ユーラシアからアフリカへ。〜スペインそしてモロッコ・サハラ砂漠 2つの大陸を走る〜【天星の欧州自転車周学 その8】

目次

二十歳の自転車旅人・中村天星さんが、欧州の自転車の道「ユーロヴェロ」を巡る旅の連載シリーズ。今回は、スペイン・マドリードから旅を再開する。

 

中村さん

 

第8回の周学の旅は、中断していた旅を再開し、相棒『ARAYA Federal(アラヤ・フェデラル)』を受け取りにスペイン・マドリードへ向かう。その後、初のアフリカ大陸へ渡りモロッコの世界最大の砂漠「サハラ砂漠」へ。再び欧州に戻りユーロヴェロ8「地中海沿岸沿いルート」を走行、バルセロナへ。

 

今回のルート

 

日々の旅の断片はインスタグラムでリアルタイムに発信している。

この記事は普段なかなか旅に出られない人にとって、スクロールをするたびに異国の風を切り、海外の道を走っているような疑似体験を。そして、いつか旅に出ることを夢見る旅人にとっては、理想と現実を繋ぐ実用的な道標となることを願って書いている。

 

パッキングの変革−−「容積」と「重心」がもたらす進化

スペインから再開する「周学の旅」の出発前日、僕は自宅でパッキングの最終確認を行っていた。数値的な結果から言えば、前回の旅の始まりが20kgだったのに対し、今回は15kg。夏用から冬用に装備の使用を変えたにもかかわらず、「マイナス5kg」を達成できたのはフィンランドからスペインまで欧州を縦断した経験から環境に合わせた荷物の取捨選択ができたからだろう。そのおかげで荷物の「容積」と「スタイル」を変化させることができた。

 

旅の装備

これで全て。160cmサイズのダンボール1つに収まってしまう

 

荷物が減ったことで、これまでは大きなサイドバッグを左右に振り分ける、いわゆる伝統的なツーリングスタイルから今回はフレームバッグやサドルバッグを多用する「バイクパッキングスタイル」へと舵を切ることができた。これにより、バッグ全体が一回り以上コンパクトになり、自転車全体の重量バランスを自分好みのセンター寄りに集約することができた。

この恩恵は計り知れない。バッグの投影面積が小さくなったことで、走行中に最も体力を奪う要因である「前面及び側面の投影面積による風の抵抗」が劇的に軽減されたのだ。特にこれから向かうジブラルタル海峡やサハラ砂漠のような強風地帯では、このコンパクトさが巡航速度の維持に直結する。

ウェアの選択も、このコンパクト化に寄与している。夏の旅なら、汗を即座に逃がす化繊の速乾性が正義だった。しかし、今回の舞台は冬の欧州とアフリカだ。選択したのはメリノウール。化繊よりもかさばらず、それでいて体温を一定に保つ高い保温力と、連日の着用でも臭いを発しない天然の防臭効果がある。着替えを2日分に絞り込めたのは、この素材への信頼があったからだ。

 

上海の奇跡――見ず知らずの善意に守られて

1月30日、飛行機で羽田から上海へ。スペイン行きの経由地としての滞在だったが、ここで私は、人間の持つ純粋な善意に触れることとなった。

機内で隣り合わせたのは、上海在住20年以上の日本人女性だった。彼女は僕のこれから再開する自転車旅の話を聞くと、上海での乗り換えのための複雑な空港移動方法(僕はとにかく安い便で行くことにしたので荷物乗り換えを自分でする上、上海の虹橋空港から浦東空港までの約60kmにおよぶ大移動を土地勘のない場所でしなくてはならなかった。)を丁寧に教えてくれた。彼女の言葉は、これから未知の土地へ踏み出す僕の不安を和らげてくれた。

 

日本人女性と

周りのほとんどの人が中国人で久しぶりの異国の雰囲気に不安を感じたが、彼女のおかげで乗り越えることができた

 

別れる直前彼女はさらに、僕と同じ方向へ向かう中国人の家族を見つけてくれた。この家族もまた、驚くほど親切だった。お父さんは流暢な英語でコミュニケーションを取ってくれ、7歳の娘さんは、言葉は通じなくともお気に入りのお菓子を僕に分けてくれた。お礼に折り紙で鶴を折ると、彼女の瞳がキラキラと輝いたのを覚えている。

