実際にパーツがどれだけ固定されているかを示しているわけではない。この前提はしっかり押さえておきたい。

 

シマノのホローテックIIの左クランクのネジを締める

シマノのホローテックIIの左クランクは、12~14Nmで指定されているものが多い。手では弱い場合が多く、トルクレンチが有効な箇所

 

ネジは、自転車のあらゆる場所に使われている。ステム、シートポスト、ブレーキ、ディレーラー、ボトルケージ台座まで、挙げればきりがない。少し仕組みを考えてみよう。

ネジの役割は「部品を適切な力で締結状態に保つこと」にある。たとえばステムとハンドル。細かく言うと、ステム本体とフェイスプレートをネジで引き寄せ、その間にハンドルを挟み込んで固定している。
締め付けが弱ければ、振動や荷重変化でパーツが動いてしまう。逆に強すぎれば、ネジを傷めたり、部品を変形させたり、最悪の場合は破損につながる。特に現代のスポーツバイクは、アルミやカーボンなど薄く軽い素材が多く、「しっかり締めておけば安心」とは言い切れない場面が増えている。
実際、僕自身もネジを折ったり、フレームやパーツを割ったりと、ひと通りの失敗を経験してきた。この手のトラブルはリカバリーできないことも多い。できれば一度も経験しないに越したことはない。

 

自転車はネジにとって過酷な環境

ステムまわり

 

ネジは多くの場合、最後に締結力を与えるために使われる。板と板をぴったり重ね、その状態を固定するというイメージを思い描いてほしい。

しかし、自転車の場合は複雑化する。まず、固さが異なる素材同士を固定するケースが多い。さらに、軽量化のために部品そのものが薄く作られていることも多く、締め付けによる影響を受けやすい。変形や加重、汗や雨など、自転車に使われるネジは重労働を強いられている。
例えばクロモリフレームにカーボン製のボトルケージを取り付けてみる。強度の高いクロモリという母材に、強度の劣るカーボンをネジで取り付けると、カーボンの方が凹んでいくのが早い。強度の高い側ではなく、柔らかい側が先に変形する。締めている感覚がスムーズでも、実際にはカーボン側が潰れていくことは珍しくない。
こうした場合、ワッシャーを使って面圧を分散させることで、部品を守りながら固定力を確保できる。こうした工夫は、ほんのひと手間だが効果は大きい。

 

“割り”のあるパーツとネジの関係

割りが入ったステム

 

ステムやシートクランプのように、割りが入ったパーツに注目してほしい。
ネジを締めていくとその隙間は小さくなるが、それだけではない。締め込むにつれて、ネジには曲げ方向の力がかかっていく。つまり、ネジは真っ直ぐ引っ張られているわけでなく、わずかに曲げられた状態になっている。この状態になると、ネジは回りにくくなり、トルク値も上がりやすくなる。作業者は「締まってきた」と感じるが、実際の締結力とはズレが生じることがある。
さらに厄介なのは、メーカーが記載するトルク値が「適切に固定できる値」ではなく、「破損しない上限値」として設定されている場合があることだ。規定トルク=正解とは限らない、という視点は持っておきたい。
※もちろん、ネジが曲がりにくいように設計された製品もある!

 

トルク値を狂わせる要素

グリスとネジ

 

先に挙げたように、ネジの曲がりはトルク管理に影響を与える要素だが、自転車の場合はネジにグリスを塗ることでそれをクリアしていく人も多い。潤滑によって余計な抵抗を減らし、ネジの締め付けに安定を与える。ふー、一安心。と思いきや、別の問題がある。
ネジにグリスを塗ると、回転はスムーズになる。これは正しい処置だが、同時に摩擦が減ることで、トルクレンチが示す数値が同じでも発生する締結力(軸力)は変わってくる。

結果として、トルクレンチ上ではまだ余裕があるのに、実際には過剰な力がかかっていることもある。「規定トルク前に折れた」という現象は、こうした条件の違いで起こる。

 

青色の緩み止め剤が塗られたネジ

 

他にも、ネジに最初から塗られている青色の緩み止め剤を見たことがあるだろう。多く塗られすぎた緩み止め剤は、締め込み時に大きな抵抗となる。強く締めたつもりでも、あまり締まっていないということもある。

例えば2本のネジがある時は、少しずつ交互に締めていく必要もある。片方を締めた時、もう片方のネジがわずかに緩む。手間がかかるが、なるべく均一な負荷でネジを締めることがトラブルを減らしてくれる。

 

最初は手の力で感覚を掴む

通常の六角レンチでネジを締める

 

「感覚がわからないからこそトルクレンチを使う」という姿勢は正しい。しかしながら、慣れていないからこそ、アナログな手で締めこむ感覚を知ってほしいとも思う。六角レンチで締めていくと、抵抗の変化や部品の動きがダイレクトに伝わりやすい。しっかり見ながら作業し、パーツの歪みや、締まりきる直前の変化も感じ取ってみよう。まずはネジが回っていく感触をしっかり体感して欲しい。

トルクレンチはあくまで、ネジを回している力を測定している工具だ。その前に、自分の手で「何が起きているのか」を一度体験しておくと、組み付けの精度は一気に上がる。
ぜひ今回の内容を意識してネジを回してみて欲しい。