最も不安だった地下鉄と高速鉄道を乗り継ぐルートも、彼らの導きによって、帰宅ラッシュの混沌の中でも確実に目的地へ到達することができた。「知らない土地」は、いつの間にか「皆の優しさが身に沁みた国」へと変わっていた。

 

中国・上海の高速鉄道にて

中国・上海の高速鉄道にて。不安だった乗り換えも彼らのおかげでスムーズに進めることができた

 

マドリードでの再始動――サイクリストの絆

1月31日、マドリード。50日間、現地の知人Paulaさんのガレージに預けていた相棒を回収した。航空輸送で割れないかハラハラしながら運んだ日本の湯呑みをプレゼントすると、彼女は「使うときに写真を送るわ!」と喜んでくれた。

 

相棒

相棒に再会できて本当に良かった

 

続いて私を迎えてくれたのは、マドリード在住のサイクリストPiterさんだ。彼はWarmshowers(サイクリスト専用のホスティングコミュニティ)を通じて私をホストしてくれたのだが、そのもてなしはまるで古くからの友人のようだった。時差ボケと疲労で限界に達していた私を、彼は何も言わずに休ませてくれた。彼もまた走る人間だからこそ、旅人が何を求めているかを熟知していた。

 

ピーテルさんと

 

翌日、彼の家のガレージで5か月間で1万kmを走破したタイヤを新調することにした。Schwalbe Marathon Plus(シュワルベ・マラソンプラス)。まだ溝は残っていたが、砂漠や険しい峠道が待ち受ける今後の行程を考え、トラブルが起こる前に「予防」として交換したのだ。

 

マラソン

圧倒的な耐パンク性・高耐久はMarathonシリーズ最大の魅力だ

 

その後試走にマドリードの街を走ってみると、自転車とまちづくりの面白さに気づかされた。あちらこちらにサイクルレーンがあり、その道を通れば驚くほどスムーズに過密な都市をサイクリングできる。特にマンサナレス川沿いのサイクリングロードは、市の境界線を縫うように走りやすく整備されており、信号を気にせず、ポタリングを楽しめる。

 

マンサナレス川沿いのサイクリングルート

マンサナレス川沿いのサイクリングルート。道幅が非常に広く走りやすいのはもちろんトイレやカフェが道沿いに多く設置されているのもありがたいポイントだ

 

しかし市街地の走行にはコツがいる。最短の道で目的地に行こうと一度サイクルレーンから外れると、かえって信号や車が多い狭い道を通るようになり、時間を浪費してしまう。土地勘のないサイクルツーリストはどのようにルート設計すれば良いのだろうか。そこで伝えたいのがスペイン発のナビゲーションアプリ「Wikiloc」だ。

 

ウィキロックの設定画面

「Wikiloc」の設定画面。自分の条件に最適のルートを自動的に選別、構成してくれる

 

Googleマップや欧州定番のナビゲーションアプリ「Komoot」よりも、現地のサイクリストが実際に走ったログが豊富で、冬の雪による通行止めや、工事中の区間を避けるための「生きたデータ」が反映されている。マドリードの複雑な道を攻略するには、この地元民の知恵が詰まったナビゲーションが非常に役にたった。

 

ジブラルタル海峡への疾走と、アフリカの洗礼

マドリードから南下し、夜行バスでアルヘシラス方面へ。スペインのバス移動は、自転車をラップでぐるぐる巻きにするという独特のスタイルだ。

 

自転車をラップ巻きに

 

猛スピードで闇を切り裂くバスに揺られながら、私は地中海の出口を目指した。

到着したLa Líneaは、日本で出会ったスペイン人夫婦の故郷。彼らは餞別として、現地の個室宿を無料で手配してくれていた。嵐の中で辿り着いたその部屋は、翌日からのアフリカ渡航に向けて最高の休息の場となった。

2月6日、イギリス領ジブラルタルからモロッコ・タンジェへ。

 

検問所

アルヘシラスからジブラルタルへ行く時は検問所を通らなければならない。イベリア半島南端の町ジブラルタルはイギリスの領土なのだ

 

フェリーは強風で大幅に遅れ、船内は阿鼻叫喚の揺れ。

 

アフリカ大陸へ

さらばユーラシア大陸。いざアフリカ大陸へ

 

22時にタンジェへ降り立った瞬間、僕は大嵐と洪水の洗礼を受けた。滑るタイヤ、全身を叩きつける雨。これがアフリカを旅するということの第一歩なのだと、身が引き締まる思いだった。

 

グーグルマップの洪水表示

 

Googleマップの洪水はスペインとモロッコ北部の広い範囲を襲っていた。

 

モロッコ縦断――泥とバス、そしてサハラ砂漠の深淵へ

モロッコ北部は洪水の影響で、国道がところどころ崩落し、自転車での走行は極めて危険な状況だった。

 

崩落したモロッコの国道

モロッコの国道。道は崩落し、1m以上の深さがあるところも。気づかずに走行すれば大事故につながる

 

僕は「安全な南部へ一刻も早く抜ける」ことを優先し、日中は走れる区間をサイクリングし、夜間は大型バス「CTM」に自転車を載せて移動するという戦略をとった。

モロッコのバスは、追加料金を払うことで自転車を積載できる上に分解せずにそのまま巨大な荷室に積み込めるのが最大の利点だ。

 

バス下部のトランク

バス下部のトランク。自転車が縦にそのまま入る。輪行しなくて良いというのはかなりの負担軽減になる

 

洪水地帯を安全にパスし、僕は昼夜問わず移動し続けたことで一気にアトラス山脈を越え、南東の果て、メルズーガへと辿り着いた。

そこには、これまでの苦労をすべて無に帰すほどの絶景、サハラ砂漠が広がっていた。

 

サハラ砂漠

 

砂丘の尾根を歩くと、足元の砂が「シュシュッ」と囁くように崩れる音が響く。見渡す限りのオレンジ色の砂の海。日中の熱気は肌を焼き、風が吹くたびに細かい砂が全身の隙間に入り込む。しかし、その圧倒的な無機質さの中に、地球の美しさを感じた。

夜、砂漠の静寂はさらに深まる。街灯など一切ない世界で、頭上には天の川がくっきりと横たわり、星が今にも降り注いでくるかのような錯覚に陥る。サハラで過ごす時間は、時計の針を止めてしまうほどに濃密だった。自転車を砂丘の麓に停め、現地のベルベル語と僕の不慣れなフランス語を交えて語らう。彼らは値段のない市場で交渉する強かさの一方で、客人に対しては無限の寛容さを見せてくれた。

 

サハラ砂漠のオアシスで休憩

サハラ砂漠のオアシスで休憩。冬にもかかわらず気温は30度弱。猛烈な紫外線が体を襲う

 

砂漠には何もない。だからこそ、自分の心を振り返ることができる。

 

地中海沿い「ユーロヴェロ8」を走行

サハラ砂漠から再び北上してモロッコを抜け、ナドール港からスペイン・アルメリアへと戻った僕は、地中海沿いの「ユーロヴェロ8」をバルセロナを目指して走り始めた。

ユーロヴェロの開発が進んだルートは写真のような専用レーンと標識が立っている。

 

ユーロヴェロ8

 

一方でまだ開発途中であったり、自然保護の観点から整備できない道もルートとして登録されていることもあった。必ずしもユーロヴェロが自転車の楽園のような道であるとは限らない。

 

ユーロヴェロ8の未舗装路

ユーロヴェロ8、バレンシアのローマ時代に栄えた貿易路上をそのまま利用している。右手は崖で道も未舗装路。アドベンチャーな道だった

 

またバレンシアからバルセロナまでの道のりは非常に危険な道のりだった。十数年に一度の危険な突風がこの地域を襲い、携帯の警報・避難のアラームが鳴り響くことさえあった。荷物を積載したこの自転車ですら吹き飛ばされるほどだ。何度落車し、あざができたことだろうか。

 

スマホに警告

アラームと同時にスマホ画面にも大きく映し出された警告。海外自転車旅をして初めての経験だった

 

風でテントが建てられず、木陰に隠れて夜をやり過ごすこともあった。

暴風域抜けると景色は一変した。2月だというのに気温は25度。視界のすべてをオレンジ畑が埋め尽くし、柑橘の甘い香りが風に乗って鼻をくすぐる。

 

オレンジ畑

 

ちょうど収穫期で地元の人が道端の木からオレンジをもいでいる光景を見て、僕もスーパー「Mercadona」で地元産のオレンジを買い込んだ。皮を剥くたびに広がる瑞々しい香りは、疲弊した体への最高のご褒美だった。

Mercadonaは、僕にとって安全に買い物を楽しめるオアシスだ。スペイン国内に広く普及している大型スーパーで一部店舗では自転車や電動キックボードを店内に置けるスペースがあり、盗難の不安なく買い物が楽しめる。バルセロナのような大都市が近づくにつれ、この「安心」の価値は高まっていった。

 

バルセロナ――大都市の盗難に怯える

アルメリアから1,150kmを走り切り、ようやくバルセロナのスペイン広場に辿り着いた。丘の上にあるムンジュイック城への激坂を登り、地中海と街並みを一望した瞬間、これまでのすべての疲労が報われた。

しかし、ここで僕はある決断をした。数日の市内滞在の間、安全な場所に自転車とすべての荷物を預け、身軽になることを選んだのだ。バルセロナは盗難の名所でもある。ロックをかけていても不安で観光に集中できないくらいなら、プロに預けて心を解放した方がいい。

選んだ店はレンタルバイクショップ「Bike & Motos Rent Mattia46」。最初は自転車も預かれるとホームページに書いてある荷物預かり所をいくつか巡ったのだが、僕の荷物を積載した相棒を見るなり、「No」と言われてしまった。ツーリングバイクと荷物を預けるなら観光客用の荷物預かり所ではなく、レンタルバイクショップがいいことに気がついた。手続きをしたのち、重い荷物と自転車から離れ、歩いて美術館巡りへ向かう。土日は市内の多くの博物館や美術館が無料開放していることがあるので事前に調べておくといいだろう。「周学」とは、単に自転車の距離を稼ぐことではない。その土地の文化や歴史、社会の仕組みを、一人の人間として真っ直ぐに見つめることなのだ。

 

次なる「学び」の地へ

2kg軽くなった装備と、バイクパッキングによって今の自分のスタイルに最適化されたバイク。

上海やスペインでの素敵な出会い。

洪水を駆け抜けた後のサハラ砂漠の特異な環境と夜の静寂。

道は常に変化し、インフラも文化も国境を越えるたびにその姿を変える。僕はその変化に抗うのではなく、柔軟に適応し、学び続ける。僕の相棒は今、バルセロナの倉庫で静かに次の出発を待っている。地中海の旅は始まったばかりだ。ゴールのトルコへ地中海を西から東へ縦横無尽に駆け巡っていく。

 

今回出会ったサイクリストを紹介

カルロスさんと息子のパブロさんと

スペインの小さな町、ボリアナで出会ったカルロスさん(左)と息子のパブロさん(中央)。

彼らは自転車に加え、キャンピングカーやバイクでも世界各国を旅してきたそうだ。泊めてもらったのは、彼のマンション。とはいえ、今はご両親の介護のため家族とともに別の場所で暮らしているそうで、その間ほとんど使っていない部屋を丸ごと自由に使わせてくれた。

この時期は山を越え、未舗装路を走り、強風にさらされ続けていた。休める場所も少なく、体は悲鳴をあげており、疲労は確実に蓄積していた。そんなタイミングでの静かな部屋とベッドは、まさに救いだった。

息子のパブロさんは大学生のときに1年間、大阪へ留学していたという。日本語も覚えていて、日本での楽しかった思い出をたくさん話してくれた。遠く離れたスペインの地で、日本とのつながりを感じられる時間は、とても不思議で温かいものだった。

シャワーを浴び、溜まっていた洗濯物を洗い、久しぶりにしっかりとベッドで眠ることができた。

 

今回の出費(1/30〜2/21)

・食費 2万7000円
基本的には自炊。数回レストランで地元の料理を食べた。
モロッコ、スペインは今まで走ってきた欧州の国々よりも物価は安い。特にパンなどは安い。しかし日本に比べて肉類は高いのでタンパク質は安い豆類で補った。

・移動費 12万3000円
これが1番高かった。航空機代はもちろんモロッコに渡るためのフェリーやモロッコで複数回使ったバス代で多く費やしてしまった。

・宿泊費 1万1000円
基本はテント泊。スペインとモロッコで体調的にしんどい時にそれぞれ1回ずつ個室に泊まったり、バレンシアなど大きな町での滞在は治安の問題からホステルに泊まった。

 

テント泊

 

・観光 4500円
バルセロナ・サグラダファミリアの入場券。他の美術館や博物館は無料の時間に行くなど工夫しながら見学した。しかし自転車盗難の危険性からあまり長い時間自転車から離れることはできなかった。

・合計 16万6500円
今月は航空券やバスチケット代などに多く出費してしまった。来月はもう少し少なくなるはずだ。